第4話 今月のミッション(4月)

 寮の中を進み、自分の部屋の前までやってくる。


 ドアノブの上にあるセンサーにスマホをかざすとロックが解除され、俺は部屋の中に入る。


 部屋の中には、あらかじめ送っておいた荷物の段ボールがいくつか積み上げられていた。


「こんなにあったかな……」


 正直、積み上げられるほど送った覚えがなかった。いや、それほど大事でないものの箱が多いからか。


 その時、ズボンのポケットに入っていたスマホの通知音が鳴る。


 スマホを取り出して見てみると、それは学校からの通知だった。


 この学校ではスマホに専用のソフトを導入する決まりになっていて、そこで様々な連絡や自分の個人ポイントなどが確認できたりする。あとは、生徒間での連絡もできるらしく、わざわざ連絡先を交換しなくていいというのが最大の利点と言ってもいいだろう。ただ、システムをハッキングでもして中身を見れば、紐付けてある連絡先だってわかるとは思うが。


 そして、今はそのソフトを通じて連絡が来ていた。


「『今月のミッションのお知らせ』か……」


 今月のミッションの通知には、こう書かれていた。



 第十四期 4月末ミッション

 今月のミッションは『スポーツテスト』とします。

 詳しい説明は明日担任から伝えます。



 在って無いようなお知らせだった。


 明日わかるのだろうが、こんな知らせ方をされれば、変な憶測が広まりかねない。


 防ぎようも無いし、明日を待つしかないか。


 俺はお知らせを閉じ、荷物の整理を始める。


 荷物の整理というか、俺が必要だと思って送った段ボールを開けるだけで、他は完全放置。それくらい、その段ボールの中身が重要だった。


 その段ボールの中身はそれなりの大きさのディスプレイモニターが二枚。あとは梱包材の発泡スチロールだった。


 そしてもう一箱。その箱の中身は、デスクトップパソコン本体とその周辺機器。こっちも発泡スチロールが詰められている。


「さてと……」


 俺は慣れた手つきですぐにパソコンをセッティングすると、パソコンに電源を入れた。


「壊れては……無いようだな」


 問題なく動作もするし、大丈夫そうだった。


 そこで、俺はさっそくある人に連絡を取った――



  ◇  ◇  ◇



 翌日


 始業時刻の二十分前に教室に入ると、もうかなりの人が来ていた。


 ――みんな早いんだな……


 俺はそんなことを思いながら、自分の席につく。


「早見くんは、どう思う?」

「え?」


 先に来ていた七条が、こっそりと話しかけてくる。


「どうって?」

「とぼけないで。今月のミッションのこと。みんなその話で持ちきりだし、気付いてないわけないよね?」

「ああ」


 クラスから聞こえてくる話のほとんどがそれというのはわかっている。話題になるだろうというのも予想できていた。


「じゃあ、どう思うの?」

「七条は?」

「普通のテストだとは思っていない。思えない。あれだけ成績がよかったあきにいをFクラスにした学校。周りの成績がもっとよかったならわかるけど、そういうわけでもない。きっと何か裏がある」

「なるほど」


 まあ、そうだろうな。


 クラス分けには何か裏があるだろう。その考察を基に、ミッションが普通であるわけがないというのは妥当だ。


 だが、そうとは限らないのが帝国学院。俺はそう思う。


 その時、教室に来見が入って来て、何か言う前に全員が席についた。


「はい。それでは、朝のホームルームを始める」


 簡単に出席確認をした後、来見は早速話を始める。


「知っての通り、今月のミッションはスポーツテストだ。一度は全員やったことがあるであろう、あのスポーツテスト。年に一回、小学校から毎年やるだろ? あのスポーツテストだ。種目は普通の高校生とほぼ同じ、握力、上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、持久走又はシャトルラン、五十メートル走、ハンドボール投げ。それに加えて、この学校独自の障害物競走。以上九競技だ」


 変なものも含まれているが、普通のスポーツテストだ。


「これをこなすだけなら、小学生でもできる。ミッションの内容はここからだ」


 ここからが本題だ。


「スポーツテストにはAからEまでの判定があると思うが、今回の合格ラインはC以上だ。Aなら百ポイント、Bなら五十ポイントの加点が個人ポイントになされる。今回取得できる個人ポイントは、各競技男女別の成績ランキングに応じたポイントだ。一位なら百二十ポイント、百二十位なら一ポイントだ。ランキングに応じたポイントと判定に応じたポイント、そして判定に使われた得点の合計が、今回取得できる個人ポイントとなる」


 確か、スポーツテストの平均判定はCだったはず。この学校は、平気で平均以上を求めて来るのか。


 俺にとっては衝撃的でもないが、クラスの中は驚いた様子でざわついていた。七条もそこまで驚いた様子ではない。服部も、西園寺も、そのクラスの様子に呆れたような顔をする。


「障害物競走の説明は当日行う。前日までに、持久走かシャトルランか選択し、俺に伝えること。以上」


 そうしてホームルームは終わり、来見は教室を出て行った。



  ◇  ◇  ◇



 昼休みになり、俺は誰もいない屋上で仰向けに寝転んでいた。


「急に呼び出して、何なの?」


 そんな声が聞こえ、俺は体を起こす。


 そこにいたのは七条で、七条は俺からの連絡によってこの屋上にやって来ていた。


「悪いな、呼び出して」

「別に。大丈夫だけど」

「誰かに誘われたり、しなかったのか?」

「うん。私を誘おうなんて人いないよ。私自身、他人と関わりたくないし」

「俺だって、兄姉きょうだい同士が仲いいってだけで、他人といえば他人だが」

「あきにいが信頼するなら、信じるしかないでしょ」

「暁人さんのこと、好きなんだな」

「兄として、ね」

「わかってる」


 世間話もほどほどにして、話は本題に移る。


「昨日の件だが」

「うん」

「二年生を特定した。資料はメッセージで送っておく」

「え……? もう特定したの……?」

「ああ。二年に知り合いがいて」

「そうなんだ……」


 俺は七条に特定した画像を載せた資料を、学校のソフトを通じて送った。


「……ありがとう」


 七条は資料を見てそう呟く。


「動画も送っておく。他に協力できることがあれば言え」

「わかった」


 続けて動画も送信する。


「ねえ、一つ聞いていい?」

「何だ」

「今月のミッション、説明聞いてどう思う?」

「さあな。個人としては問題ない。だから、特にどうとも思わない」


 クラスがざわついているのが気になるが。


「上に上がるためにって考えてたのに、結局自分は大丈夫だったらいいんだ」

「それに関しては、他が上がりたいって言うならって話。たまたま思いついた、説得のための理由。どうするにしても競争は避けられないだろうし、普通に争ったら勝ち目は薄い。だから手を出してみようって思ってる」

「そっか」


 その理由だって、本当か自分でもわからない。思ってはいるが、それが真の目的かと言われれば違うかもしれない。かといって、真の目的は答えられない。


「七条は?」

「私も同意見。私も合格ラインは余裕で越せるから大丈夫」

「そうか」


 七条が、今のを聞いて離れていきそうな傾向は見られないから大丈夫か。


「次、移動教室だろ?」

「そうだね」


 そして俺たちは誰もいない屋上を後にした。

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