第16話 嘘?

 そして一週間後、当日を迎えたと思えば、あっという間に二日間の中間テストは幕を閉じた。



「早見くん、少しいい?」

「ああ……うん」


 俺は教室の端で、七条と話をする。


「何だ?」

「こそこそやってたみたいだけど……何してたの? このテスト期間」


 七条は前置きも無しににそう聞いてくる。やはり、普段近くにいる七条には、完全に隠すことはできなかったようだった。


 だが、服部を裏切るわけにもいかないし、ここはとぼけておくしかないか。


「いや、何も」


 俺は平然とそう答える。


「本当に?」

「ああ」


 七条は俺を疑う鋭い目で睨みつけてくる。


「……仮に何かあったとしても、お前には関係ない」


 こうでも言わないと、引き下がってくれそうになかった。


 解釈によっては、認めたようにもなってしまうが……


 別に俺は認めたわけじゃない。


「……どうだった? テストは」


 なんと話題を変えようと、そう切り出す。特に気になっているわけでもないし、聞かなくてもそれなりにできていることくらいわかる。


「まあ……普段通り」


 七条は話題を変えられたことに不満そうな顔をしたが、普通にそう答えてくれた。


 やはり回答は予想通りだったが。


「早見くんは?」

「それなりにって感じかな」

「そっか」


 おそらく、俺の『それなり』は七条たちの『それなり』と大きく異なっているのだろう。


「このミッションで、脱落者出ると思う?」

「可能性としては、な」


 何でそんなこと聞くんだか。どうせすぐにわかることだし、そもそも帝国学院は落とすためにやってる。落ちなきゃ意味がない。


「何でそんなことを?」

「スポーツテストじゃ、誰も落ちなかった。だから、なんだかんだ、脱落者なんて出ないんじゃないかなーって」

「甘く考えすぎだ」


 脱落ラインは、世間一般での赤点より高い。それで、誰も落ちないなんてわけがない。何回かはあったとしても、毎回そうなるとは思えない。


「まあ、そうだよね」


 七条がそう言うなんて、何かあったのだろうか。


「なんか、兄さんが、最初の方は誰も落ちないようにできてるって言ってて……そんなことあるのかなって思ったけど、実際誰も落ちてないし……だから、どうなのかなって」

「暁人さんはどうしてそう思ったんだ?」

「お姉さんの情報みたいだけど」

「え……?」


 そんな話、俺は聞いたことがない。それはよくあることだが……なぜそんな確信を持って言えるんだ……? 姉さんがわざわざ断定するということは、何か証拠でもあるのか……?


 いや、やっぱり姉さんがそんなことを言うはずがない。仮にわかっていたとしても、Murdererでもない暁人さんにわざわざ裏側の話をするはずがない。


「それ、嘘だと思う」

「えっ?」

「姉さんはそんなこと言わないと思う」

「いや、でも……」

「ただそう思っただけだけど、それじゃ信じてもらえなさそうだったから姉さんの名前を出したとか。もし違った時の保険にもなるし」

「そっか……そうかもね」


 妹が簡単にそう認めるということは、よっぽど昔何かあったのか……? 俺が首を突っ込む話ではないと思うが。



  ◇  ◇  ◇



「と、いうことがあって……」

「なるほどね」


 俺は姉さんに、テスト終了後に七条とあったことの一部を話した。


「姉さん、暁人さんにそんなこと言ったの?」

「そんなわけないじゃない」

「だよな……」


 やっぱり、暁人さんは姉さんの名前を使って嘘をついた。


「確かに、一年の四月は誰も落とさないって言ってたけど……」

「霜谷?」

「そう」


 霜谷には殺したいほどの恨みがあるから、姉さんと霜谷が話したという事実がなんだか許せなかった。今はそこではないと、なんとか怒りを抑えるが。


「でも、わざわざ言ったりはしないかな。裏の話だし」


 そもそも自分で調べてわかったことではなく、霜谷に聞いた話なら、むしろ隠しておかなければならないような情報だ。なら、何で暁人さんはそれを知っていたのだろうか……


「じゃあ、何で暁人さんはそれを?」

「さあ……私にはわからない。でも、あっちもコソコソ色々やってるから、その筋で聞いたんじゃないかな。たまたま、落とさないための補填対象になった人がいたとか」

「なるほど……」


 だったら、それを七条に話してしまえば、そうやって色々やっていることがバレてしまう可能性だってあるはずだが……そこは妹だからいいのか。


「コソコソって、何やってるんだ?」

「わからないからコソコソって言ってるんじゃない」

「それもそうか……」


 確かにそうだ。


「でも、調べてはいる。二年の時から調べてるけど、あんまりよくわかってない」

「そっか……」

「天音もさ、何かわかったら教えて」

「わかった。俺が力になれるとは思えないけど」

「頼んだよ」


 姉さんの方が暁人さんに近い。そんな姉さんでもわからないことが、俺にわかるはずもない。力になりたいとは思っているが、やはり力になれるとは思えない。


「それじゃあ。寮までありがとう」

「いや……あ、うん」


 俺は姉さんの寮であるキャンサー寮と暁人さんの寮であるジェミニ寮のエントランス前で、姉さんと別れた。別れたというか、姉さんをそこまで送り届けたようなものだったが。


 それから俺は自分の部屋に戻り、パソコンの電源を入れながら部屋着のパーカーに着替える。


 家具も含めてほとんどのものが揃ったこの部屋にも、もう慣れてきた頃だった。


 パソコンは立ち上がったが、それより先にすることを思いつき、俺はスマホを手に取って電話をかける。


『もしもし?』

「あ、七条。急に掛けてすまない」


 電話の相手は七条だった。言い忘れたことというか、言っておいた方がいいことをちょうど今思いついたところだった。


『いや、全然大丈夫だけど……どうしたの?』

「ちょっと頼み事が」

『頼み事? 何?』


 協力関係にあることを使って、俺は強制的に受け入れさせるつもりだった。


「今日話したこと、『誰も落ちないようにできてる』って話」

『うん』

「あれで、暁人さんが噓ついてるって言っただろ?」

『言ったね』

「それ、暁人さんには絶対言うなよ」

『え? あ、うん。そうだね。あきにいも、嘘ついてることがバレたら恥ずかしいもんね』


 そういう意味じゃないが……そういう意味にしておくことにした。


 仮に気付かれないだろうとそういう話をしたが、結局秘密を知られたと分かってしまい、それで七条に危害が加わる可能性だってあると思った。


 さすがに妹にそんなことをする兄はそういそうも無いが……姉さんの話からするに、何か裏に隠していることがある。しかも、表ではいい兄でも、裏の性格までいいとは限らない。何か隠しているならなおさら。


 これは、七条を守るためだ。


 姉さんに協力するなら、むしろ七条を突き出すことだってできる。でも、今それをするべきではないと思った。姉さんに俺の力は必要ないとも思うし。


「じゃあ、そういうことで」


 俺はそう言って電話を切ろうとする。


『……あ、ちょっと待って!』


 電話口から、今までに無い位の大声が聞こえた。


「どうした?」

『こっちからも一つ、頼み事していい?』

「何だ?」


 頼まれるかは別として、話だけ聞いてみようと思った。


『作り置き用に作ったんだけど、それにしても量が多くて……貰ってくれる?』

「え?」


 反射的にそう反応してしまった。


『別に、いらないならいいんだけど……他にあげる人もいないし』

「わかった。貰ってやる」

『じゃあ、部屋まで持ってく。何番だっけ?』

「610」

『わかった』


 そして、電話は切れた。


 現実的な話として、女子寮と男子寮の行き来は可能だ。寮の部屋には鍵が掛けられるし、寮というよりはマンションだから、行き来できてもおかしくはない。エレベーターが分けられているのは、混雑を避けるためだとは思うし。


 だが……いや、何でもない。


 それから数分後、部屋のインターホンが鳴らされた。


 ドアを開けると、そこには私服姿の七条がいた。


 どこかのお嬢様が着ていそうな、少しスカートが軽く柔らかく広がっているワンピースに身を包んだ七条は、いつもとは少し印象が違っていた。具体的には、七条自らがそういう雰囲気を発しなくとも、近寄りがたい感じがする。そんなところだろうか。


「さっきぶりだな、七条」

「ごめんね、急に頼んで」

「いや、大丈夫。俺も頼み事したし」

「あんなのは頼み事に入らないよ。言われなくてもそうしてただろうし」

「そうか」


 あれを頼み事というには、少し大げさだったか。


「これ、ナポリタン。容器はプラスチックの使い捨てだから、終わったら捨てて」

「ああ……わかった」

「じゃあ、また明日」

「うん。またな」


 七条は、ナポリタンのパックをいくつか渡し終えると、すぐに帰って行った。


 だからどうっていうことはないのだが……


「意外と多かったな……どれだけ作ったんだよ、アイツ……」


 俺はそう漏らしながら、早速ナポリタンを一口食べる。


 見た目はお嬢様で、兄が過保護なことからおそらく家族も過保護。料理なんてしたこと無さそうだな……と勝手に思っていたが、そんなことはなさそうなくらい、普通に美味しかった。


 ちなみに俺は、自炊なんてしたことがない。

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