16.天守を上げよう!
二回目の冬を越し、寒さに耐え…いや、暖かい城の御殿で美味しい物を食べ、新しく迎えた子供達の世話をしつつ、春を待った。
城の人口は200人に増え、上は11歳、下は1歳。危険な状態の子も清潔な環境と栄養豊富な食事、暖かい温泉、そして栄養満点のミルクで冬の内に元気になった。それ以上言わない。
ミナトナ達は「おねーちゃ!」とすっかり慕われ、私の頼んだ色々な玩具を作り出すアンビーも「おもちゃはかせ!」と大人気だ。
年長の子が増えたお蔭で色々な当番が廻り出し、城の暮らしも順調になって来た。そろそろ御殿も一杯になって来た。二之丸御殿を造営し、引っ越しを考えなければ。
ミナトナ達の醍醐蔵も移築すべきかな。彼女らのお蔭で、二年目の冬は風邪をひく子もなく、無事春を迎えられた。だが思春期の男性陣の事を考えると近すぎるのもアレだし、かといって距離を取り過ぎるのもアレだ。悩ましい。
色々な考えを払拭し、バターやチーズ、そしてアイスクリーム等新しい食材を密かに仕込んでいる最中、必死にヤミーがのぞき込んでいる。こっちおいで。
攪拌する時には、一生懸命手伝ってくれる。だが泡立てには子供の腕力では無理なので、そこは私の力が要る。
外の雪や氷を外側の大きい桶に入れ、中に入れた小さい桶の中で泡立つミルクを攪拌し…この城の子供だからこそ食べる事が出来る、アイスクリームの出来上がりだ!自分で一口食べた後、ヤミーにも一口どうぞ…
「む~!む~!ふ~!!!」
ヤミーの絶叫はごちそうの報せとばかり、子供達が集まって、大試食会が始まる。
「つめた~!」「んま~!」「口の中で、溶けてるー!」
雪降る中、温かい御殿で笑顔が広がる。
「これってぇ…私達のぉ~?」「ストーップ!!言わないでー!」
「わかったわぁ。でも、おいしっ!」「御屋形様サイコーっす!」
抱き着かないでー!ステラ、笑顔で氷の視線送らないでー!
私は叫んだ、アイ、スクリーム。ニューリーダだぜ!それはスターの方か。
冬後半には餌にありつけなくなった魔物が城周辺にも出て来る。
10歳前後の男子に対し、大型のクロスボウ-その名も「超弩弓」ってそのまんまだが-その射撃練習を行った。戦艦ドレッドノートとは勿論関係ない。
弦の巻き上げや矢のセットを魔道具の力で補助し、この世界の普通であれば飛距離は精々400mといったところを、魔物の革で造った弦と、魔の森の木を加工した弓の力で、2kmという異常な記録を出した代物だ。
ガラスレンズを組み合わせたスコープと、測量機を備えた銃床を使い、角度を調整し、撃つ。それでも中々命中は難しい。
私の調整を受け、櫓近くの旗から風向風速を計測し、子供達は御殿で学んだ算術で計算し、魔物を狩った。御殿に帰って計算を検算し、命中とまぐれ当たりを仕分けし検算する。
その訓練の繰り返しの甲斐もあって、雪解けの頃には三之丸の櫓から惣構に近づく魔物を何とか討ち取れる様になった。
四則演算はもとより、平方根や方程式まで出来る様になり、10歳前後のこの子達は、結構高度な計算が出来る様になっていた。この砲術指南の授業をアンビーに見て貰ったら「この城の戦力、恐るべきもんじゃ」と色を失っていた。
なお、一部の子達は各所の旗の色を変え、各櫓にどの色の旗を狙うにはどの距離、どの角度かというアンチョコまで作って超弩弓にぶら下げたりしていた。緊急時には大いに役立つな。旗の角度=風の強さまで目安表を作っている。
農村から追放された筈の無学だった子供達が、私のアドバイスなしに進歩している。お役御免は意外に早いかもしれないな。
この城が私抜きで回る様になったら、アンビーの故郷に錦を飾った後、二人で諸国に魔道具でも売り歩く旅でもするか。
勿論、最初に助けたステラやダン、ヤミー達が大人になり、子を産み、育て、そして死んでいった後の話だけど。
*******
そろそろ命の礼拝も近くなった。世間一般とは前後するが、暖かくなったら一斉に麦の刈入れを終わらせ、その後に春を迎える命の礼拝だ。
「今年は、もっと広い御殿を建て、あと天守を上げるぞ!」
「テンシュ?って何ですか?」
「ああ。南之院に七重の塔がある様に、城の中心には、大きな天守を建てるものなんだ」と、威張った感じで説明する。
「本丸の廻りに三層の櫓が建っているだろう?あれをもっと大きくし、五層にしたものだ!」
「御屋形様そこに住むの?」
「いや、普段は空き家だ。戦いの時に上から城の廻りを見たり、あとは…お祭りの夜の会場にするか」
「御殿でもすごく立派なのに、そんなの要るのかしら?」
おおう、ステラが正鵠を得た指摘を下さる。
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ここからは私の心の叫びなので、無視して貰っていいですよ~。
本当は彼女の言う通り、実用としては意味が無い。天守を住居にしたのは…
天守業界のパイオニアである織田信長が岐阜城や安土城の天守に住んだとか-
聚楽第の天守に豊臣秀吉の側室が住んだとか-
加藤清正の熊本城で御殿が出来るまで住んだとか-
はあっても、他に誰か済んだという話はあまり聞かない。
しかし、田舎侍が泥沼の戦いを制し、天下を盗ったとか一国の主になったとかした場合、「俺は偉いんだ」という「権威」という物が要る。
一つは当時の有力者だった室町幕府から、または守護大名の支援…これは時代が下がるに連れ、無価値になった。
一つは朝廷から下賜される「ナントカの守(かみ)」等の官位、称号。これも外部から見えない。
そこで、広大な領地から得られる収入で作り上げた軍勢と、本拠地となる城…の建築物。戦国の城、とよく言われる日本の城だが、織田信長の登場までとそれ以前では全く意味が違う。
あ、天守建築の濫觴は織田信長よりも前の、松永弾正の信貴山城や多聞山城等なんだけど、それも含めての話で。
城下の町から険しい山の上、塀やら物見櫓ではなく、見えなくなるくらいの天辺に立てた名刹をも凌ぐ巨大で高く聳える櫓、その中でも最大な天守こそが、戦いに明け暮れて主君の寝首を掻いて一国を支配した成り上がり者にとって、自らの手で作り上げた権威そのものだったー!!と、織田家臣団や、豊臣家臣団はそう思ったのだろう。
徳川家康一派も一応倣ったけど、結構どうでもよかったっぽい。安土城の影響で上げた、1階2階が御殿造りだった駿府城天守も、焼けたらシラネって感じで再建しなかったし。大坂の陣に備え大坂周辺に築かれた、築城の名手と名高い藤堂高虎の城なんて、結構天守無視してるし。材木だけ積み上げて建設中止した篠山城とか。一遍出来上がったけど戦の趨勢が決まったんで「台風で倒れたー」とか言って取り壊したなんて伝説のある伊賀上野城とか。中には自分の城、今治城の天守を献上し移築した丹波亀山城とか。徳川勢の天守愛の無さといったら。
だが私は城に関しては豊臣イズムだ!天守こそ近世城郭の華!近い将来この地を訪れる外敵に「なんだこいつやべー!」とビビらせるためのシンボルタワーを、魔の森に、この異世界の片隅に、堂々上げてやるのだ!その内思いっきり西洋風な都市にも、思いっきり和風な天守を上げて…それは自粛しよう。
因みに建築物であれば「建てる」とか「築く」となる筈。「上げる」とは?
いい質問だ佐原博士。織豊時代の記録に「諸国に百なんぼの天守が上がる」という記述があるんでそれに倣いました。
今では幻の坂本城や今浜(後の長浜)城、安濃津(後の津)城等織田政権の天守の他、沼城(備前岡山城の前身)や神辺城(備後福山城の前身)等々今に残る巨城の前身とか、そもそも記録に残っていない城の天守も含めての事。
まあ、かつて何かの気まぐれで再度故郷に飛ばされた時に、タイムワープして数十年間くまなく見学し捲り、その結構(規模・構造・内装等諸々)を頭の中に叩き込み捲ったりしました。なので、その中からマイフェイバリットの天守をこの地に上げる事としよう!
「また何か変な事考え込んでる」と白い目で見るステラ。居眠りこくプリン達。
以上、心の叫び、終わり。
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麦の収穫が終わり、備蓄麦との入れ替えや脱穀、川沿いの水車での製粉が終わった頃を見計らって
「そいや!」で本丸北西に五層の大天守と、東と南に三層の小天守と、これら本丸より一段高い天守曲輪を囲む多門櫓、そして櫓門を構築する。
「「「ほわ~」」」とステラ子供達が目を剥く。本丸御殿の向かいに、巨大な五層の天守が出現すればそれも当然だ。
ここに上げた天守は、日本天守建築の完成系である寛永期江戸城天守や寛永期大坂城天守の様な層塔式…ではない。もっと古風な望楼式だ。
大規模かつ地震に強く作られた、二階建ての小屋を入れ子の様にして積み上げる層塔式天守。
それは一層目から五層目まで同じ比率で小さくなっていく(これを逓減率という)非常に整った外観なのだが、整い過ぎて近代的なビルの様にも見えてしまう。
二階建ての大きな建物の上に、三階建ての小さい建物を乗せた古風な望楼式天守は、規模にも制限があるし地震でも途中でポッキリ行きそうな…実際初代伏見城、指月の丘の天守はポッキリ逝った等、色々デメリットはある。しかし、外見の変化が富んでいて見飽きない。
モデルというか、複写する元ネタとなったのは、件の豊臣秀吉が伏見の地に最初に上げた指月城天守。前身である大坂城天守や肥前名護屋城、石垣山一夜城として知られる小田原御在所の天守の兄弟である。(後書き参照)
初層面積は東西12間南北10間、高さは本丸内側平面から鯱を除く最頂部まで約30m。江戸城や大坂城の50m規模の巨大天守程ではないが、姫路城天守位はある。壁は、長押や柱を白亜塗籠にした大壁造り、そして窓は銅板張り漆塗りの突き上げ連格子窓というこれまた古風なスタイルだ。
破風板を金具で飾り、鯱も軒瓦も金箔という織豊式天守の豪華仕様だ。北の鉱山から採掘した金をこっそり使った。
最上階は高欄、外壁の外を廻る縁側と、転落防止の手すりを設け、平側の中央部扉を華頭窓にしている。その上は唐破風の内側壁に窓を開け、月を楽しめる様にしてある。
天井も梁をむき出しにし入母屋の破風板に窓を設け、最上層内部から東の月を望める「月見のからくり」という物を再現した。
内部は、初層に井戸や台所を設け、二層目を大広間に、三・四層目は普段は倉庫にする座敷、そして最上階も宴会が可能な座敷にしている。二層目と五層目の柱は黒漆塗り、内装も障壁画と、御殿と同じ造りだ。月見のため五層目は天井が無く、木組みを露わにし、妻板の窓から月明りが入る様にした。
左右に連なる二基の小天守も作り上げれば、力尽きた。城内の子供達が外の変化に気付き、「何事?」とゾロゾロ出て来た。年長組は小さい子から目を離してはいない様で、ちゃんと抱きかかえている。
「おっきー!」ミッシが元気よく叫んだ。見上げる子供達も、感想を口にし始めた。
*******
麦を乾燥させ、水車で挽いて粉にし、パンを次々と焼く。外部から仕入れた野菜に城の畑で採れた野菜を足し、トマトソースやらスープやらを煮る。塩漬けにし冷凍した角狼や角熊の肉を解凍し水抜きする。川魚の干物も焼かれていく。
命の礼拝の準備だ。
「日本酒とワインはどんな出来じゃろなあ?」この城で初めて醸される酒を、馬車で蔵から運び出す。しかし飲むのが9人しかいないのでそんな量にはならない。私、アンビー、プリンらミナトナ6人、そして枢機卿様だ。
欲しそうな目をしているけどヤミーは駄目だからね?モネラもだぞ?
すっかり恒例となった枢機卿様へのお招きを経て、礼拝は恙無く終わり、子供達は春を迎える事が出来た。しかし
「私の使命はここまでです。貴方達が自ら育て刈り取った糧を、私が恵んで頂く事は許されません」
そう枢機卿様は固辞してしまった。気分を害した訳ではない、それは知っている。無理に案内は出来ない。枢機卿様は今、使命を果たすため最善を尽くしているのだ。
まだ肌寒い春の晩を、一同で南之院から城に戻って、天守の落成式を兼ねた宴会を始めた。
今年は、チーズ類も豊富で、ミルクたっぷりのグラタンやラザニアも作った。デザートも寒い中でも大好評のアイスクリームを始め、卵やホイップクリームを沢山使ったケーキ等を揃えた。この城ならではの氷室を使った数日に亘る準備の成果だ!
私の知っている料理を、まだ10歳にもならないヤミーが先頭に立って、成人(15歳)に近い13~4歳の年上を率い、こねたり叩いたり色々な調味料を試みて完成させたものだ。
ステラは「ヤミーはもう大丈夫よ。手つきもしっかりしているし、味や分量は他の子達や御屋形様も見てくれるでしょ?」とヤミーに太鼓判を押しつつ、小さい子の世話のリーダーとなって、年中組の少年少女を指導し、幼児組に事故や怪我が無い様見ていた。
「やっとできたんでしょ?あなたのお城が。お祝いに美味しいお酒でも飲んでてよ」
と、珍しく微笑んでくれた。
女神というか、慈母の様な、心を温かくさせてくれる笑顔だ。
でも、何だ?プレゼントを貰って喜ぶ子供達を見ていた時と同じ笑顔だな?
「その通りじゃ、あんたでっけぇお子様じゃけえ」とアンビーが既に樽を開けて飲み始めていた。
食事の準備も整い、皆が天守の二階広間に集まった。
「この城で二度目の春を迎える事が出来た。去年より作物は大幅に増えた。今年からこの酒も売り始め、もっと色々な物を買って、暮らしを豊かにしよう。これもみんなが頑張って畑や作物の世話をしてくれたおかげだ!みんなの健康と成長を祈って、乾杯!」
「「「「かんぱーい!!!!」」」」
命の復活を祝う歌声が響き、宴が始まった。
この世界に初めて上がった天守の中で、子供達の笑顔が輝いた。
*******
「選皇枢機卿様、今年も命の祭礼の後には各国の王家、貴族からの謁見の希望が来ています」
「有難う。しかし、今年は私は指定した孤児院の祝福に向かいたいのです」
「その件ですが、ご希望された司教区から、準備が不十分のため辞退したいとの返事が…」そこ、何かあるだろ?
「では、私の故郷の司教区を頼りましょう」
「この総本山からお出掛けになるのですか?」
「ええ。貴方にはお話しましょう。夢で、子供を顧みよ、との啓示を頂いたのです」
選皇枢機卿コンクラベの、老いて穏やかな瞳には、その奥に決意の光が秘められていた。
こっそり見ていた私は、その先を期待せずにはいられなかった。
※注意
この、豊臣政権の天守が兄弟云々というのは、当然ですがあくまで空想のお話です。
新資料が発見された訳でも、新学説が発表された訳でもありません。
小田原御在所(石垣山一夜城)の天守なんて何層だったかも不明です。
もしこれら天守の構造を示す立地割(立面設計図)でも発見されれば検証されるかも知れませんが、外見を当時の画法で描いた屏風絵しかない現在ではあくまで想像図しか書けないのです。
勿論、その後の「月見のからくり」も想像上の描写です。指月城天守がどこにあってどっちを向いていたかなんかも不明ですし。
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