第20話 友達
放課後になり、続々と教室から生徒が出ていく。
そんな中市川は、席が近かったこともあって七条に話しかける。
「七条さん、もしよかったらだけど……一緒にカフェ行かない?」
「え……?」
「別に嫌だったらいいんだけど……」
「えっと……」
七条はやはり急なことに戸惑ってしまう。
俺はさり気なく席を立って教室を出ようと、七条の後ろを通過する。
「え」
その時、急に七条に制服の袖を掴まれ、自分でもよくわからない鳴き声を発した。
「早見くんもよかったら、どう?」
市川は気を使ったように、俺のことも誘う。
「別に俺は……っ……」
俺が断ろうとすると、七条が強く袖を引っ張る。
「……俺もいいなら」
「ボクは大丈夫だよ」
「……早見くんが行くなら、私も行く」
「じゃあ決まりだね」
付き合ってるように見られたくないといっておきながら、そんな発言をするとは……まあ、もうそんなことはどうでもよくなってきたのだろう。そもそも、守ってもらうという行為自体がそう見られかねないのだから、今更回避はできない。
そして俺たちは、市川に連れられて穴場的なカフェに入った。
そのカフェにはあまり人がおらず、時計の針が動く音や食器が触れる高い音が響いていた。
四人が座れるテーブル席に案内され、一方に俺と七条、もう一方に市川という形で座った。
それぞれ注文を済ませ、早速話を切り出したのは市川だった。
「今朝は急にごめんね。驚かせたよね。普段話すこともないのに……」
「いや、別に、大丈夫だけど……」
「そう? 結構動揺してるように見えたんだけど」
「だったらそうかもしれない」
市川は仲良くなろうとしているようだったが、七条はまだ受け入れられていない様子だった。
「まあその……ボク、話せる人とかいなくて。周り男子ばっかりだし、みんな無口っていうか。かろうじて榎本くんとは話せるけど……やっぱり、違和感があって」
「それで、女子の中で席が一番近い私にってこと?」
「うん」
市川の斜め後ろの席が七条だ。今までなぜ全く関わりが無かったのかと思うほど席は近い。ちなみに俺は市川の後ろの席で、榎本は市川の斜め前の席だ。
「理由はわかった。私も話せる人早見くんくらいだし、えっと……その……話しかけてくれてありがとう」
「え……? ありがとうだなんて、そんな大したことじゃないよ」
「私にとっては大きなことなの」
「そっか。確かに、ボクもその状況ならそう思うかも」
二人が共感し合っていて、とりあえずよかった。
「じゃあ、友達になってくれる? 七条さん」
「……うん。優里愛でいいよ、友達なら」
「わかった。よろしく、優里愛」
「よろしく、市川さん」
「ボクのことも、音葉でいいよ?」
「いや……あんまり、下の名前で呼ぶの慣れてなくて」
「そっか。じゃあ、無理しなくていいよ」
「ありがとう」
どうやら、上手く関係を作れたようだった。
「早見くんも、後ろの席だし……友達になろ」
「あ……わかった」
七条の前では、復讐のことなど口にできるはずもない。つまり、俺ともほぼ初対面という設定になる。そんなことだろうと思っていたが、そういえば友達になった覚えはないと気付いてしまった。
だが、いくら友達になろうとも、俺からしてみればただの協力者にすぎないということは変わらない。
そうやって友達になったはいいが、お互いにどんなものが好きなのかがわからず、話題に困ってしまう。
俺はその沈黙を破り、二人の意見を聞いてみようと思った。ただの好奇心だ。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「ん?」「何?」
「スポーツテストで、榎本の指に針が刺さっただろ?」
「うん」
「ボクは詳しく知らないけど」
「あれ、誰がやったと思う?」
表向きにも知り合いになったことによって、こうやって聞きたいことを二回話す必要がなくなったのだけはよかったと思った。
「偶然ってわけじゃないの?」
「機械は横向きにしまってあった。しかも、握る場所はただの隙間と言ってもいい。偶然入って、あそこにくっついたというのは無理がある」
落ちてたものに刺さったわけではないし、あんな一年に一度しか使わないようなものに偶然とかがあるわけがない。
「前に使ってたのはDクラスだし、Dクラスって考えるのが普通じゃないかな」
市川はそう言う。
「でも……DクラスがFクラスに何かする理由は無いと思う。Eクラスならまだしも」
七条がそう反論する。
「じゃあ、Fクラスの誰かが裏切ったってこと?」
「信じたくはないけど……」
「誰か怪しい人っていた?」
「うーん……いないことは無いけど、そんなことするようには見えないし……」
「へぇ……」
まだ四月だったこともあって、いきなり他のクラスが何か仕掛けてくるとは考えにくい。だが、それは裏切りの場合も同じだ。だから、今表に出ている情報だけでは、犯人は全くわからない。
「早見くんはどう思うの?」
市川が俺にそう聞いてくる。
「まあ、犯人の目星はついてる」
ここでどちらかの意見に乗っていれば、せっかくでき始めた関係が崩れかねないと思った。
「じゃあ何で聞いたの」
「いや、他の人たちはどう思うのかなって」
「ふーん」
市川は何かを疑っているのか……
これ以上聞かれるようなら答えてもいいと思ったが、結局何も聞いて来なかった。
それから他愛のない話で二人の仲が深まったところで、ちょうど日が落ちようとしていた。
「そろそろ帰ろっか」
「うん」
俺たちも暗くなる前に帰ろうと、会計を済ませてカフェを出た。
学校の敷地内に入り、校舎の間を抜けたところで俺は立ち止まる。
「どうかしたの?」
隣にいた七条が真っ先に振り返ってそう聞いてくる。
「いや……」
嫌な予感がした。予感というか、嫌な気配だ。
「俺、ちょっと図書館寄ってくから」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「ああ。じゃあまた」
俺はその気配から逃れるように、図書館に向かった。
何が起きるかは大体予想ができていた。そして、そのために手も打った。最悪の事態にはならないだろうと、俺は思っている。もちろん、その打った手が上手く機能してくれれば、という話だが。
そこは信じるしかない。準備をした自分を、それを信じた自分を。
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