13.ギブオアテイク、150

 麦の収穫が春には終わり、その時に植えた大豆も実って収穫した。枝豆に、納豆に、豆腐に、植物油も生産出来る。勿論、味噌に醤油も造るぞ!異世界を和食で侵略してやる!…って、もう備蓄食料で料理しているから子供達には認知済だったー。

「ちょっと臭いが…」そうだよねステラ。

「なっとー、んまんまー!」ヤミーは何でも食べるな。

「なんでこんなネバネバになるのかな?」と不思議がるモネラ。

「大豆に小さい生き物がくっついて、大豆を食べてネバネバを造るんだ。そのお蔭で大豆をそのまま食べるより、元気な体を造るものが多く食べられるんだよ。

 それに、体の中に色んな病気の元になる小さい悪い生き物が入って来ても、納豆を食べるとそいつらをやっつけてくれるんだ」

「くさいのに、ふしぎね」

「人の目に見えない、小さい小さい生き物の世界を、色んな国の色んな人が、長い暮らしの中で試して、上手くいった、役に立つものを伝えて、美味しい食べ物が造られたんだ。有難いね」

「小さい生き物かあ。見てみたいな、小さい生き物たち」

 造るか、顕微鏡。電子顕微鏡じゃなきゃ見えない様なものはムリだな。


 試験的に水田に終えた酒米も思った以上に育ち、精米に備えてアンビーと刈るかと思いきや…

「皆で刈るぞー!」とアグリの叫び声。

「御屋形様ひでーや!なんかすんなら俺たち呼んでくれよ!酒でも何でも手伝うぞ!

」続いて乱入したダンや男性陣も集まって、結局大人数で米を刈り入れた。頼もしくなったもんだ。


 この秋最後の収穫は、葡萄畑だ。食用の葡萄の収穫は早めに終え、例によって「うまー!あまー!」とヤミーご機嫌の絶叫を呼び覚ました。そこから遅れて、小粒で皮の厚い赤ワイン用の葡萄を収穫した。

 植えた時期が遅かったとはいえ秋の内に収穫できたのは流石魔の森ならではだ。来年はスパークリングワイン用の白ブドウも植えてみようか?


 ワインを踏むのは、別に男でも良いが、やっぱり女の子だよね。って事で女子組に頼んで、大きな桶に敷き詰めた葡萄を踏みつぶし、果汁を絞る。

「えー!なんでー!もったいないー!いやー!!」ヤミーの叫びが木霊する。

「男は!酒と!女ばっかり!デレデレして!」何かステラ怒りの葡萄踏みが炸裂してる。

 葡萄を踏む姿をコマッツァが必死にスケッチしている。嘆きのヤミー、怒りのステラ、そして、真ん中には天使の様な弾ける笑顔のムジカが描かれている。こいつぅ。

「おさけってなあに?じいちゃんもとうちゃんも命だーっていってたの」モネラが純粋な目で問いかける。

「お酒はね、ブドウや麦、米の、甘いところを、麹っていうちいさ~い目に見えない生き物が食べて、アルコールっていう、大人が飲んだら美味しくて幸せ~ってなるものに変えてくれて出来るものなんだよ」

「こうじっていきものがいるんだ。納豆みたいなもの?」

「あー!そうだけど、お酒を造る麹と、納豆を造る納豆菌は、絶対一緒にしたら駄目!お酒が臭くて飲めなくなっちゃうよー!」やべ、酒全滅の危機。

「えー?ちっちゃい生き物、お友達じゃないの?」

「お友達だけじゃないんだ。中には人間をいっぱい死なせてしまう、恐ろしい小さい生き物もいるんだよ」

「し、しんじゃうの?」

「今ここにはいないから安心して。モネラは頭がいいね。小さい生き物の事を一杯勉強したら、とっても多くの人を幸せだーってできるかも知れないね!」

 この子のために、顕微鏡も作ろう。


 葡萄の発酵が始まると皮が浮かんで盛り上がる。攪拌して盛り上がった皮を果汁の底に戻す。頃合いを見てこの醪に空間魔法で圧力を加え、皮や種を取り除いた現役を樽に詰める。そして数週間で味見をする。ヤミーとモネラ、引率にステラが同行する。

「ほお!こりゃ、わしらの里で飲むワインより華やかな香りじゃな!」

「葡萄がワイン造りに適したものなんだ。皮が厚く、色の濃いものを使っている」

「そうか!じゃあ今夜はワイン三昧…」

「これを1年は寝かそう。目指すは3年後だ。深い味わいと甘い香りが出来るぞ!」

「ちぇ~」可哀想なのでヌーヴォー(新酒)はそれとしてのもうな、アンビー。

「おーいぇ~!」

「甘くなくなって、ブクブクして、とっても不思議ぃ~、ふぃ~」

「「「モネラー!!」」」」必死に体内のアセトアルデヒトを消したー!

「踏んづけたブドウ、おいしくなったの?!」

「「「ヤミーもヤメテー!」」」

 アルコールは成長中の子供の体に有害です!お酒は大人になってからー!!


 寒さがやって来た9の月、つまり11月。割と自然の酵母に任せるワイナリーとは反対に、日本酒の仕込みは色々難しい。難しいので、今年は私がやって見せ、アンビー以下は見学に留まった。米が割れない様丁寧に精米し、米を蒸し、麹をまぶすところまでだ。米が割れると、麹が米の中心にある澱粉を上手く糖に変える事が出来なくなる。

 この最初の手順を踏んだ後、本当の酒造りは、これからも長く繊細な管理が要る。

 それはあくまで私の趣味の範疇で、まだみんなを巻き込むには、理解してもらうのが難しい工程だ。説明に絵も要るな。温度計も作らなきゃ。

 冬を越し、酒蔵に吊るした杉…じゃない魔の森の細い枝が色づく頃には、そこそこの酒が醸し出されるだろう。いや、この地は色々おかしく、有難く作用してくれている。案外美味い酒が出来たり…まあ期待半分だ。みんなの協力を得るのは、上手くいって、更にもっと皆大きくなってからにしよう。

「あんたぁ時間操れるんじゃったら、ウイスキーもニホンシュも出来たの持ってこれるんじゃろ?」

「いや、未来を色々いじくると、私達の未来が変な方向に変わるんだ。今ある物の時間を早めて熟成する事は出来るけど…」

「けど?」

「自然に任せてゆっくり寝かせた方がいい酒が出来るもんだ」

「どんだけ?」

「日本酒1年、ワインで3年、ウイスキーなら5、6年。熟成にはそれだけ掛るって誰かの詩さ」

「ちぇー」

「まあまあ。日本酒ならあの緑の枝で造った玉、酒林が茶色になった来年の2~3月頃には飲めるよ」

「う~ん、微妙じゃな。でもそん位なら御屋形様秘蔵の酒飲んで待てるなあ!」

 本当はワインもウィスキーも熟成には限度が無い。最低でそんなもんだ。昔、故郷のノルマンディー上陸作戦記念行事にフランス政府がイギリスやアメリカ等の来賓のために1945年産のシャンパーニュを数百本用意したのに苦心したって話を聞いて「そんな古いのも何百本もシャンパーニュ地方は秘蔵してたのか~」って気を失いそうになった。毎年固定資産税を持ってかれる日本では絶対できない技だなあ。


 なお、熟成に拘らなければ、酒は直ぐに出来る。戦争繋がりのお話で、捕虜収容所なんかでは米でもパンでも芋でもバナナでも、穀類は捕虜たちがすぐにくすねて酒にしてたそうな。捕虜じゃなくて派遣軍なんかは本国から醸造家を呼んで酒蔵を建てて酒造りに勤しんで、所によっては本国よりいい酒を造ったとか。満州なんかでは。閑話休題。


 この後、糖化した醪を巨大な樽に移し、そこで発酵させる。樽は日々刻刻変化するので温度や雑菌の繁殖を警戒しつつ、常に見張る必要がある。時間を渡り歩ける自分でなければ相当に過酷な仕事だ。昨晩は順調に発行していた樽が、翌朝雑菌で全滅なんて事もある。莫大な米を無駄にしないためのノウハウを、私は過去の世界で記録して来た。この世界にカスタマイズしたものを子供達に託し、未来の収入源にしよう。


 酒の仕込みもある程度終え、この城初の秋の収穫祭を行う事とした。秋というよりもう冬だが。麦を挽き発酵させパンを焼き、米を炊き、肉を焼き、菓子を焼き。青菜もしっかり食べる。田畑の収穫をみんなで存分に味わった。

 勿論食後には果物を使ったデザートも大盤振る舞いだ!あちこちで歓声が上がる。

 思えばこの魔の森に城を築き、既に1年が過ぎて、二度目の冬を迎えていた。

 まだ、天守は上げていない。


*******


「畑仕事も終わったし、山を掘るでー!」

 アンビーの掛け声とともに、冬を越す塩を確保に年長組が馬車に乗って出発した。岩塩採掘は幾度か試掘してあるので問題は無い。だが、アンビーの夢である鉄や銅、更には金、そしてミスリルといった貴金属を採掘すべく外輪山北側の探索をする事にした。これも成功すれば子供達の収入になる。


 城から北に、森を貫いて盛り土した道を「そいやッ!」と伸ばし、大雨の時川になる場所には水を逃がすアーチ橋を設け、岩塩採掘地まで道を作った。この辺疎かにすると、嵐や雪解けの時にあっという間に道がぬかるみ、崩れたりするから。外輪山の手前で大きくカーブし、中腹に沿って西に廻り、死火山の裏側、試掘済の鉱山地帯まで道を伸ばした。

 近い将来この未知に鉱物資源を輸送する鉄道を敷いて、産業と観光に活用したいね。

 道の終りの周辺には古代の海水が凝縮され地上近くに押し出された岩塩が、目の前のあちこちに現れていた。

「これで城が塩に困る事はない。命の塩だな」

「三食昼寝付きの恩返しにはなったかの?」

「何言ってるの?色々な便利道具をスっと作ってくれる我が奥様は城にとっては既に某衛門クラスだよ?」

「なんじゃ某衛門って?」説明すると怒られるのでアッサリ流す。

「こっからはアンビーへの恩返し、金やら銅やらミスリルを探そうな!」

「頼もしいな御屋形様あ!わしゃやるぞー!故郷に宝の山を持って帰って売りつけるでー!」周りは冬だがアンビーの体は熱い!商魂も逞しい、天下の暴れん坊だ!


*******


「で、今年は冬の礼拝をやろう!」

 色々な仕事も片付いた年の瀬の夕食時に、私は宣言した。子供達の顔がぱあっと明るくなった。

「麦も米も大豆も果物も、予想以上に収穫できた。この冬にこの城に住む子供が200人位になっても春を迎えられる。増えて欲しくないけどな。」

 ステラが、あやしていた子を強く抱きしめた。余計な事言ったか。

「今年も、また優しい枢機卿様を迎えて、冬を無事に過ごせるお祈りとお祭りをしよう!」

「「「わー!」」」「「「おまつりー!」」」「お恵みがもらえるの?!」

 お恵みとは、冬を越すためのお守り、実に質素ながら綺麗な色に塗られた木の実等のプレゼントだ。

「よっしゃあ!わしもお恵み作っちゃるでー!」「150人分な」「おう!」「私も手伝うからな!」全く躊躇してないアンビー、無理すんなよ。

「ありがとう!御屋形様!アンビー!」

 喜ぶ子供達を見て、珍しくステラが素直に礼を言う。子供第一な、優しいステラお母さんだ。


*******


 という訳で、創世教の総本山。「枢機卿様」

「おお!お待ちしておりました!」高位の人、上級貴族を超える位の人ながら、正体不明の私の、夜半の訪問にも応じて下さる。

「命の礼拝の節は、誠にありがとうございました。枢機卿様に祝福を頂いたお蔭で、子供達は誰一人病む事も傷つく事もなく、無事年を越せそうです」

「それは皆が篤い信仰を持っていたからです。それで、またこの老いぼれをお招き頂けるのでしょうか?」

「はい。ご予定のお邪魔にはならぬ様に致します」と、枢機卿様の予定を伺い、約束を取り付けた。


*******


 そこからは御馳走の準備とプレゼントの用意、礼拝の練習、新年を迎える礼拝の歌の練習で賑やかだった。

 大広間ではムジカの奏でるオルガンが響く。そこに合唱の声が重なる。春の命の礼拝の時は、みんなで同じ旋律を歌う斉唱だったが、和音を教えたら見事な合唱が出来る様になった。素晴らしい。

 あれ?ちょっと音が外れてる子が…と思ったらステラに抱えられたミッシが「きょ~よ~、いと~よ~」と必死に歌ってる。合唱隊が笑い出した。皆素敵な笑顔だ。


 台所の配膳所ではヤミーと年長の子達が、150人分の御馳走とお菓子と飲み物をどれだけ用意してどの時間で作り上げるかを計画している。計画に無理はないか、動かす物が重すぎたり、怪我や火傷をする危険がないか後で見に行こう。

 考え込んだヤミーが計算表の品目のところに、食材の絵を描いた。すると、みるみる計算が進む進む。重さと具体的な食べる大きさのイメージが繋がらなかったのが解消したのか、年長の女の子たちが驚く計算の早さだ。

 食欲は偉大だ!…


 奥書院では私が設計図を描き、アンビーが部品を作り、手先が器用で工作が好きな子がそれを組み上げ、数多くの玩具を作った。

 去年の冬は教育用に絵本やカルタ、積み木、計算クイズ、玩具の楽器等を作ったなあ。今年は独楽、着せ替え人形とカラフルな服、小さい木の台所や小さい家、三輪車、魔物を象ったボーリング、そして凧や羽子板、でんでん太鼓などを続々作った。

 面倒になったのか、アンビーは途中で旋盤の設計図を描き、木材の回転加工を高速で仕上げる作戦に切り替えた。

「部品をぼっけえ数作る時は、鋳型を作って抜く方が早えのとおんなじじゃろ?あんたがそう言ったんで?」そういや機織り機の金具作る時にそんな事言った様な。

 独楽やシャーシ、ボーリングのピン等回転モノは凄い早さで仕上がって来る。磨きも彩色も旋盤を使えば流れ作業だ。色とりどりに、艶やかに仕上がる玩具に、色塗りの子達が「うわー、きれー!」「簡単だわー!」と声を上げる。

 これ、名産品に加えていいかも。


 機織り組は森の木の大振りな枝を「冬の木」、まあ樅の木の様な、冬を祝う木に見立て、大広間に飾り付けて行く。少女達のがんばりを見ていると何か手伝いたくなる。んで、小さな魔石に、透き通る染料で色を塗り、蔓で結んで大きな魔石を両側に繋げると、おお、色とりどりのイルミネーションが!

 クリスマスの時とか、あの色とりどりの電球がチカチカするのをクリスマスツリーに絡めて電気入れた時のワクワク感、数千年経っても消えない嬉しさが蘇る。

「きゃー!」「きれー!」と大喜びの機織り組。ちょっと鼻が高い。

 温泉では「御馳走何にするの?」「ないしょ!」

「お恵み何かしら?」「とっても面白いの作ってるのよ!」「教えてー!」と女性陣の黄色い声。

「俺、侍者なんて上手くできるかな?」「大丈夫だあ!春は俺たちがやったんだぞ!」

と、男性陣も年長組が新入り達に向けて威張っている。

 男子も女子お祭りに向けて楽しそうにしている。何となく学園祭を思い出し、

「故郷ではこんな催し物があってな」とアンビーやステラはじめ年長組を前に、酒を飲みつつ感慨に耽った。若者に嫌われる年寄の昔自慢だ。

 若い頃の祭でデカイ山車に城の天守を作ったり、巨大ロボットを作って練り歩いた時の話をしたら

「御屋形様って何千年も前から変わってないわー」とステラが呆れた。

「そこがええんじゃがあ」と擁護してくれるアンビー。

「物を作る精神は御屋形様の故郷伝来のモノじゃったんかあ。うん、うん」いや決してそうじゃないよ?

 その時の仲間も作ってる過程で積み上がるゴミにうんざりしてたから。

「やっぱりダメじゃん!片づけなよ!」ステラさまの言う通りです。ごめんなさい数年年前の友達。


 一同の興奮が盛り上がる冬。しかし、夜になると幸せそうに寝ていた子が、はっと目を覚まし、泣き出す事が多くなった。行って慰めると、「父ちゃん、母ちゃん、いっしょにお祝いしたいよ」と、楽しかった家族と一緒に過ごした冬の礼拝を思い出していたんだと分かる。小さい子も、大きい子も関係ない。男子も女子も、思い出した様に、泣き出す。

 家族の思い出は消えない。大人になっても思い出すだろう。私もそうだ。数千年経っても、今は亡き父母兄弟とのクリスマスの礼拝とその後のパーティーを思い出す。

 この子達は、今その思い出から追い出されてしまったのだ。幼い子には、それはどんなに恐ろしく、辛い事だろうか。

 だがきっと、皆にとって、この城の思い出も負けないものにしてやるからな。

 私が親から受けたあの楽しい思い出を、きっとみんなに、みんなの子供にも伝えるからな。

 ふと、子供達の明日のために今を戦い、明日を戦える様に励ますヒーローソングを思い出した。まあ、この子達に思い出してほしいのは私じゃない、アンビー、ステラやダン、ヤミー達だ。

 とうちゃん、かあちゃんと泣きながら眠りに入りつつある幼い子を撫でながら、私は今よりも幸せにする、そのために今日を戦うぞと誓った。

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