08.寺へ…

 長い冬の間に、城の子供達は50人になった。

 過去1年分の人数が、この冬だけで森に捨てられた事になる。歳は10歳位から1歳まで。大きな子は障碍を負っており、幼児は栄養失調だった。まあ全員治癒したが。

「魔導士様!」「タイム様!」「おっさん!」「父ちゃん!」とみんな色々に呼んで来る。ぬう。色々考えて答えた。

「私は君達の親ではない。かといってこの世界で魔術を学んでる訳でもないし時間と空間しか操れない」

「いやいや、あんな大きな魔物をやっつけたりこんな城をぼんぼん建てたり、大魔導士もいいとこだわ!それに皆を助けて育てたんだから!おと…」

「言うなステラ。やっぱり、親というものは簡単に名乗るもんじゃない。という訳で御屋形様に統一しよう」

 一同一瞬ポカンとする。ちょっと田舎臭いかな?だがそれでいいと思う。

「領主様とか城主様じゃないの?」

「私の故郷での古くてちょっと親しい感じの言い方だ」

「御屋形様、ねえ・・」「おやかたさまか!」「おやややさま!」「おやかちゃさま!」やっぱり色々になっちゃうか。まあいいや。

「あややややや~!」すっかりぷっくらして、摑まり立ちが出来る様になったミッシが元気に声を上げる。よく元気になってくれたね、ミッシ。


 あとは雪が融ければ農地や紙、布等の製造、出来れば外輪山北方の鉱物資源を開拓しよう。


*******


「御屋形様、お願いがあるの」ステラから頼み事とは珍しい。

「みんなが、命の礼拝をここでやって欲しい、そう思ってるの」


 春の訪れる美の月=故郷で言う4月1日に行われる「命の礼拝」。この世界で広く信じられている創世教…何と言うか、故郷の最大の宗教の様だが、救世主が登場しない感じの、かといってその母体となった宗教とも違う。

 何と言うか、偉大な預言者が人間を死後の世界に導き、魂の不滅を唱えるという旧約と新約を足して割った様な宗教だ。


「冬の礼拝は、皆を迎えるのが大変でできなかったし」

 冬の礼拝というのは、10番目の月=12月30日に行われる、大晦日とクリスマスを足して二で割った様なものだ。但し、救世主が存在しない宗教なので、冬の訪れと共に森の恵みを祝い、暦の上での新年を迎えるお祭りだ。故郷のクリスマスの原典、樅の木の祭、北欧の緑の祭日みたいな祝いだ。


「命の礼拝はみんなのとって楽しみなの。春になって新しい命にお祈りして、みんないい人になる事を誓って、畑を耕して秋まで頑張るのよ。御屋形様だったら色々な事を知っているし、礼拝だってお城でできるでしょ?」

 命の礼拝とは、雪の季節が終わり、農業的にも自然環境的にも新しい緑が再生する季節を祝うお祭りだ。日本だったらお花見的な季節行事って風情もある様だ。


 ただ創世教的には、もうちょっと複雑なお話だ。経典では、こう書かれている。

 神に祝福された土地に民衆を導いた偉大な預言者を、反発した民衆が彼を追放してしまい、預言者は荒野で朽ち果てる。これを悲しんだ創世神は、魂の正しい者だけは救済し、死後には祝福された地=天国へ魂を招く、というものだ。これも故郷で言う死と復活、魂の不滅という、やや難解な教義に似ている。

 しかし、だ。

「それは違うよステラ。私は創世教の司祭じゃない」

「え…村だと司祭がいない歳は村長とかが替りにやってたけど?」

「宗教の大切な礼拝は、その宗教が認める、しっかり学んで一生を捧げる覚悟をした人だけが出来るものだ。決してその資格がない人が真似でやっちゃいけないものだ」

「そんな。じゃあ司祭様に来てもらうの?」

「そうだな。その方が正しいな」


*******


 ある夜。

 魔の森から遥か南。巨大な都市の巨大な神殿、その奥にお邪魔し、ある枢機卿の部屋の戸をノックする。

「こんな時間に何かな?」

「枢機卿様にお願いがあって参りました」

 本来なら大神殿の枢機卿、この世界の上級貴族に含まれるレベルの人なので、こんなホイホイと面会など出来ない。しかし、この初老の枢機卿はすんなり応じてくれた。

「この社会から捨てられ、魔物の餌にされている子供達を保護して暮らしている者です。子供達のために、命の礼拝を捧げたいのです。しかし私達の土地には司祭がいません」

「わかりました。参りましょう」

 即答である。

「たとえどんな険しい大地であっても、私は子供達のために参ります」

 私は礼拝の予定日を伝え、迎えに来る事、送り返す事を約束した。


*******


 礼拝の場所を作ろう。住まいが城なら、礼拝施設は寺だ。寺とは近世の城郭において防衛機能を備えた、出城でもある。西洋でも外郭の内外に、小さな城壁を備えた礼拝堂があったりする。だが、細かい事はぶっとばして、私は趣味丸出しで行きます。


 城を中心に半径3キロを想定していた、第一防衛線となる「惣構」。三之丸大手門と惣構え南端の中間地点の森を切り拓き、三之丸大手まで一本道を切り拓く。

 長方形の敷地を作り四辺に低い石垣で固めた堀を穿ち、南中央に壮大な二階楼門を、その周囲を、酸化鉄を原料にした塗料、弁柄で赤く染めた柱と白い壁、瓦屋根を持つ壁で囲んだ。それだけで出城としての機能は果たせる。そして…

 敷地の東に、巨大な塔を出現させた。そう、日本最大の高さを誇る、東大寺七重の塔の複製だ。塔の廻りを廻廊が囲み、中央参道に向け門を設けた。更に西側にも同じ七重の塔を設置した。その高さ100メートル。

 あ~、相当魔力を使った。ハーフサイズの武蔵国分寺程度にしとけばよかったかと後悔。


 子供達の世話や食事の用意をしつつ、翌日に、東西の塔の北側、敷地の中心部に巨大な横長の大仏殿を出現させた。高さ40メートル、幅80メートルの巨大建築だ。

 源平の戦いの際、平家軍の宿所となり、失火で炎上してしまったものを、過去に戻って記録してきた物だ。因みに私が生きていた頃の大仏殿は、横幅約半分程度の再建されたものだ。それでもデカイけどね。

 しかしその内部に鎮座するのは、金色に輝く大仏様ではない。巨大な純金の燭台を掲げた祭壇だ。中心部で二つに枝分かれし左右に巨大な燭台を持ち、その周囲を多数の枝で囲む燭台、これもなんか故郷の旧教的なものに似た様な違う様なものだ。中央が二つに分かれているのは、この星の太陽を表しているのだろうか?


 わずか50人で礼拝するには巨大すぎるが、いずれは数千人を収容する事になる。大仏殿、もとい大仏様はいらっしゃらないので「本堂」を北端に、廻廊と、本堂の南に位置する中門も複製する。この日はこれでギブアップだ。経堂、鼓楼、講堂等は別途作ろう。


 戦闘機能が無いどころか、敵の目印になってしまう巨大建築だが、先ずは相手が人間であれば度肝を抜く事は間違いないだろう。


「御屋形様、何か南の方に高い塔ができてるんだけど?」まあ、遠くだけど見えるよね。

「ああ。命の礼拝の準備だよ」

「え?何それ…」ステラが頭を傾げ、怪訝な表情に変わっていった。


*******


 厳しい寒さが収まった、命の礼拝の前の日。

「司祭様、お迎えに上がりました」と先の枢機卿を訪ねた。

 礼拝を司る聖職者はその階級に係わらず「司祭」で、聖職者の階級の上位が大司教とか枢機卿とか、最上位が教皇となる。

「来ましたか。こんな夜に出発とは思いませんでした」

「祭礼の道具や祭服は用意しております。では参りましょう」

 初老の枢機卿は、やや戸惑いながらも「神の思し召しのままに」と返した。


 私は瞬間移動と時間移動を行い、命の礼拝の日の夕方に本堂の裏側、控室に移動した。

 私は宗教が違うので礼拝には立ち会うだけとした。

 ダン、アグリ、コマッツァの男子年長組が侍者として赤い服と白いレースのベストを着て待機していた。これは礼拝によって色が違うそうで、一通りそろえてある。

 枢機卿には白の礼服の上に、縁を金の刺繍で飾った長い帯を纏って頂く。それらには創世教の象徴である燭台の刺繍も施してある。

「ここは…総本山の中ですか?」

「いえ、もう私達と子供達が住むところです」

「あなたは…転移の魔法を使ったのですか?」

「はい。場所と時間を触る術には心得があります。今日はもう命の礼拝の日です。それでは、お願いします」金に輝く小さい燭台を枢機卿に渡した。


 陽が落ちて闇に包まれた本堂中、祭壇を過ぎて入り口へ移動する。廻りには子供達が集まっている。

「世を照らす光」枢機卿の声が闇に響く。

「神に感謝」子供達が、生まれたころから故郷の村の礼拝で繰り返し唱えて覚えて来た古代語で応える。二本の太い蝋燭に火を灯し、祈祷が始まる。祈祷と共に蝋燭の火は子供達の持つ蝋燭に分けられ、光が本堂の中を照らしていく。枢機卿が祭壇に登り、祭壇上の巨大な燭台から垂らされた糸に火を点けると、巨大な蝋燭に火が灯り、そして堂内のシャンデリアが魔道具で光り…枢機卿は驚いた。


 巨大な深紅の柱が並び立ち、天井は枢機卿がいた神殿を思わせるほど高く、その天井は色彩豊かに文様が描かれている。広大な空間に、数十人程度の子供達が祭壇を前に席についている。

 枢機卿は気を取り直し、「聖なる神に栄光・・」と祈祷を続ける。

 それと共に、オルガンの音が響いた。小さいオルガンだが、その音色は堂内に響いた。礼拝を前に、ムジカに楽譜を書いて、弾き易い様に伴奏を簡単にして練習してもらった。そして祈祷文を子供達が枢機卿に続いて「聖なる神に栄光、地に平和」と古代聖典に書かれた言葉で歌い上げる。枢機卿は、驚嘆しつつ合唱に声を合わせた。


 礼拝は続き、預言者が天国の門について語る部分の朗読を、年長で文字の覚えがよかった文学少年のジョーに頼み、無事読み終えた。続いて、偉大なる大預言者の聖典-他の預言者が書いた経典より上位にある、福音書みたいな物-を枢機卿が読む。長い。

 朗読を終え、枢機卿が子供達へ春のお祝いの言葉と、聖典を易しく説明する話が続く。偉大な預言者への奉納を行い、死者の復活と昇天を約束する祈祷が読み上げられ、礼拝が終わった。本堂の南、鐘楼に吊るした鐘が鳴り響き、「今日こそ命ぞ甦れり、諸人寿ぎ讃え祀らなん…」子供達の、命の復活を祝う歌の合唱の中、枢機卿は控室に退場した。


 祭服を着替え、控室を出ると…そこは枢機卿が元居た自室だった。

「お約束通りお部屋までお届けしました。子供達は無事新しい命の約束を頂く事が出来、喜んでいます。みんな今年も一生懸命働く事でしょう。枢機卿様のお蔭です」

「一体どうなってるのですか?!何が起きたのか!どうにも信じられない。まるで夢でも見ている様だ」

 話が長くなるといけないので、私は一礼して姿を消した。

「枢機卿様、明日も大祭日です。早くお休み下さい」


*******


 翌日、神殿は1年で最大の行事とあって多忙であった。

「選皇枢機卿様はご欠席ではなかったのですか?」従事の者が慌てる。

「はい。予定が空いて参列できる事となりました。ところで、この大陸に、巨大な赤い柱で築かれた神殿を知っていますか?この神殿と同じ高さの」

「赤い柱…いえ、その様な装飾をした、巨大な神殿などがあれば世界が知るところとなる筈です」

「捨てられた子供達が集まって暮らす土地にあるそうですが?」

「孤児院ごときにそんな巨大な建築など、誰が好き好んで築きましょうか?」

 私はそんなやりとりを柱の影で聞きつつ、奇妙な体験につき合わせた事を内心枢機卿に詫びた。


 創世教の総本山で行われる壮大な礼拝。最高の技量で演奏される音楽に合唱。

祭壇に居並ぶ、数十人に及ぶ高位の枢機卿達の列の中で、選皇枢機卿コンクラベは、謎の神殿で聴いた子供達の合唱と小さいオルガンの音色を忘れられずにいてくれた。

 何故枢機卿は何も聞かず、この壮大な総本山での礼拝を蹴ってまで即座に私の願いに応えたのか。巨大な富と権力の集中する総本山にあって、敬虔さを失わなかった彼だからこそ、「子供達こそ神の門に最も近い」との経典の言葉に、忠実に従ってくれたのだ。

 彼は、「全て神が見せて下さった夢だ」と考えた。同時に「あの子供達は神の私に対する召命だ」とも考えた。

 彼が僅かに浮かべてくれた涙が、将来この世界の多くの子供達を救ってくれる事を祈って、私は城に戻った。

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