05.はじめてのおりょうり

  あれよあれよと城は体裁を成してしまった。三之丸、二之丸、本丸と重なる石垣、壁、門、櫓。

 この世界に辿り着く前、別の世界でも何度か築いたけど、その都度感慨深い物があった。かつてのあの城、この城に住む子供達は元気だろうか?思わぬ強敵に追い払われたり奪われたりしていないか?逆に強大になり過ぎて外部に迷惑かけたり大それた事してないだろうか?

 まあ、大丈夫か。血は繋がっていないが、私と、私の愛した妻達の子供達だから。


 さて、今のこの世界。冬まで約1ケ月。雪が降る前に本丸御殿を仕上げてしまおう。収容人員約50人、最大100人。服も寝具も食料もあらかたは次元倉庫に確保済だが、試験的に畑も耕し、出来ることなら子供達に自分の手で収穫した食べ物の味を楽しんで欲しい。


 健康診断や出身地、年齢、誕生日等を少しづつ聞き出しつつ、お話や歌、名前の書き方を教えつつ数日が過ぎた。若干顔色が良くなった子供達、特にヤミーは今日も元気に朝食を食べた。ミッシも「おえあえ、あのしー」とお話の真似をし出した。お出かけ楽しいって言ってるんだろうか?顔色も良好だ。「うえー!うえー!」しまった!ダンの少ない語彙がミッシに写った!

 それは兎に角、もうじきRUTFは卒業だ。1日三食、離乳食をみんなと一緒の食卓で食べよう。


「今日は二之丸に畑を造ろうか」

 ここで畑を造り、作物を収穫する実感を皆に持ってもらおう。幸い、土の状態は良好だ。なんせ数日前まで肥沃な森だったのだ。火山灰のお蔭か、石灰や肥料で酸性の調整は要ら無さそうだ。

「みんなでここからここまで耕してくれ」とダン達4人に小さな農具を与えて、手本を見せつつ耕す練習をする。みんな体が小さいので苦戦して土を掘り、雑草を抜き小石をどける。私はそれに続いて、深く鍬を叩き込んで耕す。ステラはミッシのお世話をしてくれる。ムジカもモネラも小さい手で小さい鍬を一生懸命振っている。


 ある程度耕すと、子供達は体力がないせいかバテてしまう。

「よくがんばった。この耕したところを、倍の倍に増やしてやるぞ!空間複写、チェースト!」

 謎の掛け声とともに4列の短く耕された畑を、縦横倍づつに増やす。こっそり地面も深めに柔らかくしておく。

「畑があっという間にこんなに広くなった…私達、村で何を苦労してたんだろ…ははは」なんかステラが燃え尽きそうな表情で畑に崩れた。

「他の誰にも真似はできないから気にするな。一休みして次は種を植えるぞ!」


 蜂蜜を混ぜた甘いパンケーキにバターを乗せて間食にする。ヤミーがお目めもほっぺもまん丸にして「むー!むー!」と興奮している。真っ白になりそうだったステラも黙々と食べている。「ねーちゃんそれ俺のー!」無視して食ってる。ムジカとモネラはサッと姉弟から距離を取った。

「ひとの物盗る奴には次からやんねーぞ」と少々怒気を込めると、顔色を悪くしたステラがパンケーキをダンに返した。


 農地の大部分に、来年に備えて小麦を撒く。異世界を超えて旅しても良い様に、色々な作物の種や苗を、厖大に蓄えてある。一画を、ハツカダイコン、水菜、豆苗など、サラダや鍋にしてもいい野菜の種を植える。4種類の種をダン達に渡し、4列に分かれて植えてゆく。

 水やりも奥書院に水道があるので苦労はない。みんなで水を運んで畑に撒いて今日は一旦終わり。芽が出るまでは水撒きだ。


 麦畑はここだけじゃなく、実は城の北側にひっそり畑を空間魔力で耕し、大麦を植えていたのはナイショだ。何に使うのか?それもナイショだ。


*******


 御殿に戻ってお昼だ。魔の森に来て、粥ばかりでは飽きるだろうから昼は初パスタといこう。ここ数日で皆の胃腸の状態も、やっと離乳食を食べられる様になったミッシ以外は思いの外改善している。角熊肉のベーコンを薄く細く切って炒め、野菜多めのペペロンチーノを…おっとヤミーが凄い眼力で見てる。

「このおにくなに?」

「ああ、ずっと前にやっつけた角熊の肉を塩に浸けた奴を」

「しお!とってもだいじなの!だめ!」ああそうか、貧しい農村では塩も香辛料も無い訳じゃないが高価なものだ。

「ここには塩はたくさんあるよ」

「でもぜーたく!」

「肉を塩に浸けると、何日か腐らなくて長持ちするんだよ」

「おにくくさらないの?すげー」あ、ヤミーにも移った。

「あたしこのおしろですごいぜーたくしてるの!」

「そうかもしれないな」

「こんどはどんなごちそう?」もう目が飛び出しそうにキラキラしてる。

「パスタっていう…」

「あたしてつだうー!!」どうしよう。

「大丈夫、私も見るわ」ありがとう、ステラ。でもミッシの面倒を優先してね。


 まず鍋でお湯を沸かして「んしょ!んしょ!」がんばって水を鍋に注ぐ。いいぞ。

「じゃあニンニクと唐辛子を、っと。まだ包丁は危ないから見てなさい」

「ほうちょうでおやさいきるー!」「だめ」

 とはいえ子供ばかりの城では数年後には煮炊きをしてもらわなくてはいけない。

「夜になったら、危なくない包丁で練習しよう。今は初めてだからよく見ててな」

「私が切るわ。ヤミー、よく見るのよお手てはこうして…」

「う~、見る」なんかステラとヤミー、姉妹みたいだ。

 乾麺を空間倉庫から取り出すと「それなに~?」「何それ?」と二人とも興味津々。

「パンを作る麦の粉を、焼かないで捏ねて捏ねて、細ーく伸ばしたパスタっていう食べ物だ。色んなソースと混ぜるととっても美味しいぞ」

 ヤミーは必死に手を伸ばし、ちょっとパスタを触ると

「かたそうよ?たべられる?」

「ああ、お湯でゆでると柔らかくってとってもおいしくなるぞ!」

「おいしいの?!」


 お湯が沸きパスタを茹で、鉄鍋にオリーブ油とスライスしたニンニクを炒め…そうだ。オリーブも育てないと。時間がかかるから似た物を買える様にしよう。

「あたしもいためるー」

「重たいから一緒に炒めような。あんまり動かすと油が飛んできてアツイアツイになっちゃうぞ」

「えー?どーしよー」

「私と一緒にゆっくり動かそう」とニンニクを炒め始めた。

「ゆーっくり、ゆーっくり、あちちしないよーに」ヤミーから目を離さずにステラと話す。

「この匂い、初めて。何を焼いているの?」

「木の実を絞った油で、ニンニクって栄養いっぱいの木の根っこを炒めているんだよ」

「木の根っこ?そんなもの食べていいの?魔導士って土の中の物も食べるの?」

 この世界、高貴な食べのもは天に近い、木に生るものと考えられ、土の中にあるものは悪い物と考えられている。この考えも変えて行かないといけないな。

「長く一人で旅する時は、色々作れると飽きなくていいんだ」

「どんな旅をしたんだか。その話した方がみんな楽しいんじゃなの?」

「断る。大人になったら話してもいいがな」

「あ。解った。色んな女の子を誑かしたんだその年でその顔で!」失礼な。

 なんてニンニクを炒めていると皆がニンニクの匂いにつられてやって来た。


 パスタをお湯から引き上げて肉やバジルにキノコ、そして唐辛子を子供向けに少な目に入れて炒める。塩で味を調節し・・

「あじみしたいー」「じゃあ…」とパスタを少し、冷ましてヤミーの口へ。

「…!!!んまー!んまんまー!」史上最大級に歓喜するヤミー。


 「貧者のパスタ」とか「絶望のパスタ」と酷く呼ばれた本来のペペロンチーニを炒め上げる。肉を入れるのは本来邪道なんだが、邪道ながらも豪華なパスタがカンタンに出来上がり。

 フォークの使い方を教えて食事だ。

「ごはんは手で食べなきゃ…」「いや、綺麗に洗った食器を使った方が、体にはいいんだ。」と、使い方を実演する。みんなまだ器用に回す事は無理か。でもがんばって何とか食べる。みんなで「美味しい!」「こんなの初めて!」「すげー!」ダン、語彙力が戻ってるぞ。

「おいしー!おいしー!あたしこれつくったのー!すごいー?」もう鼻高々なヤミー。

「つくったの魔導士さまだろ?」

「違うぞダン。ヤミーが手伝いながら、おいしくなーれって魔法をかけてくれたんだ」

「ヤミーも魔法使えるのか?!」一瞬驚く一同。

「料理をする人は誰でもご飯を美味しくさせる魔法を持ってるんだ。食べる人が喜ぶ様にって気持ちが、魔法だ。ヤミーは料理の魔法使いになるかもな」

「なるー!」

 ステラはミッシを抱きかかえつつ、何か笑いを抑えながらヤミー入魂のペペロンチーニを満面の笑顔で食べていた。

 私がミッシを引き取り、より柔らかめに茹で、リーブオイルを使わずニンニク少量で炒め、細かく切った離乳ペペロンチーニを食べさせると、「うんま、うんま」と笑顔になった。その顔色は、初めて会った数日前とは比べ物にならない。

「あたしのおりょーり、ミッシがたべたよ!おいしいかな?」「勿論だ!とっても笑顔だよ?」「ふわー!」ヤミーも満面の笑顔だ。

 美味しい物を食べた時より、美味しい物を食べてもらった時の方を喜ぶ子なんだ、この子は。

「おじさんも食べて。ミッシには私が食べさせてあげるから!」とお世話を替わるステラ。喜んで食べるミッシにデレデレだ。

「おいしい?よかったね?」ちょっと涙を浮かべてる。

 段々元気になるミッシ。お腹の様子も大丈夫だ。数日で飢餓状態から回復するのは何故だろうか?魔物があふれる程に魔力に満ちたこの森の所為か?


 デザートはミッシ以外にRUTFを皿に盛って出した。甘くて食べやすいので好評だ。もう、RUTFも卒業かな?


 その日は、午後に畑の様子を見て水を遣った。極楽温泉で汚れを落としてまったり休んだ。昨日来たばかりの少女達も、体を動かしたり美味しい食事に驚いたりした後の温泉が体にに染み入ったのか、満喫頂けた様だ。

「魔物に食べられておしまいかと思ったのに、こんな気持ちいいお湯に入って、こんな温かい部屋で、こんな美味しいご飯を…」とムジカは感極まって泣き出してしまった。

「こんな楽しいところ、母さんを連れてきてあげたいな」モネラはそう思ったが

「でもあたしは母さんに捨てられたんだ」と思い返し、黙って泣き出した。

 そんな二人を、ステラは慰めていた。有難うステラ。

「覗いてんの?」違うって。ある意味違わないけど。「サイテー」氷の様な気を感じた。


 沈んだ気持ちを慰めるのは美味しいご飯だ。

「ふわふわのパンー!」と走って来るヤミーが空気を温める。だがちょっと待て、浴衣を着てからにしなさい!


 食後はお楽しみの時間にしよう。旅する商人の物語を紙芝居で聞かせる。

 ある時、ある国。とある気の良い商人は騙されて役に立たない物を売りつけられるが、暖かい南の港、寒い北の国、大きな建物が並ぶ王都、水も飲めない荒地を旅しながら、困った人を助けるために、役に立たないと思っていた物を与える。助けられた人はお礼にその土地のものを与える。

 そうしているうちに、国の宝となる魔法の小麦を手に入れ、王様から褒美として屋敷を与えられ、美しい娘を妻にする、という…異世界版わらしべ長者だ。

 色々な国、色々な物をどう面白く興味深く語れるかが勝負。森の国、海の国、砂漠の国。歌を交えての紙芝居に、みんな真剣に見入ってくれた。

 この世の中は色々な所があって、色々な物があって、色々な人がいて、楽しいもんだよ。

「これ、本当の話?何か凄く本当っぽいんだけど」お、鋭いなステラ。抱っこしてるミッシは「おんおっおいんお~」とステラの真似をする。ステラの真似はやめてね?

「いろんな国の歌がとっても変わってて面白いの」そうかそうか。楽しかったかムジカ。

「あたしもいろんなくにのごちそーたべたい!」食べ物の話・・あ、水たっぷりの果物は出てたな。

「砂漠のチーズはわたしもたべてみたい」モネラも食いしん坊?「熱い所で腐らない食べ物ってすごい」…学究肌か、悪い物食べたトラウマでもあるのか。

 ダン…寝てやがる。


*******


 翌日、畑に水をやりに出ると。

「魔導士さま!芽が出てるぞ!昨日植えたばっかりなのにもう芽が!」

うん。魔の森一帯は多くの魔物が湧いて出る程魔力満タンな土地だ。植物の繁殖もスピーディー。この調子なら一月と言わずに数週間で子供達の畑で初の収穫がありそうだ。


 目覚めと共に親を思い出して泣いていた子達も、初めての作物に顔が綻んでいた。


 そっからの築城ターイム!こっからひたすら私の趣味の空間にどっぷり嵌る事になってしまった。

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