第31話 借りは返す

 恵口の話から数時間後。


 放課後になったが、恵口の話で警戒したのか、ほとんどの人が真っ直ぐ寮に帰って行った。


 俺は七条や市川と一旦寮に帰ったが、それからすぐに外に出た。


 学校の外に出て、俺が向かったのは例の『=unknown』。そこで、俺はある人と待ち合わせをしていた。


 前に来た時と同じように受付を抜け、すぐにラウンジの中に入る。


「遅い。天音なら先に来てると思ったのに」


 ラウンジのソファに座っていた一人の女子生徒がすぐに立ち上がり、俺に向かってそう言った。


「悪いな。ちょっと流れに逆らえなかった」

「流れ?」

「別に大したことじゃない」

「そっか」


 その女子生徒は他でもなく山風莉緒のことだ。


「今日はちゃんと来た……っていうか、元々あのために呼び出してたんでしょ?」

「まあ、そうだな」


 今月に入って少ししてから、莉緒を毎日のようにここの前に呼び出してはキャンセルを繰り返していた。普通ならイタズラだと気付いて来なくなるだろうが、莉緒はなぜか毎日ここに来ていた。何を思っているのかは知らない。



「それで、話って何? 元々話があったのか、今だからできた話なのか……」

「今だからできた話だ。これ」


 俺はポケットから赤いリボンを取り出して差し出す。


「えっ……何で……これを……?」


 莉緒はリボンを受け取ると、リボンをまじまじと見つめながらそう呟く。



 俺が連日莉緒をここに呼び出していたのは、桃山たちに莉緒の偽の行動傾向を覚えさせるためだ。毎日決まってここに来るということがわかれば、アイツらはここで襲う計画を立てるだろうと思っていた。


 いつ動くかどう確認しようかと思っていたところに、鏡野が現れた。


 鏡野は、特に頼んでもいなかったが、今日桃山が動くと教えてくれた。そして、本当に動き出したことを確認した。


 そこで七条たちに連絡し、七条たちをその現場に呼び出した。七条たちが見ていたならば、よく一緒にいる俺が話を知っていてもおかしくはない。そして、その情報を、もし七条に何かあった時に手札として使うことができればと思っていた。


 あわよくば内通者と対峙すればいいと思っていたが、さすがにそれはなかった。



「でも、これってアイツらに奪われたのに……もしかして、天音……」


 桃山たちアイツらの仲間なのか、と聞きたいのだろう。


「んなわけないだろ」

「じゃあ何で……」

「最初に渡したあれは本物じゃない」

「えっ? 何で……」

「詳しくは言えない」

「まあ……そうだよね。でも、私を使って何かしてたんでしょ?」

「そういうことになるかな」


 そう言われると、少し申し訳なくなる。そんなこと気にしてても仕方ないから、すぐにそんな気持ちは消え去っていったが。


「これは本当に、あの時のなんだよね?」

「疑うなら確認してみろ。あるだろ? 莉緒のだっていう証拠が」


 俺がそう問いかけると、莉緒は何かを思い出したかのように急いでリボンの裏側を見た。


「……確かに、これは私のリボン」


 リボンの裏側にある縫い目の折り返し部分に、何かは読み取れないが、何かの文字か記号かが書かれている。それが何か証拠になると思っていたが、信じてくれたようでよかった。


「もう、利用するのは終わり?」

「さあな」

「やっぱり、どんな目的で利用したかは教えてくれない?」

「そこが秘密なんだけどな……」

「まあ、そうだよね……」


 いくら聞かれても、教える気は無い。



 俺は、桃山たちをどうにか抑えようと考えていた。


 この学校は、裏でMurdererが動かしていると言ってもいい状況だった。クラスの中の動き、クラス同士のいざこざ、そういうのも全てMurdererが大きくなりすぎないように動かしていた。


 だが、その人数にも限りがあって、そういう人がいないクラスも何らかの形で上手く収めているのが現状。そして、大体その役目はブラックリスト出身者にある。


 そのクラスに何か問題があれば動こうとは思っていたが、元々Murdererがいないほど期待されていないクラスのことなんてどうでもいいと思っていた。


 でも、その時はとても早くやって来た。


 入学早々に内通者が現れ、動き始めた。


 大事には至っていないが、榎本が怪我をし、七条の身にも危険が及び、情報は筒抜け。もう黙って見ていられなかった。


 そこで俺は、桃山にメッセージを送り、罠にかけた。それは驚くほど楽なものだった。アイツらは、Fクラスの情報を餌にすれば何でも食いつくんじゃないかっていうレベルで返信してきた。


 おそらく、内通者はクラス全員がどういう人なのか調べるほど人脈もないし、体育祭は多すぎて覚えきれなかったのだろうから、何でも食いつくほど馬鹿ではないと思うが。


 そして、その結果、莉緒を襲わせることに成功し、元々はBクラスのクラス内順位を見るために仕込んでおいたリボンのカメラを使って暴力の証拠を手に入れた。


 襲われた莉緒の状態だが、莉緒の頬には少しかすり傷があった。だが、大きな怪我をしている様子はない。これくらいなら大丈夫だろうと、俺は勝手に思っている。


 鏡野によれば、桃山は暴力でクラスを支配している面もあるらしいから、暴力のこの映像はかなり鍵を握るものになるだろう。


 その映像を学校側に提出すれば、すぐに桃山たちは退学となるだろう。だが、そうしてしまっては、Eクラスが崩壊してしまうし、市川の復讐も簡単には叶わなくなる。


 それに、桃山がいなくなってしまえば今度こそEクラスの制御はできなくなる。


 俺は、桃山をあの映像で脅して、どうにかやりすぎない程度になるように制圧できればいい。あわよくば完全な制御とまで言いたいが、それをする前にまず自分のクラスを制御しなければならない。


 そもそも、俺はなるようになればいいと基本思っているのだが……学校や施設の組織はそうは思っていないようだった。



「じゃあさ、今後私に協力してほしい」

「え?」

「別に驚くことじゃないでしょ? 同じMurdererなんだから」

「確かに、それはそうなんだが……」


 当たり前といえば当たり前だが、ノーマルリストからブラックリストに頼み事なんて、なかなかないことだと思うが……


 しかも、何を協力するんだか。


「具体的に、何を協力するんだ?」

「それは……まだ決めてない」

「は?」

「とりあえず、借りは返してもらう」

「なるほど……」


 協力できることとできないことはあるが、借りを返すくらいならいいか。


「わざとFクラスが負けるとか、そういうのはできない。だが、必ず借りは返す」

「……わかった」



 そして俺は莉緒に別れを告げ、『=unknown』を出た。



 どういう風にして借りを返すかはわからない。そもそも、返せるような状況が訪れるかどうかもわからない。でも……


 とにかく、今は俺のするべきことをするだけだ。

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