17.天守の夜

 年に3回の礼拝は、子供にとっては夜更かしが許され、豪華な御馳走が食べられる特別な日だ。


 最初はみんな御馳走とデザートに夢中だった。それも終わるころ、大広間の向かい、能舞台から音楽が響いた!そして幕が上がる!

 今年は、劇をやってみたのだ。創世教の聖典にある、預言者への背信と聖地追放の物語だ。

 民衆を聖地に率いて旅をしながら、最後は邪教に染まってしまった民衆に追放されてしまう大予言者をダンが熱演する。

 民衆を奴隷とし、聖地への脱出を邪魔する悪王を、最近畑仕事でみんなを指示する様になったアグリが尊大に演じる。

 私は監督だ。音楽はもちろんムジカと少女合唱団。

「そこんとこバー〇シュタインっぽく、あ、この曲は〇クロス・ローザで」

「何のことだかわかんない」

 というやり取りの中、壮大な音楽と共に聖典のドラマが15分程度の劇で語られた。

 最後は創世神役のコマッツェが愚かな民衆に聖地からの追放を宣言し、善行を行った者のみ聖地にて永遠の命の復活に与れる事を伝え、幕は閉じた。途中で敵の軍が迫ったり、炎が巻き起こったりというスペクタクルを書き割り等で再現したので子供達は退屈せず、割とワクワクしながら見てくれて、最後は拍手で終わった。


 あと、重大発表。

「みんなが住むこの城も、二度の春を迎え、天守も上がって完成した。この城の名前を考えた。『魔の森城』『御屋形城』なんて案もあったが、私は、君達子供達を守るための城、『護児城(もりごじょう)』としたい。みんなはどうだろう?」

「「「さんせー!」」」あ、軽い。

「なんでもいいとは言わんが、ええ名じゃと思うで。まあわしやミナトナは児、じゃあないがなあ」

「私達を護る城だから打ってつけじゃない?」

 うん。城もそうだが、私もしっかりみんなを護らんとな。


 そして最後は、天守の最上階へのツアーだ。階段だけは日本の城らしくなく傾斜が緩く、階段もだか最上層の高欄には網が張られ、転落防止をバッチリしてある。

 小さい子が階段に勝手に上って落ちて怪我しない様に、年長組じゃなと押し明けられないゲートも付けてある。

 「「「うわー!」」」「「「高ーい!」」」子供達が覗く高欄の隙間の遥か下に、灯りが灯る本丸御殿、魔石でほの白くライトアップされた本丸三層櫓群、二ノ丸の櫓や壁が浮かび上がっている。

 その他は、大地は闇。空は…珍しく晴れている。この世界の冬の星座、銀河系の腕、そして一つの月が光っている。

「おそらをとんでるみたいー」「あたしねー、このおしろにきたときおそらをとんだんだよー!」「わたしもとんだよ!」

 この天守は子供達の心を空に飛びあがらせる力があるのか。この子達は今夜どんな夢を見るだろうか。


 そして夜も更け、眠くなった子供は年長組に手を引かれて御殿に戻っていく。最後に食事を片付け、宴はお開きとなった。

「おなかいっぱい~しあわせ~」と料理長のヤミー様も満足だ。

「すげえ汗かいたぜ~!」「お疲れ、かっこよかったわよ預言者様!」「やめろよ~!」

 てな姉弟の微笑ましい会話が御殿に向かっていく。

「御屋形様のいた国の音楽って、やっぱり凄いね!もし音楽がなかったらあんな楽しいお芝居にならなかったよ!」

 ムジカが高揚して話す。

「俺なんかホントに王様になった気分だったよ!礼拝中もよかったけど、お芝居の演奏もよかったよ!」

 コマッツェがムジカを讃える。後ろを向いているけど、多分ムジカは真っ赤になっているだろう。これも微笑ましい。


 私は、搾って間もない日本酒の瓶や他の酒樽とともに天守の最上層にいた。

「ここからは、大人の時間じゃな」と、酒の匂いにつられたかアンビーがひょこっと顔を出す。可愛い。

「初めて出来たにしては、まずまずの酒じゃな。やや米独特の匂いがキツイかの?」

「いやいや、最初でこれは上出来もいいところだ。麹の特徴を引き出したり、雑味を取り除くのは、熟練した杜氏の領域だ」

「そうか。これでも売れるか。売ってしまうのも勿体ない気もするがのお」

「毎年造るさ。これから糸工場や紙工場を増やし、子供達のための本を刷る印刷所も作らなきゃ。学校、病院、そして魔物と戦う防衛隊。

人数が増えて年も過ぎればやる事は増える。そのためには原資が必要だ」

 新酒を味わいながら、アンビーと未来を語る。幸福の一時だ。

「うむ。ただあたし等ドワーフにはこの酒はちいと弱いな。あのウィスキーなら飛ぶ様に売れるで。蔵ごと売れよろう」

「豪快だな。まあ、ありゃあんたが故郷に錦を飾る時の土産に持っていけばええ」

 ドワーフに良い評価を貰わなければ世間にも売れない。初期ロットは大盤振る舞いしても、そっから先は南の地域に売って数年で元手以上に稼いでやろう!

「ええんか?あんウィスキー、高こう売れるで?」

「ええで。城の子供のため色々作ってくれる、おもちゃはかせアンビー様への恩返しじゃよ」

「あんたええ男じゃー!」飛びついて吸い付いて来た。


「あらん、はじまっちゃってるわぁ」

 突然の声にギックリコン!プリンが下から覗いてニヤニヤしてる。更にニップもヒョッコリ顔を出しやがる。みんないやがるな。

「おう、隠れてないで飲め飲め!米の酒もワインもあるぞ!」

「「「きゃー」」」ってさっきまで飲んでたろ?

「あしたはミルク…も関係ないか」

 飲酒後の授乳は、人間だったら翌日の母乳にアセトアルデヒトが分泌されて乳児が危険なんだが、彼女らは鋼鉄の肝臓の持ち主だ。彼女らが城に来た時に検査したが微塵の変化もなかった。

「ワインなんて里じゃのめなかったのー!このお城お酒が凄くて離れられないわー!」

「酒もオンセンもサイコーっす!御屋形様もサイコーっすよ!」

「それ以上言うな」

「なんじゃーわしも抱けー!」

 大人の乱痴気騒ぎの始まりだ。何かバブルっぽいな。とは言え私はかつて社畜時代に肝臓も血圧も血糖値も天元突破した身なので、実はこの中では一番の下戸だ。死なないのにね。


 あちこちにムニムニされつつ、酒の出来具合を聞く。

「このワインはお花が咲いたみたいな軽くていい香りよぉ~」

「この米の酒不思議っすね!水みたいなのに後から甘い感じと・・あと米炊いた時みたいな匂いがするっスか?」

「この白いの舌がヒリヒリしますう~でもとってもうっとり~」それは試作の1年物ウイスキーだ。

「こっちは…」ボン!!おお、栓が飛んだか!

「おおびっくりした。これが樽からビンに移したまま栓した奴じゃな?」

「そうだ、ワインの世界に留まらぬ、あらゆる酒の中の女王!ヴァン・ムス(スパークリングワイン)じゃあ!」

 ここはフランスのシャンパーニュ地方ではないのでシャンパンとは名乗れない。あれはその地限定の名前なのだ。それ以外はフランス国内ならヴァン・ムス、スペインならカヴァ、ドイツならゼクト、イタリアならスプナンテと、それぞれ呼び名がある。

 試作、という事で試験的に仕込んだ白ワインを二次発酵までは普通に加工し、一気に3年分を時間魔法で熟成させいたものだが、まずまずの様だ。この時のために細長いガラスのグラス、フルートグラスを天守最上段に隠しておいたぜ!

 みんなに配って氷で冷やしていたヴァンムスをゆっくりサージング(泡抜き)しながら注ぐ。細長いグラスの中を絹糸の様な…とまで行かないが、泡が細長い糸の様に立ち昇っていく。

「うわぁ~ん、泡が綺麗よぉ~、香りも、葡萄の甘ぁ~い香り」

「こっこれは…思った以上じゃな」

「おお、良く出来たもんだ。私の故郷の国では結構失敗があってあまり作られなかったんだがな」

 そう、関東圏でヴァンムス製造を試みて挫折した、合成ブランデーで有名なワイナリーがありまして。無念だったろなあ。でも合成スパークリングとか作らなくて良かったよ、消費者が。有名な合成ブランデーを学生時代無理に飲まされて酷い目に遭ったし。


「ほぉ~!うほっほっほ!なんちゅうものを飲ませてくれとんじゃあ~!」喜色満面なアンビー。

「美味い!こら美味いっすよ!これは!」ニップ副部長ェ…

「お口の中でぇ、ぷりぷりとぉ~、ぷちぷちとぉ~」ぷりぷりしてんのは君だよプリン。

 ロング達は言葉もない。巨大化して落成直後の天守を破壊する困った方もいない。よかった~。

 ただこのヴァンムス、イマイチ発泡=ガスが弱い。ヴァン・ムスじゃなくてクレマン(フランスの微発泡ワイン)だな。

 日本酒や赤ワイン等色々試して、圧倒的にヴァン・ムスに人気が集まった。新しいボトルからマッシュルーム(伸縮性の高いコルク栓)を音がボンって出ない様に静かに開け、フルートグラスにゆっくり注いでゆく。ボンってやるとガスが飛び出て風味が失われるしね。

 なんか、この地で、麦や米、野菜や肉を確保し、糸や布、紙まで作り、酒がそこそこ上手く出来たら妙に安心したな。

 異世界の辺境に怪物を跳ね除ける城を築き、食料を確保し、温泉を掘って酒を造って飲む。更に廻りは美女達と、うん、邪な人の心に操られた異世界ハーレム生活だ。

 私の求めたものは子供達の命の保護だったのか、酒と女の日々だったのか。いやいや、それはどっちかを拒否しなければいけないものなのか?


 なんて考えていると、世間には「天網恢恢疎にして漏らさず」という言葉があるのを階下から忍び寄る冷気と共に思い出した。ああ、渡り櫓の入り口、閉めてなかったな。


「お~や~か~た~さ~ま~」何故か酔いが醒める呼び声が。

「この天守は~、御屋形様の~、ちぎり部屋だったんですねぇ~」

 なんつう例えだよ?!ゆっくりステラが昇って来た。〇太郎侍か、破〇奉行かという殺気。

「御屋形様は~、誰と~契りますか~?」五〇ひろしか?大日〇帝国か?某モノマネ芸人みたいに白目剥いてるー!あれ?何か、飲んでないか?ダメ、絶対!お酒は大人になってからだぞ!

「あらぁん、ステラちゃんもぉ、御屋形様とちゅっちゅしに来たのぉ?」

「おお!ついに覚悟を決めたっスか!アタシら仲間ッスね!」

「ええっ!!??」思わぬ攻撃に氷点下から高温に瞬転するステラ。可愛い。

「ほっほう小娘。今は大人の時間じゃよ?あんたも大人になりに来たかあ!」

 頼もしいぞ美女軍団!ステラの謎の殺気も、酔っぱらって発情してる連中には一蹴された!されてくれ!


「こっこの、酔っ払い大人があ!アンタたちが寝ないから、もう寝なさいって言いに来ただけよ!!」

「そんな事言わないでぇ、御屋形様にちゅっちゅしてもらいなさいなぁ~」

「そうじゃそうじゃ!わしもちゅっちゅ」

 これ以上はノクターンだ、ストップ。

「まあ待てステラ。私達も大人だ。酒飲んでこれからどうしようとか考えたり、子供には話せない話をしたり、そういう時間が欲しいんだ」

「どーせ悪い事もするんでしょ!」

「まあ大人だから…」「やっぱりー!!!わぁーん!」

「え?ステラちゃん、泣いてるの?」と傍に寄るプリン。

「ん~。わしらはもうたらふく飲んだ。そろそろ温泉で温まって寝るとするか、の?」

とアンビーが名残り惜しそうに口づけして下りて行った。

 ミナトナ達も、続いて色々刷りつけたりしつつ下りていった。

「おやすみなさぁい、ふ、た、り、と、も」と妙な目線でプリンが去る。


 変な格好で天守落成の宴がお開きとなった。だが。目の前に泣いているステラ。

「羽目を外し過ぎたたかな?今日はもう寝ようか、ステラ」泣いているステラの頭を撫でた。

「怖いの」

「そうか」

 暴行された恐怖なんて1年そこらで消えないだろう。

「あんた…御屋形様が、アンビーちゃんやプリンさん達に取られて、私達置いてって、また私達捨てられちゃうよお!」

「そうか」

「あたしたち子供だし!何にもできないし!歌も料理も戦いもできないし!あんなに大きくないし!」

「そうか」

「違うとか一緒に居るとか言ってくれないの?」

「言葉だけじゃ意味が無い。ずっと一緒に居続けなければ意味がないだろう?君が自分の気持ちで、ここから旅立ちたい、外へ出たいと言うなら、その時は見送るよ。でも、ここで居たいなら、ずっとここで君達を守って、一緒に居るよ」

 ステラは、私に蹲って再び泣き出した。私はその背中を撫でるしか出来なかった。


「怖いよ」

「うん」

「男が怖いの。でも、御屋形様がアンビーちゃん達と一緒になっちゃうのも怖いの。あたしどうしたらいいかわかんないよ!」

 暫く黙った。解んないのはコッチだよ、とは言わず。

「私と一緒に居たいなら、ずっと一緒にいればいい」

「それじゃ嫌なの!あんな事するの?」

 当たり前だが、恐怖と好意が彼女の中で激しくぶつかっているんだ。

「本当は、好きな男は、好きな女の子に、優しく、怖くない様に、ゆっくりするものなんだ。怖がらせたり、痛い目に遭わせるのは、男としてやっちゃいけない事なんだ。外道だ」

「御屋形様は、怖くしないの?」

「ん…君が大人になったら、その時君がまだ私と一緒に居たいと思ったら、君に優しくしよう」

「大人になったらって…あたしもう村長の息子に!」

「それは関係ない。君を怖がらせた奴はもういない、この世から腐り果てて消えた。君は君だ、綺麗な君だ。明日の事だけ考えよう」

 彼女をかつて遅襲い、体と心に大きな傷を負わせた、彼女の故郷の男。その後発病し隔離され、村人に蔑まれ死の恐怖と侮辱の中で腐り果て、この世界で忌避されている火葬で焼かれて消え失せた。


 ステラは起き上がり、私にもたれかかった。

「あたし、御屋形様とずっと一緒に居たいの…みんなと一緒にいたいの」

「じゃあ、そうしよう。私も一緒に居るよ。でもね」

「でも、何なの?」

「私は、子供が出来ない。もし君と一緒に暮らしても、君は子供が出来ないんだ」

 はっと、忘れていた事を思い出したのか、考えるステラ。

「前に、アンビーに話しただろう?私は永遠の命と時間を操る力と引き換えに、何故か子供を授からなくなった。

 ステラはとっても優しくて、今でも小さい子供を自分の妹か、娘の様に気を配り、守り続けている。そんな君に、君の子供を産んで、抱きしめて、大きく育てる、そんな夢を私は奪う事になる。」


 暫く考えたステラは、首を横に振った。

「私は君に愛を誓う。君達の村みたいに夫一人、妻一人という訳ではない。アンビーや、他の女性も愛して、一緒に暮らす事になるだろう。それも含めて、君はもう一度考えて欲しい。悔いのない結論を出してほしい。ただ、どっちであっても、私は、全力で君を守る」

 随分都合のいい事を言っているなあと我ながら思いつつ、彼女を抱きかかえて頭を撫でると、ステラはさっきとは違う涙を流して、目を閉じて私にもたれかかった。


 天守で過ごす初の夜、私は恐怖から解き放たれたはいいけど、新しい苦悶を抱える事になったステラを抱きしめて過ごした。

 一つの区切りをつけたのかも知れない、先ずは一つの。そう思った。

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