第18話 条件

 放課後になり、俺は一度自分の部屋に帰り、全員が教室からいなくなってから自分の教室に向かった。


 教室に入ると、今日は服部が先に来ていた。


「待たせたな」

「いや、大丈夫。こっちが呼んだんだから」

「それもそうか」


 廊下に誰もいないことを確認し、俺は教室のドアを閉めた。


「それで、どうだった? テストの結果は。それを話すために呼び出したんだろ?」

「ああ」


 服部に歩み寄りながら、話を始める。


「脱落は免れたようだが」

「ああ。なんとかな。早見のおかげだ」

「ギリギリだったのか?」

「401点。ギリギリにも程がある」

「ふはは。それは災難だったな」


 せっかく通っても、ギリギリ過ぎて冷や汗でもかいたことだろう。


「でも、早見がいなかったら通過もできてなかった。本当に感謝してる」

「礼は対価で受け取る」

「そうだったな」


 言葉で言われても、俺の感情は動かない。対価でも動かないが、手元に何かが残る。


 それに、今回に関してはこの対価のために助けたようなものだ。


「具体的に、どれくらいのポイントが欲しいんだ?」

「今何ポイントだ?」

「今は……1421ポイント」


 服部は、スマホを確認しながらそう答える。


「なら、半分の710ポイント」

「えっ……? そんなに?」

「お前ならすぐに稼げるだろ。スポーツ系なら」

「それもそうだけど……」


 スポーツ系のミッションはこれからもあると思われる。服部なら、そこで700ポイントくらいは簡単に稼げるだろう。


「どうやって送るの?」

「学校のソフトから、」

「それはわかってる」

「メッセージ欄で、俺との部屋を開いて、」

「うん」

「そこにあるタブを開いて、」

「ほう」

「その一番下の隅の方にポイントのマークがあるだろ?」


 確か、円の中にPという文字が入ったアイコンだったはずだ。ポイント以外の何物でもない。


「できた」


 服部がそう言ったのと同時に、俺のスマホに通知が届く。


 俺の個人ポイントは加算され、2549ポイントになった。


 クラス内での譲渡に関しては、クラスポイントが減るわけでもないため誰にも気付かれることはない。自分で言わない限りは、秘密にできる。


 バレたらどう思われるかはわからないが、服部が自分の恥を晒すわけがないと思うから、そこまで心配はいらない。と思いたい。


「あと、何か協力するとかって話だよな?」

「ああ」

「具体的に、何をしたらいい?」

「そうだな……」


 迷うようなことじゃないが、悩むふりをしてみる。


「普段の協調性が無い態度を止めろ。お前のせいで、クラスが一つになれない」


 服部は何も言わないが、お前も人のこと言えないだろとでも言いたげだった。


 俺もクラスのために何かする気は無いが、協力しないといけない状況になれば協力するつもりだ。


「そして、俺の言うことに従うこと」


 ただ勉強を教えた対価にしては大きすぎると言われるかもしれないが、この学校で他人を助けるということはこれくらい大きなことなのだ。まだそれを知らない相手に押し付けるのは無理があるかもしれないが。


「……従うって? 奴隷にでもするつもりか? ……俺が誰なのかわかってんのか?」


 さすがにキレたようで、服部は俺を睨みつけながら近づいてくる。


「ああ。だが、どんな御曹司でも、俺に勝つことはできない」

「っ……」


 いくら有名な会社だとはいえ、自分が御曹司だということを知られているとは思っていなかっただろう。


「誰のおかげで生き残ったんだか」


 そう畳み掛けるが、服部は何も言わない。従うか従わないか、どちらでもいいから言ってほしいものだ。


「そうか。じゃあ、実力でわからせればいいんだな」


 俺はそう言って、少し笑みを浮かべながら服部を睨む。


「……何でそこまで俺を?」

「逆に聞くが、何でそこまで従おうとしない? 力を借りて、なんとか命拾いした。お前もそれは認めただろ? なら、少しくらい恩を返してくれたっていいんじゃないのか?」


 そういうことは自分で言うもんじゃないが。


「ほとんどどこでも役に立たない個人ポイントがその恩返しと言うのならそれでいい」


 一応、初めにどちらも条件として提示したつもりだったが……言葉選びがよくなかったのだろうか。


 ここまで来たら、これ以上執着する必要はない。


「別に俺に従わなくたっていいが、クラスには従ってもらう。それがお前のためにもなる」


 これだけやってくれれば、もう用はない。


「じゃあ、お前とはこれで終わりだ」


 俺はそう言い残し、教室を後にした。


 できることは全てやった。これで無理なら、権力を行使してでもアイツを落とす。それだけだ。



 教室を出て、校舎を出るまでの廊下の角に、誰かの気配を感じる。この気配は、来見のものに違いない。俺はそう思い、角に差し掛かる。


「早速やってくれたようだな、早見」


 来見は壁に寄りかかり、そう言った。


「アイツ、物に八つ当たりしてたぞ。あれは相当だったな」


 学校の至る所に監視カメラがあるが、それは教室も例外ではない。おそらく来見は、それで確認したのだろう。俺たちの会話も、全て聞いていたことだろう。


「『対価を受け取った上に言うことを聞け』確かにやりすぎな気もするが……」


 俺は廊下が俺たちだけというのを確認し、そう呟く。


「少し話できるか?」

「ああ」


 そして、俺は来見に連れられ、学校の屋上で話をすることになった。


「服部の件は感謝する。これでどうにかなってくれればいいな」

「まあ……」


 来見はどうにかなるとでも思っているのだろうか。やけにプライドが高く、人をいいように使い、人の話も聞かない。ただ自分の快楽を基準として行動するような奴が、俺の一言だけで変わるとは思えない。心変わりでもしていなければ無理だ。最初は、根は優しい良い人なのかと思っていたが、実際はそうでもなさそうだった。


「どちらにせよ、アイツはさっさと切り捨てる」

「そうか。何か手伝うことはあるか?」

「別に、俺が勝手にやる。邪魔しないでくれればそれでいい」

「わかった」


 ここで心変わりしようが、結局のところ、最後まで生き残るような人物ではないことはわかっている。教師がわざわざ内通者であるMurdererに頼んでまで大人しくさせるほどの人間が……


 服部に対する文句もそこまでにして、俺も来見に話したいことがあったと思い出す。


「そういえば、ちゃんとやってくれたみたいですね。偽装の件」

「約束だったからな」



 遡ること約一ヶ月。


 来見とファミレスに行った時のことだった。


「引き受けてくれるんだな」

「成功すれば、代わりに何かしてくれるんだろ?」

「ああ」


 来見に、服部たちをどうにかしてほしいと頼まれていた。


「何をしてほしい?」

「そうだな……」


 俺は、服部たちをどうにかすることを約束し、代わりに条件を提示した。


「一学期の中間・期末テストなど、クラス内で順位が発表されるものを全て低く偽装してほしい」

「具体的には?」

「テストに関して言えば、俺は必ず満点を取る。だが、一学期からそれが明かされてしまうのは都合が悪い。だから、ちょうどいいくらいにしてくれればいい」

「表示上そうすればいいってことか?」

「ああ。どれくらい下げるかは任せる」


 来見に頼めるのはこれくらいしかない。


「……わかった。取引成立だな」

「ああ」



 その結果が、今回の十位という順位だった。


 おそらく、この約束が無ければ一位となっていただろう。


 点数が順位に載ってしまうと、クラスポイントとの矛盾に気付かれてしまうだろうから、点数をどれだけ偽装したのかはわからない。というか、順位を雑にいじっただけにも思える。


 まあ、正直それでよかったのだが。



「それにしても、ポイントの譲渡なんて初めて見た」

「そうか?」


 確かに、やる人はほぼいないだろう。


 というか、ポイント譲渡の履歴まで把握していたとは……考えてみれば当然のことではあるのだが、そこまで知っているとむしろ怖いというか……俺が言うことではないか。


「気を付けろよ? 言わなくてもわかってるとは思うけど」

「ああ。全ての行動にリスクが伴うことくらい当然だ」

「さすがだな」


 その時夕焼け空の下吹いた春風が、俺は妙に冷たく感じた。


「黒の廻り火……来たかもしれないから、そろそろ帰る」

「そうか。ちゃんと休めよ」

「わかってる」


 そして俺は屋上を、校舎を後にした。

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