83.南大洋奇跡の会見 ポルタ

 それはイキナリ現れた。

 帝国南部ポルタ港の沖合に、見たことが無い船3隻が、見たことの無い紋章を掲げ漂着した。

 その報せは大陸各国へ知らされ、防疫の初期段階が発令された。

 3隻は魔導レーダーに捕捉され、高速魔動船で沖合に停泊する様命じられた。


 但し、言葉は通じなかった。帝国から護児城の私へ協力要請が来た。何でも屋さん扱いだな。

 私は古語、古代典礼が理解できる文学少年ジョーと、抽象的な物でも絵に出来るコマッツェ…の弟子ミムラタ、防疫の観点からモネラ夫婦、そして外交の練習としてダンを連れて出発した。コマッツェは育児休暇中だ。

 万一の感染を警戒し、妻達は連れて行かなかった。


 ステラは頻りに心配して同行を言い出した。ミッシが他界して以来、心が不安定なのだ。

 他の妻も同行を勧めたが、「彼らが持っている疫病は、致死率が高い。黒死病だ」と説明すると、納得してくれた。マギカだけは「だったら私が行く!弟子より師が危険に挑むべきよ!」と訴えた。

「大丈夫だ。私達は一人も欠ける事なく帰って来る」「じゃあ見守るだけでも!」

「この子達には、おっと御免。彼らには城の未来の顔になって貰いたいんだ。学問だけでなく、外交や防衛の場で、もっと大陸に知られるべきなんだ」

 今度は解ってくれた。


******


 ポルタの港は警戒され、輸送の海路は他の港に肩代わりされ、鉄道も新たに開通した大陸北横断線に迂回され、帝国の物流が留まる事は無かった。

 念のため周辺の港にも防疫体制が敷かれ、未知の外国船に対する誘導や積み荷の検疫、乗員の検査が行われた。結果は問題なしであった。その所為か、各所から不満が上がった。

「防疫は完全試合になると世論から叩かれる」という宿命を皇帝がボヤいた。


 肝心の外国船の乗員は、港の豪華なホテルを貸し切りで滞在させ、不自由が無い様図らったのだが…当然ながら言葉が通じない事で物事は先に進んでいなかった。

 帝国の語学者、総本山の古典学者を動員して解析が行われたが難渋している模様だ。そもそも大陸の言語は古代帝国語のバリエーション、つまり壮大な方言社会であり、文法や語彙の源は一つなのだ。中東の諸国やイテキバンの様な遠国でも古代からの交流で言語は通じていて、語彙も文法も全く異なる種族とは千年以上も接触が無かったのだ。


 こちらから逆に彼らに天然痘を移す危険もあるので、反応を見ながらワクチン接種を試みたが…激しい抵抗を受けて断念していたところだ。


「直接会いたい。絵を描き、話し、手を握って理解し合いたい」とダンが切り出した。

 ジョーも、ミムラタも、覚悟を決めている。

「その前に彼らの唾液、血液を調べたい。他の人と明らかに違う細菌が居ないか試したい」炭疽菌対策を行っていた時と同じ準備をモネラは終えていた。

「無謀な!」「彼らに敵意が無いとは限らない」「相手は同じ神の信徒でもない、異教徒だ!」

 帝国や総本山の学者達は若者達に反対したが、私が「彼らの意見に賛成します。彼らの自由にさせたい」と後ろ盾になった。

 今まで理解できた挨拶や、生活に使われるいくつかの朧げな単語が共有され、面会する事になった。


******


 外国船の乗員は、肌が黒かった。

 事前に「太陽の光が強いと、肌に色素が生まれ、黒い肌になる。それが強い光から体を護るんだ」とダン達には説明したが、初めて見る黒人に城の若者達は衝撃を受けていた。

「まあそれは向こうも同じだよ」とも言っておいた。

 しかし身なりも綺麗で着ている服にも金が施され、貴族的な身分である事が理解できた。

 面会者が若者だったこと、先に挨拶を切り出した事に相手は驚きながらも歓迎してくれた。

「私達は、貴方達を歓迎します」とダンが口火を切ると、ミムラタが黒板に船を後ろにした彼らの似顔絵と、ダン達の似顔絵、互いに笑顔に描いてある。そして握手する絵を描いた。

 似顔絵と言っても数秒で描ける様に特徴を捕らえた、ちょっとおかしな物だ。向こうも思わず笑いが漏れた。

 同時にジョーがその絵の上に言葉を書き添えた。ダンがそれを受け取り、

「私達、貴方達、トモダチ」と笑顔で説明した。


 一番身分の高そうな、鼻が高く堀の深い、鋭い目つきの貴人が答えようとしたので、私達は黒板に白墨を渡した。

 彼らは同様に絵を交え筆談を開始した。「私達、貴方達、トモダチ、嬉しい」と彼らの言葉を絵の上に描いた。それをジョーは必死で書き写し、発音も書いた。


 そして似顔絵と名前を書き、自己紹介した。

 相手も同様に自己紹介をした。貴人はブリナ提督。南大陸の王家の親類、公爵の様だ。あぶねえあぶねえ、粗末に扱ってたら戦争案件だよこれ。

 飲み物が運び込まれ、運んできたモネラも紹介された。彼女が学者と知るや、ブリナ提督は驚愕した。必死に黒板に、女が学問を許されない事を説明し、ダン・ミムラタ・ジョーの三人でここには女学者が多数いる事を説明する。


 それから私達は、病気が口から移る事、病気は小さい生き物である事、それを防ぐためマスクをし、清潔にしている事、街を閉じ込めた事を、ゆっくりと説明した。

 ダンに替わってモネラが、身振り手振りと絵を交え、呼吸器と消化器、そこから伝染する病原菌の説明を上手く説明している。ジョーは異国人の放つ言葉や文字を必死に書く。


 そして、ブリナ提督は、ダン、ジョー、ミムラタ、そしてモネラとも握手に応じてくれた。

「ワタシ、アナタ、トモダチ、アリガト」今までミデティリア大陸語を話さなかった異国人が初めて話してくれた。

 城の若者達が、笑顔に包まれた。異国人も、笑顔に包まれた。


 そしてブリナ提督は、彼らの言葉で使う文字を書き出し、発音を教えた。

 それをジョーが必死に書き写し、皆が発音を真似、書き方を憶える。

 その後に、ダンが大陸のアルファベットを書き出し、発音を教え、これは城のオリジナル…原典は故郷の地球だが、アルファベットの歌を歌って説明した。


 子供にもわかる軽妙な歌が受けたのか、他の貴族達もやって来て、真似て歌い出した。


******


 この会談は意義深いもので、彼らの言語の要素である文字、発音、僅かながらの単語が取材できたため、帝国の学者達は忽ち解析した。

「どうやってここまで調べ上げたんだね?」

「簡単ですよ」と、石板に絵と字を書いてジョーが説明した。

「護児王国の若者は…頭が柔らかいというべきか…」大陸の最高頭脳達は、若者の前で言葉を失った。

 彼ら学者陣に足りなかった物は、勇気と情熱と友情だったのかも知れない。


 その夜、ブリナ提督以下の身体状況や、夕食後に頼んで採取した唾液をモネラが検査した。

 培養して確認する必要があり、提督には3日この暮らしをする様頼んだ。

 提督は何かを言った。聞き拾った言葉は「待つ」「嫌」「ガマン」と、いやいやながら同意してくれた様だった。

 ダンは提督に、宿の外で運動会を提案した。ミムラタが、何人か走り、勝った者に酒が与えられる絵を描くと…皆が歓声を上げた。勿論、互いの距離を空けて、感染に注意しての事である。

 そして…彼らは圧倒的に強かった。ダンも足は速かったので何とか一矢報いたが、外国人の船員も貴族も、身体能力は凄かった。

 結局賞品の酒はダン以外異国人の手に渡った。ダン達は抜栓し、今や普及したフルートグラスにシャトーティーグを注ぐと、異国人は訝しがったり残念そうだったり。

「コレ、ワイン、スゴイ、ウマイ!」とダンは覚えたての異国語で紹介し、ミムラタは葡萄を絞りビンに詰め、太陽と雪がくりかえす絵を描く。

 異国人たちは香りをかぐと、態度は一変して歓喜に包まれる。

 ダンが「ワタシ、マケタ!アナタタチ、ツヨイ!カンパーイ!」と異国語で敵の勝利を讃えた。

「カンパーイ!」異国人たちが満足気に、母国の言葉で乾杯した。

「ウォォオオオー!」異国人に衝撃が走った!「ヨイ!オイシイ!」「ステキ!」

異国人たちは覚えたての大陸語で酒を讃えた。


 ダン達は嬉しかった。

 もしかしたら彼らと戦争になったかも知れない。

 イテキバンの少女達を殺す決意をした時の様に、辛く悲しい想いを繰り返したかも知れない。最悪の場合、敵意は無いのに、疫病が写って多くの人が死ぬ危険だってあったのだ。

 それが、今一緒に飲んで、笑っている。一部では異国の歌を歌い出す船員たちもいる。

「あー!親父!あんたが俺達に見せたかったものを、俺達は今目の前にしてるんだぜ!」ダンは私に向かって叫んだ。


 そこにブリナ提督が来た。

「アナタ、イヤ?イタイ?」

 ダンは泣いていた。かつて、親しくなれる人と歓迎した思いが裏切られた苦い思いと、目の前の暖かい景色が頭の中で交錯している。

「ワタシ、ウレシイ!アナタ、ワタシ、カンパイ、ウレシイ!」

 ダンは泣いていた。ジョーも、ミムラタも、泣きながら杯を掲げた。

 良かった。私がこの世界に残したかった物が一つ伝わった。


******


 そんな魂の交流が行われている最中、モネラはブリナ提督以下船員たちの唾液や血液から最近を培養し、検査していた。

 ホテルでは地元の教会の子供に頼み合唱や楽曲が披露された。

 防疫の説明を受けた船員たちは、レースの布越しに、久々の、しかも異国の音楽を楽しんだ。そして食事には酒が供され、故郷の歌を熱唱していた。それらをジョーが発音や音階を必死にメモした。

「コマッツェとムジカにお土産ができました!」とジョーがニヤニヤ笑ってた。


 城の子が来て異国の情報は飛躍的に得られ、解析された。

 彼らの大陸は、グランディア大陸の南方1000km程度にある、彼らの言うシンナイ大陸である。その大陸には遥か南方に未開の部族が群雄割拠しているが、北端にある彼らアブシン王国は1000年以上の歴史を持ち高度な文明を維持している。

 しかし、グランディアでは寒冷化が起きたのと同様、その反動でシンナイでは温暖化により凶作となり、外の世界に向け探索を行う必要が出て来た。


 ブリナ提督はアブシン王家の公爵で、国を救う資源を求め旅立った。その結果、ここポルタに辿り着いた。


 そこまで情報が整理された3日後、モネラから「未知の菌、特にペスト菌が誰からも、どの積み荷からも検出されなかった。

 それに私達の息や唾液から極度に感染される細菌も天然痘以外なかった。御屋形様の懸念してたチフスって菌も無かった。これ以上は今予測できない」との結果を知らされ、防疫戦は終わった。


 なお、天然痘ワクチン接種の代わりに、彼ら異国人には、最強の免疫「ミナトナの乳」を使ったアイスクリーム始め乳製品が振る舞われていたため、発病の懸念は無い。アレルギーテストを終え、それら美味を口にした彼らの驚きたるや凄まじかった。免疫の説明どころではなかった。


 そして、彼ら異国人の動向は新聞を通じ帝国内、そして大陸各国に伝えられた。

「未知なる世界からの闖入者」から始まった報道は

「初めての会話」

「護児国の祭典『運動会』で異国人快勝、そして祝宴!」

「異国、それは遥か南の大陸シンナイのアブシン王国!」

「疫病検出されず!ポルタ市街との接続再会!!」

 と、数日の間に不安の眼が好機の眼に、そして歓迎の眼に変化していった。


******


 アブシン王国艦隊の乗員は士官10人、兵60人、船員50名。奴隷階級の船員達にも礼服が支給され、皇帝キオミルニー31世の閲覧を受けた。閉鎖されていたポルタ駅に皇帝が到着すると市民は歓迎し、アブシン艦隊乗員達は宿泊所から列を成して拝謁の場に臨んだ。


 帝都での会見との案も出たが、防疫が絶対ではない事に不安を持つ貴族が多数おり、「今回ばっかりはそれも仕方ないか」と皇帝が出した折衷案、「俺が行く」でこうなった。多くの反対を蹴り飛ばしての強行だった。


 駅前広場が謁見の場として整備され、ブリナ提督が皇帝の前に傅く。

「遥か南方から、命懸けの航海を経て、今相まみえる事を、我ミデティリア帝国皇帝キオミルニー31世は喜びを以て歓迎する!」

「トオイ・・・」通訳が続くが「ワタシハ王、キオミルニー。アナタ、公爵ブリナ、アッテウレシイ。ワタシトアナタ、トモダチ!」と皇帝が自らアブシン語で語った。


「オオー!」アブシン艦隊乗員はブリナ提督以下歓喜の声を上げ、深く頭を下げた。

 キオミーこういうのは天才的にうまいよなあ…更にブリナ提督に目で合図を送ると、提督は傅いたまま

「ワタシタチ、アブシン王国、艦隊ハ、アナタタチ、ミデテ-リア、ゴジオー、グランデアノミナサマト、トモダチニナル。

 シラナカッタ、アタラシイセカイヲ、シリタイ。

 皇帝陛下、カンゲイニ、感謝シマス」と、若干のたどたどしさを残した大陸語を見事奏上した!


 見守る市民から溜息が漏れた。

 彼らは言葉が通じない異民族ではない。会話できる、友人になれる、同じ人間だと、ブリナ提督は宣言したのだ。


 キオミルニー皇帝は壇上から降り、ブリナ提督も応じて立ち上がり、握手した。

 群衆は歓声を上げ、歓喜の声に包まれた!


 グランディア大陸の異文化接触の二回目は、極めて友好的なスタートを切った。


******


「皇帝はあの黒い人を信じ過ぎる!」

「あいつらは大陸の穀物を飢えた母国に買いあさりに来た乞食だ!」

「あいつらが攻めてきたらどうすんだ!」

「病気だって1年後や2年後に俺達を殺すかも知れないぞ!」

「そもそもあの魔の森のバケモノたちが黒い奴等の尖兵かもしれないぜ」

「いや、あの城の魔道具作ってるのは俺の村から捨てられた子なんだ」

「魔物がその子を食って成りすましてるかもしれないだろうが!」

「そ、そうだな。あの子は魔物に食われたんだ」

「それにお前が城に子供を捨てたって知れて見ろ。お前は大陸の敵だ、異端だって言われるぜ。お前の息子も娘も石殺しだ!だからあいつらを攻めるんだよ」


 大陸同盟以来、人身売買や年貢横領が禁じられ、この世の中から最もカンタンに利益を得る方法「悪意」「敵意」を煽る事で肥え太っていた奴等はまだ生きていた。


 そいつらが起死回生のチャンスと狙ったのが、未知なる南の国との戦争だ。

 彼らの流した噂は、買収された新聞社によって広め始められた。


 その悪意み満ちた新聞を握り絞めて

「これは命を懸ける必要がある」ダンは決意を固めた。


******


 ポルタ付近の造船所に、フロンタ王エンタは居た。

 ドワーフ達に、若者達が、元フロンタ貴族の中でも海運に携わっていた者の子弟が指示し検査していた。

 そこには大型の試作魔導機関船が数隻建造されていた。粛正されたフロンタ貴族の子女が護児国に大型船の基本知識を伝え、大陸南岸から中東の海運のために建造した船だ。

 シンナイ大陸発見によって急遽建造計画が大幅に前倒しされて大変な賑わいとなっていた。


「貴族の子弟でも匠と話が出来るレベルの者がいたんですねえ」

「ある程度の船ともなれば、貴族の資金がなければ建造できぬよ。あの子達は、親に似ず真面目に職分を全うした子らなのだろう」

 設計図を前に、若者達がドワーフ達に必死になって説明していた。それをエンタ王は何か安堵したかの様に眺めていた。


「鉄道の次は大陸間航海。次は空でも飛ぶかの?」

 全長3mの魔導スクリューを数十人のドワーフを指揮して鍛造しつつ、アンビーが問う。

 流石の海育ちのフロンタ王や子弟達も、この新たな推進機関の模型を見て驚いていた。

「ちょっとこれを工夫すればね」「「「飛べるんかー!」」」凄ぇお目々キラキラだ、アンビーも他のドワーフ達も!

「まずは南大陸との交流だ。これから世界は広くなり、色々な友好も対立も互いに齎す。

 対立を出来る限り避け、友好こそが無駄な争いを無くす道だと知らせるんだ」

「ふふっ、御屋形様は優しいのう」

「おちゃらけてる場合じゃないよ。今回感染症が検出されなかっただけなんだけど、天然痘以上の地獄一歩手前だったんだぞ?」

「報告されんで検出されんかったら問題なかろ…御屋形様何が言いたいんじゃ?」

「彼らの士官は一番艦、三番艦と四番艦しかいない。

 ダンが聞き取り調査で初めて気が付き、ブリナ公爵が密かに認めた話だ」

 頭の回転が速いアンビー、そしてエンタ王に戦慄が走った。

「一応、ブリナ公の判断で艦体は全滅覚悟で二十日以上沖合で停止して再出発したそうだが。これから造る船は、防疫区画を維持でき、長期の隔離生活に耐える必要がある。わかるな?」

「医者も養わねば!」フロンタ王は何かを決意した様だ。

 流石海の民族。帝国への対抗心に燃えてるな?


******


 ポルタでの奇跡の会見は既に大陸全土に知らされ、それと同時に通商条約が検討されていた。

 しかし相互の言葉の壁は厚く、特に刑罰に関する交渉は困難を極めた。

 最初は手で持てる大きさだった黒板は今や別ベッドサイズにまで大きくなり、絵と自国語と相手国語を併記しつつ論議されるに至ったが、やはり要領を得ない。


「やっぱ最初はお友達から始めましょう、だな」とのキオミー流の割り切りに、「数週間交通の要衝ポルタを閉鎖した見返りがそれでは示しがつきませぬ!」と反対意見が起きた。

「じゃあ大陸全土に黒死病バラ撒く?」「誰もそんな事を」「お前が言ってんだよ」

 有力貴族でも容赦ない。

「キッチリした防疫協定なしで交易に目を奪われるのは、ワクチン無しでイテキバンを歓迎するのと何が違うの?説明できるよね?皇帝に反論したんだからさ」

 かつて戦勝式典で、帝国内の流儀に拘り一族粛正された一件を思い出し、全員が慄いた。

「発言を…撤回します」


「いずれにしろ、もっと親身にかつ狡猾に折衝できないと駄目だなあ…」皇帝は行き詰まりをどう打開するかを考え「まずはあの少年は外せなくなっちまったか。こりゃまた負けかな?」と溜息を吐いた。


******


「俺は、向こうに行きたいんだ、親父!」「だから俺は親父じゃねえって!」ポルタの宿でいつもの親子喧嘩だ。親じゃないけど。

「でも誰かがあっちに行って、来たよって言わなきゃダメだろ?」

「今、船を作ってる。誰を向かわせるか…畜生!やっぱりお前かぁ」

「そうだろう?!」得意気なダン。

「向こうは文化も思考もこっちと違う別天地だ。極力向こうの流儀に合わせなきゃならない。

 しかし仲間の危機には一歩も譲るな。こっちが悪い場合は否を認め、許しを請え。

 相手が何か企んでいる様ならすぐ逃げられる様に準備しろ」

「当たり前だ。その辺ぬかりは無い様準備する」「ヤミーはどうする?」

「一度城に帰って…」「あたし待つよ!ここで待つ!」ヤミーは真剣な顔で応え、すぐ笑顔に戻った。

「奥さんのできる事って、旦那の帰りを待つ事だってステラちゃんが言ってた。だから待つよ。ダン、行ってらっしゃい」

「ヤミー。俺は必ず帰る。一番大事なお前が待ってるここへ帰る。見てろ、数えきれない友達や美味しい物を連れて帰るぞ!」

「ダン兄ちゃんはカッコイイ!おいしいのお土産に持って帰ってね!」

 ヤミーはいつもの笑顔で、しかし今この時だけは、涙を零してダンに向き合っていた。

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