第8話 帝国学院は、世間とは違う。
昼休みが終わり、Fクラスはグラウンドに集まっていた。
午後の時間にグラウンドで行う種目は、ハンドボール投げと五十メートル走。そして、選択の持久走とシャトルラン。なお、シャトルランは体育館で行われる。
まずはハンドボール投げ。
俺は出席番号順で一番最後となっているため、しばらくそれを眺めておく。
出席番号順で最初は七条だった。
手の中に収めることすら容易ではない大きさのハンドボールを右手で持ち、軽々と放り投げる。
ボールはグラウンド上に書かれた計測のためのラインの上を通っていき、落ちた地点は約二十三メートルだった。
これは、女子にしてはかなり飛んだ方で、七条は普通に運動神経がよさそうだった。
二回投げて、平均は二十二メートルほどだったと思う。他の記録は知らないが、Fクラスにしては好成績だった。
七条の次に投げた、いわゆる体育会系男子と呼ばれる系統の
平均して三十六メートル。
確か九点の記録がそれくらいだったので、これも相当な好成績。さすが体育会系といったところだった。
「結局脱がなかったんだ」
「別にどうだっていいだろ」
「まあ、そう言われたら何も言い返せないけど」
ハンドボール投げを終えた七条は、そう言って俺の隣にしゃがむ。
「……結構やるな」
「早見くんだって、普通に高得点でしょ? あれだけのことができて」
「なら、何でFクラスなんだろうな」
「え?」
「話しぶりからすれば、Fクラスが一番下で、成績が一番悪いはず。なのに、何でだろうな。勉強も運動もできないような奴が集まってしまうものだと思うが」
「だから、私は……兄さんみたいに頭は良くないの」
一瞬暁人さんのことをどう呼ぼうか悩んだな、七条。変に突っ込むのはやめておくが。
「七条さんのお兄さんって、三年の七条暁人さん?」
俺たちの会話にそう口を挟んできたのは、クラスの中心人物である浦田だった。
さっきから何なんだ、浦田は。仲がいいわけでも、話したことすら無いのに、急に……
少し怪しめに見ておこうか。何だか、妙な違和感を感じる。
「えっと……一応そうだけど……」
七条は戸惑いながらも、渋々そう答えた。
「すごいね、そんなお兄さんがいるなんて」
「そんなんじゃないよ。兄さんは昔から優秀だったけど、私は……」
何かを続けようとしたのだろうけど、口を閉ざしてしまった。
「でも、同じFクラスでしょ?」
「兄さんは別格だよ。何かの間違いでFクラスになった。私はそう思ってる」
初耳だ。
「自分は、そう思わないの?」
「え……?」
「何かの間違いだって、思ったりしないの?」
「うーん……一応、」
七条がそこまで言ったところで、何か危険な予感がして、俺は話を止めに入る。
「浦田、そろそろ順番来るんじゃないのか? 準備しておいた方がいいんじゃないか?」
「あ、そうだね。ありがとう、早見くん」
そして浦田は準備をしに行って、離れていった。
「ありがとう。助けてくれて」
「別にそういうわけじゃないけど……何か変な予感がして」
「予感?」
「言葉で言い表すものでもない」
「そっか」
やはり引っかかるのは、浦田が妙に近付いてくることだ。浦田のことについても、何か調べてもらっておくべきなのか……? いや、今はあの三人が優先だ。自分で調べた方がよさそうだな。
ただ仲を深めたいだけならそれでいい。でも違うなら、下手に喋らない方がいい。
気にしすぎだと言われるのはわかってる。だから、七条にも言えない。
俺はずっと、色々なことを常に気にして生きてきた。あの施設は、ほんの些細なことでも命を奪われるような場所だったからだ。そのせいで、俺は何でも疑うようになった。
俺は、それが悪いことだとは思っていない。だが、世間では違うと聞いた。
とは言っても、だからと言って変えるつもりはない。
帝国学院は、世間とは違う。
「早見くん? そろそろ順番来るよ」
「……ああ。わかってる」
人が考えることも、クラスの分け方も、出席番号の順番も、他の帝国学院のルールも、隠されたことはいずれわかる。自分のことも。
俺はゆっくりと準備場所に向かい、すぐに順番が回ってくるように調整した。
番号順で一つ前の西園寺の投球を眺め、データを蓄積させておく。
西園寺に関しては、運動は得意な部類。服部も藤原もそれは同じ。
「やっとか」
西園寺が終わり、やっと俺に番が回ってくる。
手のひらより大きなボールを片手で掴み取り、目標地点を確認する。
目標通りの場所に落とせば、それでいい。無理はできない。
目標に意識を集中させ、息を込めて、軽くボールを投げる。
落ちた地点は、ピッタリ目標通りの三十二メートル。
次もほぼ同じ場所に落とし、平均は三十二メートル。これで目標は達成された。
「ふぅ……」
正直、本気を出せばもっと行ける。だが、体調とは関係なく、こうする必要があった。
今は目立たず、慎重に。
俺が最後にハンドボール投げを終えると、すぐに五十メートル走のトラックの方に移る。
計測器の関係もあり、男女別五人で一レースを組むことになった。組み合わせは来見が出席番号順に勝手に決め、俺は当然のように後ろの組になった。
俺の組で、特に注意すべきなのは西園寺くらいか。
まずは出席番号が早い男子の組。体育会系の今井や、運動神経はよさそうな服部。ついでに榎本なんかもここだった。
来見がスタートの合図をし、一斉にそろってスタートをする。
当然のようにたった数秒で終わり、今井が突き抜けて一着だった。おそらく、六秒後半くらいだろうか。
突き抜けたとは言っても、所詮たった五十メートルのレース。一秒も差が無く服部や他の人たちもゴールしていた。
休む間もなく次は女子の組。ここには七条が出ていた。あとは……前に少し見かけた和田楓華。
結局、あの後どうなったのだろうか。聞くわけにもいかないから、今は放っておくしかない。
和田について思い出していると、すぐにスタートが切られる。
七条はいい感じに力が抜けていて、軽々と走って行った。
一方和田は、置いていかれている印象を受ける。運動は苦手なのだろうか。まあ、それくらいじゃないとFクラスじゃないよな。
七条のタイムは八秒前半ほど。かなり速い方だと思う。やっぱり運動神経はいい。
それから四組のレースが終わり、俺の組に番が回って来た。
番号順で、俺は西園寺と隣のレーンになっていた。
「ふふっ……楽勝だな」
西園寺は組のメンバーを見てそう呟く。確かに他の三人は運動が得意そうには見えないし、俺は得意な方ではあるが、影の薄い俺のことなど見ているはずもないし、セーブもしていたし、見た目は細くて身長もそこまで高くはないから、そう思われるのは当然か。
別に勝って何かがあるわけでもないのに。
揉め事にはなりたくないから、特に訂正もしないが。
「行くぞー。よーい、」
直後に鳴った笛の音で、一斉に地面を蹴ってスタートする。
予想通り、他の三人はあっさり置いていかれていた。
そして、レースは俺と西園寺の一騎討ち。西園寺は余裕でぶっちぎる気持ちでいたのだろうけど、意外にも俺が競り合ってきたことに驚いていた。
すると、一瞬西園寺の態勢が変わり、俺はそれを何か仕掛けてくる前兆だと読んだ。
その予想は当たり、西園寺の腕が俺のレーンに堂々と飛び出してくる。これが妨害行為になるかと言ったら、立証は難しいだろう。
俺はあらかじめ予想しておいたため、上手く体を捻ってかわし、何の被害も無かった。
一方西園寺は、少し軸がブレたことによってロスをした。
結局俺が先着し、ほぼ七秒の六秒台。西園寺は七秒前半くらいだろう。
そして、西園寺に睨まれた。
何で俺が睨まれなきゃならないんだか。
とりあえず無視しておいたが。
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