第30話 恵口の話

 翌日には雨が上がり、日差しが水溜りに反射して眩しかった。


 教室に入ると七条と市川は既に来ていて、なぜか七条は頭を抱えていた。


「おはよう、早見くん」

「ああ……おはよう、市川。七条、どうしたんだ?」

「なんか、作戦で悩んでるみたい」

「なるほど」


 リーダーを任された七条は、勝てる作戦を考えていたようだった。


「でも、何で急に?」

「朝、練習の割り当てがあって、やってみたらしいんだけど、全然だったって」

「そうか……」


 運動できない奴らが集まった競技なのだから、そんなもんだろう。


 だが、そんなんじゃ勝てないと七条は思い、考え始めたが……


「……大変だな、リーダーは」

「そう言うくらいならちょっとは案出してくれてもいいんじゃない?」

「そんなこと言われてもなぁ……」


 玉入れなどやったことがない。


「玉を入れるだけなら、投げた玉の軌道を計算してベストな形を見つけ出し、それ通りに投げられれば……」

「そんなのできるわけないでしょ。その時じゃないと計算できないし、その計算通りに投げられるくらい正確に投球できるはずないでしょ」

「そりゃそうだよな……」


 正確に投げることもできるかわからないのに。


「っていうか、何で急に今日練習だったの? 先週からやってればこんなことにはなってなかったんじゃ……」


 市川の言う通り、今から作戦を考えたところで、それを完全にモノにできるかと言ったら微妙なところだ。


 七条もそれはわかっているはずだし、なぜ早くやらなかったのかと七条を責めるつもりもない。七条のことだから、できなかった理由があるはずだろう。


「まあ……ただでさえ運動嫌いが集まってるから。やっと今日できたって感じ」

「やっぱ大変だな」

「同情するならもっと現実的な案出して」

「はいはい……」


 そうは言っても、やっぱりやったことがない以上は理論上できそうなものを考えるしかない。


「例えば、籠を中心に十字になるように立って、籠の上を通って向かい側の人にパスするように投げる」

「すると?」

「お互いに同じタイミング、同じ強さで投げれば、ちょうど籠の真上でぶつかり合う」

「ああ」


 さすが七条だ。すぐに脳内でシュミレーションし、俺が何を言いたいのか考察した。説明するまでもない完璧な推測だった。


「でも、同じタイミング、同じ強さ、っていうのは難しいかもな……」

「そんなこと言ったら、もう何の作戦もできないぞ」

「じゃあ、もう作戦なんて無くていいや」

「えぇ……」


 あれだけ聞いておいて、か。確かに、勝つための作戦を考えても実行できそうもないだろうが。


「じゃあ、せめて少しでも玉を入れるために一つ」

「ん?」

「五人いるうち、一人は玉をかき集める方に人員を割け。そして、もしできるなら、一度に何個か抱えて、一気に投げろ」

「え? ……あー、確かに。ありがとう」


 それくらいしかできることは無い。あとはがむしゃらにやるだけという、とても計画性のない作戦になるだろう。作戦を練っても実行できないのなら、そうするしかないのだが。


「そういえば、音葉が何もすることないのはわかるけど、早見くんは何もしないの? 準備とか」

「ああ。俺たちは練習無いから。ぶっつけ本番」


 練習があったとしても、わざわざ少し離れている会場に向かうのも面倒くさい。俺の場合は初見でも十分対応できるため、必要はなかった。まあ、そんな細かいことは言えないが。


「えぇ……早見くんの方が大変じゃん」

「でも、誰かはやらなきゃいけないし。結構楽しいから」

「変わってるんだね」

「今更かよ」

「それもそっか」


 話がひと段落し、クラスの前方に目を向けると、目の前の席の市川がなんとも言えないような目で俺たちのことを見ていた。


「何だ?」

「いや? ……お似合いだなーって。二人とも」

「音葉!?」

「見てればわかるよ。好きなんでしょ? お互いに」

「そんなわけ……お互いの目的のために協力してるだけ」

「ああ、そうだな。まあ、一緒にいて嫌な気はしないが」

「ちょっと?」

「別に好きなんて言ってないが」

「勘違いされるでしょ?」

「そうか?」


 そういうのを心配する七条の発言が一番疑われそうだが。


「好きかどうかは別として、いいペアだよ。二人は」


 市川がそう言ったところで来見が教室に入ってきたため、何も言うことができなかった。仮に何か言える時間があったとしても、何を言っていいかわからなかっただろうが。



「はい。じゃあ、ホームルームを始める」


 来見がそう言うと、モニターの画面が切り替わり、今日の予定が一気に表示される。


「この辺は各自確認しておくように。今日は、こっちから特別伝えるものはない。だが、何やら恵口から話があるようだ」


 全員の視線が恵口の方を向いた。


 恵口はすぐに立ち上がり、教室の前の方に移動する。


「えーっと、急に時間を貰っちゃって申し訳ない。でも、今、全員に注意してもらいたいことがあって、時間を貰った。だから、ちゃんと聞いてほしい」


 こんな前置きをされてしまっては、気になって聞くしかないだろう。


「気付いている人もいるかもしれないが、Eクラスの生徒がFクラスの生徒をほぼ全員尾行している。おそらく、体育祭のことについて探っているのだと思う」


 クラスの様子からして、気付いている人はほとんどいなかったようで、「マジかよ……」「大丈夫なのか……?」などと声が上がっていた。


「だから、できるだけ情報を与えないように、発言には気をつけてほしい。具体的には、体育祭のことからクラス内部の状況まで。つまり……全部ってこと」


 話したところで、他人がわかるのか? という意見も上がるが、そこでわかってしまうのが桃山たちEクラスだ。おそらく、それはEクラスに限らず、全てのクラスに言える。もちろん、クラス全員ができるわけじゃないが、こういうことを話していたと各クラスのリーダーやその周辺に報告が行けば、そいつらは必ず真実を見抜く。


 このクラスだって、やろうと思えばそれくらい……


「とにかく、発言には気をつけること。あと、他のクラスの人たちが話していたことの中に情報が隠れてる可能性もあるから、もし何か聞いたら俺に報告してほしい」


 恵口はやっぱりやる気だった。


 情報戦が繰り広げられる帝国学院で、果たして勝てるのだろうか。


 俺が他人を信じられない性格なせいもあって、なんとなく恵口が信用できない。内通者だとか、そういう線はないと思うが……単純にそれほどの実力があるのかがわからない。特に成績がいいわけでもないし、ストレートに言うと見下しているということなのだろう。


 しばらくは様子を見てみることにはするが。


「以上。よろしく頼む」


 異論は出ず、むしろ恵口の好感度が上がったような感じで恵口の話は終わった。



 ホームルームが終わり、最初の授業の準備をしていると、隣の七条の元に恵口がやって来た。


「七条さん」

「何?」

「ありがとう」

「……別に。私は何も。……早見くんが」


 七条が何かを言いかけた時、俺はそれを遮るように咳払いした。


「早見くんが、何?」

「何でもない」

「そう。……とにかく、ありがとう。言ってくれなかったら、ここまではしなかった」

「別にいいって言ってるでしょ。ずっと最下位のままじゃ、不利でしかない」


 七条が何をしたかというと、恵口にさっきのスピーチをさせたのが七条だった。正確には、全員が尾行されていることを伝え、周知しておいた方がいいと助言しただけだが。


 そして、それを指示したのは俺だ。


 七条は尾行について市川から教えられて気付いたらしく、自分では気付いていなかった。だが、全員が尾行されていることと最近のEクラスの動きから、かなり注意しておいた方がいいと思い、七条に指示をした。


 俺が自分でクラスに言えばいいと七条には言われたが、俺が言ったところで誰が聞くだろうか。それに、施設から送り込まれた者として、今は表に立ちたくない。そして、七条はEクラスから狙われている身だし、内通者がいる今の状況で前に立つのは避けた方がいい。


 となると、一番クラスで影響力のある人といえば恵口になる。恵口は七条を信頼してくれているみたいだったし、俺が言うより七条が言った方が、行動に繋がると思った。


 その結果、クラス全員に知れ渡り、俺が指示したことはバレていない。恵口の印象も上がり、恵口から見た七条の信頼度も上がった。


 それなりにいい結果が得られただろう。

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