第12話 結果発表(4月)
あれから数日、俺は結局あの施設に隣接するいつもの病院に入院し、検査や経過観察を行うこととなった。
入院自体はよくあることだが、こんなにもすぐに施設に戻ってきてしまうとは思ってなかった。
そして、何も異常は見られず、普通に学校に戻ってきた。
朝、教室に入って、真っ直ぐ自分の席に向かう。
「早見くん、久しぶり」
「ああ……久しぶり」
隣の席の七条が、すぐに話しかけてくる。
「倒れたって聞いたから、心配してた。結局入院したらしいし……」
「心配してくれたことには感謝するが、特に問題は無い。小さい頃から患っている病気の影響で体調を崩しやすいが、大事には至らない」
「意識失っておいて、よく言うわね」
「それも普通だ」
「世間的には普通じゃないの」
「世間的には、ね……」
一応、疑われずに言い訳はできたようだった。
「まあ、ちょうどよかった」
「何がだ」
「今日、結果発表だから」
「ああ……そうだったな」
忘れていた訳では無いが、なんとなくとぼけてしまったから、そのまま突き通すしかなかった。
その時、俺たちの会話を見ていたかのように、それぞれのスマホに通知が届く。
学校からの通知には、個人の記録とクラスポイントが記載されていた。
14-240 早見天音
獲得ポイント:924
最高順位:1位(障害物競走)
クラスポイント
Aクラス:1083
Bクラス:937
Cクラス:704
Dクラス:531
Eクラス:265
Fクラス:256
「なるほど……」
セーブしたおかげで、獲得ポイントは少し低い。だが、それなりに獲得できているから問題はない。実戦力テストが大きく影響したようだった。
「どうだった?」
「普通、だな。そっちは?」
「普段通り。自分の力は出せたと思う」
「そっか」
おそらく、七条は俺よりポイントを稼いでいるだろう。
「それにしても、Eクラスとの差はあまり無い。もっと差が付くかと思ってたけど……」
確かにそうは思った。だが、俺や七条の他にもかなりポイントを稼いだ奴はいると思うし、それでかなり平均値が引き上げられているだろう。
クラスの中では今回の結果を受けて、ざわざわと様々な言葉が飛び交っていた。
ちょうどその時、教室の扉が開き、来見が中に入ってきた。
「ホームルームを始める」
来見のその声は、静かになったクラスに響き渡る。
「えー、全員見たと思うが、今月のミッションの結果が発表されている。Fクラスは最下位の六位だが、五位のEクラスと九点差となっていて、そこまで大差とは言えない。四月にしてはよくやっている」
もっと大差になると思っていた。とでも言いたそうだ。
「先生、一つ聞いていいですか?」
そう言ったのは、体育会系男子の今井だった。
「ああ。何だ?」
「障害物競走って、得点にならないんですね。順位とは別の、記録に伴ってつく得点」
「……そうだな。基準が無いから、なんとも言えない」
もし仮に基準があったとしても、どうせ低い得点しか貰えていないだろう。俺は別として。
「とにかく、今月のミッションはこれで終わりだ。お疲れ様」
珍しく、来見が生徒全体に優しい言葉をかけた気がする。
「クラス順位が上になれば、進級の確率が上がる。少しでも上を目指すつもりがあるのなら、Eクラスが目の前の今、頑張ってほしいと思っている」
目指すつもりが無い奴なんて、ほとんどいないだろう。
「以上だ。来月のミッションも頑張ってくれ」
来見がそう言ってホームルームを締め、教室を出て行った。
「かなり露骨に応援してきた。なんか、気になる」
七条がそう呟く。
七条でさえもそう思うくらい急で、何か裏でもあるのかと不思議に思ってしまう。
実際、裏には自分のキャリアというものが隠れているが、それは生徒に不利益を与えるものではない。裏があったとて、問題ないほどのものだ。
「別に、そこまで気にしなくて大丈夫だと思うが」
「……気にしすぎ、か」
「気にすることは大事だがな」
「ありがとう」
別に感謝されることはではないが……まあいいか。
「それはそうとして、思ったより差が無いね。Eクラスと」
「そうだな。Aとはものすごい差があるが……Eクラスはすぐに追い越せるだろ」
俺が本気を出せば、といったところか。
「だといいんだけど」
七条は、そう上手く行くわけもないと考えているのだろう。
「あっちだって、危機感は感じてると思う。そう簡単に追い越せるとは思えない」
確かに、その考えも理解できる。だが、こっちにはあと少しで抜かせるかもしれないという期待がある。普通ならどちらの気持ちが強いかという決着になるが、やっぱり俺が本気を出せばそれもひっくり返せるだろう。
「Fクラスは五位に上がる。五月のミッションで」
「……冗談なんて言うんだね」
「まあ見てろ」
まだ五月のミッションが何かもわかっていないのに、よくそんなことが言える。とでも思われているのだろう。まあそれでいい。見ていれば、直にわかる。
◇ ◇ ◇
授業が終わり、俺は用があるからと、一人で校舎を出る。
そして向かったのは、大図書館の最上階である六階のさらに奥にあるスペース。一応読書スペースではあるが、あることすら忘れ去られているような場所だ。
誰も来ていないせいか、床や机は軽く埃を被っている。
今日の用事というのは、ある人に話したいことがあると呼び出しを受けていた。まあ、ここで
話そうと提案したのは俺なのだが。
「ここ……かな」
そんな声が聞こえ、そのスペースに一人の生徒が入って来る。
「あ……早見くん。先に来てたんだ。待たせてごめん」
「今来たところだ」
「そっか」
その人物は同じクラスで前の席の女子、
印象としては、ボーイッシュ系だろうか。それとも、ストリート系か……? その辺はよくわからない。だが、どちらかと言えばカッコいいという方向の印象を受けた。俺からすれば、という話だが。
「ここも長くは使えない。話は手短に頼む」
「うん」
市川は振り返って、他に誰もいないことを確認してから話し始める。
「あれ……見ちゃったんだよね。今日出されたミッションの結果」
「ああ……」
「窓に反射してて……先に謝っとく。ごめん」
「いや、いいんだ」
ちなみに、たまたま見えたわけではなく、あえて窓に反射するような角度でスマホを持っていた。まあ、その真実を言うことはないだろうが。
「それで、その身体能力を見越して、協力してほしいことがある」
「協力してほしいこと? 何だ」
たかがスポーツテスト。それだけで、何ができるって言うんだ。
「ボクの復讐を手伝ってほしい」
「復讐……人にもよる」
七条なら、さすがに手伝えない。
すると、市川はスマホを取り出し、何かを打ち込む。その少し後、俺のスマホの通知が鳴る。
ポケットからスマホを取り出してみると、市川からのメッセージが来ていて、そこには復讐相手のことが書かれていた。
「なるほど……」
「協力してくれなきゃ、スポーツテストの得点ばら撒くよ?」
弱い脅しだ。ばら撒かれたところで、何だって言うんだ。俺にとってはどうってことない。
「ちょうど俺もコイツは気になっていた」
市川は、ずっとコイツのことを睨んでいたように見えた。だから、何かしらの関係があると思って、俺はわざわざ成績を使って接触した。
だが、元々障害物競走の順位に突っ込まれると思っていて、こういう頼み事をされるとは思っていなかった。結果的に接触できれば何でもいいが。
「気になってたって……? 好きってこと? あんな子を?」
「そういうのじゃない。俺も復讐ほどではないが、何か手を打つべきだと思っていた。ただそれだけだ」
「何かあったの? 問題っていうか……」
「いや、何も」
そんな訳はないが、まだ誰かに話す時ではない。
「協力はできるが、すぐには動けない」
「それでいいよ。あっちが気付いてるかもわからないし」
「意外と弱気なんだな」
「そんなわけない」
「そう」
市川の顔は、怖いくらいに真剣だった。それほどの憎しみがあるのだろうか。
それが悪いとは思っていない。俺だって、それくらいの憎しみがある。
その憎しみを上手く利用して、俺のやりたいことをする。そのために接触した。
「じゃあ、また何かあれば連絡してくれ。こっちからも、何かあれば連絡するから」
「うん。わかった」
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