第32話 体育祭、開幕
六月二十四日。
ついに体育祭の日がやって来た。
いつもの敷地内でできない競技の謎解きと障害物競走に参加する人たちは、早朝校門前に集合し、一度に移動することとなっていた。
障害物競走組は一年・二年・三年のFクラスが同じ車に乗り込んで移動することとなり、一つの車両にかなり詰められる羽目になった。
文句は言っていられないが……なぜ俺の隣が浦田なんだ。
確かに他に女子はいなかったが、わざわざ俺の隣に来なくてもいいだろう。
「……早見くんはさ、得意なの?」
「何が?」
「障害物競走」
「ああ……まあ、人並み以上には」
浦田は、俺が障害物競走で一位だったことは知らない。だから一応そう言っておくが、どうせ今日それが人並み以上どころではないことがバレてしまう。
そして、車はスポーツテストと同じ廃墟の中に入っていく。
そう思えば、車は近くの建物の中に入っていき、俺たちはそこで降ろされて、それぞれのクラスで用意された部屋に案内された。
その部屋には、椅子や机、ソファや大きなモニターがあった。
机の上にはパンやお菓子が置かれていて、自由に食べていいと言われた。
モニターも同じく自由に使っていいらしく、ゲームをするなりテレビを見るなり、上の学年は色々な使い方をしているらしい。端の方に今の順位が表示されるらしいが、それが問題ない程度にモニターは大きい。これが全クラス分あると思うと、学校の財力に少しゾッとする。あんな施設を作っておいて、という感じだが。
ちなみに、モニターは自由に使っていいと言ったが、最初のうちは開会式の様子が強制的に流される。
部屋に入って数分が経つと、急にモニターに電源が入り、その開会式の様子が流れ始めた。
「び、びっくりした……」
浦田はとても驚いた様子だった。確かに、静かだった部屋でいきなり電源が入って音が流れ始めたら、誰だって驚いてしまうだろう。浦田に限らず、他の六人も驚いた様子だった。
開会式は学校のグラウンドで行われ、謎解きと障害物競走以外の種目の生徒はグラウンドのトラックの中に集まっていた。
『ただいまより、第十四回帝国学院高等学校体育祭を始める』
そんな男の声が流れ、少しざわついている中開会式が始まった。
◇ ◇ ◇
「まず、学長挨拶。永井学長、よろしくお願いします」
司会の教師がそう言うと、永井はグラウンドの少し高くなった場所に立ち、一礼してから話し始める。
「みなさん、おはようございます。学長の永井です。先日までの雨模様とは打って変わり、雲一つない青空の下開会したこの体育祭は、みなさんの思い出作りの場でもあり、試験の一つでもあります。ほどよく楽しみ、しっかりと試験をこなしてもらいたいと思います。
ですが、今回の体育祭は今までと異なり、クラスで協力することができます。なので、もし体調が悪くなったり、怪我をした場合は、すぐ担任の先生に伝え、選手交代をしてください。
無理はしすぎず、クラスの力を存分に発揮してもらいたいと思います。
それでは、頑張ってください。
帝国学院高等学校学長、永井元行」
永井の相場だと短い挨拶が終わり、永井は壇上から降りて横に捌ける。
「続きまして、優勝旗・優勝杯返還」
司会の教師がそう言っても、誰も出てこない。
「昨年度優勝はA・Fクラスの赤組で、赤組は一年から三年まで全ての学年で活躍した生徒が多くいました。今年はどのような結果になるのか、みなさん頑張ってください」
少しの間を置いて、司会の教師はそう言って終わらせる。
「選手宣誓」
司会の教師の合図で、赤・白・青組の生徒が一人ずつ前に出る。
「宣誓!」
三人が声を揃え、そう叫ぶ。
「「僕たち!」」
「私たちは!」
男子二人・女子一人だったため、それぞれで分かれて、定番のスタートを切る。
「フェアプレーの精神に則り、この体育祭を安全なものとし」
「どのような不正も無く、真剣勝負で戦い」
「思い出に残る、素晴らしい体育祭にすることを」
「「「誓います!」」」
何だか、内容が特殊すぎるというか、当たり前のことを大事にするという意味なのか、安全だったり不正だったり、体育祭の選手宣誓っぽくないことを言った。それが帝国学院なのだと思うが、何だか少し引っかかる。
「赤組、三年Fクラス、七条暁人」
「白組、三年Bクラス、
「青組、三年Cクラス、
それぞれ名乗ってから、集団の中に消えて行った。
さすが暁人さんと言うべきか、他の人も含めて、とても落ち着いた印象だった。そういう人が選ばれているのだろうけど、三年生の貫禄というものがなんとなく感じられた。
「それでは、これにて開会式を終了します。それぞれの競技の会場に向かってください」
司会の教師がそう言うと生徒たちが一気に動き出し、あっという間にグラウンドから人がいなくなっていった。
◇ ◇ ◇
開会式、あの場にいなくてよかった……と本気で思った。
外は晴れすぎていて暑そうだし、まず霜谷があれだけいい人のように振舞っていることが許せなかった。
顔には出さないが、俺の恨みは市川以上だと自分で思う。この想いのおかげで何かを冷静に考えられなくなったら終わりだし、自制しないといけないことはわかっている。でも……
「……早見くん?」
浦田に名前を呼ばれ、現実に引き戻される。
「どうした?」
「それはこっちの台詞。そんなに握りしめて、どうしたの?」
「え……?」
よく見てみると、どうやら俺は拳を強く握りしめていたようで、ズボンが巻き込まれてしわができていた。
「あ……」
俺の感情は意外と表に出ていたようだった。今後はどうにか出さない努力をしないといけない。何でこんなしょうもない努力をしないといけないんだか……
「無意識なの?」
「大丈夫だ。問題ない」
帝国学院に来てからの俺は少し変だ。
前の俺なら無視していたことも、解決しなければ動いていかなくなった。自分さえ上に立てればよかったのに、クラス全体で上に行かないといけなくなった。
今まで気にしたことも無いことを気にしないといけなくなって、変に感情移入するようになったと自分でも思う。心配するふり、同情したふり、それでよかったのに。
「それならいいんだけど……何かあったなら、話聞くよ」
「大丈夫」
仮に何かあったとしても、あまり話したことも無い浦田に相談などしない。クラスのリーダー的な立ち位置にいる人物としての善意なのだろうが、俺は人を疑うことから入るため、その善意を真っ直ぐ受け取ることはできない。
まだ、浦田に裏が無いとわかったわけでもない。
「始まるね、障害物競走も」
「……そうだな」
他に答えそうな人もいなさそうだったから、俺がそう返しておく。
「とりあえず頑張ろ」
「ああ」
やっぱり、俺に言ってるのか……? これ。
確かに、他の奴らは別の競技で落ちた奴らだし、俺が浦田くらいしか得点の期待はできない。浦田だって、身体能力は高いと思うが、これができるかどうかと言われたらわからない。
いや、浦田のことはどうでもいい。俺が得点を取れればそれでいいんだ。それでクラスの得点も上がるんだから。
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