第3話 一年生いじめ
夕方になり、俺は部屋の荷物を片付けるために姉さんと別れて先に学校内に戻って来た。
まだまだ帰ってくる人は少ないが、一年生はかなり寮の中にいるようだった。
帝国学院はクラス替え無しの完全寮制で、学校の敷地の奥に十二階建ての大きなマンモスマンションのような寮が経っている。上から見ると六角形になっているらしく、それぞれの辺の上下六階ごとに一つの寮として分けられている。
一応、寮というかマンションのような形で、どんな手を使っても他人は誰も入ることができないため、学年や男女での棲み分けはされていない。
そしてその一つの
現在の寮の割り当ては確かこうだったはず。
進級による部屋替えは無く、俺は
そんなことを確認していると、微かに誰かの呻き声のようなものが聞こえてきている気がした。
俺は足音を立てずにその音の方に向かうと、体育館の陰で何人かの男子生徒が何かを囲っているのが見える。囲われているのは……七条か? 見間違いなどではない。確実に七条だ。
だが、なぜこんなことになっているんだ。
男子生徒たちは制服ではなく私服。一年生はクラス掲示の場所と、Fクラスが一番奥にあったことによって他のクラスの様子が見れたことによって八割ほどの顔は知っている。だが、その男子生徒たちに見覚えは無い。おそらく、上級生か。
姉さんがついさっき言っていたことだが、今は上級生による一年生いじめが起こりやすいのだとか。一年生の時のクラス同士での争いで負け、散々見下されて鬱憤が溜まり、その発散に使われてしまうのだろう。
だが、大抵は監視カメラ映像などの証拠が残るため、摘発すれば即脱落となるらしい。
帝国学院のルールに、暴力等自体を規制するルールはない。だが、それがバレたら脱落処分となることは記載されている。少し考えればわかることなのに、なぜそういうことをするのかがわからない。
あと、一年生いじめは主に二年生が行うらしい。こいつらも二年生だろう。
俺は一分ほどそいつらが何をしているのかを隠れながら覗き見る。一応、証拠としての映像も確保して。
そいつらは、七条を脅し、殴り、様々な手を加えていた。七条は恐怖で何も出来ず、ただ受け入れるしかないような状態。
もう少しで一線を越してしまいそうな寸前で俺は動画を止め、物陰から出る。
「……おい」
「ん? 何だよ、お前」
俺が前に出たことにより、七条から手が引かれる。
「お前らこそ、何してるんだ?」
「何だっていいだろ? それに、先輩に向かってその口調は何だ」
「先輩が後輩いじめていいんですか?」
「いじめ? 何を言っているんだ、君は」
「とぼけなくていいですよ。証拠はあるので」
俺はそう言ってさっきまで取っていた動画を見せる。その動画に、男子生徒たちはとても驚いている様子だった。そもそも、ここには監視カメラもあるし、人目だって無いわけじゃない。この動画が無くたって、とぼけても無駄だとは思う。
「おい!」
驚きが怒りに代わり、一人が俺のスマホを狙って襲い掛かってくる。ただ、冷静さを保てていない状態での攻撃が冴えているわけもなく、簡単に見切ってかわせるようなものだった。
「これを奪って消去したところで、すでにこの動画はクラウド上に保存されている。感情に任せた行動は避けた方がいいと思いますよ?」
嘘を言ってるわけではない。最悪奪われたって動画は消えない。もう証拠は残っている。何をしても無駄だ。
「意味わかんねぇ……!」
そう言って殴りかかってくる男子生徒の拳を受け止め、その勢いに乗って軽く投げるようにして地面に叩きつけた。もちろん、怪我しない程度に軽くだ。特に問題はない……と思ったが、その男子生徒は痛みで動けなくなってしまった。
「こんなことして、許されるとでも……?」
「それはこっちの台詞だ」
わかっていて言ったのだろうが、もう言い返す言葉も無いだろう。
そう思っていると、その男子生徒たちは逃げ帰って行った。
「……大丈夫か?」
「う、うん……あ、ありがと」
七条の声は震えていた。
「怪我は?」
「大丈夫」
七条は大丈夫と言うが、結局校舎のそばにあるベンチに移動して、そこで話をすることになった。
「何があった?」
「急に後ろから襲われて……」
「……なるほど」
落ち着いてはいるが、まだ安心はできていないだろう。
俺は近くの自動販売機で、冷たい水と温かいお茶を買い、七条に差し出す。
「どっちがいい?」
「……あ、ありがとう」
七条は冷たい水を選び、一口飲む。
「……温かいのがあるなんて、珍しい」
「そうだな」
少し落ち着いた様子でよかった。
「動画、残ってる?」
「うん」
「提出すれば、落とせるんだよね」
「ああ。名前とか、そういうのを調べれば。それは俺の方でやっておく」
「ありがとう」
七条がやる気なら、協力しようと思った。二年のことを調べる当てはあるから、どうにかなるだろうし。
「何で助けてくれたの?」
「え? まあ……暁人さんに頼まれたし」
「それだけで助けてくれたの?」
「主な動機はそれくらいだな」
「結構優しいんだね」
「別にそうでもない。ただ、助ける方がいいと思っただけ。七条じゃなければまた変わっていたかもしれない」
「そっか」
今後、有利に進めるために使えると思っただけだ。
「あきにいが過保護でお節介な兄って思われないために話すけど、私、昔先輩に襲われたことがあって。それから人間不信っていうか、人が怖かった。特に男の人は。今はマシにはなったけど、出来るだけ関わらないようにしようって。だからあきにいは、そんなことを言ったんだと思う。一人だけでも、信じられる人がいた方がいいだろうって」
本当に妹想いな兄なんだな……理想の兄って感じ。本当にいるんだな……そんなきょうだい。
「迷惑だったら、ごめん。もう、大丈夫だから」
七条は一通り語った後、そう言った。
「……悪かったな、兄が信頼できる同級生がクラスメイトの弟で。妹じゃなくて」
「えっ……?」
「妹はいないこともないんだけど」
「いや、大丈夫。今は、平気になって来た方だから……」
少し自虐を挟んだ後、俺はベンチから立ち上がる。
「俺は迷惑だとは思っていない。だが、ただ一方的に何かするっていうのもフェアじゃない」
「そ、そうだね」
「そこで、お互いがこの学校に残り続ける限り、協力してほしいことがある」
「協力してほしいこと?」
「ああ」
少し乗る気がありそうだと見て、俺は話を続ける。
「今後、一番下であろうFクラスで脱落しないためには、少しでもクラスの順位を上げる必要がある」
「うん。そうだね」
「その時に、クラス同士で色々やり合うと思う。表では見えないことも」
「そうなの?」
「多分、さっきの奴らはその鬱憤を晴らすためにあんなことをした。それほどの事を色々とやるんだと思う。その時に、協力してほしい」
それが、俺が求める取り引き条件だ。
「……ねえ、早見くんは、私があきにいみたいに頭がいい前提でそう言ってるでしょ。言っておくけど、私はそんなに頭よくないよ?」
「別になんだっていい。俺が指示したことを実行できる頭があれば十分だ」
謙遜だかガチなのか知らないが、正直どちらでもいい。難しい指示をするつもりもない。
「取り引きだ。俺は、七条に何かあった時に助ける。七条は、俺に協力する。……どうだ?」
「……わかった。本当に、助けてくれるの?」
「ああ。出来る限り」
「……よろしく。早見くん」
「よろしく」
そして俺たちは、二つの寮の共有部分であるエントランスまで並んで帰った。
「じゃあ、また明日」
「ああ。また」
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