86.プリン対最低怪牛ボルゴン
新国王の式典は城の住民総出で祝った。プリンも、ニップも美しく着飾っていた。そして10人を超えるミナトナ達も…ここで話は冬に遡る。
******
ダンの無事帰還を祝った収穫祭も過ぎ、魔の森にも雪の季節が訪れた。なおカレーとチョコは大人気だった。
冬の間も、除雪しつつ大陸縦線は数日に1本程度運行させている。余程の吹雪の時は運行停止だが。
そんな運航日に、途中駅から「ミナトナ ゴメイ ハツケン」の報が魔道具通信に入った。返信は「ホゴシ シロヘムカエヨ」。
今では魔の森に迷い込む子供達を、南方は出城で、北と東は鉄道保線係が魔道具を使って警戒し、迅速に救助出来るまでになった。大陸全体の経済や収穫が良好なため、捨て子自体が減少していたのだ。
客車を暖房全開にした列車が到着すると…毛皮ビキニ姿も艶めかし…というより今は寒々しいミナトナ達が5、6、7…?
「第一報の後、付近で遭難しかけていたミナトナと、子供のミナトン、計15名を救助しました。保護を優先した結果報告が遅れ申し訳ありません!」車掌の青年が答える。
「この子を…叱らないでぇ。他に仲間は居ないかって聞いてくれて、助けてくれたのぉ。とっても立派で、優しいわぁ」暖房のせいか、色気を纏ったミナトナが彼を庇う。車掌君、デレるな。
「って、あなたムッチー!」「え…プリン?!生きていたの?!」
「ええ!ここでこの御屋形様に助けて頂いたのよ!ロリーもニップ達も元気よ、御屋形様達に愛して貰ってるわ!」
あえてスルー。
出迎えたミナトナ達は、旧友だったのだろうか、再会を喜び合っていた。見た所、厳しい冬の中の強行軍だったろうにも関わらず、皆元気だ。ミナトナの体力ってスゴイな。
「ムッチーさん、もしこの山に辿り着く前に逸れたり転落してしまった人がいたら、すぐ助けに行きます」
「大丈夫、みんなこの子達が助けてくれたのよぉ。すっごく優しくて、逞しいくて、ステキだわぁ」
なんか引っかかるな。だから車掌君、デレデレすんな。
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今では小さい子が減り、余裕が出た二之丸御殿にミナトナ達を招き、寛いでもらった。
大浴場から頻りに艶っぽい声が響く。壁を挟んで、小さいミナトン-牛亜人の男を洗ってやってた城の子供たちが前屈みになって出て来た。国際〇宝館かな?その後、歓迎の宴となった。
ヤミー達の振る舞う料理と城の酒に、努めて明るく振る舞っていたムッチーは、涙が堪えられなくなった。
「私達だけ…こんな良くしてもらって…里の皆が…」
「ムッチー、話して。里で何があったの?」
「ボルゴンの奴、30歳を超えたミナトナを追い出す事にしたの」2030年何かの旅か?
周りのミナトナ達の顔色が悪くなった。
「何ですってぇ…」プリンが、余り見たことの無い表情に変わった。
「あいつ、里の畑の実りが少ないって、ババアは失せろ、弱い子供も失せろって」
「そういう弱い子や、今まで子供達を産んで育てた姐さん達を守るのが、ミナトンの王でしょうが!
あの糞野郎、自分が今まで何か王様らしい事してたって言うのかしら!」
怒っている。いつも優しい笑顔のプリンが怒っている。
「反対したミナトン達は叩き伏せられ、殺されちゃったの。私のラゴンも、死んじゃったのよ…ううっ、うわあー!」
周りのミナトナ達も泣き出した。みな、愛する男を失ったのだろう。
ミナトンの少年達は、力が弱く追い出されるところを匿って逃げて来たのだ。
「このままじゃ里はボルゴン以外みんな死んじゃう!誰かがあいつに勝って追い出さなきゃ!ラゴンみたいに殺されるか、あんたや私みたいに追い出されちゃう!」
この時、またしてもプリンの初めて見せる表情を見た。真っ赤に怒った情熱がスっと消えた。そして、いつもの優しい顔に戻ってムッチーを抱きしめた。
「大丈夫。里は大丈夫。みんな仲良く暮らせる様になるわ」
泣きながら、優しく微笑むプリンを見上げたムッチーは、驚いた。
「あなた!…変わったのね」
「御屋形様が、このお城のみんなが、私達にね、力をくれたのよぉ?」
******
二之丸大広間で、プリンが私に話したいと申し出た。ニップやロンゲ、メカク、チャビーに加え、今日はロリーも来ている。そして、落ち着いたムッチー達も。
ステラが口火を切った。
「プリンさん。あなた、故郷を取り返すつもりなの?」
「そうよぉ。私にとってはもう捨てた故郷。あの時は誰も助けてくれる人はいなかったわぁ…」
「ごめんなさい。許される訳ないけど、ごめんなさいね」
「そうじゃないのよぉ。誰も助けられないって解って出て行ったから、せめてロリーは助けたかったからねぇ。
でも今度のは酷い。あいつの気に入らない奴は皆追い出されちゃうわ。最後は誰もいなくなって、あ…あいつは他の村を襲うわ。
この世界で、欲張って御屋形様や王様達の邪魔をしようとした、悪い貴族達とおんなじ、皆を亡ぼしちゃうわ!そんなの絶対許しちゃ駄目。駄目なの!」
ダンもゲンも、文系のコマッツェも、ロリーの夫アグリも頷いて、決意を固めた。
「御屋形様ぁ。愛しいタイム様ぁ」彼女にこんな目で見られるのも久しぶりだ。
出来る事はしてやりたい。
「私、戦うわ!戦いを教えて!」
予想外の言葉に、皆一瞬唖然とした。
ある程度の未来を知っている私以外、皆が城の加勢を求める物だと思っていたからだ。
「プリン…あなたボルゴンに勝てると思ってるの?」
「勝てるんじゃないわ、勝つの。あれを消すの。あれはもう人の心を持ってない。
例え刺し違えても、私は勝たなきゃいけないわ。もうあんな奴の好きにさせない!
だから御屋形様!私に戦う力を授けて。この手と足と、みんなみたいに頭を使って、あの暴力の塊を倒す力を鍛えて!
お願いします!」
プリンの決意を断れる筈が無かった。
「アタシも頑張るッス!万一姉さんに何かあったら、アタシがヤツの魂ァ取っちゃるけん!」
「何か聞き覚えのある訛りじゃの」「酔ったアンビーちゃんが言ってたんスよ」「え”ー」「イヒヒっ」ちょっと笑いがこぼれた。
「あたしも!」「あたしもよー!」メカク達、プリンと一緒に逃げて来た仲間が名乗る。
「私も今度は逃げない、プリンと一緒に戦うわ!」ロリーも立ち上がる。三人目の赤ちゃんを抱えながら。
「ロリー。あなたは子供を守るのよぉ?それがこのお城では一番ん、大・事っ」やっぱりプリンは優しいな。
「ダン、クッコ。訓練できるかな?私も立ち会う」
「解った、時間を作る。クッコ先生、お願いできますか?」
「騎士の戦いは昼夜を問わない。いつでも受ける。私はプリン殿ミナトナの皆さんの味方だ!」ミナトナ達の顔が明るくなる。
「待って!プリンさんが戦うなんて嫌!」ステラが叫んだ。
「戦って、無事に帰ってこれるの?相手は強くて残酷な奴なんでしょ?」
「勝つわ。あれをもう生かしておけない」
「駄目よ!怪我したり死んじゃったりしたらどうするの!私は嫌よ!」
「私はね、昔逃げて来たの。その所為でここに来た皆が死ぬところだったの。今度は戦わなきゃいけないのよ」
「嫌よ!ダンだって死にそうになったのに、何でそんな危ない事ばっかりするの?」
「みんなを守るため…それに私も、ケリつけなくちゃあねぇ?」
ステラは、席について項垂れた。そんなステラをプリンは抱きしめた。
「やさしいステラちゃん、大好き。みんなも大好き。でも、私はそんなみんなを守れる女になんなきゃいけないの。それがこのお城にいる誇りなの。待っていて。勝つから」
ステラは泣きながら、頷いた。
******
ミナトンの戦いは、角と角のぶつかり合いから始まる。勝っても負けても脳にダメージが残る、随分と阿呆な戦いだ。
しかも角の曲線が内巻きのミナトナが相手と角を突き合わせるのは、明らかに無理がある。
相手が怪力で俊敏な大男と聞き、鉄道無しで疾走する、試作品の魔導車を避ける特訓から始まった。まあジープというかジムニーだな。
「逃げるなー!突っ込んで来い!」「御屋形様無茶だー!」「お願いです!止めて下さい-!」周りのダン達が必死に叫んだ。
しかしプリンはあっさりとスイっと避けて魔動車の横にタッチする。
牛の亜人なのに、闘牛士より闘牛士っぽい!
「お城の子供達の方がよっぽど元気よぉ?目を離すと何でってところから飛びついて来るしぃ」
その理論で言ったら、世の中の子育てママ、ウ〇トラマンレオより強くなっちまうぞ?
そして、魔動車との力比べ。昔ナントカ仮面ってヒーローがトラック押し返してたけど、そのトラック、バックランプが光ってんの写ってたなあとか思いつつ、何と100kgくらいは押し返せる事が判明。力士か?!
今まで見た目で舐めてました。ミナトナ強!
難渋したのは柔道の特訓だった。角が相手にひっかかって上手く投げ飛ばせない。
受け身なんかは柔軟性があるせいか美味い。巴投げとか大外刈りとかならイケるかな?ミナトナって運動性能高いなあ。とにかく相手には絶叫して貰い、怯む事なく投げ飛ばすイメージトレーニングを重ねた。
基礎体力の訓練も頑張った。ミナトナ全員が頑張った。逃げて来たムッチー達も何故か一緒に頑張った。いざとなったら助太刀する気なのか?決闘のルールとか無いのか?
無いんだって。何でもいいから勝つ。
敵のボルゴンとやらはミナトン4~5人の挑戦者を次々葬って来た。そして女は好き放題。嫌がる女は逃げる。そりゃ畑もやせ細るというものだ。
そして雪の舞う日。
ダンは宙を舞った。プリンの投げ技が決まった。「強えぇ…」受け身を取ったダンが唖然とした。
クッコの甲冑に角が…いや角が折れたりしない様に包んだ防具が、打ち当たった。
クッコの鋭い突きを躱し、無防備な胴体を突いたのだ。「くっコ…参りました!」あ、進歩した?
「それじゃあ、行って来るわぁ」
プリンは甲冑や動きやすい服ではなく、胸元も露わな赤いドレスに着替え、大きな荷物を担ぎ上げて故郷に向かった。ミナトナ達も同様に艶やかなドレスに身を包んだ。
寒いから里までは外套着ようね。
城の皆も、試合を見届け許されない行為があれば助太刀するため向かった。
******
外輪山を出たあたりで鉄道を降りる事30分程の近距離にミナトンとミナトナの里があった。近。
今まで向こうから接触が無かったのは、森で見えなかったのか里の人達が外部に無関心だったのか。後者だって。
一人荷物を担いで進むプリンに、里の人々は振り返り、驚く。里の人々は随分と生気の無い顔をしている。
「ありゃ昔ここを出てったプリンか?」「そうだよ」人々がざわめく。
里の中でひときわ大きい小屋の前に付くとプリンが叫んだ。
「弱虫!能無し!他人の物を奪うしか能が無い糞虫ボルゴン!今日こそ踏み殺してくれるわ!」
小屋の奥で衝突音と女性の叫びが聞こえると、中から…2m近い大男が出て来た。頭に巨大な角を前に突き出して。
…2mって、冷静に考えれば、森の魔物よりちっちゃくね?
「どこの阿呆かと思えば昔逃げだした女か。なんつったか名前も忘れた」
「脳味噌小っちゃいから昨日の事も覚えちゃいないでしょうねえ」
既にボルゴンとかいう奴は顔面青筋だらけだ。
「俺様に盾突くたぁ余っ程死にてぇらしいな」
「あんたみたいな中身の空っぽなクセに、人から奪うだけの乞食なんかの方が早く死んじまうってもんよ!
今日は引導を渡しに来て上げたのよ。とっとと三途の川で溺れ死にな!」
「面白ぇ。こないだも馬鹿なヘナチン野郎共を4~5人角ごと頭かち割ってやったところだぜ」
ムッチー達の目に怒りの炎が燃え立った。
「あんたの場合、飛び散る脳味噌も入って無さそうかしらぁ?!」
それにしてもプリンの煽りスゲェ。絶対喧嘩したら心折れそうだ、敵に回しちゃ駄目な人だ。
「テメェの○○を○○して○○してやらあ!死ねえ!」書いたらR15じゃ済まなそうな事叫んで角を突き立てて突っ込んで来た、が。
プリンは華麗に躱し、ボルゴンは彼女の荷物に突っ込んだ。が、「ゴギッ!」と鈍い音が響いた。敗れた袋の中には…なんか硬そうな鉄柱が。何kgあるんだあれ?
「ごげあああおおお!」ボルゴンとかの自慢の角が折れた。ああ、こりゃ頭蓋骨もイってるな。
「はっはっは!能無し野郎にはお似合いの姿だねえ!」
この間にニップ達は奴のいた小屋から、立つ事も出来なくなるまで暴行されたミナトナ達を連れ出し、治療を始めた。
「こんなもんじゃ済まないよ糞外道が!まともにくたばれるとは思わない事ね!」普段優し気で悩まし気なプリンが完全に戦闘モード、彼女の怒りは爆発寸前!だ。
「うがああ!」大男が叫んだ。「テメェ思い出したぞ!俺から女を奪って逃げた奴だ!よくもやってくれたな!」
「もうロリーは手前ェなんかと違って優しくて逞しい男と3人子供を育ててるんだ!糞虫なんかに真似できるもんかい!」
「ババァブっ潰してやる…」と蹲るボルなんとか。
と、素早く跳躍しプリンに襲い掛かった!が、これもプリンが躱す!
「あの跳躍は…」「知っているのかニップー!」
「ミナトンジャンプ。体重が重い古代のミナトンの武闘家が脚力を強化して跳躍、瞬時に敵を圧殺したって戦法っス。ミ〇メイ書房の古代ナントカって本に書いてあったッス」
「異世界にもあるんだ明〇書房」
怒り狂ったボルゴンがなんだかガヤガヤ言いながら、再度構える…が動きが鈍い。再び身を躱したプリン、その脇に大男は頭から突っ込んだ!
「脳味噌も足りなきゃ動きも鈍い。何でこんな素寒貧に怯えて来た事やら」
「うるしぇええ!おみゃああなんかあ」呂律が回ってない。
さっきの頭蓋骨へのダメージに今のセルフ脳天逆落としが加わったか。ほぼ自爆じゃん。
「俺ゃあ強ぇえんびゃあ!お前りゃあ弱ぇえ奴はあ!黙っちぇ俺にぜんびゅさせ出しぇええ!」もうフラフラで阿保面の大男。
対峙するプリンは…能面の様な、表情の無い顔だった。
「あんたみたいな奴のために。御屋形様も、お城の子達も、苦しめられたんだ」ボソっと言ったが、しっかり聞こえた。そして。
「おのれボルゴン!我が妹分を拐かさんとし、友を追放し、あまつさえ里に略奪と殺戮を広めた罪、万んっ死に値する。死ねぇェア!」
「てみぇえぶっきょろす!」と、力の鈍ったボルゴンジャンプを更に繰り出すと…
プリンは正面に立った。そして、巨大な角の真ん中、無防備な脳天に頭突きをかました!
「ああああ!」無様に転げまわる大男。ふらつきながら、プリンは踏ん張った。
プリンはのしかかる大男の下に倒れ込み、見事に巴投げを決めた!そして、男は。
たまたま近くにあった崖から、雑に放り投げられたマネキンみたいにスっ飛んで、あちこちぶつかって手足が変な感じにひん曲がって落ちてった。ここだけ石〇輝夫かな?
因みにたまたま近くにあった湖から蛸は出てこなかった。
あまりに予想外の展開に、周囲の者は声を出せなかった。
ニップが「アイツ死んだんスかね?」と聞き、つい「さあ」と答えてしまった。いや完全に死んだってアレ。
「死んだほうがいいわ。所詮あいつはクズ野郎よ」とプリンは吐き捨て、元来た道を帰って行った。
茫然として見ていたダン達が、「撤収!」と命じ、私達は何とも奇妙な余韻を残し撤収した。
それに続いて、ムッチー達も、そして村のミナトナも、小さな子を連れてついて来た。
帰りの列車の中で、隣に来たプリンが目に涙を溜めて、抱き着いて来た。
彼女は、故郷を助けるよりも、ムッチー達を助けるよりも、もしかしたら故郷から逃げて来た過去の自分と決別したかったのかなと思った。
しかし
「御屋形様ぁ。わたし、この世の中の悪い奴を、御屋形様を苦しめる様な奴をね。許せなかったのぉ。面倒かけちゃってゴメンねぇ」
プリンは、私が思っていた以上に強い人だった。
力だけじゃない、心も強い人だ。
******
城にはムッチー以下15人のミナトナとミナトンの少年、そしてニップ達に助け出されたミナトナ達5人が来た。改めて私達は彼らを歓迎した。
厳しい雪の中、プリンの強さと優しさにほれ込んだミナトンの少年達はすっかり彼女の虜になり、年を越した頃に…
プリンの懐妊が診断された。えええ~!
私を前に、バツが悪そうな顔をするプリン。
「おめでとう。君が選んだ、君の未来へ続く道だ。あの決闘の時みたいに、誇らしく進めばいいよ。君は、誰よりも強い母親になるんだ」
私はプリンを祝った。ステラも、大きくなり始めたプリンのお腹を、愛しげ気に撫でた。
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