第7話 昼休み

 体育館の種目が終わると、昼休みになる。


 食欲があまり無く、ただ誰もいない屋上でぼーっと過ごすだけの時間を過ごしていた。


 その時、屋上に誰かが入ってくる。


 それが誰かを確認する気力もないので、そのままぼーっとしていると、足音がどんどん近付いてきた。


「ここにいると思った」


 そう言ったのは、七条だった。


「どうかしたのか?」

「ちょっと聞きたいことが」

「何だ」


 なんとなく、聞かれるようなことはわかっている。


「針のこと。詳しく教えてほしい」

「七条が知ってる通りのことしかわかってないと思うが」

「それでも」

「わかった」


 そして俺は、七条にあったことを話す。


 榎本が箱を開けて、持ち手を掴んだらそこに針が仕込まれていた。幸い、大きな怪我ではないため、そこまで大きな影響は無いとみられる。


 偶然というのは考えにくく、誰かが仕掛けたと考えるのが普通。だが今のところ、誰がどのようにどんな目的で仕掛けたのかは不明。


「なるほど……」


 七条はそう呟く。


「聞いてどうする?」

「言っておくけど、私は何も知らないから。教えてくれるような人はいないし、状況から察するしかない」

「だから俺に聞きにきたってことか」

「うん」


 寂しいな。俺も人のこと言えないが。


「でも、あの箱を誰も触ってないっていうのは事実なんだろ?」

「あの箱……? あ、あの古いやつね。確かに開けてはないし、使ってもない。でも、誰も触ってないとは言い切れない」

「まあ、それはわかってる。怪しいと思って見てなきゃわからないことだ」

「でも、怪しい行動をしていたら気付くはずだから、可能性はそこまで高くないと思う」


 そんなことだろうと思ってはいた。


 だがやはり、クラスメイトの線も追うべきだと思う。


 動機がよくわからないDクラスを疑うのと、仲間を疑うのを天秤にかけた時、この二つはほぼ変わらないだろう。


「わかった。ありがとう」


 俺は一言そう言い、重い体をどうにか持ち上げる。


「たわいもない話だけどさ」

「うん」


 たわいもないということは、大したことじゃないということか。どんな話だろう。


「さすがに長袖のジャージ、脱ぐよね? 次、外でしょ?」


 なんだその質問。


「……外、だな」

「見てるだけで暑苦しい。倒れられても困るし」

「そこまで心配するか? 他人のこと。子供じゃあるまいし」

「早見くんには私を守ってもらわなきゃいけないから」


 は……? 何も起きないのに守るも何も無いだろ。


「どうせ別々なのに」

「外は分かれないし」

「試験中は監視が多い。俺が守る必要はない」

「とにかく。顔色悪いから、気を付けてよ?」

「……わかった」


 最初からストレートにそう言えばいいのに。面倒くさいな。


「あと、ちゃんと昼ご飯食べてね。これあげるから」


 そう言って、七条はビニール袋を投げてきた。


 そして、七条は屋上を後にした。


「お節介もほどほどにしろ。この学校にいる以上、他人を気にする余裕なんてあるわけがない。いや、不要だ」


 気にしないというのはできないのか? 一般人は。


「はぁ……」


 文句もほどほどにして、俺は袋の中身を見る。


 袋の中には、コンビニで買ったであろう総菜パンが入っていた。食べる気にもなれないから、そのまま袋の中に戻す。



 顔色が悪いのはわかってる。どうせ寒気は熱のせいで、どれだけ着ても治るもんじゃない。


 熱中症の危険も伴い、併発すればミッションどころじゃない。


 でも……


 俺はそんなことを考えながら部屋に戻り、パンを机の上に放り投げた。


 正直、七条の言う通り長袖のジャージは脱ぐべきだと思う。


 春の暖かい気候で、気温が一番高くなる時間に外の種目をやることになる。体育館でも、最後まで着ていた男子は片手で数えられるほどしかいなかったし、外ならさらに目立つだろう。


「着て行って置いておくか」


 俺はそう呟きながら、ジャージを脱ぐ。


 俺の左手首には、見慣れた傷が見える。他人が見れば、グロいと誰もが言う傷だ。これもブラックリストの代償の一つと言ってもいいもので、色々な場面で勝手に血が流れ出てくる。それにも条件があるが、今はその条件に当てはまらないから流れていない。


 この傷は、他人には見せられない。グロいと言われるし、ブラックリストのことは極秘情報だから、傷ができた理由の説明もできない。同じ理由で、体調不良の原因も説明できない。


 とりあえず左手首に包帯を巻きつけ、ジャージを着直す。


 そして、昼飯を食べないまま、部屋を後にした。



 寮のエレベーターから降り、ロビーに出ると、なんだか騒がしい声が聞こえた。


 ロビーの中心でやっていたようで、俺は急いで気付かれないように廊下に隠れる。


 どうやら、ロビーで服部と西園寺、そして藤原が喧嘩のようなことをしているようだった。


 構図としては、服部&西園寺VS藤原。このままだと、藤原は負けてしまうだろう。


 今まで、そこの三人はセットのようなものだった。傲慢でプライドが高い服部と西園寺を、藤原がどうにか説得し、クラスに繋ぎとめていた。もし藤原が負けてしまえば、二人は藤原を受け入れなくなり、二人はクラスで孤立する。クラスが分裂を始め、三人だけではなく、クラスにとっても悪い影響があるだろう。


 だが、俺がここで止めに入っても聞くはずがない。しかも、さらに事態を悪化させかねない。


 これはこのまま見届けるしかないか。どうせ、時間になれば決別するだろうし。


 俺はそう決めて、三人の喧嘩に聞き耳を立てた。


「何であんな事言ったんだ。変に気付かせて何になる。見てるのが一番面白いって、言ったよな?」


 西園寺が藤原にそう詰め寄る。


「何でそれができない? なぜ高みの見物を楽しまない?」

「それは……」


 藤原は何も答えられずにいた。


 おそらく、針の時のことだろう。推測をクラスに広めたのは藤原だ。二人はそれが気に食わなかったか。


 二人はクラスが混乱に陥る姿を見るのが望みで、それを楽しもうとしていた。


 仲間であるはずの藤原がそれを潰したことに、酷く腹を立てている。そういうことだろう。


「司さんも何か言ってくださいよ……!」


 西園寺は服部に同意を求める。


「もう時間だ。ミッションもあることだし、話は終わってからにしよう」


 服部はそう言って、ロビーを出て行った。


 それに続いて西園寺は舌打ちをしてロビーを出て行き、ロビーには藤原が立ち尽くしていた。


 今の話を聞いてしまうと、服部たちが針を仕込んだのかと思ってしまうが、そんな暇は無いはずだし、それなら藤原があんなことを言ったりはしない。それこそ本当の仲間割れだ。


 それにしても、コイツらはどうにかしないといけないな……


 俺は早速、知り合いに三人のことを詳しく調べるように依頼した。

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