第27話 姉弟だからこそ

 無事に種目が決まり、放課後、俺は学校の広場にあるベンチで一人、ぼーっとしていた。


 何やら、女子は何人かで出かけようという話になっていて、七条と市川は浦田に誘われたらしい。


 俺が離れると仕掛けて来るようなイメージはあるが、市川ももう七条に何が起こってもおかしくないとわかっているから、市川に任せて心配ない。相手に復讐相手がいることもあって、市川はさらにやる気になっていたし。



「天音」


 俺は誰かに名前を呼ばれ、現実に引き戻される。


「……姉さん」

「どうしたの? ぼーっとして」

「いや……」


 特に何かを考えていたわけでもないし、そう聞かれても答えられない。


「ちょっと話せる?」

「うん。場所移る?」

「そうだね」


 そして俺たちは、学園都市内にある外から見れば会員制の怪しい施設に見えているであろう建物に入って行った。


 この建物に書いてあった店名は『=unknown』。ここは、帝国学院の上位機関にあたる組織に所属している人たちだけが入れるラウンジのような場所だ。


 施設から帝国学院に派遣されたMurdererだけではなく、その施設関係者、そして施設を作った組織の関係者などが利用できる。まあ、ここにわざわざ来るようなのは主にMurdererで、他の関係者は俺たちに特別な指令をしに来る時くらいしか来ないだろう。今は霜谷が常にいるから、その必要も無くなっているが。


 建物に入り、入り組んだ廊下を迷うことなく進むと、受付のカウンターがあった。


「いらっしゃいませ」

「えっと……」

「もう確認は取れております。どうぞ中へ」

「さすがね。ありがとう」


 姉さんが受付の男と話をした後、俺たちはその先にあるラウンジに入って行った。


 まず関係者かどうか確認する必要があるのだが、おそらく入口にカメラがあり、瞬時にデータベースと照合して関係者かどうか確認を取る。その時間を確保するためと、部外者の不安を煽って自ら建物を出てもらうようにするために、廊下がやけに入り組んでいたのだろう。



 ラウンジの中に入ると、そこには誰もいなかった。


 特に秘密にしておかないといけないような話をしない限り使わないから、当たり前ではある。


 ちなみに、一年になってから来るのは初めてだが、入学前に何度か来たことはある。たとえば、伝言で姉さんからお使いを頼まれたり、だ。


「さっき、尾行されてたね」

「ああ」


 気配はずっと感じていた。追いかけられているのは姉さんではなく俺。誰なのかはなんとなく心当たりがあった。


「誰かわかる?」

「うん。多分、Eクラス」

「そっか。もうぶつかってるの?」

「脱落者がいなければ五位だったくらいには」

「へぇ……」


 それはどういう相槌だ……?


「気を付けてね。どうせ何かするつもりなんでしょ?」

「わかってる。でも、姉さんがそれ言うかな……」

「確かに、私だってちょっと危険なことはするけど……弟を心配するのは当たり前でしょ?」

「まあ、それもそうだな……」


 姉さんにだって、危険なことはしてほしくない。だが、Murdererである以上それは無理だ。上から与えられたミッションを遂行するにはどうしても危険が伴ってしまうし、そのために強く作られたのだから。


「それで、話なんだけど……」

「うん」

「天音はさ、この二か月何かした?」

「ん?」

「いや、結局私たちって、選別のために送り込まれたわけでしょ? だから、何かしてるのかなーって、気になって」

「……別に、言えるようなことはしてない。でも、準備は進めてる」

「そっか。それなら、いいんだけど」


 なぜ姉さんがわざわざそんなことを聞いてくるのか……


「あんまり大きな動きが見られなかったから、か?」

「えっと……」

「確かに、全体的にまだ表立った動きはない。でも、みんなそれぞれ裏で動いてる」

「そうだよね」


 やっぱり、姉さんはこれから三年生の最終局面にも入るし、一つ言っておくべきか……


「……それに、俺を誰だと思ってんだ」

「え……っと……」

「過去最強のMurderer。姉さんよりも、俺の方が優秀だ。姉さんに心配されなくたってやっていける」

「天音……」

「姉さんは自分の心配をしろ。もうすぐ三年も折り返すんだから」

「……わかった。じゃあ、そうさせてもらう。でも、定期的に連絡はするし、頼み事もする」

「うん。わかった」


 姉さんが自分の学年のことに集中できればそれでいい。


「じゃあ、俺はこれで」

「あ、一つ聞いていい?」

「ん?」

「体育祭、何出るの? 決まったでしょ?」

「うん。一応……実戦」

「そっか。じゃあ、一緒だね」


 まあ、やる人がいなければそうなるだろう。姉さんの身体能力もかなりのものだし。


「気を付けてね。体育祭は絶対に正攻法でしかできない」


 正攻法とは、自分の足でアイツらに近付いて行って倒すことだ。俺がやった、波動で呼び寄せるのは体育祭でルール上できない。元々、スポーツテストでもルールではできないはずだった。


「わかってるけど……記録はどうした方がいい? 上位なら追加でポイントが入るだろ?」

「そうだね……」

「競技順って、どっちから?」

「去年と変わらなければ、三年から」

「じゃあ、姉さんに合わせる。ギリギリ姉さんが一位になるように」

「わかった。ありがとう、天音」

「うん」


 俺としても、一年生が一位となって目立ちたくはない。二位でも目立つだろうが、一位よりはマシだ。それに、姉さんもポイントはあった方がいいだろうし。


「じゃあ、今度こそ」

「じゃあね、天音」


 そして俺はラウンジを出て、辺りを見回した。


 すると、電柱の陰から誰かがこちらを見ていることに気付く。


 俺がその電柱に近付いていくと、その人物が電柱の陰から姿を現した。


 その人物は帝国学院の生徒で、姉さんと話した通りEクラスの生徒で間違いないだろう。名前は聞いて確認してみる必要がありそうだったが。


「何だ? さっきから尾行して。今度は待ち伏せか」

「えっと……その……」


 女子生徒は何も答えない。


 だが、逃げずに自分から俺の前に出て来たということは、何か俺に話でもあるのだろうか……


「ん?」

「私、Eクラスを……いや、桃山を潰したい」

「え?」

「本当は尾行を指示されてたけど、桃山にはついていけない」

「は……?」


 そんなことって、あるのか……?


「クラスを裏切ることになるぞ?」

「別にいい。あんなクラス……無くなっちゃえばいいのに」

「お、おう……」


 相当な恨みがあるのだろうか……? それにしても、聞きたいことが多すぎるな……


「いくつか聞きたいことがあるんだが……いいか?」

「いいよ」

「名前は?」

鏡野かがみのうた


 確か、Eクラスの一番上に名前があったはずだ。Fクラスだと俺が入学試験の順位が一番下という設定で差し込まれたせいか一番下にあり、一番上は七条だった。それを考えると、鏡野はEクラスの稼ぎ頭とも言える人物だ。


「何でEクラスを、桃山を潰したいんだ?」

「アイツのやり方に納得できない。力で支配して、実力じゃなくて、相手を潰して勝とうとするところ。私は、実力で勝ちたい。でも……」

「桃山には逆らえない、か」


 桃山はやはり力でクラスを支配する支配者となっていた。だから七条を狙ってきたんだ。


「でも、何で俺に? たまたま尾行対象になっただけかもしれないが……もし理由があれば教えてほしい」

「尾行はほぼ全員にいる。私はたまたまあなたについた。でも、この話は誰でもよかったわけじゃない」

「というと?」

「七条さんと近いあなただから、話を持ち掛けてるの」

「え?」

「それに、ある人から桃山が貰った先月のクラス内での順位、あれで上位だったし……それなりに、話もわかってくれるかなって」


 理由は七条と近いことと成績がいいこと。これは桃山たちも知っている情報だし、これが罠だという可能性もある。経験的には鏡野が嘘を言っている様子には見えないが、この経験も完全に信じていいのか……少し慎重になって考えてみる必要がある。


 完全には信じられないが、使ってみる価値はある。お互いに情報が筒抜けになれば、必ずFクラスこっちが勝つ。


 何かで試してみて、それからにするか。


「わかった。じゃあ、ちょっと協力してもらおうか。俺は、本気でEクラスを潰しに行く」



  ◇  ◇  ◇



 全員に尾行を命じた日の夜のこと。


 自分の部屋でほぼ寝落ちしていた桃山の元に、一通のメッセージが届いた。


「ん……?」


 桃山は、眠い目を擦りながら、そのメッセージの差出人を確認する。


 差出人はI-I。それに気付いた桃山は急いでメッセージを開く。


 I-Iから届いていたメッセージには怒りも少し見えていて、桃山はさらに焦る。


『早くしろ。

 今更やらないなんて言うのか?

 体育祭のエントリーリストも付けておいてやるから、早急に頼む』


 もうあれから一週間、まだやらないのかと怒るのに無理はない。


 だが桃山にしてみれば、ちょうど誰かがわかって、今から行動に移そうとしていたところだった。


 少し不満があるが、今はそうも言ってられないし、エントリーリストはぜひ欲しい情報だった。例の内通者は、エントリーリストなんて覚えられないと言ってまともな情報がなかったこともあって、桃山はすぐに作戦を本格的に考え始めた。

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