第33話 何か裏がある
開会式が終わり、すぐに障害物競走が始まった。
姉さんが言っていた通り、三年から始まって一年が一番最後になるようだった。
どのクラスからやるかは知らないが、それも三年を見ていればわかるだろう。
見ていればと言うが、競技の状況を見ることはできない。全員が初見の状態で平等に競技するために、そういうシステムになっているらしい。
帝国学院は、平等な機会だけは大切にしていると思う。一応。
だから俺はスポーツテストを追加で受けられたし、おそらく中間テストの時に体調不良で休んだ人がいたら別日に受けられているのだろう。通信を遮断した部屋に入れられる可能性はあるが……だとしても、脱落するよりマシだろう。そのことを知っている人はほとんどいないだろうけど。
俺はとりあえず暇を潰すためにスマホゲームを始める。
最近はPCゲームしかやっていなくて久しぶりだが、これでもトップランカーとしてやっていきたいところだった。
いや、今はそんなことよりも体育祭のことだ。
向こうがメインだというのに自分がそこにいないということは、とても不安でしかない。
あっちで何かあったら市川か七条が教えてくれるだろうけど、すぐに情報が来るとは限らない。二人が巻き込まれたら意味がないのに、二人は狙われやすい位置にいる。元々情報は望めないものと思った方が良さそうだ。
そこで頼れるのが鏡野だが……
鏡野も完全に信じていいのかわからない。
とりあえず服部たちのように素性は調べたが、特筆すべきことは何も無かったはずだ。
もちろん、この学校に来ている以上は、世間一般から見て普通ではないが、俺からすればまだ平凡の範囲内。怪しい点も握れる弱点もない、どちらにも転べる状況だ。今まで貰った情報からすれば信じるべきだが、まだわからない。どちらでもいいように、最悪漏れても大丈夫な情報だけ渡すことにはしているが……
「はぁ……」
思わずため息が漏れるほど、帝国学院は面倒くさい。
施設では、自分が動けばそれでよかった。自分で全てを背負って、それで上手くいっていた。むしろ、他人を信じたら負けで、信頼されたらいいように使う。それが当たり前だった。
なのに、今は他人を使わないと何もできない。俺にはわからない普通・常識があって、それをクリアしながらやりたいことをするには、俺だけじゃ足りない。他人を信じるという、今まで禁忌のように思っていたことを普通にやらないといけない。
こんな価値観の根幹を揺るがすものをすぐに受け入れろと言われても、普通はできない。だが、それができるのが選ばれしMurdererで、ブラックリスト。関係者は全員がそれを当たり前のように思っている。
それに、俺は過去最高と呼ばれるブラックリストのMurderer。こんなところで迷ったり、立ち止まったりはできない。
俺は大丈夫だ。何をしても。
自分にそう言い聞かせ、やっていくしかない。
「どうしたの? 大丈夫?」
「んん?」
急に浦田に話しかけられ、俺は気が抜けた返事をしてしまう。
「いや、ため息……結構大きかったから」
「そうか……? なら、すまない」
「謝ることじゃないけど……本当に大丈夫?」
「ああ。大丈夫だ。ただ、少し考え事してただけ」
「話聞くよ?」
「大丈夫。もう解決した」
「そっか」
何でちょっと悔しそうなんだか。おそらく、こいつは何か裏がある。
スポーツテストの時は、明らかに俺がおかしかったからこれが普通かと思ってあまり気にしなかった。でも、今はどうだろう。ただのため息で、ほとんど話したこともない人を、クラスメイトとはいえこれほどまでに心配するだろうか。
確か一般的には、話したこともない人だったら、たとえいくら顔色が悪くても、倒れさえしなければ話しかけなどしない……はずなのだが。
調べてみる価値はありそうだ。
「おっ……」
浦田がさらに何かを言う前に、最初の人が終わったようでランキングが反映される。
最初に出たのは姉さんの名前だった。タイムは脅威の三分台。確か、施設出身者を除いた去年の平均が約十二分だったはず。その四分の一くらい速いタイムはどう見ても脅威の記録だ。
「お姉さん、一番乗りだね」
浦田は独り言のようにそう呟くが、『お姉さん』と言っている時点で独り言ではない。
「……そうだな」
とりあえずそう返しておく。
どこから広がったのか、クラス内では俺の姉と七条の兄が三年にいることは知れ渡っていた。別に悪いことじゃないが、その度にこんなことを言われ続けるのが面倒くさい。
「あれって、速いのかなぁ……」
「さあな」
段々、浦田の相手をするのも面倒くさくなってきた。
それから五分ほどしたところから、続々と他の人たちもランキングに入って来た。
大体平均と同じくらいの十二分くらいだろうか……?
いくら三年とはいえ、全体の平均値くらいの人もいるのか。おそらく、こいつは最後まで残らない。姉さんたちも薄々わかっているだろう。
そこから約三十分、三年生の結果が全て反映されたところでは、姉さんが圧倒的な一位で、上位のタイムも平均からすれば驚異的ではあるが、印象はかなり薄れている。
続いて、二年生の競技が始まったらしい。
こっちも少し時間を潰すと、すぐに最初の結果が反映される。
「おっ……」
浦田がそう声を漏らすほどすごい記録を出し、二年生ながら二位に食い込んだ生徒が居た。
その生徒の名は――早見太陽
そう、俺の兄にあたる人だ。
姉さんよりも関わりが薄く、兄さんが施設を去ってからはまだ一度も会っていない。
そもそも、この『姉さん』『兄さん』というのも、施設の中では意識したこともなかったようなことだ。わざわざ会う必要もない。ただ、姉さんだけは、色々なことがあった中で『姉さん』という認識が強く芽生えた。だから今の関係がある。ただそれだけだ。
「早見くん、その……今の二年生って……」
「兄貴」
「そうなんだ……すごいね、お姉さんも、お兄さんも」
「まあな」
浦田はそう言うが、もし俺がそれをコンプレックスのように感じていたらどう思うのかは考えていないだろう。俺が普通に育った子供なら、ただでさえ会話のないこの場が凍り付いていたことだろう。
俺が過去最高と呼ばれていてよかったな、浦田。
そんなことは心の中で言っておく。
兄さんとは、会ってはいないがやり取りはした。というか、真っ先に連絡はした。
四月に七条を襲った二年生を特定したのは兄さんだし、脱落させていいかどうかも兄さんに確認してもらった。
直接会ってなくても、それなりに関わってはいた。だが、それ以上の関係はないし、兄弟っぽくはないだろう。
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