第14話 服部の弱み

 発表から二週間ほどが経ち、中間テストの模試が行われた。


 そして、その翌日にあたる今日、その結果発表があった。


 俺自身は目標通りだったが、かなり危ない人もこのクラスでは多いだろう。


 七条は表情的に、納得はいっていないが合格ラインは超えているといったところだと思う。


 クラスの様子を見るに、運動ができないタイプの人は、勉強ができる。勉強ができないタイプの人は、運動ができる。それがこのクラスの構図なのかと思った。



  ◇  ◇  ◇



 と、それが今朝の出来事だった。


 あっという間に放課後となり、俺は一旦自分の部屋に戻った。だがそこで、ある人物からの呼び出しを受け、休む間もなく教室へと戻ることとなった。


 だが、教室にその人物はいなかった。


「意味わからねぇ」


 連絡はただのイタズラのようには思えなかったが……その人物のイメージとしてはあり得ないことじゃない。


 その時、誰かが近付いてくる気配を感じて、俺は振り返る。


「早見、待たせてしまってすまない」


 やはり、ただのイタズラではないようだった。


 俺を呼び出したのは、来見からどうにかするように頼まれていた服部司。


 あっちから連絡をしてくる機会なんて早々ないだろうし、特に親交もない俺をわざわざ呼ぶということは、仲のいい西園寺ではダメで、俺にしかできない話なのだろう。


「どうした? 急に話があるなんて。別に仲いいわけでもないのに」

「ああ……急に申し訳ないと思ってる」


 普段のクラスでの態度と違いすぎて、少し怖い。人間なんてそんなもんだと思うが、普通逆だろ。


「話は手短に頼む。お前も、怪しまれたくないんだろ?」

「え……?」

「一旦西園寺と校舎を出て、忘れ物か何かで戻って来たんだろ」

「……そうだな」


 やはり、何か特殊な話なのか?


「西園寺にはできないような相談か? それとも、潰しに来たか?」

「さすがにクラスメイトを潰そうだなんて思っちゃいないよ」


 じゃあ、何でクラスでああいう態度を取る? 表と裏は正しく使い分けろ。お前の行為はクラスに溝を生み出し、今後クラス全体で潰れる可能性が……


 そう面と向かって言えるわけも無く、話は続く。


「じゃあ、どんな話だ?」

「単刀直入に、勉強を教えてほしい。脱落ライン以下なんだ、今」

「勉強? 何で俺に……」

「それは……その……」


 理由はわかっている。


 自分の方が地位が上で、下の西園寺に弱みを見せたくなかった。だが、クラスで孤立していたため、他に頼める人がいなかった。そんな時、俺の模試の結果が偶然見えた。俺はクラスの中心人物でもないし、頼むことができるかもしれないとでも思ったのだろう。


 ちなみに、偶然ではない。


 来見から、服部を狙うなら今月だと元々言われていて、ミッションが学力テストだったことから、服部は勉強が不得意なのだろうと思った。


 ただし、帝国学院の基準でという意味で、世間的には不得意には入らないだろうが。


 俺は服部の心理を読み、こうなるように動いた。


 服部の席は俺の三つ隣。つまり、一番後ろの席だった。そこで俺は、帰りに服部の後ろを通る時に、カバンの浅い外ポケットにスマホの画面が上の少しだけ見えるように入れ、その少しの部分に模試の総得点だけを映した。


 服部の視界外に出たところですぐにスマホをポケットにしまったため、おそらく他の人には見られていない。見られていてもいいが。


 そして、その点数と俺の周りを取り巻く環境を見て服部が連絡してくればそれでよし。仮に連絡して来なければ、今月は様子を見るつもりだった。


 まず、このタイミングで自ら手を下して脱落させるつもりはない。


 俺は、必ず服部を引き入れる。


「まあ、そこはいい。弱みを見せたくないんだろ? 西園寺には」


 そう聞くと、服部は黙って悔しそうにうなずいた。


「わかった。どうせ頼れる人がいないから、同じように人脈が無さそうな俺がちょうどよかったんだろ」

「わかったって……?」

「引き受けてやる」

「本当か……?」

「ただし、条件がある」

「条件?」


 何の見返りもなしに、そんなことをするほどの親交はない。元々、その条件が俺の目的だ。


「ただの善意で教えるほどの仲じゃないだろ? 俺とお前は」

「そうだな……」


 服部は理解してくれたようだった。


「条件は二つ。まず、個人ポイントの譲渡」

「個人ポイントの譲渡……?」

「ああ。家庭教師には金を払うだろ? だが、今の俺たちの関係で金銭のやり取りはできない。だから、帝国学院内で通貨のように取引できる個人ポイントを報酬として貰う。ただし、脱落しなかった場合だけな」


 成績に応じて貰える個人ポイントの仕組みは、働いて貰える給料のように思えた。そして何かしてもらう時に、謝礼を渡すのは普通のことだ。俺はそれを要求しているだけ。ほぼ関わりのない他人なのだから、当然だ。


「わかった。もう一つの条件は?」

「もう一つの条件は、俺に協力すること」

「協力?」

「何か困ったことがあった時に、協力してほしい。俺も、服部が困った時は助けられる範囲で助けるから」

「簡単に言うと、友達になろうってことか?」

「そ、そうだな……」


 違うが、そういうことにしておこう。


「わかった。今、本当にピンチなんだ。ここを助けてもらえるなら、何でもする」

「言ったな?」


 あんまりよくわからないから、とりあえずサインしてしまうタイプなのか……? そんな奴が御曹司なんて大丈夫かよ……俺が知ったことじゃないが。


「じゃあ決まりだ。時間がないから、大事なところだけ押さえろ。西園寺をどうにかして振り払って来い」

「今から?」

「時間がないって言ってるだろ」


 試験まで二週間あるかないか。量が多いこともあって、全ては押さえられない。模試で間違えたところだけだとか、よく出る重要なところだけしかやってられない。


 それから俺は、服部の勉強に付き合うこととなった。


 模試の点数は平均して一教科三十五点ほどで、間違えたところだけでもかなりの量だった。


 とりあえず、俺が思う大事な場所をとにかくやっていくことにした。


 その日から毎日、放課後の誰もいない教室で、俺たちは勉強会を行った。


 教えることも知識を深めることに繋がると言うし、悪くはなかった。

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