22.ゴブリンか?

 増えた子供達のため、そして魔の森の外の情報収取のため、私は商人に扮して買い出しに出た。「夕方には帰るよー」と言いつつ、距離を問わず子供達に何かあれば瞬間的に帰る。向かう先は…南方は重税で苦しんでいるので、買える物資は無い。東の国、ボーコック王国に向かった。

 城でまだ栽培されていない香辛料や野菜を確保し、春に、出来れば冬でも栽培できる作物を買おうと思い、馬車…といいつつ内部をキャンピングカーの様に快適空間に改造したモノでプラプラ旅に出た。外から見た割に、内部は広い。お馬さんは空間投射魔法による立体映像だ。

 護児城に帰るのは今日の夕方だが、実際は何日旅しても、時間魔法で今日の夕方に戻れば日帰り旅行にしてしまえるのだ。旅程を気にせず、買い出しの旅を楽しもう。


 で、ボーコック王国。ざっと下調べはしてあったが、何もない国だった。西は魔の森イニロトナス山、南は過去に色々あって交流がほぼ無いダキンドン王国、南は創世教の総本山を抱える帝国の圧力を受け、北は山岳東は果ての無い荒野。果てが無い訳じゃないんだが。果てを知る努力もしていないんだな。ダキンドンと帝国の圧力に挟まれ迷走し続けて来た小国だ。

 数少ない特産物は、王家が独占し、村々には無い。しかもその特産品、護児城でも栽培している根菜だった。当然村の貧困はダキンドン王国より酷く、魔の森の東側の外輪山を越えて子供を捨てるより、奴隷として売り払う親が多いので捨て子は少なかったという訳だ。


 仕方ないので旅の目的を情報収集か、国外の商人が持つ商品の収集に切り替えて早く帰ろう。そう思い、市が立つという村で宿を取り、宿の一階の酒場で食とした。

 翌日の市を期待してか酒場は賑わっていた。美人の女将が愛想を振りまき酌をする。赤毛で、矢や釣り目の、スタイルのいい陽気そうな美人さんだ。

 こうしてみると、人の営みはどこも変わらないな。

「あんた冴えない面だけど金のニオイがするね!どんどん飲んでって!」

 美人だけど失礼な女将だな!

「はっは、あの子は口は悪いけど人を見る目があるんだよ。あんた、そうだね、面倒見がよくって、何かいい物を造る力がある、そんなとこかね?!」

 隣の席の若い人妻がフォローしてくれた。

「おおそうだ旅の人!あんたはいい物を色々作りそうだ!俺たちはアンタを歓迎するぜ!」

「俺たちは兄弟だ!」

となりの席の男たちも声を掛けてくれる。

 若い妻が話を続けた。丸顔で童顔でややふくよかな、笑顔が愛らしい人だ。

「アタシはドレス、あの子はオイーダ。村一番の器量良しでねえ…」

 とその時。

「黙れドレス!余所者にベラベラ喋んじゃねえ!そこのゴブリン!テメエも人の女房に花の下伸ばしたらブっ殺すぞ!」

 なんか偉そうなヒョロヒョロした奴が怒鳴り、その取り巻きがヘラヘラ笑う。

 心の中で政〇一成さんが「さあ!戦いだ!」と叫んだ!


「オイーダさーん!もう一度酌をお願いしまーす!ここは旅人が泊まって食事する宿ですから、とことん酒を飲んで金を払いますよ?」

 お、酒場の空気が凍った。

 ヒョロヒョロ野郎がヒョロヒョロ立ち上がる。

「ゴブリン野郎、聞こえなかったのか?テメエ殺してやる!」

 嗚呼、全然怖くない。指先一つでダウンできそうなヒョロさだ。

「ええと…あなたさま、私もう帰るからさ、村のお客さんなんだからお終いにしてよ」

 オイーダと呼ばれた女性がヒョロ男に頭を下げて酒場を出て行ってしまった。

 隣のドレスさんも「アタシあの子を送ってくわ」と同席の男に頭を下げて出て行った。


 その時、彼女達が出て行った先に、嫌な気配を感じた。

「私も部屋に帰る。勘定を…」

「待てゴブリン!お前は俺が殺す!」

「おいそこのヒョロヒョロ男、俺がゴブリンだとして、お前如きがゴブリン殺せるか?逆にゴブリンに八つ裂きにされるのがオチだろ?」

「ギシェー!野郎どもあいつ殺せー!」人に頼るのかねこのヒョロ。

 なんか殴りかかって来ているが、私の周りに空間防壁を張っているので全員殴った手を骨折して悶絶している。

「俺は市で商売に来た商人だ。だがこの村は商人を殴って殺すものなのか?全国に触れを出なさければな」

 ヒョロヒョロが「殺しちまえー!」と馬鹿みたいに叫ぶ

 ドレスの主人が「いや、待ってくれ!これは違うんだ!」とヒョロを庇う。

「何が違う?それとこの村には見張りがいないのか?コイツがうるさいのでよく感じ取れなかったが、何か良くない気が近づているぞ?」

「かまうなー殺せー!」

「あのー、歓迎してくれた皆さん、この頭がおかしい奴、何なんだ?」

 誰もが背を向けて飲み続けている。さっきの暖かい空気、どこ行った?あー、もう知らん。


「大変だー!」叫び声が聞こえた。

「西からゴブリンの大群だー!何件か潰された!みんな村長の屋敷に逃げろー!」

 全員が叫んで逃げた。

 真っ先にヒョロヒョロが叫びながら逃げて取り巻きに出口を塞がせた。お蔭で酒場は人が人を踏みつぶして大混乱、中には骨折して転げまわる者まで出た。ゴブリン災害よりこっちの方がヒドイ。


「あー、あのヒョロヒョロ、何かエラい奴の尻尾か?」と残った酒を飲みながら宿の親父に尋ねる。

「この村の代官のガキ…いやご長男様で、オイーダの主です」

「主?まあいいや。ゴブリンの大群やっつけたら褒美は貰えるか?」

「勿論、倒した魔物の魔石に応じて…」

 あ、コイツ嘘言ってやがる。顔見りゃわかる。私が倒しても代官の息子が魔石を召し上げるって事か。まあいいや。

「私が全部退治するので証人になれ、裏切ったら許さん。少なくともこの宿はバラバラにしてやる」


 と言っている間に、地響きが聞こえて来た。外には、十匹強のゴブリンと、三匹のオークがいた。魔の森にはいない、弱い魔物だ。

 オークは両肩に女を担ぎ上げていた。さっき酒場を出て行ったオイーダ、ドレスだ。服をはぎ取られ、暴行されている。酒場から出て来た一同が恐怖に叫んだ。

「あいつらを殺してくれー!」「魔導士なんだろ!やっつけろよー!」

「やっつけたら何をしてくれる?」

「あの女やるよ!」「そうだ、あいつら持っていけ!」

 コイツら糞ッ垂れだ。何が「俺たちは兄弟だ」だ。


「がー!」とオークがオイーダをブン投げて来た。すかさず受け止め衝撃を緩和した。

露わになった彼女の全身が粘液に塗れていた。続いてドレスも頭から投げつけられた。これもキャッチ。二人とも生きている。よし、反撃だ。

 殴りかかるオークの首を空間切断し瞬殺。周囲のゴブリンもカマイタチ、空気カッターを連発し全滅。

 投げられた女達に洗浄魔法を掛けると、胎内に魔物の気配が入り込んでいた。時間魔法で数時間前まで戻し駆除し、魔物の種を消し去る。

 しかし、やはりというか…梅毒、クラミジア、毛じらみ等々色々な病気を移されている。これはゴブリンもオークも関係ない、この村の中での事だ。


「この二人を救護しろ!手の空いている奴はゴブリンを退治に行く!ついて来い!」

 だが、だれも動かない。オイーダもドレスも誰も介抱しようとしない。

「誰か人間はいないのか?!ゴブリンと戦って人間の女を護る奴はいないのか?!」

 誰も動かない。

「魔導士の仕事だろ?」

「お前がやれよ!」

「俺は何も知らない。知らない!」


「さっきまで仲良く飲んでたり色目使ってただろうが!お前たちにとって、目の前で倒れて泣いている女は何なんだ!!」

「そんなの汚ねえ女だ!」

「魔物に犯された汚え汚物だ!」

「そんなんに触らせんな!」


 あ。

 もういいや。

 私は家々を破壊していたゴブリンの群れへ飛んで、殲滅した。

 その廃墟には、ゴブリンの体液塗れの少女が二人と、少女を放置して畑に逃げだして泥まみれに蹲っている情けない男たちがいた。少女二人を洗浄、回復させ、私は無言で宿に戻って寝た。


 翌朝、何事もなかった様に商人が訪れ、市が開く準備が始められていた。

 何もなかった訳じゃない、夜中に私の部屋を訪問して来た男たちが数十人いた、手に刃物を持って。しかしドアからも開いている窓からも中に入れなかっただけの話だ。

 広場を見渡すと、オイーダもドレスも、少女二人もいなかった。商人に尊大に振る舞っているのはヒョロヒョロ。

「あれ~!そこのヒョロヒョロの夫人の、オイーダさんは挨拶に来ないのかな~?」

 村の空気が凍った。

「あと、昨日退治したオーク3頭とゴブリン10頭の魔石があるけど、換金してほしーんだけどー!」

 商人が驚きの声を上げる。

「ちょっとそこのあなた、オークを退治したのか?」

「はい、これが証拠の魔石。あのヒョロヒョロした奴の妻をオークから助けて治療したけど、いないのかーなーあ?」

 ヒョロヒョロの顔が赤くなったり青くなったり、信号かな?


 商人の中で、一番まとめ役っぽそうな若者がヒョロヒョロと対峙する。

「代官代理殿。市開催の前に魔物が出た時には、私達を護るため知らせる約束ではなかったか?そのための魔道具を与えていた筈だが?」

「それは…その男が壊したのだ!そいつが魔物を率いて攻めて来たのだ!そいつを殺せ!」

「それは、代官の命令として、私の商会と、私が所属する商業組合に対する命令として受け止めて宜しいか?」

「なんでもいいからそいつを殺せー!」

「承知した」若い商人は溜息をついて市場に向かって

「ここには商機は無い、撤収しよう」と命じた。

 ああ、この村に留まった唯一の意味すらなくなってしまった。

「おい!何をしている?俺はあいつを殺せと命じたんだ!殺せ!」

 若い商人は何も答えずあっという間に店を畳み、馬車の列を整えた。

「ダキンドンに帰る。出発!」

「おい!待て!市はどうするんだ!お前たちを殺してやる!待てー!」

 商人の隊列は無言で去ってゆく。


 市が建つ筈だった村の広場には、交換する筈の農作物が虚しく積み上げられていた。

「私が魔物を倒した事、その私を代官が殺す命令を下した事をボーコックの国軍に報告し、私は対価を得る。その処罰はお前達に下る」

 私も宿に金を払ってこの村を後にした。

「待て!待て!お互いに市を立てるため話そう!まずお前が詫びて、私に捧げものをすれば市を開かせてやろう…待て!殺せ!そいつを殺せー!」

 コイツ『お互い』の意味知ってんのか?いくらこの阿呆が叫ぼうと、魔物を瞬殺した私に挑む馬鹿はいない。と思いきや

「あんたここから出ていけ」

「悪い事いわんから出ていけ」

 村人もあの阿呆と同じレベルだ。恩を仇で返す同類だ。私は胸糞の悪い土地を後にした。

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