ここは、帝国学院―天才教室の王者―

月影澪央

第1話 入学式

 帝国学院高等学校。


 世間には知れ渡っていないが、一部の間では天才が集まる学校と言われている。もちろん、噂にすぎないのだが。


 ある日、俺の元に帝国学院の招待状が来た。それから、ほぼ見せかけであろう入試を経て、俺は今日から帝国学院の生徒となった。



 全体が一種の学園都市のようになっている街を抜け、学校の正門前までやって来る。


 そこには、俺と同じように綺麗な制服を着た人たちが何人もいた。


 ――人混みは嫌いだ。


 俺はさっさと門をくぐり、校舎の入り口に向かう。


 校舎の入り口にはクラス分けのリストが張り出されていて、それを確認して教室に向かうようだった。


 人混みの間から、俺は全六クラスのリストを見る。


「……F……か」


 数秒で自分のクラスを確認し、足早に自分のクラスの教室に向かった。


 教室に入ると、もう半分ほどの生徒が来ていて、すでに仲を深めている様子もあった。


 教室の前の方にあるモニターに座席表が映し出されていて、どうやら俺の席は一番後ろの左端。どういう順番で決まったのかはわからないが、それもいずれわかるだろう。どうでもいいが。


 自分の席に荷物を置き、誰にでも話しかける奴らに気付かれないようにさりげなく座る。


 その間にも続々と教室に入ってくる人たちがいて、座席はどんどん埋まっていった。


 俺の隣の席は、少し近寄りがたい雰囲気のある銀髪の女子生徒だった。おそらく、性格もそんな感じだろう。俺にとっては、むしろそういう方が好都合だ。


 指定されていた時間になり、座席は全て埋まっていた。と言っても、立ち話をしている人も結構いるが。


 その時、明らかに生徒ではない男が教室に入ってくる。


「はい、席について」


 その男はそう言いながら、教室の前に立つ。


 おそらくその男が担任の教師なのだろうと誰もが思い、全員が一気に席についた。


「えー、みなさん、初めまして。このFクラスの担任となった、来見くるみかなうだ。よろしく」


 教師はそう挨拶した。


 その後、出席確認が行われた。


 俺はその間にクラスメイトの顔と名前を一致させる。


 隣の席の女子生徒の名前は『七条しちじょう優里愛ゆりあ』。だからどうってことはないが、知っておいて損はないだろう。


 名前も顔も、知っている人は誰もいない。いるわけがない。


 そもそも、こんな学園都市の真ん中に隔離されたようにあるような学校で、兄弟姉妹を除いて知り合いに会うことなんて滅多にないだろう。


 出席確認が終わると、すぐに入学式に移る。


 この学校の入学式はその人数の多さからか、集まることもなければ、ちゃんとした式典もしない。ただ学長と生徒代表の挨拶だけ聞くような感じで、式典感は無いものの、緊張感はあった。


 教室の前のモニターに、まずスーツ姿の男が映し出される。


「帝国学院高等学校学長として、ここに、二百四十名の入学を許可します。初めまして、永井ながい元行もとゆきと申します。みなさん、ご入学おめでとうございます」


 学長にしては若そうな男が、そう挨拶する。


「この学校に入学したからには、みなさんには切磋琢磨し、努力し、考え続けてほしいと思っています」


 話は長くなるのか、と半ば諦めたようにあくびをする生徒が目立つ。これが普通なのか、どうなのかはわからないが、これが実際の式典だったらどうなっていたことか。


「この後、担任の先生から、この学校の説明をしていただきますが、帝国学院では帝国学院の《ルール》に従ってもらいます」


 《ルール》とは、何だろう。そんな疑問がクラス中で湧き上がる。


「それでは、充実した良い学校生活をお過ごしください。以上、帝国学院高等学校学長、永井元行」


 そう言い残し、男はモニターから消える。


 何か意味深な発言を残した学長挨拶によって、クラスはざわつき始める。


 だが、来見は何も言わない。ここを静めるのが来見の仕事だと思うのだが……あえて泳がせているようにも見える。


 そんな中、次はある男子生徒がモニターに映る。この人が生徒代表だろうか。


「みなさん、初めまして。三年Fクラス、七条しちじょう暁人あきとです。昨年度席次一位をいただきましたので、生徒代表として挨拶させていただきます」


 正真正銘の天才ってやつか。


「一年生のみなさん、ご入学おめでとうございます。この学校の生徒として良い学校生活を送るために、私からみなさんに覚えておいてほしいことがあります」


 一度静かになった教室がまた騒がしくなる。学長の話に通ずるものがあると思ったのだろう。


「まず、早くクラスが一つになること。次に、常に周りをよく見ること。そして、課せられた試練を放棄しないこと。最後に、考え続けること」


 四つ。


 最後の四つ目だけは、学長も言っていた。考え続けるなんて、人間にとっては当たり前だ。あえて言うのだから、そういう意味ではないのだろうが。


「今私から言えるのはこの四つです。きっと役に立つと思いますよ。以上、生徒代表三年Fクラス、七条暁人」


 そしてモニターから消えると、クラスはまたざわつき始める。なかなか普通ではない挨拶に、少し動揺しているのだろう。


「はい。以上が入学式となります。ここからは、俺がこの学校について説明するので黙って聞け」


 端の方で見ていた来見がいつの間にか教室の前に立っていて、初めて声掛けをする。


「帝国学院では、月に一度ミッションが課せられる。ミッションには様々なものがあり、その全てで一定のラインを超えない場合、退学してもらう」


 一気にクラスがざわつき始める。今までで一番の騒がしさだ。


「黙れ。退学と言っても、系列校に転校するだけだ」


 強制転校というのはいかがなものか……


「特進クラスを思い浮かべろ。そこから普通科に移っただけ。ちなみに世の中に知られている帝国学院は普通科の方だったりする」


 あくまでも転校ではない、と……?


「とにかく、落ちることを考えて試験を受ける奴なんかいない。落ちる話はこれくらいでいいか?」


 確かにそれはそうだ。落ちることばかり考えているから落ちるんだ。


「そして、進級もそのミッションが大きく関わってくる。各ミッションの成績によってポイントが与えられ、そのポイントによって進級が決まる」


 そこで落ちても、同じように転校となるのか。


「正確に言えば、その個人ポイントにクラスランキングに応じた加点と減点がされ、その結果で進級が決まる。クラスランキングは、各クラスで競い合う順位のことだ。クラス分けの時点で成績順にAクラスから分けられているため、必ず順位は付く」


 なら、Fは一番下ってことか。


「でも、それじゃ、下のクラスは……」


 誰かがそう呟いたが、何かに気付いたように黙った。


 下のクラスは、相当すごい成績の奴以外誰も残ることができない。クラス分けの定義的に、そんな成績の奴がいるはずもない。そもそも、成績が酷い人から落ちていくシステムなのだから、下のクラスが普通に残れるはずもない。


「だが、ミッションはそう簡単ではない。逆転も不可能ではない」


 わざわざランキングまであるのだから、不可能ではないとは思う。


 だって、生徒代表挨拶をした生徒はFクラスだった。なのに、席次一位だ。


 どこかにクラス分けの別法則があるのか、成績上位者でも苦戦するミッションがあるのか……個人的には前者だと思う。


「クラスランキングにはクラスポイントが用いられる。クラスポイントは、クラスの個人ポイントの平均に特定の加点や減点をした合計値だ。つまり、個人ポイントを稼がないことには何も変わらない」


 結局はそういうことだ。


「いい成績を収め、クラス同士で競い合い、より上の順位になれば、進級の確率が上がる。それだけだ」


 ミッションでいい成績を収めることが、全てに繋がる。


「最後に、今説明したことを口外することは禁止とする。家族であっても。……説明は以上だ。質問があれば個人的に受け付ける。ホームルームは終わりだ」


 来見がそう言うと、ほとんどの生徒が文句をコソコソと呟き始める。


「「……くだらない」」


 俺と誰かもう一人、全く同じことを同時に言った気がする。


 そんな気がしながら、俺は席を立つ。すると、隣の席の七条も立ち上がっていた。


 俺は一瞬七条と目が合うが、すぐに視線を逸らして教室を出る。


 後ろから目的地は同じであろう七条が来ているが、俺はそのまま校舎を出た。

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