第28話 根拠のない自信

 月曜日、憂鬱な日の憂鬱な授業が終わり、校舎から多くの生徒が出てくる。待ちに待った放課後の時間だ。


 とは言っても、今日はあいにくの雨だったこともあり、ほとんどの生徒が寮に戻るか図書館に行くかという選択をしていた。


 そんな中、山風はある人物から呼び出され、赤いリボンで括られたサイドポニーテールを揺らして学校の外にある路地裏に来ていた。


 具体的には、『=unknown』という建物の前だ。


 ――今日こそはちゃんと来るんでしょうね……


 山風はそんな気持ちを抱え、雨の中待ち続けていた。


 だが、約束の時間から十分ほど経っても、その人物は来ない。大体この辺でいつも来られないと連絡が来るはずだが、その連絡もない。


 ――今日も来ないか……


 山風はそう判断し、学校に引き返す。


 だが、その時にすれ違った合羽を着た人物から妙な殺気を感じて、思わず足を止めて振り返った。


 すると、ちょうどその人物の拳が向かってきているところで、山風は咄嗟に身を捻って避けた。


 身を捻った勢いで、山風が持っていた傘やカバンが遠くに飛んで落ちる。


「中々やるな。さすが、内通者に選ばれるだけある」


 その時、山風の背後からある人物が山風に向かってそう言った。


「あなたは……Eクラスの桃山光……」

「ああ。よく知っているな。Bクラス、山風莉緒」

「そっちこそ、何で私のことを……それに、内通者って何のことよ……?」

「とぼけても無駄だ。俺たちは知ってるんだぞ? お前がFクラスとBクラスを繋ぐ内通者だって。どっちの味方かは知らないが」


 なんか、微妙すぎない……? と、山風は内心余裕だった。


「馬鹿なの……? BクラスがFクラスの情報が欲しいなんてわけもないし、逆も同じ。内通者なんて、今の段階でそんな危ない橋を渡るなんて現実的じゃない」


 今は点差がありすぎるし、そういう関係があっても何も行動はしないだろう。なのに、なぜそう言い切れるのか。山風にそういう関係は無いが、調べた手法に少し興味があった。


「何であなたは、私が内通者だって思ったの?」

「それは言えないな」


 I-Iが情報を持っていると言っていたから。なんて言えるはずが無かった。


「……そう」


 山風は少しガッカリしたが、さらに気配を感じてふと辺りを見回す。


 こうやって話している間に、周囲を他のEクラスの生徒三人に囲まれ、全員が山風を睨み、今にも襲い掛かろうとしていた。


 だが、山風にとってこの人数は全く怖くない。


「私は内通者なんかじゃない。その上で聞くけど、何が目的なの?」

「お前が持つFクラスの情報をよこせ」

「だから、私は内通者なんかじゃない。Fクラスの情報なんて持ってない」


 これは事実だ。天音とはリボンを貰ってから会っていないし、話してもいない。その他にFクラスの人物との関わりは全くない。何をもって内通者だと思ったのか、山風には見当もつかなかった。


「とぼけるんじゃねぇ!」

「とぼけてなんかない」

「……もういい。力尽くで奪ってやる」


 山風は、桃山の態度や自信から何が起こっているのかを察した。


 そして、もう一度辺りを見回して、ここは桃山のいいようにやられるのがいいと判断した。


 それとほぼ同時に、桃山は山風に殴りかかった。


 初撃は完全に見切って軽々とかわす。だが、濡れた路面のせいでバランスを崩し、二撃目を腹に食らい、山風は地面にうずくまる。


「っ……」


 もちろん、わざとバランスを崩し、わざと食らった。実際、そんなに痛くもなかった。それは桃山が弱いわけではなく、ただ感覚が麻痺しているだけだが。


 山風は多少痛がるふりをしながら立ち上がり、桃山を睨む。


 やられるのがいいとは思ったが、甘く見られてしまっても困る。だから、山風は反撃に出ることにした。


 山風は桃山と比べるまでもないくらいの速度で間合いに入り込み、その勢いを利用して回し蹴りを脇腹にヒットさせる。


 桃山は何も対応できずに弾き飛ばされるが、それから息をつく間もなく周りの三人が襲い掛かる。


 まずは一番近くにいた北山冬輝。


 北山はボクシングのパンチのように左右の拳を駆使して素早く殴りかかるが、山風は素早く左右にステップを踏み、その拳を全てかわす。


 そして正面に来た一発を後ろにのけぞってかわし、そのまま足を蹴り上げてバク転をするように後ろに下がった。


 その蹴り上げる足をかわそうとして北山も後ろに下がるが、濡れた路面のおかげでバランスを崩し、下がった先で手前に手をついてどうにか体勢を保った。


 それだけで終わるわけもなく、次は左右から同時に松原蘭と天風弥生が襲い掛かる。


 山風は二人くらい余裕で相手できるが、今は少し苦戦しているように見せる。


 右足で松原に蹴りを入れてけん制しながら、一回転半の勢いをつけて天風に左足で蹴りを入れる。


 だが、その後が上手く繋がらず、足の勢いを地面との摩擦でなんとか止めて足がかなり開いたところで一旦動きが止まった。


 そこで二人は山風の両腕をそれぞれ掴み、ちょうどいいタイミングで北山が背後から蹴り飛ばした。


「うっ……くっ……」


 山風は地面に顔から突っ込み、呻き声を上げる。


 そこに桃山がやってきて、左手で制服の後ろ襟を引き上げて、上半身を起こさせる。


「これは貰っていく」


 桃山はそう言い、山風の髪を括っていた赤いリボンを盗った。


「そ、それは……」

「何だ? やっぱり、内通者なんじゃねぇか」


 嘲笑うようにそう言って、桃山は山風を乱暴に投げ捨てる。


「っ……」


 桃山が山風を見下す視線は、山風の記憶にしっかりと刻まれた。



 元々、山風のリボンは顔も知らない両親から唯一貰ったものだった。


 一度は天音に奪われた。でも、施設を生き残れば返してもらえると言われた。だから、これまで何年間もやって来れた。


 それで、やっと返してもらえたというのに、こんなことで奪われてたまるか。


 山風の中に、そんな感情が湧き上がる。


 でも、ここは我慢して、やっていくしかない。絶対にまた返してくれる。アイツなら……


 根拠のない自信と共に。



「何してんの?」


 山風の背後から、去って行こうとする桃山たちに誰かが呼びかける。


「ああ……七条か」


 桃山は振り返り、鼻で笑いながらそう言う。


「今度は何? 他のクラスにまで手を出したの?」


 七条は、果敢に桃山にかかっていく。


「お前らこそ、このままだと終わるぞ」

「そっくりそのままお返しするわ」


 あんなことがあっても、まだ大人しくならない七条を面白い女とでも思いながら、桃山はじゃあなと呟いてその場を後にした。


「ちょっと……!」


 桃山たちを追いかけようとする七条を、市川がなんとか止める。


「今は追いかけない方がいい。下手に巻き込まれに行くなんておかしい」

「……わかった」


 そして七条は山風に駆け寄る。


「ちょっと、話聞いてた!?」


 市川は驚いた様子でそう言う。


 まだ六月で始まったばかり。しかも、一番下のFクラスということもあるのに、わざわざ他のクラスの揉め事に巻き込まれに行く必要はない。


 市川はそう言いたかったのだが、七条には上手く伝わっていなかったようだった。


「大丈夫……ですか?」

「あ……うん。大丈夫」

「保健室とか、行った方が……」

「いや、大丈夫。大丈夫だから」


 心配する七条をなんとかかわし、山風は地面に放り投げられていたカバンを傘を拾って、雨の中急いで学校の方向に走って行った。


 道中、「よくやった」と一瞬すれ違った人物に言われ、ただの憶測から来る自信が確実なものに変わった。

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