第11話 ハンバーグと取引

「一つ聞いていいか?」

「何だ」


 話に入る前に、俺が少し気になっていることを聞いてみた。


「榎本は大丈夫だったか?」

「あ、ああ。ただの傷で、特に大事には至っていない。……っていうか、お前がそれ言うのかよ……」

「まあ、それもそうだが……」


 とりあえず、何事も無くてよかった。これで何かあったのなら、放ってはおけない状況だった。そうは言っても、放っておくわけではないが。


 そこで店員が料理を持って来る姿が見え、話は一時中断する。


「失礼します。お待たせしました。ハンバーグステーキBセットです」


 そう言って、店員はハンバーグが乗ったプレートと小さなパンの皿をそれぞれテーブルの上に並べて置いて行く。


「ご注文の品は揃いましたでしょうか?」

「あ、はい」

「ではごゆっくりどうぞ。失礼します」


 そして店員はすぐに下がって行った。


 プレートからは白い湯気が立っていて、見た目だけでも熱いことがわかる。


「話は後にしよう。まずは食べて」

「じゃあ……いただきます」


 俺は手を合わせてそう言うと、箱からナイフとフォークを取り出してハンバーグを小さく切り、口の近くまで運ぶ。


「ふぅー」


 少し冷まし、口の中に入れる。


 切った時から流れ出ていた肉汁が口の中でもさらに溢れ出て、思った以上に旨味を感じた。


「どう?」

「ふぅん。おいひい」


 全国的なチェーン店でこれだけ美味しいものが食べられるなんて、この世界も捨てたもんじゃない。


「それはよかった」

「よく来るのか?」

「いや、そんなに。ファミレスなんて、一人で来るもんじゃない」

「まあ、そうだな」


 ファミリーレストラン、だもんな。来てても文句は言わないが、一人で来るものじゃないか。


「それで、聞きたいことって何だ?」


 俺は早速話を振る。


「ちょっと気になって……早見がいた施設って、どんな施設なんだ?」


 やはり、そのことか。


「施設の話は聞いてるだろ? 永井から」

「ああ。元々施設の方の職員だったらしいし、今まで以上に詳しく教えてもらった」

「なら、それ以上話すことは無いだろ。アイツは職員の中でも上の方にいた。嘘は言わない」


 永井……霜谷は、ブラックリストの選別試験を仕切っていたような人物。そんなに馬鹿じゃない。話せることと話せないことの区別くらいは、はっきりわかっている。もう俺から話せることは無い。


「早見が感じたこと、それを教えてほしいんだ」

「感じたこと……」


 あの施設で感じたこと。そんなもの、無いに等しい。だが……


「一つだけ言えるのは、誰も信じてはいけないということ。たとえ、血の繋がった『きょうだい』であっても」


 そんな場所だった。あそこは。信頼して安心したら、足を掬われる。そんな奴を何人も見て来た。特に血の繋がったきょうだいに対してのケースは、最後になってまでも起こっていた。


 俺は、姉さんを完全に信用したことはない。何かを任せても、最悪裏切られても大丈夫なことしか頼まない。


「それほど過酷な場所だったんだな。早見の人間不信はそこからか」

「施設から出たことがないどころか……施設の中でも隔離されて育ったのに、それ以外に何がある」

「それもそうだな」


 俺にとってはそれが普通だ。同情してもらう必要はない。


「それで、何が目的だ?」

「え?」

「こんなこと、聞いてどうする。目的が無いなんて言わせないぞ」

「そうだな……目的なしに、危ない橋を渡ったりはしないよ」


 教師にとって、聞かされていること以上のことを聞けば、どうなることか。クビになるどころでは済まされない可能性もある。十分危ない橋だ。


「じゃあ、さっさと言え」

「このクラスを一位にしてほしい」

「一位に……? そんなことか。……そんなことに、何の意味がある? 俺にとって、どんなメリットがある?」

「意味……か。俺からすれば、今後のキャリアの役に立つ。生徒にとっては、生き残るチャンスが増える」

「……俺にメリットは無いな」


 来見のキャリアなんて知ったことじゃないし、わざわざ送り込まれた俺が落ちるなんてことはほとんどあり得ない。自力でだって、霜谷の力を使ってでも生き残れる。


 それに、自力で生き残れない奴のために、わざわざ協力なんてしない。


「確かにそうかもしれないが……」

「それに、俺が動かなくたって、クラスは一位を目指す。それで出来なきゃ、俺がどうやったって無理だ」


 わざわざ頼むのには、そう思う理由でもあるのだろうか。


「じゃあ、個別に協力を頼みたい」

「一位は諦めるのか?」

「クラスの成り行きに任せる」

「それがいい」


 おそらく、一位になるには、早い時期に成績が低い人たちを一気に脱落させる必要がある。人間不信で、簡単に人を切り捨てられる俺ならできるとでも思ったのだろうか。できないことはないが、それをすれば、俺のクラスでの立ち位置が危ぶまれる。


「それで、個別の件は何かあるのか?」

「ああ」


 どうせそれも一位になることに繋がっているのだろうけど、誰を切り捨てるかは俺が判断する。そのために送り込まれたような部分もある。切り捨てる基準は一位になることに結びついていないが。


「服部、西園寺、藤原の三人。気付いているだろうが、明らかに少し離れた場所にいる」

「藤原がかろうじて繋げていたが、な」

「気付いていたか」

「偶然見た。そっちは監視カメラか?」

「まあな」


 学校のあちこちに監視カメラがあることはわかっている。おそらく、教師たちは大抵のことは知っている。三人のことも、七条のことも。


「それで、どうしてほしいんだ」

「どうにか三人……いや、服部と西園寺をどうにかしてほしい。あの態度じゃ、いくら中心生徒たちが頑張っても、クラスをまとめることなどできない」

「どうにかって……変なオーダーだな」

「切り捨ててもいいし、大人しくするだけでもいい。とにかく、これ以上クラスに影響が出ないようにしてくれれば、どう使ってもらっても構わない」

「ふーん……」


 使えるかどうかは別として、二人の生き残りは俺にかかっているということか。


「大きく出たな」

「正直、自分でどうにかしたいことではあったが……ちょっと事情があってな」

「事情?」

「あの三人のことは、調べたのか」

「ああ……なるほど」


 事情というものが、なんとなくわかった気がする。


「服部は、あの有名な大企業の社長の息子。いわゆる、御曹司」

「ああ」

「西園寺は、服部の会社の子会社だったか。こっちも御曹司だが」

「そうだな」

「藤原は、あのアイドルの隠し子。これが難関だったかな」

「合っている。よく調べたな」

「うちの情報屋を舐めないでもらって」


 一応、藤原は服部と西園寺との面識はある。藤原の立ち回りが上手いのか、服部がなんとかクラスとのパイプを担っていた。だがもう、それは厳しいだろう。


 藤原はこのまま恵口たちの中心生徒グループにつくだろうから問題はない。そして、服部と西園寺では、服部の方が地位は上だ。服部さえ従えれば、西園寺はどうにでもなる。だが、西園寺が服部を説得するのは難しそうだ。


「見立てはできたか?」

「どうすればいいかはわかった。チャンスを窺う」

「引き受けてくれるんだな」

「成功すれば、代わりに何かしてくれるんだろ?」

「ああ」


 信用はしないが、取引はする。


「何をしてほしい?」

「そうだな……」


 俺は来見に条件を提示する。


「……わかった。取引成立だな」

「ああ」


 今後必要になるであろうことで、来見にしかできないことを頼んだ。それができれば、この先もっと自由に動ける。


「……あんま高校生が長居してもあれだから、早く食べて出ようか」

「そうだな」

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