第21話 脅し
「ねえ、一つ聞いていい?」
「何?」
「優里愛って、早見くんのことどう思ってるの?」
「え?」
七条は、市川の質問の意味が理解できなかった。
「どうって言われても……」
七条は、自分が天音のことをどう思っているのかわからなかった。そんなこと、考えたことも無かった。
「こんなこと聞くのもあれだけど、付き合ってるの?」
「それはない。ただ、私の兄さんと早見くんのお姉さんが仲いいだけ」
「そっか」
否定は速いんだ……と市川は七条が焦っているのを感じていた。
これ以上焦らせるのも悪いと思い、市川はまあいいやと話を打ち切った。
「ぇっ……!?」
その時、七条は誰かに口元を背後から塞がれた。それと同時に、市川は誰かに腕を強く掴まれる。
七条が大声を出そうとするが、耳元でしーっと囁かれ、何も言えなくなった。
「騒ぐな」
明らかに男の声だった。
「七条優里愛。俺はお前を絶対に潰す。もう二度と立ち直れないくらい滅茶苦茶に……お前の心も体も全て」
低い声で、どんなに避けようとしても心に残る声だった。七条は、物理的にも精神的にも動けなくなってしまった。
「どうするつもり?」
七条に代わって、市川がそう聞く。
「お前は黙ってろ……!」
市川の腕を掴んでいた男子生徒がそう言って殴りかかってまで黙らせようとするが、市川はその男子生徒の拳を軽くあしらった。
「は……?」
「落ち着け
「……はい」
市川の腕を掴んでいた冬輝と呼ばれた男子生徒は、七条を脅している人物の言うことに従順だった。
「冬輝くん……ふふっ」
周りに何人かいた仲間の一人が不気味に笑う。
冬輝はその笑い声と市川に軽くあしらわれたことに怒りを露わにし、市川に殴りかかる。
市川は一歩引いて拳を交わし、冬輝の
「うっ……」
冬輝は地面に倒れ込み、うずくまってしまう。
「冬輝、なぜ我慢できない? なぜ言うことを聞けない?」
そう聞かれても、冬輝は痛みで何も答えることができない。
「まあいい。これでわかっただろ」
まだそこで手を下さないだけ優しいな、と市川は思ってしまう。
「壊されたく無ければ大人しくしていろ、稼ぎ頭」
男はそう言って七条を離し、取り巻きたちと共に寮とは逆の方向に去っていった。
冬輝は市川を睨んでから、急いで男たちに追いつこうと走っていく。
そして男たちはあっという間に見えなくなった。
七条の脳裏には、男の言葉が焼き付いていた。それと同時に、天音の言葉も思い出される。
『別にいいだろ。得点の稼ぎ頭がいるってことがわかったんだから』
今月のミッションの結果が出た時に言われたことだった。
同じ言葉を使っていたから、妙に思い出したのだと思う。
でも、何でそんなことを知っているのかと思うと、七条はさらなる恐怖に襲われた。
やっと開放された七条は、地面にへたり込んだまま俯いて、震えていた。
「大丈夫? 優里愛……」
市川が駆け寄って体を摩りながらそう声をかけるが、七条は何も言わない。
「ごめん……ごめん……優里愛」
市川は七条にそう呼びかけ続ける。
そこへ誰かが来る足音がして、市川は顔を上げる。
そこにいたのは天音だった。
「早見……くん……」
◇ ◇ ◇
何が起こるかはなんとなくわかっていた。
七条が襲われ、脅される。
そうなれば、七条は何もできなくなってしまうこともわかっていた。だから、市川に七条を守ってくれと頼んだ。
でも、市川では守り切れなかった。おそらく、頼れる相棒がいないことが原因だと思う。
自分がミスをしても、カバーしてくれる相棒がいる。そういう安心感が無ければ、本来の力を出すことは厳しいのかもしれない。
だから、復讐だって……
今回は特に、市川が元々そんなことが起こるとは思っていなかったことも影響していたと思う。
「早見……くん……」
市川は俺を見上げ、俺の名前を呼ぶ。
「大丈夫か? 何があった?」
知っているが、見ていたなら助けてくれと言われても困るから、知らないふりをしておく。
「優里愛が……知らない人に脅された」
「脅された?」
「多分、優里愛が成績一位だったから、潰しに来たんだと思う」
「どこのクラスかわかるか?」
「わからない」
市川にはピンと来ていてないようだったが、俺はどこの誰かなんてとっくにわかっている。
市川が知っているかの確認はできたから、今は誰がやったかよりも、七条の方を優先した方が良さそうだ。
俺は七条の前に移動し、そこにしゃがんだ。
「七条……ごめん。守れなくて」
すると、七条は俺に抱きついてきた。
「七条……?」
「……怖かった。怖かったよ……」
七条はそう呟きながら、泣き出してしまった。
「……ごめん」
俺は七条にそうとしか言えなかった。
七条は俺の制服の袖をがっしりと掴み、離そうとしなかった。
「部屋まで送る。歩けるか?」
そう聞くと、七条は俺の腕を支えに立ち上がろうとする。だが、足に上手く力が入らないようで、ふらっと倒れそうになった。そこを市川が咄嗟に受け止める。
「大丈夫? 無理しないで、優里愛」
「……ありがとう」
そうは言うが、自分で歩けないならどう送ったらいいのやら……
俺は辺りを見回し、誰もいないことを確認する。
そして七条を抱き上げ、いわゆるお姫様抱っこという状態になった。
「は、早見くん……!?」
「歩けないならこうするしか無いだろ」
「……ごめんね」
「いや、俺にできることはこれくらいだから」
俺は七条を抱え、寮に向かった。
市川の案内で
部屋の構造は俺の部屋と変わらず、俺は奥に備え付けられているベッドの上に七条を下ろした。
「ありがとう、早見くん」
「うん。じゃあ、俺はこれで……」
女子の部屋に長くいるわけにもいかず、俺は七条の部屋を出ようとする。
すると、七条がまた俺の制服の袖を掴み、足を止めさせる。
「えっと……男が女の部屋に長くいるっていうのはあまりよくないと思うが……」
「別にいい。いてほしい、早見くんには」
「俺がいる必要はない。この部屋は安全だ」
「でも……」
七条にとって、俺がいることで安心するというのはよくわかる。だが、世間体というものもあるし、何があったのかと詮索される可能性だってある。それに、俺にだってやらなければならないことがある。七条を襲った奴らへの報復だって考えたい。
「暁人さん呼ぼうか。俺よりも暁人さんの方が信頼できるだろうし」
「……兄さんが来るまではいてね」
「ああ」
そして俺は暁人さんに連絡を入れる。暁人さんはすぐ来てくれるそうで、それまで数分待つことにした。ちなみに、事情は詳しく説明していない。
「ボク、外でお兄さんが来るの待ってるね」
気を使ったのか、市川はそう言って部屋の外に出て行った。
それを見てなのか、七条は隣に座れと言わんばかりにベッドを軽く叩く。
俺がしょうがなくそこに腰かけると、七条は膝を抱えて布団に
これで少しでも安心できるならこのままにしておこうと、俺はそのまま数分を過ごした。
三分ほどが経った時、ドアが開く音がして、すぐに暁人さんが部屋に入って来た。
「優里愛、大丈夫か?」
「あきにい……」
七条はすぐに振り返り、暁人さんに抱き着いた。
それを見て俺は、やっぱり俺では不安は拭い切れないと感じた。
「天音くん、ありがとう」
「いえ」
「あとは任せてくれ」
「はい。状況は追ってお伝えします」
「ああ。頼んだ」
「では、失礼します」
暁人さんが来てすぐに、俺と市川は七条の部屋を出た。
七条も安心した様子だったし、素直によかったと思った。俺にしては珍しいことだ。
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