14.フェイツ・ハザード

 冬の礼拝当日。今度は冬なので、馬車でのんびり移動とは行かず、「空間接続チェースト!」で南之院の南大門へ。早くも日の落ちた茜空の中、魔石を使ったライトアップで、巨大な東西七重の塔や本堂の赤い柱や赤い垂木(軒裏の壁から軒へ連なる長い棒)が輝く。雪を纏った伽藍が光の中で幻想的に浮かび上がる。

「なんか天の国ってこんな感じなのかもね」ステラが感嘆して言う。

 心の中で、ごめん、これ天の国じゃなくて極楽浄土なンだわ、と詫びる。

 自分達以外人のいない巨大伽藍の真ん中を皆で本堂へ進む。寒い。早く本堂に入らないと小さい子が風邪ひく。


 と同時に枢機卿様をお迎えし、控室へ招く。

「この大聖堂の、外の姿を見せてもらえんかね?」と枢機卿様。

「はい。礼拝が終わりましたら、子供達と一度外へ出ましょう。後、宜しければ、ささやかな祭りなのですがお食事へお招きしたいのですが」

「おお!それはそれは。ぜひ子供達とお話したいものです」


 空間振動で気温を上げてある本堂の中。

 礼拝の始まりを告げる、入祭の歌が奏でられ、侍者の男子たちが緊張しながら控室から祭壇の中央へ枢機卿を先導し行進する。前回頑張ってくれたダン達は、惣構えや三之丸の警護を買って出てくれて、礼拝は欠席だ。

「今宵、古き命が天に還り、新たな命ぞ息吹き始める」ムジカが歌を先導する。

「神の恵みは天と地に、万軍率いて輝き照らす」美しい合唱が続く。

枢機卿の祝詞が本堂に響く。

 「天にまします全てを賜いし神に栄光」

 侍者の持つ鈴の音が響き、それを合図に内陣の鐘楼の鐘が打ち鳴らされ、祭礼が始まる。鐘楼は和風だが鐘は大小が連なる洋風だ。もうちょっと考えるべきだったかな?


 何度も音楽組が練習した合唱が祝詞を歌い、居並ぶ子供達の中でも覚えた子は声を合わせて歌う。そして、子供達にとっては長い礼拝。

 聖典を朗読するジョーも、春より感情を込めた読み方に成長していた。

 しかし、枢機卿の説教は短く易しい言葉で、時に面白く笑いを誘いあまり時間を感じなかった。流石高位の枢機卿だ。そんな話術のお蔭か、後半の合唱はより多くの子供が声を合わせる。


「天には栄え、地に命満つ、今ぞ巡りぬ緑の時」新年を喜ぶ勇ましい閉祭の歌の中、枢機卿は退場し礼拝は終わる。控室で侍者の男子が「はあ~」っと溜息をもらす。

「皆さん、とても素晴らしい振る舞いでした。大聖堂の侍者にも負けませんよ」と枢機卿様が労う。緊張が解け、侍者勢が笑顔になる。

「今年もご無理をお聞き届け頂き、有難うございました」とお礼を述べると、

「「「ありがとうございました!!」」」と侍者組が並んで深く頭を下げた。

 枢機卿様は、優しい笑顔で答えた。

「では魔導士様。今宵こそは子供達とお話する機会を頂けないでしょうか?」


 一同、本堂を出て参道を南大門へ。

 枢機卿様は「ほおお!ほおお!こんな巨大な建物、総本山にもない。しかも見たことも無い建築様式、遥か古代に東の彼方にあったという神話があるが…信じられぬ」とひたすら驚いていた。古代の東方…やっぱり異世界定番の、中国や日本っぽい国があるんだ。九尾の狐っぽいキャラもいるのかな?

「枢機卿様、お外は少々寒いので、祭りの広間へご案内します」と、子供達と一緒に本丸御殿前へ空間移動チェースト!


 玄関を入り、大広間へ移動するとそこは上座を緑の木(実は魔の森の巨木の枝)で、周囲を金や赤の紙で作ったモール、そして色とりどりに光るイルミネーション。

「うわー!」「きれー!」「光ってるー!」

 ヤミー達はサンドイッチやローストビーフ、サラダ等作り置きした物を運び込み、壺からみんなにジュースを注ぐ。

 私は司教様を上座に招く。枢機卿様は大広間の装飾にも、屏風絵や格天井にも、そして食卓に並ぶ品々に驚いている。


「この城に住むみんな。去年からいる子も、この間来たばかりの子も、みんなで一緒に新しい年を祝おう。さっき礼拝で皆のためにお祈りをして下さったとても尊い司教様、コンクラベ選皇枢機卿様も一緒に祝って下さる。みんなで食前の祈りを捧げ、食事を始めよう」

 子供達が手を合わせると、枢機卿様が「天に在します創造の神よ」と先導すると、

「「「、我らを祝し、御恵みによりて…」」」と子供達が続く。

祈りを終え、司教様にワインを注ぎ、「乾杯のお言葉をお願いします」と音頭をお願いする。

「皆さん、お祈りする姿はとても良い子でした。今年が皆さんにとって、楽しく暮らせる良い年になる事を、私は神様に祈ります。では、乾杯!」

「「「かんぱーい!!!」」」元気な声が響くと、ムジカ達有志楽団が冬の礼拝を祝う歌を奏で始める。

「亡ぶる事なき命を褒めよ、今宵開けたる天の道」二部合唱が綺麗に重なる。礼拝の時の緊張した空気の中でも美しく感じたが、皆が美味しそうに料理を食べて賑わっている中での歌声も綺麗だ。


「私は夢を見ているのか。魔導士様、貴方は何者で、いやここはどこで、この子達は天使なのですか?あの子達は、まるで総本山や大聖堂の、貴族の聖歌隊の様に綺麗に歌っている。礼拝では小さい子まで私に続いて祈りを唱えていました。字も読めるのではないですか?」

「子供には無限の可能性と、好奇心があります。貴族でも平民でも、他民族でも、お祈りを教え、字を教え、歌や絵を教え、この机の上の料理も教えれば、ちゃんと出来る様になります」驚きに固まる司教様。

「しきょーさま、おいしいですか?」ヤミーがシチューを配りに来た。

「お、おお。これはお嬢ちゃんが作ってくれたのかね?」笑顔を作りながら、半信半疑に司教様が聞く。

「うん!、あ、はい!御屋形様から教わったの・・ました!」ちょっとたどたどしい敬語で必死にヤミーは答えた。「あ、熱いのは匙で食べる・・くださいねー!」

「そうですか。では…んー!」一瞬怯み、匙を口に運び、たちまち笑顔になった司教様を見て

「あたしとおんなじー!おいしー顔ー!あっ!」と真っ赤になるヤミー。

「は、おいしい顔ですか。はっはっは。その通り、お嬢さんのおいしいお恵みが、私においしい顔をプレゼントしてくれました。とてもおいしいですよ」

ヤミーと、食事の配膳をしていた女の子たちの顔が明るくなり、

「「「ありがとうございました!」」」とお礼を言った。


 それから枢機卿様は侍者の先頭を仕切っていたゲン-欠席したダンの弟子格の少年や、オルガン演奏や独唱に活躍したムジカ、聖典を朗読したジョー、そして始終小さい子の世話をしていた、私の隣にいたステラに労いの言葉を掛け、ワインを注がれ相当ご機嫌になっていた。

「タイム殿!ここは神が祝福した地だ。誰が小さな子供達を高度に教育し、美味しい食事を与え、輝かしい笑顔を与えたのか。これは奇跡だ!」

 神に祈りを捧げながら、枢機卿様は寝入ってしまった。私は枢機卿様を総本山の自室の寝台へ送り、子供達に描かせたお礼の言葉を執務机に置いた。


 ゲストがお帰りになった後は、みんなお待ちかねのプレゼントタイムだ。創世教ではない、別の古い宗教に属するため今までの行事を遠慮していたアンビーが、枢機卿様と入れ替わりで玩具の山を抱えてやって来た。サンタさんかな?子供達の目が輝いた。

 カラフルな魔石で造ったペンダントと、大量に作った玩具から好みが合いそうなものを渡していく。小さい子は独楽や人形を貰って大喜びだ。

 三輪車を貰った子は早速大広間の廊下をダーっと…小さい子だったのでうんしょうんしょと走っていった。雨戸にぶつからない様世話係の子が追いかけていく。

 薄い板で作った折り畳み式の小さな家をもらった小さい子は、小さい台所を貰った子とお料理あそびをはじめた。

 羽根突きを貰った年長の女の子は、この夜半に屋外では遊べないが、色彩豊かに描いた姫や花園に見とれていた。

 凧を貰った男子は、ドラゴンや騎士の絵を満足そうに眺めつつ「これどうやって遊ぶの?」と不思議がっていた。「これが空高く飛ぶんだ。よし、次に晴れた日に一緒に遊ぼう!」と約束すると「飛ぶのか!」と喜んでいた。

「はっはっはー、みんなご機嫌じゃのお!」「ああ!アンビー、有難う」

「アンビー、御屋形様、本当にありがとう。こんな幸せな冬の礼拝、信じられないわ」

 ステラは、色とりどりの魔石で飾った燭台を胸に感謝してくれた。

「この燭台、将来私が大人になった時、私の部屋に置かせてもらうわ!」

 泣くなステラ。今日は冬の礼拝、新しい一年の訪れを祝う日だ。笑って過ごそうよ。


 皆お腹一杯、プレゼントも一杯で幸せいっぱいな冬の礼拝だった。寝る前に、ちゃんと風呂に入れて歯を磨かせたけど、小さい子はかなりうっつらうっつらしていた。祭りを仕掛ける側は、最後まで大変なもんだ。だが、祭りは祝う側より、仕掛ける側の方が絶対楽しいのだ!

 さて…食事の片付けもしなければ。はあ。終わったら二次会と称してアンビーと飲もうっと。


*******


 選皇司教コンクラベはご満悦だった。総本山でも飲んだ事がない美味なワインに酔っていた。子供達は笑顔に溢れ、どの子の頬も赤く健康そうに成長していた。

「タイム殿!ここは神が祝福した地だ。誰が小さな子供達を高度に教育し、美味しい食事を与え、輝かしい笑顔を与えたのか。これは…」

「それは、御屋形様です」


 魔導士の隣にいた少女が、醒めた目で応えた。


「この地は魔物が人を食い殺す地で、私達は親から捨てられた者です。それでも、私達は祈りを捨てられなかったのです!」

 その少女の後ろには、やせ細った子供達が、醒めた目で自分を見ていた。少女もyせほそっていた。彼らの足元には…

 数多くの子供達の骨が散らばっていた。


 選皇枢機卿は驚き、目を覚ました。周囲を見回せば、準備のための経典が積まれていた、冬の礼拝の前日であった。酔いは無く、「夢だったか」と一瞬思ったものの、少女の醒めた目を思い出した。

「良い夢だったのだが、悪夢だったのか?」

 と起き上がり、執務机を見て驚いた。そこには、確かに子供達が拙いながらも書き綴った感謝の言葉が満ちた紙があったのだ。

「神は、私に一時の幸いと、果てしない試練をお与え下さった…」

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