第13話 今月のミッション(5月)

 四月のミッションが終わって数日が経ち、五月になった。


 四月の初めに七条を襲った奴らは全員脱落となったと来見から聞いた。七条はそれを聞いて、少しホッとした様子だった。


 そして、おそらくこれから今月のミッションが知らされるだろうと思って待っていると、時間通りに来見が教室に入って来る。


「はい。全員黙って座れー」


 来見がそう言うのとほぼ同時に、クラスが静まる。


「えー、五月が始まったので、さっそく今月のミッションを発表しまーす」


 そう言うと、来見は自分のスマホを操作し、その後すぐにクラス全員のスマホの通知が鳴る。


 俺のスマホも例外ではなく、しっかりと通知が来ていた。


「そこに書いてある通り、今月のミッションはテストだ。中間テスト」



 書いてある内容は、以下の通りだった。


 第十四期 五月末ミッション

 今月のミッションは、『中間テスト』とします。

 一日目:国語総合、言語文化、数学Ⅰ、数学A

 二日目:公共、生物基礎、英語コミュニケーションⅠ、英語論理表現Ⅰ

 の八教科を行う予定です。

 詳しくは担任から説明があります。

 なお、五月中旬に中間テストの模擬試験を行うため、十分に活用すること。



 ざっと目を通して、理解する。


「八教科で獲得したポイントがそのまま個人ポイントとして獲得できる。脱落ラインは400点で、合格ラインは640点。合格ラインを超えていた分だけ個人ポイントに加算される」


 四百点を超えれば問題は無いが、最大で960ポイントが獲得できる。スポーツテストでセーブしたし、このチャンスを逃すべきではない。


「それ以外は普通の中間テストだ。まあ、クラス内に限って、順位と点数が公表されるがな」


 なるほど。どれだけの能力かがクラス内に知れ渡ってしまうということか。満点でも取れば、最悪全校に知れ渡る。とはいっても、策は講じてある。


「とりあえず、模試でどんな感じか試してみてほしい」


 模試があるのは珍しいどころの話ではないだろう。だが、それによって得点を取りやすくなっていると思う。


「今月は239人から何人残るか……楽しみにしている」


 そうして、朝のホームルームは終わった。



  ◇  ◇  ◇



 放課後になり、やっと情報が回って来た。


 学年の人数が240人から239人になっていた件は、脱落者が出たものだと思っていたが違ったようだった。


 Eクラスに所属していたある生徒が、帝国学院のルールに従うか退学するかという二択のうち、唯一後者を選んだらしい。


 それによってEクラスの人数は一人少なくなり、クラスポイントも263点に変更されていた。


 たった一点しか変わらず、大したことじゃないとは思うが、一点でも大きな意味を持つ時がある。この一点が小さいのか大きいのかは、そのうちわかる。



 そして俺と七条は、教室で二人きりになっていた。


「まさか自主退学だなんてね」

「ああ。これがどう出るかはわからないが、ライバルが一人減ってよかった」

「まあそうね。このタイミングで退学できるなんて、どんな考えをしてるんだかわからないけど」


 確かにそうだろう。大抵の生徒が退学を選ばなかったのは、ここから浪人せずに入れる高校なんてほとんど無いからだろう。しょうがなく、といったところか。


「それで? わざわざ呼び出したのには、何か話があるんだろ?」

「うん。その……ずっと言ってなかったんだけど、この前のミッションの結果、早見くんの見えちゃったんだけど……」

「そうか」


 ちなみに、こっちもわざとだ。


「それで?」

「なんなの? あの点数は。しかも、一位なんて取ってるし……本当に具合悪かったの?」

「ああ。普通にやっただけだ。体調は本当に悪かった。じゃないと倒れて入院したりしない。それに、七条の方が獲得したポイントは多いと思うが……」


 すると、七条は少し黙ってしまう。


「……図星か」

「悪い?」

「いや?」


 お互いに認めて何が悪い。


「その話はもういい。早見くんの凄さはわかったから」


 その言葉には、自分で食って掛かって返り討ちにされたような悔しさも混じっていたように思える。


「今回のテスト、早見くんはどう思う?」


 どう、と言われても……


「普通のテストじゃないのか?」


 来見もそう言っていただろう。


「提示されているものだけでも普通じゃない」


 最低ラインが総得点の半分というのは、少し高すぎると言いたいのだろう。あとは特に不利益になるようなことはないはずだ。


「競い合って何になるのかわからない。最後に何がしたいのかわからない」

「それがここのルールだ。言ってただろ? ここではここのルールに従ってもらうって。ここは帝国学院なのだから、これが普通だ。辞めないなら、早く慣れた方がいい」

「そうは言っても……」

「七条なら大丈夫だ。今の時期に、そこまで疑ってかかる奴はそんなにいない」

「何がわかるのよ……」


 言えないことが多いせいか、七条が俺に対して不安ばかりを感じているような気がする。それが、この僅かな怒りのような感情に繋がってしまっている。


 でも、疑うことは大事なことだ。これから先、他のクラスは必ず罠にはめてくる。疑うことで一度立ち止まることができれば、罠を避けられる。俺と協力関係になれば、罠の数も増える。


 ――使えるようになってきた。


「……あなたの意見は聞かせてもらった。お互い、落ちないように頑張りましょ」

「ああ。そうだな」

「じゃあ、また明日」


 七条はなんとか冷静になり、教室を後にする。


「七条、」

「何?」


 わざわざ呼び止めるようなことではない。でも、これは言っておいた方がいい気がした。


「兄が優秀だからって、そんなプレッシャーに押し潰されるなよ」


 聞いていたかはわからないし、聞いてどう思ったのかもわからない。七条は何も言わずに教室を出て行った。



 七条は兄のことを信頼していて、暁人さんは七条のことを気にかけている。それと同時に、七条は何でもできて成績がいい暁人さんに比べて、自分は劣っていると劣等感を感じている。


 だからこそミッションで兄に見劣りしないくらいのいい成績を残したいと思っているし、焦燥感に駆られているのだろう。


 失敗しないようにと色々なものを疑い、不安を感じ、何もかも信じられなくなっている。


 疑うことは大事だが、こうなってしまっては一歩も動けなくなる。


 その先に待ち受ける結果は、脱落の一つだけ。そんな状況は絶対に避けたいところだ。


「……変わってくれるといいが」


 もうこれ以上、俺にできることはない。

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