10.オモッチョロイ!ドワーフ
陽が温かくなるにつれ。やはりというか、苗木は凄い勢いで伸びる。
日々の畑仕事は二之丸麦畑が中心だが、二日に一度は馬車でリンゴ並木や果樹園の様子を見に行く。すると
「何これ?」苗木が絶賛急成長中だ。もう人の背に近づいている。
「こりゃ3年と言わずにこの城で果物が採れるかもな!」
「そりゃ嬉しいんだけど。でもなんだかやっぱりおかしいよね?」といぶかしがるステラ。何度か私の隣で御者を見たダンが、後ろの馬車を引く。
「姉ちゃんは御屋形様に厳しいぜ!これって何て言うんだったっけ、ツ…」
「お黙んなさい!」
「くだものいっぱい…ふひー!!」鼻血を出しそうに興奮するヤミー。
今年は目標100人保護だ。前の世界で数万人籠城対策とかで準備した厖大な備蓄があるので当面は全く問題ない。しかし、備蓄に頼るクセが付くのは避けたい。向こう4~5年で、子供の手でも何とか出来る程度の自給自足を目指したい。
時折、珍しく外輪山の東で子供を保護する事がある。この魔の森があるカルデラ、イニロトナス山全域は現在どこの王も領有を宣言していない。周辺国は、もし魔の森で紛争になった場合、魔物ひしめく危険地帯に出兵する様なリスクを避け、自然と緩衝地帯になっているのだ。
しかし国の問題とは関係ない、周辺農村の子捨ての問題は別だ。時折城の東側で泣き声、叫び声がする。私はその都度飛んで行って助ける。そして保護した子供達の中に。
「おっきー!」「ふとっちょー!」女湯から随分とデリカシーのない声が聞こえる。
ステラが「御屋形様、さっき助けて来た子なんですが、その。」
「どうした?とびきり美しいエルフ様でもいたか?」と意地悪く聞き返すと
「エルフって何ですか?」おお、この周辺の農村ではエルフって知られていないのね。
この世界、異世界十八番の異種族はいる。エルフ、ドワーフ、妖精、そして犬や猫等動物の身体的特徴を持つ亜人。
そして、普通の野獣より強い魔力を持つ魔獣。魔獣の中には人間に似た姿の者もいる。ゴブリン、オーク、サイクロプス。理性や知性を持たない野獣もいれば、高度な知性を持ち、古代では神と崇められた伝説のドラゴンとかもいる。しかしドラゴンは数千年出現していないので神話扱いされ、創世教では無視されている。
無視されているけど、実は極地で数千年寝ているだけなのでまあ放っといていいや。次に目を覚ますのは遥か先、人類も核兵器か巨大ロボを開発してなんとか渡り合える頃だろう。
魔獣の人間版である魔族はいないみたいだ。かつて別の世界では色々戦ったり愛し合ったりしたけどこの世界にはいない。従って勇者も、勇者パーティーも、そこから追放された「実は有能な方々」もいない。
で。
「あのずーっと黙っている子?」と聞けば
「解ってるんじゃなの!」
「うん。彼女は色々私達とはちょっと違うね。だったら君達はどうする?」
「どうするって…」追放する、何て言ってくれるなよ?
「他の子はどうしてる?」
「なんかあちこちつっついたりもみもみしたりしてる」おぉぅ。
「誰でもそうだけど、アンビーが嫌がるならやめさせなきゃな」
「あの子アンビーっていうの?」ちょっと過去を見せてもらった。
「あの子ずーっと黙っているだけなのよ。まわりをじーっと見回して」
「ほほう。じゃあ、嫌がるようならやめさせよう。それ以外は他の無口な子と一緒に接しよう」
「子、供なのかな?なんかすごく落ち着いてて」
「話したくなったら話すだろうさ」
その晩、城の食事の美味しさに驚く子供達の反応とは微妙に違う反応を、アンビーは無言でしていた。
そして子供達が寝入った後。湯殿の二階でこっそり酒を飲んで城一帯を見下ろしていると…彼女は階段の下からチロチロ覗いていた。
「流石酒の匂いには鋭いな」
「いっ!バレとったかの?!」
「やっぱりドワーフ様は酒とは切っても切れない強い糸があるもんだ。互いに酒を飲まなきゃならない筈だ~」
「なんじゃその歌?」と言いつつ二階の座敷に登って来る少女、アンビー。
いや、少女ではないな。背丈は10歳のステラより低く、顔つきも何となく幼い。そして丸い。
ボサボサだった赤茶色の髪はシャンプーとリンスで洗われて、腰まで届くフワフワとした桃色のロングへアーになった。そして幼い顔付きと小柄な体に似合わず、ぽっちゃりとした体付に、やや筋肉質な手足、豊満な胸元。特定の方には絶大な支持を受けそうな…よく見るまでもなく美少女だ。20歳は超えているけど。
因みにこの世界のドワーフは長寿で、250歳から最長で300歳は生きる。
そう考えるとアンビーは、まだまだ子供なんだろうか?
「改めて名乗ろう。この城を空間複写魔法で築いた魔導士、タイムだ。時間や空間をホイホイ超える、危険なオッサンだ。歳は千歳から先は数えるのをやめた」
「只者でねぇとおもっとったが、ぼけぇ化け物じゃなあんた」
なんか、訛ってるな。ドワーフ訛りかな?
「アンビー、君があんなドワーフの里とは離れた所で魔物に襲われていた事情も大体わかっている。」
「そうじゃよ。わしゃこのイニロトナス山の北側に、ぼけぇ宝が埋まっとんのを信じとんよ。里の奴等は笑ろとったがの!」
悔しそうな彼女に、杯を渡し、酒を注いだ。
「まあ、飲め。もう成人しとんじゃろ?」おお!この城で初めて酒を酌み交わせる相手が出来た。しかもカワイ子ちゃんだ。
「お、おう…これは何の酒じゃろ?」
「米の酒じゃ」何か、ドワーフ訛りが移った。
「米…遥か東の蛮族が植えとる言う、硬い麦か?あんなんから酒なんか出来るんか?」
「ああ。まずは文句は飲んでから言うのがドワーフ言うもんじゃろ?」
「たりめーじゃあ!」「よし、乾杯!」「乾杯!」
杯を上げると、アンビーは腕を搦めて杯を干した。近い!大きいのが当たってる!
「…んっ!甘い!じゃが…水じゃあ、じゃが、酒じゃあ…」
「ええもんか?」
「ああ~~~。うめぇ~!!こりゃあ、ぼっけえ、ええもんじゃあ~~!!花の様な蜂蜜の様な香りしよる!味は水みたいにさっぱりしとんが喉と花に密の様な甘さが残って、こりゃ天国の酒じゃあ~!」
故郷から大量に買ってきたり、過去の別世界で造った日本酒。しかも純米吟醸。どうやら気に入って頂けたらしい。
「米は偉大なんじゃあ!」
この城で初めての酒宴が始まった。
「わしゃなあ!あの山の麓にゃ、金もミスリルも塩も埋まっとると睨んどんじゃ!」
「ほほう、何でかの?」
「わしの里は北にあるんじゃがの、南のこっちとは土も風も違うんじゃ。
そして北と南の間に、ぼけぇ険しい山が並んどん。こりゃ大昔に、大きな島と島がぶつかったみてぇなもんなんじゃ、解るぅ?」
「アンビー、あんた頭ええなあ!それにあん険しい山越えて来たんか?!」
「そうじゃあ!それもな、山の道で魚や貝の骨が染みついた石を見っけたんよ!あんた信じられんじゃろ!?」
「信じるも何も、それがアンビーの言った、島と島がぶつかった証拠じゃろ!
この大地は、ぼっけえでっけぇ丸い玉なんじゃよ、んで大地はその星の表に浮いとるもんなんじゃ!」
と、そっから地殻やマントルやヴェゲナーの大陸移動説の話題で盛り上がった。そこから導き出される鉱物資源についても、自分の予測を説明するとアンビーの目が輝き、それを通り越して潤んで来た。そして紅潮し・・あれ?なんかしっとりしてきた?
「御屋形様かあ、あんたよう出来とる方じゃあ!わしゃ魔物の糞にならんで済んで幸せじゃよ!」助けた時は魔物に喰われかけていたからなあ。
「アンビーみたいな天才を魔物から守るためにわしゃおんじゃよ」
「そうかそうか、わしゃあんたのもんじゃ!あんたと一緒に北の山の宝を掘って、里の者をあっと言わせちゃろ!」
「え?」
「わしゃあんたの妻になるんじゃあ!」
アンビーの問題発言を、実は湯殿の一階で聞き耳を立てていた少女達がしっかり来ていた。その筆頭に、当然ステラがいた。そりゃそうじゃ、あんなぼけぇ大声で話しとったらの。
「わしゃアンビーの里には行かんで!」
「え~!何でじゃ!!」
「わしゃ、ここで子らを守らんといけん。アンビーの鉱山開発は手伝う。じゃがそりゃこの城にとっても必要な事じゃけえ、掘った資源は分け合う。あんたの夢は手伝う。そっから先は、こっから考えて行かんとな。」
「そんな御屋形様あ~、わしの言う事を初めて解ってくれた、大事な人なんじゃあんたはぁ~!」
抱き着くアンビー、階下の「キャー!!」って声。バレバレじゃがあ。
「何やってんのよあんたたちー!」風紀委員かステラ?
「なんじゃ、もどかし娘か」すげえ、半日で何か理解してるよこの子。
「もどか…!こっこっこ…」「コカトリスかの?」
「じゃなくて!ここは小さい子がいっぱいいるんだから、いやらしい事したら駄目なんだから!」
「ここは温泉の二階で、小さい子が寝た後に離れてやって来とんじゃ。あんたら態々居って覗いとる方が下衆ってもんじゃろ?夫婦の邪魔したらいけんよ~」
と抱き着くアンビーを、ホイっと抱きかかえて横に座らせる。
「え~。とりあえずみんな寝ろ。」
「「「ええ~?」」」
「わしの愛の告白はどうなるんじゃ~!」
小さい子の夜泣きが始まる前に、皆を長屋に押し戻した。必死に抵抗していたアンビーも布団に転がした瞬間「んごー」と寝入った。愛の告白、軽ぃがあ。まあ、長旅で疲れた上に深酒だからなあ。
「米がこうなるの?」「なんかお花の匂いがするー」モネラー!ヤミー!あんた達も寝なさい!お酒は大人になってからー!
*******
翌朝、農地の世話を終え夕食の片付けも済んだ後までアンビーを待たせ、大広間で話した。魔力のせいか、過去数千年自分に子供が出来ない事をアンビーに説明し、それ故多くの女性と別れた事を説明した。
「そっか、さびしいもんじゃの。でも腐すな。あんたええ人じゃけえ」
解ってくれた様だ。
それから数日。
「銀をくれ」「金をくれ」「指先程度の魔石は無いかの?」等々。
アンビーは小さい魔石やわずかな素材を手にすると、本丸御殿内を明るく照らす照明を作り上げた。今まで私が作っていた照明の倍の量がみるみる出来上がる。
「これなら夜にもおしっこ行けるなあ」と、昨夜夜泣きしてアンビーが連れて行った子に笑顔で言った。
「いやー!アンビーちゃんといくのー!」「はっはっは、ほなまた起しぃ?連れてっちゃるけ」
農地に出れば、「鉄をくれ」と言ったかと思うと、らせん状の農具と、ベアリングの様に小さい鉄の玉を螺旋の中央を貫く鉄棒の周囲を囲む、農地攪拌器具を試作する。
「どんだけ鉄が擦れる熱を廻り玉と油が消してくれるか…」
素晴らしい!この子はこの城に絶対必要な要人だ!
「おっきー!」
「はっはっはー!あんたらも大人になったらおっきくなるでー!」
「ほんと~?」
「そしたらな、ええ男を捕まえれ!」
「ええ男?」何言ってんだアンビー?!
「そうじゃ!一杯飯を食べさせて、それも美ん味ぇ飯をな!そんであんだが大好きじゃあ~!って言ってくれる、強くて、優しくて、頭がええ男を、おっきくなった体と綺麗になった顔で捕まえるんじゃぞ!」
「強くて、優しくて、頭が良くて、美味しいご飯…おやかたさまだー!」
「阿呆!あれ不細工じゃ!女じゃったら、もっと二枚目を狙え!」
何言ってんだアンビー!!
「にまいめ~?なにそれ?」
「若くてカッコイくてな、もう口と口をちゅ~ってしたくなるええ男じゃがあ!」
「は~」「ふ~」「ダン兄ちゃん?」「おやかたさまはちがうね?」違いますよ!!
「「「ブフー!!!くっくっく…」」」おいステラと後は誰だよ!!
畑仕事が終わった後で男女別風呂とはいえ同時に入ってるんだから筒抜けだろゴルァ!おいダン、隣でニヤニヤすんな!
「とゆー訳で、不細工な御屋形様はおっきくてぶよぶよなわしのもんじゃあ!わかったか!」
「「「えー???」」」
え?何言ってんだアンビー!!解ってくれたんじゃなかったんかー!
隣のダンが何か深刻そうな顔になった。
「おやかたさまはみんなのものよー!」
「そ!そうよ!みんなのものよね?」おお、ステラの妙なフォローにダンは頭を抱えてしまった。
「だっておやかたさまはみんなを守ってくれるおやかたさまよね?」「でしょ?」「よー?」おお、みんないい子だ。
「かー!あんたら本にええ子等じゃなあ!!わしゃ、あんたらのために色々造るんで!」
「何造るの?」
「光ったり、早く走ったりする物かの?あんたら何がええ?!」
「ひかるのいいねー!」「きれいなのほしい!」「色んな音が出るのが・・」「ひか!ひかー!」「おいしーのー!」
隣の女湯に、未来の夢が咲き始めた。アンビー、ありがとう。ミッシは、もうちょっとでぴかーって言えるね。ヤミー、自重しろ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます