09.一万四~五千人の養護者

 時間を遡る事数時間。陽が傾いた頃に本丸御殿から5台の馬車を出発させた。冬前に助けた馬に続き、森の中で捕まえた馬を飼いならして、冬の間に作った馬車を引かせてた。まだ寒さも残る中、コートを着た子供達は、馬車に乗る事が少ない所為か大はしゃぎだ。

 冬が終わり、待ちに待った春が来た。今日は春を告げる命の礼拝の日だ。礼拝の後にはお祭りがある。朗読やお話が長い礼拝の儀式も、その後に来るお祭りのために我慢できる。それに夜の礼拝も神秘的で楽しみでもあるそうだ。


 馬車は三の丸大手門を出ると、遠くに巨大な塔が二つと屋根が見える。

「あれ…何あれ!?あれってこの数日で出来たの!?」

「他ならぬステラの頼みだ。キッチリ応えましたよ?」

「私お城の中でって言ったよね!?」

「あそこはお城の中ですが何か?」

「お城どんだけ広いのよ!?てかあれもお城じゃないの!何これ-!!」

 みんなで仲良く祈りの場所、名付けて「南之院」に向かった。


 一同、巨大な二階建ての楼門、南大門に圧倒されつつ、馬車を降りて境内に入る。

「うわー!おっきー!きれー!」

「すげー!こんなの見た事ねー!」

「赤い柱に白い壁…黒い瓦、金の軒。とっても綺麗だ!こんな景色を描けたらなあ!」

 そりゃそうだろう、100メートルの塔だ。しかも東西に二つ。

「私、大変な事頼んじゃったかも…いやいや、私こんなお願いしてないから!」

 そして広大な敷地の北寄りに正方形に廊下が囲む内陣、その南端の中門の先に、これまた巨大な大仏殿、もとい本堂。そして広大な空間に聳える金の燭台。

「私こんなの頼んでない、頼んでないったら頼んでない…」と呟くステラ。いえいえ君の頼みです。

 侍者一同も、オルガン奏者のムジカも、経典を朗読する子供達も、ガッチガチに緊張していた。

「上手に出来たら、卵のお菓子を多く上げよう」と餌をチラつかせると、

「「「が、がんばる!」」」と元気な答えが返って来た。


 返事通り、みんな見事に勤めを果たした。司祭を快諾して頂いた枢機卿様もお見送りした。さあ!お祭りだ!政○一成の声が頭に響いた!テレレレ~!


 馬車から荷物、御馳走を用意するための屋台を下し、お祭りの支度だ。中門の前に魔道具の照明を並べ、明るくなった一画がお祭り会場だ。鉄製で折り畳み式の竈、というよりバーベキュー台を広げ、炭火を起こし、鍋を温め肉を焼く。パンだけでなくパスタもある。いつもの夕食より色々な物が選んで食べられるし、お菓子もたくさん並べてある。

 今や包丁も安心して操れる様になった可愛いコックさんのヤミーを先頭に、年長の女の子たちが準備を終えると、コップに果汁を注いでみんな居並ぶ。

 私はワインだ。


「よ~し、お祈りも終わった。命が蘇る春が来た。これからみんなで畑を耕し、もっと美味しい御馳走を作っていくぞ!乾杯!」

「「「「かんぱーい!」」」」

 おっと、ジュースを零した子がいる。ミッシを抱えたステラが駆け寄って世話している。冬の間に彼女はすっかりみんなのお姉さん、いや母親代わりになった。何人かいる10歳以上の少女を指導して、幼児を中心に子供達の世話を見てくれている。

 私はオルガンを外に持ち出し、春の歌を演奏する。それに合わせてムジカが歌い出す。歌を憶えた子達も声を合わせて歌い出す。男子組は肉やパスタを食べるのに夢中だ。

「いっぱい食べてー!」と張り切って年上の女の子と料理を配るヤミー。


 歌が一息ついた。

「えー、では」と私が中門の前に立ち、礼拝で音楽を頑張ってくれたムジカ達や、枢機卿の補助や朗読をした男子陣を呼び出す。彼女ら彼らに色の付いた砂糖で飾った、花の形のケーキをプレゼントした。みんなで拍手すると、表彰された子達は真っ赤に照れていたが、満更でもない様子だ。「私も一緒に歌えばよかったわー!」なんて声も上がる。次の機会にがんばりましょう。

「これで、みんな一年畑を頑張れるかな?」

「ええ!とっても楽しいわ!こんな楽しくて素敵な命の礼拝、私初めてよ!ミッシもそうでしょ?」

「あのしー!ねー!」ケーキを食べられる様になったミッシが輝くような笑顔で応える。

 このお祭り、枢機卿様もお招きすべきだったかなと少々後悔する。庶民の祭でもあの方なら忌避する事なくお付き合いいただけたかも知れない。

 灯りに照らされたまだ寒い夜も、ここだけは温かい。

 存分に祭りを楽しんだところで、火の始末を済ませて皆で城に帰った。後は温泉で温まって寝るだけだ。春の初日は日付が変わる前、子供にとっては普段起きている事がない夜遅くに、魔法に包まれたかの様に終わった。

 いや、皆の夢の中ではまだまだお祭りが続いているかも知れない。

 私は後片付けが続いているけどね。鉄板の片付けしんどいよね。

 それにしても結構な贅沢をした。そのくらいしてもいいかなと思ったのは命の礼拝の1月前に遡る。時間系列がグチャグチャですみません。


*******


 冬も明ける頃に、50人に膨らんだ城の食事の準備は、戦場と化した。

 お料理大好き少女のヤミーが年長の子達と分担しつつ大鍋を相手に料理を作り、年中の子が盛り付ける。台所の土間から畳敷きの配膳室に食事を運び、みんな並んでお祈りしてから「「「いただきまーす!」」」

 冬のうちはノキブル川で魚を釣って、空間魔法で備蓄してあった米を炊いて和食にしたこともあり、食卓は日々和洋様々な献立が揃い、子供達は「明日何にしようか?」「米が続いたからパンを焼こうよ!」等と話し合う。1週間毎とか予定を立てた方が合理的かもしれないが、まだ人数が何とかなる間はその日の気分を話し合って決めるのも悪くない。

 食後は一斉にお片付け、これは幼児以外は年少の子も参加だ。


 食後、御殿に残る食事係、掃除係、幼児のお世話組と別れて畑係は馬車に乗って二之丸の試験農場に出発する。私は御者だ。雪害にも霜害にも耐え、寒い中何度か育ってきた苗を踏んで歩いた麦畑は…

「こんな雪の季節に麦なんて育つわけないわ!」と事の真偽を確かめたいとステラもついて来た。しかし!

 もう麦が青く実っている。春の弱い日とまだ寒さが残る中、土の魔力でムキムキに育っている。いや、故郷でも麦は春作と冬作があったりしたりする。

「なんで~?まだ戦の月よ!」

 戦の月というのは3月、春の最初の月だ。この世界の暦は創世教が大陸の大部分に伝播されるまでは多神教が主流で、占星術や暦は古代の伝承を引き継いでいる。春が来たら戦の月、美の月、穣の月、結の月…これも我が地球のギリシャ神話と似た様なものだ。

 ローマ帝国がなかった所為か、それとも公転周期が割り切れたので暦のズレが無かった所為か、その後は5の月、6の月と続いて10の月で暦は終わり。故郷じゃ5の月6の月はローマ帝国が暦を調整した記念に自分の名前に変えていたけど。

 こりゃあ6月、もとい結の月から大幅に前倒しで麦の収穫が出来そうだ。

「ここは魔力の高い、実りの多い土地だ!雪が融けたらすぐ収穫だぞ!」

「いやいや、そんな訳ないから、御屋形様がおかしいだけで」

「ちょっとまて、私は何もしてないぞ?この魔の森の土がおかしいんだ!」

「全部おかしい!!」

 ステラが頭を抱えて何か言っている。


 麦の育ちや虫害が無い事を確認して、本日のメインイベント、惣構農場予定地に一行は向かった。南に向かって、前には命の礼拝を皆でお祈りした南之院、後ろは我らが居城だ。天守はまだ無い。


 南之院より北に、ビタミン源となる果実園のための土地を拓く。南之院と門の間400m、西を流れる川まで1kmに渡り、「ジュワッ!」と森を大切断!

 切り株や岩を弾き飛ばし、一瞬で開けた土地を作り出した。切り出した巨木は幹、川、枝、葉、株に分解して保存する。子供達は目と口を思いっきり開けてボーゼンとしている。城の本丸、二ノ丸等内郭を築いたのを見たステラ達は「まただわ…」と茫然としている。


「これ全部私達で耕せる訳ないよね?!」

「今はね。それに耕すんじゃなくて、木を植えるんだ」

「木を切って木を植えるって…果物の木でも植えるの?」

「御名答!」

 そうだ。この冬は備蓄の果物で甘さと栄養を摂ってきたが、これからは果実園を作り、その実りを頂くのだ!

 先ず広大な農地の真ん中、大手門から南之院の東側を結ぶ南北の直線を街道とする。街道は馬車が4台並んで通れる道、片側二車線道路の広さを取った。

 夏の大雨で冠水しない様…

道路を盛り上げ~、

空間圧縮魔法で強固に地ならしし~、

道の中心を少し高くし~、

雨水を逃がす排水路を設け~、

耕作地を水浸しにしない様水路幅を調節し川まで引き~、

路面は表面を荒くした石の板でで舗装し~ました。

 ちょっと疲れたので一休み。昔人形劇SFで侵略者が荒野にボンと道を作って主人公に罠を張るって話があったけど、道造ってくれて有難いよね。サンキュー、皺くちゃロボ婆さん。


 その両側に、リンゴの苗木を植えた。リンゴが収穫できるまでには種から育てたら10年かかるが、苗からだったら3年か、ましてやこの地だったら何年で実が成るだろうか。未来を覗き見る…のは面白くない。食べるのに足りなくなったら外から調達すればいい、楽しみにとっておこう。春にはチョロチョロ花も咲くし、花見もいいかな?


「だがこれだけでは終わらない!」

 果樹園の見張りを終わった馬車は、ノキブル川上流、三之丸北側に向かった!

城のある丘を東に抱える様に迂回する川、その反対側に「そいやー!」と堀を穿つ。幅5m程度の小川だ。穿った土は城内側に盛り上げ固め、堤防とする。

「これが城の一番外を守る、惣堀だ!」

「まだ広くするんだ!」

「そうだよステラ。この城は毎年子供が増えていく。大人になれば街に働きに出る子もいるだろう。逆に結婚して生まれる子供もいるだろう。私はこの城に1万人は住むと見ている」

「「「いちまんにん!」」」

「何と、今なら更にもう4~5千人住める程に!」

 懐かしいな。テレビ見てないな。元々テレビ見てなくてずっとネットか円盤ばっか見てたけど。

 しかし1万4~5千人を養護する城、いやもう町か。食料もさることながら、都市インフラ、特に上下水道を充実させないと悲惨な事になるぞ。あまり面積を拡充し魔の森を開拓するのも、この地のバランスを崩しかねないし。

 開拓は計画的に。


 上流から、川の反対側に城を広く包む様にゴリゴリ土を掘り進め、城内側に盛り上げた土を固める。そして、南之院の数百m南でノキブル川に合流する。

 今度は南から、ひたすら石を積み上げる。川沿いに横矢掛りの屈折を複雑に組み合わせ、森から出て来る魔物への守りを固める。

 かくて南北3km程の距離を守る惣堀が出来上がり、魔の森の中にぽっかりと、やや南北に長い楕円形の広大な空間が出来上がった。

「ここが、皆の畑や田んぼになる。麦や米や果物を育てるんだ」

「本当に、畑の土地が出来ちゃった。ほんと、すごい」

「ステラ。言葉がダン並になってるぞ」

「姉ちゃん昔の俺みたいになってるぞ!」

「うるさいわね!おやつあげないわよ!」よっちゃんか?


 ここに畑だけでなく、子供達の夢も育てよう。


*******


 そして今。4月もとい美の月の初旬、命の礼拝が終わった後。麦畑は、既に麦が熟していた。

「どうしてこうなった…」

「御屋形様の魔法のせいじゃない?全部おかしい。」

 初夏を待たずに麦が収穫の時を迎えていた。収穫できる年長組を集め、大急ぎで鎌を準備し、怪我の無い様安全講習を行い、収穫を始めた。

 黄金の麦の穂が風に揺れる中、馬車が向かい、鎌を手にした少女達が後に連なる。俺も刈るぞ、と…

「野良仕事は私達の仕事です!御屋形様は収穫中に怪我する子の世話に備えて、後ろで見ててください!」とステラに追いやられてしまった。

「じゃあ御屋形様、刈り取りの歌でみんなを励ましてください!」と音楽大好き少女ムジカが期待に満ちた顔で訴える。


 稲刈りを始めた女子に合わせて、オルガンを小さく手で持てる様に作った、アコーディオンを手にして…

「城の畑は、大波小波!小金の実りは大地に揺れる!」と、昔見たファッショな国のプロパガンダな歌を歌う。

「刈ろう!採ろう!実りの時が来た!豊作だ豊作だ!」

「御屋形様の歌、早いー!」刈り取り組先導のアグリが怒ったー!しまった、原曲のペースに近づいてしまった。

「麦を食べ子た逞しく、誰もが惚れる男に育つ!娘も美人でモテモテだ!」と歌えばあちこちで笑い声。

 他にも私が知ってる、楽しくなる様な仕事の歌を歌いつつ、数日に亘る収穫を進めた。これ結構辛いわ。しかし、農村で育ち、凶作に苦しめられた子供達には、目の前の宝の山を刈り取るのは大きな喜びであった。


 脱穀、乾燥を経て、「イリャー!ウリョー!スライサーナントカ!」で建てたノキブル川の水車で、小麦粉を挽く。そして、ヤミー助手の手を借りてパン生地を発酵させて、バターを混ぜて50人を超えた子供達のパンを焼く。

「んまー!」「「「おいしいー!!!」」」

 忽ちみんなが笑顔になった。


 ちょっと待て。取れた麦の大きさも、パンの味も、おかしい。魔の森の影響か、質が高い。もしもこれを売ったら色々市場がおかしくなる。商品価値がある加工品にしてから売らなければ。


 そして…この小麦は冷凍しなくても1年、小麦粉にすれば2~3年と想定以上の備蓄となる事がわかった。普通の小麦の倍だ。虫害を防げば、これで来年まで麦は自給自足が出来たぞ。

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