12.わたしの城下町
春に色々植えた。暑い夏が来た。
本当なら、作物を食う虫や病気の対策が大変なのだが…え~と。畑に湧く虫、デカ。で、早朝に空の大怪獣みたいな高速の鳥がやってきて全部食べてくれる。作物は無事だ。鳥の皆さん肉食なんだなあ。
作物は土地の魔力のお蔭で病気にもならない。スゲェ楽。全マルチバースの農家の皆様、私らだけ楽してすみません。
もしここの子供達が外の世界に出たら、本当の農業の辛さを思い知る事になるな…
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朝昼は子供達と一緒に畑の見回りに行く。
時間移動で、本丸御殿の台所で昼の弁当や夕食の下ごしらえをする、「ヤミー&クッキンアイドル軍団」の様子も見る。
「ほーちょーはね、ゆびをきっていたいいたいの。だからおもちゃでれんしゅー!」
おお!今や包丁も色々操れる様になったヤミーが、年上の子を指導できる様になっているぞ!大きな鍋を運ぶ練習も、春先に教えた事を実践している。
包丁は、腹で押しつぶすのではなく、手前に引いて切る。猫の手で指を切らない様に。包丁を洗う時は背から刃に向けて洗う。逆やったら大変だからな。
ちゃんと出来てる。ヤミー、言動は幼いっぽいけど実は凄く頭良くないか?
「でね~おやかたさま!おりょうりのやりかたをね、えほんでみんなにおしえたいの!」
「その前にヤミーが読み書きを憶えなさい!」
「ゑ~!」覚えなさい。
今まで読み書きの練習から逃げて本丸御殿をあちこち走り回っていたヤミーに特訓した。と言っても、カルタ競争の御褒美、お菓子欲しさに字は知っているので、少々工夫した。
「これが鶏肉を茹でたスープ」
「とりのまもの、お湯に入ってる!おふろみたい!」「もっと熱いぞ!」
肉の出汁を取る様子を絵に描きながら伝える。料理が好きで食事係になっている女の子も集まってじっと見ている。なおここに鶏が居ないので鳥の魔物を捕まえて肉と卵を得ている。卵の洗浄についても教え、生卵でも食べられる様に出来ている。
「塩は、一人の分が小さい匙半分、今は70人だから…」
「ちいさいの35さじ、おおきいので12さじ!」
え?ヤミー掛け算や割り算できるの?
「みんなでおいしーご飯つくるのにね、いっしょに作ったらいーねーって、考えたんだ!」
「ヤミーちゃん!頭いいね!」「小匙は大匙3杯分だから・・え~と?」
年長のクッキンアイドルズも感心する。言動の幼さがチャーミングだったヤミー。この城のわずかな時間で色々感じて色々考えて、凄い成長したんだ。
よし!ヤミー先生と食事係の子達には語学も算術も全部料理で教えよう!
「料理をするには、食べる肉がどんな魔物か、作物をいつどれだけ植えていつ刈り取るか知らなければいけない。一人がどれだけ食べて、水や塩やスパイスがどれだけ必要か、漬けたり焼いたり煮る時間がどれだけか。これがわかれば美味しい料理は出来るんだ。みんなで勉強しよう!」
「「「はい!」」」「おべんきょ~い”や”ー!」ヤミー先生ェ…
だが教育の結果、誰より上達したのはヤミー先生ェだった。やっぱり数学の基礎を教えるのには、生活に即した具体的な絵とかに例えるのって効果的だな。
*******
「紙が要るわね」
「贅沢言いよる」
「アンビーちゃんだって色々造る物の形を考えるのに紙があったらいいでしょ?」
ステラの言う通りだ。
「この森の魔物は角狼や角熊で、物を書く皮にはならん。遠い南の国じゃあ草や木を溶かして紙を作っとるそうじゃが…」
「それをここでやろう」
「「え??」」
三之丸の乾(いぬい=北西)側、色々工房を建設する予定地。中堀から外堀に向かう水路を分岐させ、その脇に工房を「ソイヤッ」と建てる。大きな竈と、四角い風呂場の様な鍋を備え、その背面には屋外に通じ、紙を乾燥させるための間口がある工房だ。
そこに取り出したるは、この城の材木である、巨大な魔の木。非常に頑強で油を塗って火を点けても燃えない木だが、細い枝は煮ると溶ける。非っ常ぉ~に便利だ。葉っぱも何か薬草になるんじゃないかな?
で、切り落として空間倉庫に仕舞った厖大な枝を煮て皮を剥いて繊維にして…簾子を作り、膠と繊維を煮た湯を何度も潜らせ、繊維を重ねていく。そして乾燥させ、紙が出来た。
竈、燭台、城内の煤を清掃時に改修し、菜種油を混ぜて作ったインクを凸版に塗り紙を載せれば、滲みも少ない字が印刷出来た。
粘度の高い印刷用インクとは別に、炭を高熱で焼成した黒鉛に粘土を混ぜ、乾燥させ焼いて油に浸して作った芯を柔らかい木で包み、空間圧縮魔法で圧縮する。うん、魔法じゃなくて機械にしないとダメだなあ。それは今後の課題として、鉛筆の出来上がりだ。
「こんな大きい紙、金貨何枚?うちの年貢半年分?1年分?ひい~!」
「この城ならタダだ。ステラ、試しに字を書いてみて?」
「やあぁ!そんな恐ろしい事できる訳ないよー!」
世間様では高価な紙に、恐る恐るステラが字を書く。
「あ…ああ!これなら文字も数字も書けるわ。人が増えたらどれだけ麦や野菜が要るのか計算できるわ!それに夜の子守り当番表も作れるし」
ステラ大臣、色々考えてくれてありがとう!
「おお!結構細かい設計図も描けそうじゃ!」
「音符と歌も書ける。これをみんなに配れば、一緒に色んな楽器で歌を奏でられる!」いつのまにか集まっていた子供達の中から、ムジカが先陣を切ると。
「いつ麦を植えて、毎日何を気を付けて、いつ刈り取るかを細かく書けるね!」ダンの後ろで細かな農作業の指示を与えているアグリが張り切る。
「絵も描ける…」年長男子のコマッツェがスラスラと絵を描く。
「コマッツェ、これお城の櫓か?上手ぇなあ!よし、俺はクロスボウの打ち方を描いて皆に教えるぞ!」ダンも続く。
一同大喜びだ。
ただダンには絵心は無かった。コマッツェがカバーし、見事なクロスボウの操作手順を描く。その向こうではムジカはじめ合唱隊が木材を定規代わりに4本線の楽譜を描き、みんなでそれを見ながら声を合わせて歌い始め、うわーと喜んでいる。
「黒ばっか~?トマトを描くのに赤いのも欲しいし、野菜を描くのに緑も欲しいよ~」おお。ヤミーの着眼点は鋭い。食欲直結だが、教本という意味でも鋭い。
「よし、赤や緑や青の色も描ける顔料や染料も探して造ろう!」
まずは赤さびを蝋で固めたクレヨンをヤミーにあげると「まっかー!」とトマトを書き始めた。ステラに抱かれていたミッシも「かきたいー、かきたいー」と手を伸ばすので、ヤミーと一緒に描かせた。
この工房の、大きな紙の上で、子供達の未来が、夢が広がっていく。
「この沢山の夢にどれだけ紙を作らなければいけないか分からない。だがしかし、自分の好きなものを絵に描く自由は子供達のものである。私は、子供達の絵を見ながら心が真っ暗になったのであった」
「また何かあたしたちの知らないヘンな事言ってる」
そして…
「この紙は柔らかく薄いものでいいよ」
それを重ねて、中に布を入れて、縁を強く押し込んで固め…
「これって、あの使い捨てのおむつ?!」
「そーだ!これで小さい子が何人来てもこの城では色々楽になるぞ!」
「あのおむつ、紙だったんだ…ひっ!!なんて贅沢な!!あんだけの紙が、一体いくらの金貨?え~!!」何を今更。
「この城じゃあ、小さい子が元気になる事が金貨より大事なんだよ」
「でも!デモ!もうやっぱわかんないー!」
「わしゃありがてーんで!」
「おねーちゃ、おねーちゃ!」ミッシが絵を描いていた。ああ、ステラの顔だ。
ステラが驚き、そしてミッシを抱きしめた。絵は子供らしいものだが、ステラの顔は喜びに満ちていた。
紙は、人に想いを伝える。
*******
「御屋形様、あたし、布を織りたいの」
何人かの少女を連れて来たステラ、その内の一人、オーリーが言う。ステラが補足する様に続ける。
「御屋形様は今までみんなにこの服や野良仕事の服、靴も冬の上着もくれたじゃない?でもこのまま子供達が増えたら、自分達で布を織って服を縫えないと駄目だと思うの」「それで、布を織る、か」
「この子達は、住んでいた村で機織りをしていたの。だから、色々相談したら機織り機を作って、なんとか布を作れるかもって…」
感動した!
「ステラ!君は、とてもいい子だ。賢くて、先を見る目があり、努力を惜しまない」
「きゃっ!この人また狂った!やめて抱き着かないで!」
「そかそか、じゃわしがギュっと…」
「アンビは御屋形様に抱き着かないでー!」
「なんじゃあおぼこさんめ!」
みんななかよしさんだな。
「ステラ姉さんは置いといて、機織り機を作って布を…」
「ええでー!わしに任せぇ!」
「じゃあ、糸は…」
「いい魔物が森にいるぞ。そうか、もう必要になったか。明日、製紙工場の隣に製糸工場と工場を作ろう。その後に、糸を作ってくれる虫の魔物を捕まえて、そいつの食べ物も植えないとな!」
「は、話が早すぎる~。あたしの村なんて機織り機もなかったのに~」
「なんじゃステラ、よし、わしが機織り機を木から削って作れる様に鍛えてやろう!」
「え?」「そんなのわしの里じゃあ娘っ子のたしなみなんじゃあ!愛しい御屋形様に寝間着を織ってやらんかい!」
「アンビーあんたそんなの織ってないじゃない?」
「わしゃ御屋形様にミスリルの鎧を献上するんじゃ!おんしらと格が違うんじゃ!」
そんなの要りません。作務衣とか丹前でお願いします。
「ちぇ~」
「機織りは~?!」ごめんオーリー。
製糸工場は水を多く使うので、製紙工場…紛らわしいな、紙工場と別の場所、三之丸東側に糸工場と布工場を建てた。昔故郷で養蚕と製糸が盛んだった諏訪の地、長大な天竜川の源泉であった諏訪湖は製糸工場の排水で富栄養化し、ヘドロの巷と化した。そういう轍を踏まない様に、西の紙工場にも、ここ東の糸、布工場にも浄水槽を設け、ノキブル川に戻す排水は極力浄化した。
自動織機は流石に金属部品等の開発製造が難しいので、フツーに手動にした。それでもアンビーとアレコレ考え、試作品をオーリーに使ってもらい、出来たのは秋口だった。
糸を吐く魔物、角毛虫は大人しく魔の森の桑みたいなの木の葉につられて製糸工場に来てくれた。その体長1m。でか。でも動きがのっそりしてて何か可愛い。
で、繭なんて作らない。ひたすら馬鹿でかい魔の森の桑の葉を食って、ひたすら糸を吐くだけ。で、ある日突然脱皮して成虫、蛾になる。蛾になっても動きゆっくりでかわいいし何かカラフル。謎の生態だ。
吐いた糸を二本の棒で捕らえ、回転させて絡め取り、それを茹でて解せば…この糸、光ってる。
試作品の織機で布を織れば…鶴の恩返しかって位の上質な布が出来た。
「ステキ…こんな布、金か宝石みたい!」オーリー達機織り組だけじゃなく、糸取り少女組にも目を輝かせる。
三之丸に、この城で初めての工房が出来た。今まで畑を手伝うだけだった子供達が、紙を漉き、布を織り、服を縫う。
いずれ子供達が大きくなり、人数も増え、三之丸に家が出来れば、工場だけではなく店もできる。
家や店が軒を並べれば、それは城下町だ。働いて家に戻る子達が寄り道する居酒屋なんか出来たら最高だ。今は収穫を待つだけの、空の酒蔵に期待が募る。
夢はそれだけじゃない。森の外の各地に、信頼できる商人と契約出来れば、この城で子供達が作り上げた商品が外の世界から外貨をもたらし、生きていくために必要な物資をもたらしてくれるだろう。
これから、紙も布も、色々なものがこの城の中で、子供達の手で造られていくのだ。私がいなくなった後も。いや、私がいなくなってもいい様に、だ。
なんて二之丸塁上の櫓から、工房の甍や煙突、その向こうの本丸に並ぶ三層櫓、そして皆が暮らす本丸の大入母屋屋根が、月明りに朧気に浮かび上がる盛観を眺める。天守は未だ無い。
この先の事を考え、日本酒をチビチビやる。「いなくなるまで、200年かな?」
「いなくなんないでよ」あ、居場所がバレた。ステラが昇ってきてズイと私の手を握る。
「そりゃ無理じゃろ」いつのまにかちゃっかり隣に来て、手酌で杯を飲むアンビー。
「そうだな。人には、必ず別れが来る。私は死ねないけど、いつまでそうか分からないしな。それに…悲しいけど私より先に、君達が先に天の国へ行く。私は、君達を看取る。毎度の事ながら辛いな」
「そうそう、人の命は儚いもんじゃ。だから、今を目いっぱい楽しむんじゃよステラ!」
アンビーがステラを私に押し付ける。おっとはずみでステラを抱き抱えてしまったが…
どつかれるか何か言われるかと思ったけどステラが顔を真っ赤にしている。
「何か言わんかい?言わんならこっちは仲良くするで?ほれほれ」迫るなアンビー、それは床に入ってからだ。
「男ってサイテー!」あ、ステラ逃げた。
*******
夜中。後日知った事だが、ダンとステラが寝床で話したそうだ。
「姉ちゃん。いいのかよ?」
「何言ってんの?早く寝なさいよ」
「寝られないのは姉ちゃんもだろ?御屋形様好きなんだろ?」
「嫌よ、あんなおじさん」
「俺たちが今こんな柔らかくて暖かい布団で、お腹いっぱいで寝てられるのは、姉ちゃん、誰よりも…」
「どうしたの?」
「姉ちゃん、一番解ってんだろ?」
「ダン?泣いてんの?」
ダンは押し殺した声で、震えながら話した。
「全部父ちゃんのお蔭だろ?姉ちゃん、父ちゃん大好きなんだろ?だから、父ちゃんが連れて来た皆の為に、頑張って世話して手伝ってんだろ?」
「父さんは私達を捨てたじゃない」
「俺たちを捨てた奴は、もう親でも何でもない。俺たちの父親は、御屋形様だ、父ちゃんなんだ!俺はここで父ちゃんのために頑張るって決めたんだ!」
ダンは布団の中で、泣いていた。泣きながら、過去にけりを付けるため頑張っていたんだ。
「姉ちゃんは!…あの村長のクソ餓鬼に汚されておかしくなっちまったんだ!男が怖くなったんだ!いつまでそのまんまなんだよ!」
次は姉の番だ、とダンはステラに迫った。ステラは何も答えられなかった。
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