18.魔導超特急北へ
命の礼拝が終わり、春が訪れた。
「うわー!綺麗!」
本丸から城下南方を見下ろすと、三之丸から南之院、そこから雁木状に曲がって朱雀門まで淡い紅色の並木が伸びていた。
昨年植えたリンゴの花が咲いたのだ。後々受粉させて実らせる準備をしなければ。
南方の水田に昨年の籾から苗にする物を塩水に沈めて選び、水田の一角で苗床をつくっていた。冬の間に、アンビーが作ってくれた魔導ドリルマシン?で麦藁を攪拌(田起し)し、土を休ませてある。馬や、森から出て来た大人しい魔物を手なずけて使い、耕した水田に水を張る。
なにせ食用米と酒造米の田んぼで100haだ。私の空間魔法と、将来のための家畜による田造りを併用して土を耕し、水を張る。そしてみんなで稲を植える。
米は面積当たりの収穫量が多いのと、ビタミンが豊富なので麦と半々で育てている。酒以外は城内で消化し、徐々に備蓄を増やそうかと思っている。冬の間に麦を育て、いまは刈り取られた麦畑に大豆やジャガイモを植え、土地の力を整える。なんだかんだ、やはり第一次産業は生活全ての基礎だ。衣食足りて礼節を知るというものだ。
しこたま疲れた帰り道を、緑の葉の中に薄紅に輝くリンゴの花咲く並木が癒してくれる。
「まるでおとぎの国、夢の国みたいね…大きなお堂に、大きなお城。やっぱりテンシュってのがあると何かいいわね」
落成以来、三之丸以内は、小さい魔石を有効活用した照明具で夜でもライトアップしている。魔物除けのためでもあるが、なんというか幻想的だ。夕暮れの中光が灯ると、この世の景色ではないかの様な、夢幻の空間が広がる。三之丸、二ノ丸の二層櫓、本丸塁上に連なる三層櫓群、そして天守が仄かな灯りに白く浮かび上がる。
ああ、これが見たかった。みんなと働き、生活し、落ち着ける景色を見たかったんだ。故郷で見る事が出来なかった風景、日本の城の盛観を、今大切な人達と一緒に眺めながら、城の中へ帰っていくのだ。
「きれいね」肩にステラの頭が乗っかかる。
命の礼拝の夜以来、ステラの距離が近い。まあ、いい事だ。年長の女の子達がニコニコ…いや。ニヨニヨとこっちを見てる。まあ、いい事、か?
ダンは…なんか安心し切った様な顔で前を見て馬車を進めていた。
「どした?」
「何でも」
「姉ちゃん取られて悔しいか?」小声で言った。
「泣かしたら許さねえ」と、笑顔で返してきた。
「でもな、過去の経験から、オレの奥さん、増えるんだ」
その瞬間、ギラリとステラの目が光った。
「はっはっは!姉ちゃん御屋形様泣かすなよ!」逆かよ!
女の子たちが盛大に笑った。「もー!!」「姉ちゃん真っ赤!」
なお。
先日中断した「大人の天守落成式」は、このリンゴ並木のおとぎの景色の中、三之丸手前から前に城、後ろに南之院という贅沢な景色の中で行った。勿論、酒は駄目だけどステラも一緒だ。
「私はステラが成人したら、妻にしたい。この地で最初に会った人だからだ。そしてアンビー、君も妻にする」
北の鉱山から採った高度な魔石を銀の指輪に設えた婚約指輪を二人にはめた。
「こっこう言うんは、はじ、初めてで、何か恥ずかしいのぉ」真っ赤なアンビー。
「わしらドワーフはな、技が近いもの同志で一緒に物を作って、お互い交換する。それで結婚なんじゃ」それってロマンチックな要素あるのか?
結婚指輪を嬉しそうに見てる彼女を見ると、まあいいかって気がして来た。
ステラは、顔を真っ赤にして、うつむいたっきりだ。
「結婚の時は、ダンは勿論城の皆を呼んで、思いっきり祝ってもらおうな!」
と声を掛けると、ステラは泣き始めた。とても嬉しそうな笑顔で。
「あ~あ、あたしどうしよっかなぁ?御屋形様とケッコンしよっかなぁ?」
「姉さんムリっしょ?あたしらは、男と自由に付いたり離れたり、っしょ?」
「プリンったらぁ、昔からいっぱいいっぱい、小さい男の子に構ってたしぃ。特に、弱、い、子っ!」
「だってぇかわいそうなんだものぉ~」
プリンをからかうロンゲ。ミナトナ達にも歴史あり、か。弱い物を庇ってって、プリンらしいな。
「でも、いいなぁ、あんな風に言われたらウットリしちゃう。あたしも言われたいなあ、ダ…」
ロリィが何か爆弾発言を?!ステラ姉さん、どうする?
小声でステラが「ダンはヤミーが大好きなんだけど、どうしよ?」
こっちも爆弾発言?!今まで彼らを見てたつもりだったけど気付かなかったよ!時空魔法を以てしても察知できなかった、超時空ロマンチック、ヤミー!!
まあ、その夜はこんな感じでほろ酔い気分で「ちょっと寒いわねぇ?みんなで温泉入らないぃ?」え?
という訳で三之丸に緊急に温泉を掘って浴槽を構え、裸の付き合いとなりました。
ステラも「これからの暮らしも、こういうもんなのかな?ふふっ?」って、みんなと一緒に抱き着いて来た。
*******
アッチもそうだが、こっちもやる事やらねば。先ずは鉄だ。北の鉱山から鉄を掘り、城の北に製鉄所を造る。そのために結構な量の鉄鉱石を城まで輸送する必要がある。
この世界初の鉄道を敷くのだ!ここは我が婚約者、アンビーの腕の見せ所だ。
軌条は「ここを走る、魔導馬車の動力によるなあ」との事だった。
魔物を屠った魔石が動力だが、精々数十馬力程度。そうなると標準軌はおろか狭軌も軽便も難しい。
が、公園の模型鉄道で人が乗り込めるギリギリの15インチ(381mm)軌道ならいけそうだ。魔動機車を連結すれば、鉱物資源を乗せた貨車も馬車より効率よく往復させられる。鉄鉱石が少ない今であれば、小さいレールでも汽車を走らせられる15インチが妥当か。将来的にはせめて倍の幅がある軽便鉄道レベルの輸送量が欲しいなあ。
気を取り直して、と。既に馬車を往来させている鉱山への道を一層硬く、降水を逃がす側溝、周辺地域の水を川に逃す排水路、転落防止の柵を追加し、森の木を均等に切った枕木を並べていく。切り拓いた道と枕木は、将来標準軌の鉄道を敷ける様広く作っている。
一方、鉄鉱石を馬車で製鉄所へ運び、ノロ(溶鉄)を煉瓦の溝に流し、鍛え、レールを造る。重量物を支えるレールは、鍛えないとすぐ劣化する。故郷の世界初の鉄道も鋳鉄でレールを作って失敗したのだ。
そして「そいやっ!」で仕上がったレールを敷き、空間魔法を駆使し、金具と犬釘でレールを一気に固定する。
鉄道が面倒なのは、一度作ってオシマイではなく、運航システムは当然ながら、日々劣化していく線路や周辺の敷石、排水溝の整備、車両や線路の更新も含む。その保守性を考えると、やっぱり15インチ軌の、それも単線が関の山だ。とは言え、この世界ではガーデントレインレベルの豆汽車でも、速度と輸送量を考えれば革新的だ。故郷でも15インチ軌を商業輸送に使ってる場所もあったし。
夢の鉄道を完成させて、城の暮らしを豊かにしてやる。
アンビーとの打ち合わせの中、汽車のデザインの段階でコマッツェに協力を頼んだところ、普段大人しい彼としては珍しく「コレはオレがやる!」と張り切った。様々な設計案だけでなく、単線での運行案、信号所の運用等をフローチャートを使って描いてくれた。冬の教室で「考えのまとめ方」でフローチャートを教えたのをしっかり覚えてくれていた。
コイツ天才だ。絵も凄く上手かったし。空間把握能力や、物の構造、抽象的な概念を整理して可視化させる頭脳が優れているんだ。こんな逸材を捨てた親は…まあ言うまい。ただアンビーと私と彼とでガッチリ打ち込む姿に、ムジカが非常に心細そうな目で見ていた。おお、ヤキモチか。音楽の天才ムジカと美術の天才コマッツェのコンビ。色々夢が広がるなあ。
電気機関車を魔石で再現した、簡単な魔動機関車をアンビーが半年で完成させ、その間に鉱山までの線路は敷設を終えた。
三人の力作、魔導機関車。魔石を仕込んだ円盤を、魔力の性質で反発する魔石と組み込み、モーターにしたものを動力源とし、回転を車輪に伝えたものだ。蒸気機関車の様に煙がボワーっとか汽笛がボーっとか無いので、人の背丈ほどの高さの、車輪が付いた、前後がやや斜めになった四角い箱そのもの、といった機関車だ。しかしそれではあまりに色気が無い。そこでコマッツェは車体前後に傾斜を付け、流線形のデザインを描いた。やっぱり天才だ。
全身を深紅に塗り上げ、車体前後に設けた運転席の窓や胴体等には金の縁取りを描き、バンパーや手すりなども金に輝く金具で装飾している。車体幅は線路の約3倍、大人二人掛けで一杯だ。武器や荷物を持ったりした日には一人掛だな。
農作業の合間に大事業を成し遂げ、ようやく試運転の目途が立ったのは夏の盛りだった。
「試運転は是非ムジカの演奏で」とのコマッツェの発案を「「アホかあー!」」とアンビーと私で却下した。
「お前が試乗券をムジカに贈りなさい!俺が造ったものを見て欲しい、ってな!」
「淋しがっとったぞムジカ」と二人で背中を押した。
その結果、試運転には、汽車の色と同じ赤のサマードレスを着飾ったムジカを、縁を金糸の刺繍で飾った臙脂色のシャツに身を固めたコマッツェがエスコートする。
私もステラを誘ったが「この場は頑張ったコマッツェを立てようよ」と遠慮された。
ステラは、気を遣えるし、他人を立てる事が出来る、社交の名人なのではないかと時々思う。
城一同渾身の魔導機関車が、長い客車と貨車を牽引して、三之丸北側に建造した駅のホームに入る。運転するのは私とアンビー。
真っ赤なドレスに身を包んだムジカが汽車を見る。「意外に、小さいのね。でも綺麗」
運転席から客車を見ていた私とアンビーがニヤっと笑う。
編成は客車2両と、重量テスト用の貨車5両だ。客車は木造、床も天井も空間魔法で磨き上げ、これまた深紅の布を張った二人掛けのソフアが前向きに並ぶ。車両の幅が狭いので個室の様だ。その個室の中に二人の世界を作り上げたカップル、そしてダン以下いつもの作業組を乗せて汽車は走り出した。
ベルを鳴らし、笛を吹くと客席の引き戸が魔力で締まる。
そして、ゆっくりと列車は動き出す。「順調じゃな!」「どうだアンビー!君の里にない物を作り上げたぞ!」「ああ!大したもんじゃあ!」アンビーの笑顔が輝く。
「このまま線路を伸ばして、君の里まで一直線にしてやろうか!そんでドワーフ達に教えてやろう!ここがアンビーの城だ、工房だ、酒蔵だってな!」
「おお!」アンビーが目を見開く、が、目を伏せて笑う。
「そりゃあんたに乗っかり過ぎじゃけえ」
「よし、じゃあもっと二人で、いやみんなで、君の里の皆が欲しくてたまらない物を沢山作って、線路を伸ばしてやろうな!」
「あんたぁ。あんたと居ったら、退屈せんなぁ!」
直線距離なので、ちょっと速度を上げた。私とアンビーは狭い運転席でぴったりくっついて、流れる景色を満足気に眺めた。
馬車よりも早い時速20kmを超えたあたりで後ろの客席から「おおー!」と歓声が上がった。直線コースでの最高時速40km、、曲線区間も含めた平均時速20km、途中登り列車と下り列車の行き違いのために作った信号所での停車も含め、魔の森の半分を縦断し外輪山内側を西へ大きく曲がった全長12kmの鉄道は快調なスタートに成功した!!
私はアンビーと抱き合い、ムジカとコマッツェは手を取り合い…ダン達は汽車酔いしていた。
城に戻って「姉ちゃん次は絶対乗った方がいいぜ…すげえんだ…あいつらの後ろに乗るとな」と力弱くステラに話していた。何かステラがうわぁって顔してる。そんな乗り心地悪かったか?
その後も試運転を続け運行プランを検討する。そして鉱山からの資源も運ぶ。何度目かの試運転の時、少年達が話していた。
「最初の試運転ん時ゃ何かすげー酔ったんだけど、もう何でもないな!」
「ありゃ~何だったんだ?」
「あ!」ダンが何かに気付いた。「ああ、気のせいだ」
そうだな。コマッツェもムジカももう乗ってないしな。二人仲良く正式運転開始式典の楽曲造りに打ち込んでるしな。
鉱山鉄道。いや、鉱山行で終わる事なく、次は森の入り口である魔の森まで延長したい。なので「護児鉄道鉱山線」と命名した。小さな鉄道が運ぶ資源に、これからの生活を支える道具を作る計画も色々と広がっていく。
鉄道って、物や人だけじゃなくて、夢も運んで繋げるものだなあ。
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