第19話 復讐の理由
部屋に戻ると、思った通り熱が出ていた。
幸い前回ほどのものではなく、普段通りの生活は送れるくらいには軽かった。
だから、普通に七条に貰ったナポリタンを昨日に引き続き食べていた。
その時、俺のスマホに電話の着信音が鳴る。
「どうした?」
俺はスピーカーモードにして電話に出る。
『……急にごめん』
「大丈夫だが……」
電話をかけてきたのは市川だった。あれ以来ほとんど話は進めていないが、諦めたりはしていない。そのことで電話をしてきたのだろうか。
『例の件だけど……』
「うん」
『どうしたらいいか、わからなくて。ボクは、相手をハメるとか上手くないから』
「なるほど」
元々は市川の案に協力した上で続けて畳みかけようかと思っていたが、そんなことなら一緒にやった方がいいか。
「そういえば、お前は何で復讐したいんだ?」
そこまで重要ではなかったから聞いてなかったが、いざやるとなると少し気になってしまった。
「別に、言いたくなければいいんだが……」
『いや、言うよ。その方が、思い通りの協力が頼めそうだし』
「そうか」
確かに、知っておいた方が希望には沿えると思う。知らないといけないほど細かい希望があるかはわからないが。
『ボクが生まれてからずっと暮らしてきた町は、酷く廃れていた。不良……とは少し違うけど、そういう人たちがいっぱいいて、それが普通で、当たり前で……そうならないと生きていけなかった』
一昔前、この国に多くいた不良やヤクザとは少し違う、なんというか……より現代的で、バッドストリートとでも言ったらいいのか……そんなイメージだろう。
『暴力なんかは日常茶飯事で、人が死ぬことも珍しくなかった』
町が崩壊していて、警察も手を付けられないのだろう。
『ただ、実力がある奴が上に立つ。わかりやすい世界だった』
暴力という力、頭の切れる能力、それをより持ち合わせた人物が上に立つ。俺が育った世界も、帝国学院も、似たような世界だ。
『ボクもそれは例外ではなくて、暴力とか、そういうことを普通にやってた。人を殺したことはないけど、一歩手前までは行ったし……目の前で殺されるのも見た』
俺だって、それくらいは普通にあった。
世界で最も平和と言われるこの国で、施設外にそんな環境があるとは思ったことがなかった。そんな世界で育った市川は、もしかしたら俺と似ているのかもしれない。
『そんな世界で、ボクには相棒と呼べる奴がいた。ボクたちはいつも二人で……何をやるにしても二人で一つだった』
俺にはそんな奴はいなかった。心を許せる奴……だなんて。
『でも、そんな日々は続かなかった』
「おう……」
『彼は優しすぎた』
男だったのか。……そりゃそうか。そんな世界で生き残ることは難しい。その中で、より素の力がある男が多く生き残るのは当然かもしれない。
『今まで見たことが無い子だからって、彼はあるグループに襲われていたアイツを助けた。ずっと隠れ続けてきた奴を守る必要なんてないって、わかってたはずなのに……!』
アイツというのが、市川の復讐相手だ。もう名前すら呼ばれない。
『そのせいで、彼はそのグループに目を付けられ、色々あったけど、最終的には殺された』
なるほど……
「……だから、アイツに復讐を?」
『うん』
「好きだったんだな、その相棒のこと」
『えっ……? ……す、好き……なんかじゃ……ただ、心強い相棒だったっていうか……いや、それが好きっていうこと……?』
何か面倒くさいループに入ってしまったようだった。
「とりあえず、理由はわかった。とにかく相棒を大事に思っていて、とにかくアイツを潰したいって気持ちもよーく伝わって来た」
憎しみや恨み、その気持ちは俺もよくわかる。
「少し聞いていいか?」
『うん』
「今も、その……暴力っていうか、そういうのはできるか?」
『多分。素人相手なら、今でも全然平気』
「そうか……」
市川に勝る可能性があるのはMurdererくらいだ。それだけの自信があれば問題は無いだろう。
「なら、一つ頼んでいいか?」
『何?』
◇ ◇ ◇
翌朝、七条はいつも通りの時間に校舎に入った。
「……おはよう、七条さん」
廊下で急に話しかけてきたのは、市川だった。
普段は誰にもこんなことを言われないから、七条は少し戸惑ってしまう。
「お、おはよう。えっと……確か、市川さん……だったよね」
「うん。よければ、よろしく」
「う、うん……よろしく」
◇ ◇ ◇
「っていうことがあって……」
昼休み、俺は七条と屋上にいることが、いつしか当たり前になっていた。
何を話すわけでもなく、いつも話題に困っていたが、今日は七条が朝あったことについて相談がしたいようで、なんとか話題ができていた。
「それがどうしたんだ?」
「いや、絶対、私の成績とかを見て近付いてきたんだよ。権力がある人のところに人は集まるでしょ? 市川さんは、成績が上位の私がクラスをどうにかするとでも思って……」
確かに、いつも他の誰とも話すことがない七条に、ただ友達になりたいなんていう理由で急に話しかけたりはしないだろう。
「だが、結局話しかけてきたのは市川だけなんだろ?」
「そ、そうだけど……」
本当にそういう理由があるのなら、話しかけるのは市川ではないだろう。浦田や恵口といったクラスの中心人物たち、そういう人が近付いてくるのではないだろうか。
「そんなに下心はないと思うが」
「うーん……」
「心配なら、俺と一緒にいるか?」
「いや……そうもいかないでしょ。付き合ってると思われたくないし」
それなら、もう手遅れの可能性がある。少なくとも、俺たちの間に入ろうとしてくる者は誰もいないだろう。その雰囲気を作り出した原因は、七条と俺が半分づつ持っている。
「へぇ……」
「何? その反応」
「いやぁ……?」
なんだか面白くなってきた。何でかはよくわからない。
「何でニヤニヤしてるのよ!」
「あはは。ごめんごめん」
七条を本格的にキレさせてはいけない。それはもうわかっている。
「まあ……いてくれた方が安心はするけど」
ツンデレかよ。
「どうせ席も隣だし、拒否しても隣にいる。何かあれば合図してくれ」
「……わかった」
そう答えた七条の表情は少し浮かなかった。
俺の対応に問題でもあったのだろうか。それとも、市川のことが怖いのか? もしかして、他に何か……?
俺がいくら考えたってわかるはずがない。聞くわけにもいかず、結局何もわからないまま昼休みが終わった。
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