11.酒呑基地建設
「酒じゃ~!酒造るんじゃあ~~!!」
「待て、みんなの食糧が先だ」
「ちぇ~」
「まあ、水田を試験的に作るため、食用米と酒造り用の米を試しに植えるのはいいかもな」
「おお!やるでー!それにエールも作るんじゃー!」
アンビー、ノリノリである。
「御屋形様!食べる分がお酒に取られるのは嫌です!」反論するステラ、全うな意見だ。
「何いうとんか!この世の中、酒が無くては生きとれんがあ!」
「そりゃあ食うに足りた後の話じゃがあ!」ステラ、ドワーフ訛り移っとんで。
それは兎に角。
「米は無理より何年か長持ちするし、酒用の米も食べられる。それにな、いい酒が造れる様になれば、いい金になる」
「お金、ですか?」
「金なぞ酒に替えられるかー!」
「いやいや、この城にはまだまだ外の街に行って買ってこなければいけない物が沢山ある。だから金は必要だろ?それに酒を造るには、時間がかかるんだ」
「うん…村にも何年も貯めておいたワインがあったみたい」
「うえー!あのぶどーすっぱー!」ヤミーの意見は、子供としては正しい。ワイン用の葡萄、カベルネ・ソービニョンだとかピノ・ノワールとかメルローとかの品種は食用と違って甘味が少ない。
「勿論ワインのための葡萄も植えて育てるし、ワインじゃなくて食べるための甘くて美味しい葡萄も育てるぞ!」
「おいしーの?」
「ああ。ヤミーのぷっくらほっぺが落っこちるくらい甘い葡萄だぞ!」
「ふ~!あたし甘いブドウ育てる!!」がんばれ。
「でも先ずは食べるための麦、二之丸農場の世話、そして南之院東側の果実園だ。
水田と葡萄畑は、私とアンビーの、酒好きのお楽しみに割り当ててくれ」
「御屋形様は時間も操れるんじゃな?子供の世話して時間を戻して酒の米を育てて、て事か?」
アンビー、頭が柔軟だ。だから里を出て来たのか?
「アンビーには酒だけじゃなくて、北の山から城に必要な道具を造る金属を掘り出す手伝いもお願いする。なにより、塩、だ」
「うむ!塩、じゃな!」
「塩?山から塩?」
そう。外輪山北側は、遥か太古には海底だった。北方から来た別のプレートが衝突した際、海底が隆起して山脈となったため、海水の塩分が陸地に閉じ込められて岩塩となった鉱山がある。更に周辺にはその時の造山運動で生じた様々な鉱物が眠っている。これも、この城の子供達を育てる武器となる。塩は最優先課題の一つなので、「うりゃ」と城の北に岩塩地帯まで一直線に道を造る。
「ほー!御屋形様の魔法はぼけーなー」
馬車でダッシュし、襲い掛かる魔物を有難く屠らせて頂く。肉と毛皮と魔石を頂いた。岩塩は浅い地層にあり、数mの掘削で姿を現した。この岩塩の鉱脈が外部に知られたら、欲深い者をおびき寄せる事にはなるが、魔の森に入った途端、魔物の餌食となるだろう。確実に採取できる城にとっては、外貨獲得の手段となり、資源外交の武器にもなる。まあ外との話はずっと先の話だが。
そして、岩塩の周辺の地下には。
火山に温められた、別の時代の古代海水温泉もある。それだけじゃない。数多くの貴金属も眠っているし、魔力が多いためか、ミスリルなんかの鉱脈すらある。鉱山開発だけじゃなく、観光地開発も出来るなあ。まあそれも先の話だ。
「おお…こんな簡単に塩が見つかるとは…これだけでもわしゃ里へ胸を張って帰れるで。じゃが!」
「もっと宝を探して、技を磨いて、だろ?」
「そうじゃ!こうなったら酒も造って里の連中をギャフンと言わせたる!」
夢と欲と酒に塗れた、北方鉱山の開拓が今始まった。
酒、その原料たる米。まずは水田予定地に、城の西側から水路を引いて水を満たし、保存していた稲を植え…
「腰がえれえんじゃあ~」
これ(酒がらみ)ばっかりは子供を使えないだろう?大人二人で頑張ろう。
日本酒に使う米も、普通に食べる米とは違う、酒造好適米という品種だ。山田錦とか、雄町とか、美山錦とか五百万石等という品種だ。食べれば旨味を感じる蛋白質が少なく、麹菌が糖を作る澱粉が豊富な、粒が大きめの米だ。米が大きいので台風等に非常に弱い。世話が大変だ。魔の森は強烈な風が吹き荒れる、という事は無いので、大きく育ってくれるだろう。
*******
城の惣構、最南端に、倉庫を建てた。漆喰で塗り固められた蔵に、御殿の様な大きい長屋が続いて建てられ、高い煙突も建てられた。
そして、井戸が掘られた。惣堀からの水路も引いたが、地底から湧き出る水も必要だった。火山地帯の所為か、ミネラル豊富な硬水だ。故郷でいう灘の酒の水質だ。かつて無限にある時間をほしいままに日本酒の技を色々学び、あちこちの世界で再現して何とか満足して来たもんが、この世界でも良い酒が造れるだろうか?
まだ日が長い、とは言えない初夏の陽気の中、赤く染まる空。森を伐採した平原の一角に水が張られ、稲が植えられ、夕陽を浴びてもう穂が実ったかの様な錯覚を覚える。広い水田に、稲が並んでいる。その北には、小さな城の様に、大きな蔵と高い煙突を持った『酒蔵』が建っている。御殿の様な大きな蔵の甍も明けに染まっている。さらに近くには南之院の巨大な塔や本堂がある。南之院の九輪や鴟尾が金色に光り、柱の朱が映える。本当に、日本の景色だ。
「なんか、心が和むなあ~」
「ああ。私の、故郷の国の景色だ」
「ステラにも見せちゃらんといけんじゃろ?」
「見せても怒られるだけだろう」
「じゃけえアンタは駄目なんじゃあ」
なんか怒られたのでステラを呼んだ。
「みんな忙しいのに何建ててんのよ!」
ほら怒られたがあ。しかし、しばらく三人で…
「みんなも呼ぼうかな」との事で、夕方に皆も瞬間移動で呼んで、屋外夕食会にした。春の野菜と魔獣肉の焼き肉、そして魔の森小麦のふっくらパンだ!
こうして、初夏の一時をのんびり過ごし、植えたばかりの米の豊作を皆で祈った。
そしてその近くには酒蔵の甍。
*******
「あんた何やっとんじゃ?」
「ちょっと、こっそりとな」
惣構の北西側に、試験農園程度の広さの大麦畑をこっそり作って、大麦を育てていたのだ。そしてその北隣に、やっぱり大きな蔵と煙突。
「はっはっは!エールを醸すんか。こりゃわしの仲間が飲みとおなって、それこそ攻めて来るかも知れんで?」
「エールも醸すけど、その先もやるぞ!」
「先ってなんじゃ?まさか蒸留して『命の水』を造るんか?」
命の水。南方の海を越えた別大陸の異種族から伝わった、アルコール蒸留技術だ。この大陸でもワインを蒸留して医療用の消毒液を作っているが、まだまだ広まっていない様だ。おまけに純度も20%程度と低い。
「ふっふっふ。『命の水』と言えばその通り。しかし、消毒に使うだけの痺れる水なんかじゃあない」
「御屋形様、さてはまた新しい酒を知っとって、それを造るんじゃろ?」
「そのとお」「飲ませんかい!」
という事で、子供達が仕事を終え、風呂に入っている頃に、本丸酉(西)櫓から大麦畑を眺め下しつつ、アンビーにウィスキーという物を味わって頂く。
「うふぉー!!これ!!これ!!」まずはストレート。
大麦とトウモロコシのウィスキーをブレンドした、故郷のイギリス産、スコッチ・ウィスキーだ。
偉く興奮したアンビーが「これがありゃああたしの里の王になれんであんたあ!こりゃあんな薬でのうて、本当に『命の水』、いやあ、命の酒じゃあ!!」
「でもなあ、これをこの地で造るには10年以上かかるんじゃあ」
アンビーにウィスキーの概念を教えた。大雑把に言えば水とアルコールの沸点の違いを利用し、ビールの様な物、「ウォッシュ」を熱しアルコールを分離させ、それを何回か繰り返しアルコールの濃度を上げる。そして樽の中で12年とか寝かせる。若いもので3年程度だ。
「10年。そんなのあっちゅう間じゃが…これが思いっきりいくらでも飲めるんなら10年待ちゃあええがあ」
「まあ10年待たんでも私の時間魔法を使えばいくらでも操作できるが、それは余程の事だ。これから鉱山開発や魔道具を色々作って、アンビーの里と交流が出来たら考えよう」
「ん。じゃが…3年とか5年で出来んかのう?そしたら本当に御屋形様ドワーフの王になれるで?」
ドワーフの価値観は酒なのか?
「あ、ドワーフの王になんかならんからな。私はここを守る責任がある」
「知っとるがあ!御屋形様はなあ、ここの子らの親じゃ」
「親にはなれんよ」これは私の矜持だ。子供を追い出して見殺しにしてしまう様な親でも、慈愛に満ちた他人よりも血は濃いのだ。
「はっ!世の中にゃあ女を孕ませて子供作ってロクに育てず見殺しにする糞みてぇな親なんぞゴロゴロおんじゃ。あんたはようやっとる。そんな糞親なんぞ比べ物にならん、ええ親じゃがあ」
「親代わりは、所詮親代わりだ。親じゃない。そこは勘違いしたらいけんのよ?」
「律儀じゃのお。じゃが、そこもあんたのええ所じゃ」
抱き着いてくるアンビー。色々柔らかい。
「ここで子供の世話して、麦や米作って、美味い酒造って、ウィスキー作って、ワインも作って、アンビーと飲んで笑って…」
「酒ばっかじゃがあ!ここはこの世の楽園じゃなあ!はっはっは!愛しとるで御屋形様あ~!」
「酒ばっかり造ってないでよ!」
あ、ステラにバレた。怒気を連れて階段を上って来た~。
「ステラも大人になりゃあ、酒の大事さが判る様になるでぇ?男の良さもなあ」煽るなアンビー。
「大人になっても酔っ払いのオッサンはイヤよ!」
はい、酔っ払いのオッサンです。
*******
その後、大麦畑の北に、酒用葡萄と食用葡萄が植えられ、大陸南方の貴族の屋敷の様なシャトー、ワイン醸造所が「えいや!」で建てられた。そして、大麦畑の隣にビールを醸すブリュワリーを建て、更にその隣に、銅を素材に巨大な蒸留器を建てた。
「ぼっけえでっけえ…」
「これがあれば、君達は神にも悪魔にもなれる!」
「そこまでならんじゃろ阿呆!」
「いやいや、そうでもないぞ。ドワーフ達も魅了する酒を造れれば、外の世界も魅了できるさ」
「そら…う~む。そうかも知れんの。しかしこの銅の蒸留器か…この手で作ってみたいもんじゃの」流石技術屋、空間複写魔法で出来た蒸留器にライバル意識を燃やしている。
今回はテストという事で、チートな時間魔法で大麦をにょっと実らせた。
それを空間切断魔法で収穫し、大麦を水に浸し発芽させる。大麦を糖化させる酵素が増えたところを見計らう。そして、炭で香りを付けながら乾燥させ、粉に砕く。
粉を地下から汲み上げたミネラルを含んだ水に浸し、籾殻を取り除きつつ、甘い麦汁を造る。麦汁に酵母を塗し、発酵させる。ここからの味は天、いや自然に任せる。アルコールが生まれる。
この麦汁、エールとも違う、地球で言う「ウオッシュ」は、あんまり美味しい物じゃない。
「酸っぱ!これを蒸すのか…結構長ぇ道のりじゃなあ?」
「いや、俺たちの熟成は、始まったばかり、いやまだ始まってねえ!」
「何ですとー!」訛りが狂ってるよアンビー。
この発酵した麦汁を何度か蒸留し、これまた魔の森の木で作った樽に納めて、何年かの熟成の、長い眠りに送り込むんじゃ。
「気の長ぇもんじゃなあ。ほんで神にもなれる酒が出来るもんかの?」
できるかの?はてさてううー。
反則技の時間魔法で10年進めて見た。
「おお…!これなら王になれるでー!!」品質はいけそうだ。だが、
「ならんで」
私は、この城の世話役なんだって。
「ちぇー」まあ、二人で末永く酒飲んでいこうよアンビー。
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