19.動脈列車

 何度かの試運転で安全確認、速度確認を行い、線路脇に速度表示やカーブのバンク(傾斜)を表示する標識を追加し、運転マニュアルや運行規則を決め、ついに正式な運転開始が決定した。

 採掘計画に必要な重量を牽引する力も問題ないし、必要となれば魔導機関車2号を製造すればよい。なお機関車は型名ML1、車両名は「ペナダレン2」と命名した。

「2」なのは、故郷の世界初の蒸気機関車の名前を拝借したので敬意を表しての事だ。


 城内をくじ引きで初日組と二日目組に分け、ムジカ達音楽隊も二分し、皆試乗できる様に小編成で練習していた。曲目は、鉄道唱歌と汽車の2曲。今回はオルガンだけでなく、バルブ付きのトランペットや太鼓を作って練習して貰った。バルブが無いと軍隊ラッパと同じで平均律の演奏が出来ない。その分演奏が難しくなるけど。

 音楽好きな女の子たちが大喜びで練習するが、中々思うように行ってくれないらしい。それでも何とか使いこなし、主旋律を元気よく鳴らしていた。

 因みに故郷の中世から近世まで、管楽器は主に軍隊喇叭と呼ばれるバルブなしのトランペットだけだった。この世界も同じだ。


 皆を迎える度の出発点、三之丸東に建てた駅舎は「偽洋風」という、一見洋風だが和風建築の技で築いて見ました。国立第一銀行みたいな、二階建ての駅舎の上に、三層の塔を乗せ入母屋や唐破風で装飾した、割と珍妙な建物だ。中央の塔の左右に、単層の塔が並ぶ。

 一階は広い待合室と、将来は運行管理や切符販売を行う事務室、食堂に商品販売スペース。これらが本稼働するのはいつの日になるやら。

 二階は、これも将来のためのホテル設備。当面は空き家だ。ホテルの客室となる建物二階の外周には広いバルコニーが開き、宮殿の様な容姿になる。塔は展望台だ。


 この不思議ながらも何故かワクワクする建物に、城の子供達…今や200人に増えた子供達が集まっていた。


 その視線の先には…ペナダレン2に押された、10両の客車の編成が後ろ向きに走って来た。ガタンゴトン、人によってはどですかでん、と聞こえる(後者は無いな)音と共に、赤く輝く護児鉄道一番列車が入線する。

「「「うわー!」」」子供達が歓声を上げる。

 私が吹く笛を合図に、ムジカ達楽団が演奏を始め、列車はホームに入線する。コマッツェ達が改札を開き、抽選券で初日を宛てた子達が続々改札を通って来る。列車が入線し、演奏が終わったところで、開通の挨拶だ。

 いつも私じゃあ面白くないから、とアンビーに頼んだが断られたのでまた私だ。何か運転手用の赤いスーツと帽子といういで立ちでホームに並ぶ子供達に向かう。

 先頭には、やはり赤いサマードレスで着飾った、ステラがミッシを抱えていた。アンビーもドワーフ特有の厚手の作業服ではなく、赤くあちこちに金の装飾が付いたジャケットとスカートだった。

 二人とも、可愛く、美しい。


 ホームの壇上に登り、天井に取り付けられた伝声管に伝わる管に向け、藤田進みたいな大きな声で鉄道開通を宣言した。

「みんな!今日、どんな馬車より早く!多くの人や荷物を運べる乗り物が完成しました!一緒に運転するアンビー!改札にいるコマッツェと考え!ダン達と試験を繰り返し!やっと!完成させました!

 止まったり、転んだりしないか!無事、安全に走れるかを試して!やっとみんなを乗せて走れる様になりました!

 今は北の山から鉄や石を運ぶだけだけど、いつか!みんなを乗せて!森の外へ出かけるための!夢の列車にしたいと思います!」

 目を輝かせる子供達。中にはそわそわし始めた子もいる。長話は嫌われるな。喉も痛ぇ~。

「それでは、初日の券を持った子は、客車の中に入って下さい!!」

「「「わー!!!!」」」

 子供達が歓声とともに客車に乗り込む。客車は小さいので、子供とは言え列車が大きく揺れる。でもこの未知の体験への期待と興奮は抑えられないだろう。

 年長の子が各車両に引率係として付いて、はしゃぐ子供達の面倒を見る。城の子供は女の子が多いせいか、危険という程ではなかった。

 改札の外では、初日当選を漏らした子達が

「いいなー」「今日のりたかったなー」「のっちゃだめ?」と無念を口にする。


 早く乗りたがるミッシを撫でつつ、子供達に気を配ったステラが最後に乗り込む。

 各車両の年長達が手を挙げ、10人揃う。私は運転席で鐘を鳴らし、客車に設置された、魔動力で動く自動ドアを閉める。同時にホームに建てられた柵、ホームドアの戸も閉じ、改札が解放される。

「見送りの子達も!ホームに入って下さい!!柵は登らない事!」

 客車の中の子が、ホームの子に手を振る。ホームの子も手を振って列車に乗った子の名前を呼ぶ。

 楽隊のムジカに合図すると、鉄道唱歌の演奏が元気に始まる。1番の演奏の後、笛を吹いて列車を出発させる。列車はゆっくり動き出す。

「「「うわー!」」」「「「動いたー!」」」と、客車からもホームからも子供達の歓声が聞こえる。

 年長組が、子供達がホームから列車に触ったりしない様注意している。無事な様だ。数十秒の後に、列車はホームを離れ、子供達の声も、鉄道唱歌も、後へ後へと飛んで行く。


「前方確認、異常なし。新しい何かが始まるのを、皆で祝うのっていいなあ。」

「速度10ー。この城に居ったら新しい事が多いがあ。祭りも多いし、新しい子もよう来よるし。わしも、まさかの人妻になったしなあ」

 狭い運転席でアンビーが密着して来る。お返しに抱きしめ返す。服も顔も真っ赤なアンビーが可愛い。


 車内伝声管の前で、小さい鉄琴を叩く。

「きーてーきいっせーいしーんばーしをー」と昭和の日本人の旅立ちには欠かせないメロディーを鉄琴で奏で、ちょっと潰れた声でアナウンス。

「みなさまー本日は護児鉄道鉱山線にご乗車頂きましてー、誠に有難うございまーす。

本列車はー、途中信号所駅で停車しー、約四半時でー終ー点、鉱山駅へ到着しまーす。」等と、口上を述べる。何故か笑い声が上がる。何故だ?

「ヘンな口調じゃの?」アンビーにも笑われた。

「これが鉄道のアナウンスってもんだよ。照れ隠しでこんな潰れた口調で話すんだって。」


 列車は森の中を走り、大雨の時には川となる窪地を橋で一直線に越え、外輪山の北端に迫る。客車からは、歌声が聞こえる。ムジカ達が演奏した汽車の曲を練習したのか、元気な歌声が聞こえる。歌の通り、景色が目まぐるしく変わる。


 山が迫り、線路は西へ大きく折れると、汽車は減速する。そして途中駅となる信号所駅に着く。

「信号所~!信号所ォ~!」と伝声管に向かって言う。

 世話係に話を聞き、具合が悪くなった子、乗り物酔いを起こした子などはいない事を確認した。適応力高いなウチの子達。

 「御屋形様が教えてくれた歌のおかげよ!」とステラ。ステラも子供と歌ってこの旅を助けてくれていた。

 停車していると、事前に待機していたダンとヤミーが、箱を抱えて「べんと~!べんと~!」と声を上げながらやって来た。箱の中には肉を挟んだパンや、焼いた魚を包んだ握り飯が入っていた。

「あたしパンがいいー!」「オレご飯!」「おかしがいいー」「お菓子は帰りだよ?」子供達が、年長組も一緒に軽食を手に取る。

「何でご飯が出るの?」とヤミーに聞く子がいた。

「お出かけにごちそうがあったら、幸せよね~?!」ニコニコのヤミーが答える。

「おう!楽しい旅に美味しいご飯は幸せだぜ!」10歳になってすっかり背が伸びたダンが、ヤミーの頭を撫でる。なんかヤミーも嬉しそうだ。

「今日はありがとな。明日は二人とも、その幸せを味わう側に行ってくれ。」

「え~あたしごはんつくる~!」

「そ、そっか・・じゃあ明日も俺と一緒で!」

「ぷっ!」ステラが噴き出し、アンビーがニヤニヤする。ミッシは必死に握り飯をほおばっていた。

 多分私もニヨニヨ変な顔してたと思う。


 列車は再び動き出し、終点に到着する。とは言っても鉱山の駅なので、険しく聳える岩山で、小さい子は「「「ほわー」」」と見上げていた。そしてホームの下は、高い崖だ。

「こわいね」「おっこちそう」と怖がる子達。

「ダン兄さん達は、ここで鉄を掘って城へ持って帰って、その鉄のお蔭でこの鉄道が出来たんだよ。」とダンを持ち上げておく。

「すごいね、ダン兄ちゃん。」「かっこいいよね、ダン兄ちゃん。」

 おお、モテモテじゃん。まあ彼はヤミーに首ったけなんだが。

 他の男子も頑張れ。この城、男女比じゃ圧倒的に優位だ。


 連結器を外し、駅の先の分岐を経て、本線の脇を通って最後尾だった客車の先に連結する。子供が下りた客車に魔石の力を流し、座席の背もたれをガシャン!と反対方向に倒す。関西だとよく見る形式だけど関東だと馴染みがない方式かな?

 鐘を鳴らし乗車を促し、点呼を取る。欠員はおらず、各車の係が手を挙げる。さあ帰ろう、と思うとアンビーがいない。で、ステラがいる。

「アンビーが、交代じゃあ、って。」顔を赤くし、笑顔で私を見ている。

「そうか。一緒に乗って帰ろうな。」

 客車の方から「ほれ~みんな帰るで~」ってアンビーの声がする。

 笛を鳴らし、汽車は帰路に就いた。


 途中、信号所駅でダンとヤミーがお菓子を配って、子供達はご機嫌だった。ミッシはお菓子をほおばると、ニッコニコになった。

 走る列車から、みんなで歌う声が魔の森に響く。私にもたれかかったステラから、良い匂いが風に乗って鼻を擽る。狭い運転席で、二人は密着しつつ安全運転に努めた。

 鉄道開通初日は、客車運行の後に鉱物輸送と、旅の楽しみの立役者、ダンとヤミーを乗せての三往復の運航を終えた。


 その夜は、初日組が乗車の感想を二日組に聞かせ、大騒ぎだった。見送りした子達も逆に外から見た汽車を興奮気味に語っていた。

 その夜は、夜泣きする子はいなかった。ちょっと夜泣きしても、抱っこして「ガタンゴトーン、ガタンゴトーン」と揺らしてあやすと、すぐ寝て夢の旅に戻った。今日乗った子も、明日乗る子も、とても楽しかったんだろう。


 翌日も、無事二日目の運行を終え、その夜も子供達は大興奮だった。運転手は、ダンやコマッツェなどこれから多くの仕事を抱える者を外し、希望者を同乗させ、教育を始めた。そして運行を終え、汽車を歌う声が夜まで響いた。

 問題だったのは男女比だ。圧倒的に年長男子の希望者が多かったが、農業や魔物の見張りをする者がいなくなっては困る。女子からの採用を進める事にした。すると、運転手の征服に身を包んだ凛々しい彼女達は男子から熱い視線を浴びる事となった。

 恐らく魔動機関車の運転手は男女問わず今後も人気の職業となるだろう。


 皆が寝た今、子供達、特に男の子達は夢の中で汽車を走らせているだろう。私も、子供達が運転する列車に乗り、大人になったステラ、ダン、ヤミー達、そしてアンビー、ミナトナ達と酒を交わしながら海沿いを旅する、とても幸せな夢を見た。旅の夢は大抵出発前に目が覚めるものなのに、ちゃんと旅を楽しむ夢を見られた。


*******


 翌日の夜、アンビーと鉄の量や魔導機関に使う魔石の量、運転手や保線係の人数等を色々計算し、鉄道の南への延長と、兼ねてから考えていた森入り口の出城の建設を決断した。

「俺、御屋形様みたいに、自分の手でも子供達を助けたいんだ!」というダンの一声で決定したのだ。

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