第37話 内通者

「ちょっと待て」


 俺は校舎の中のとある廊下で、向こうから走ってきた、フードを深く被った生徒をそう言って止める。


 だが、その生徒は全く止まる気配がない。


 しょうがないから、俺はそいつの服を掴んで教室の中に連れ込み、扉を閉める。ついでに、鍵まで閉めておいた。


「な、何するんですか……?」


 その人物が誰なのか、元々見当はついていた。だが、今のその声でそれが確信に変わった。


「何をするつもりですか? 急いでるんですけど……もしかして、襲うつもりとかじゃないですよね? この教室には監視カメラがある。いくら人目が無くても、証拠は残りますよ。……まあ、もう手遅れですけど」


 俺はお前に何もできない……と。よく喋る女だ。


 だが……


「襲っていいのは、襲われる覚悟がある奴だけだ。そうだろ? 和田わだ楓華ふうか


 俺がそう言うと、その生徒はビクっと驚いていた。


「何で……私のことを……」

「逆に、何で俺がお前に話しかけたと思っている?」

「それは……」


 誰かも知らない奴を襲ったりはしないし、別に今俺は和田を襲ったわけではない。


「お前、自分が何したか、わかってるんだろうな?」

「……だから何だって言うの?」


 認めた。


 和田も、もう逃げ場はないと思っているのだろう。普段は無口で控えめなタイプだが、今の口調からはそんなものは感じられない。だが、これが本来の和田なのだろう。


「何で市川を狙った? それとも、元々の狙いは七条で、間違えたか?」

「……理由なんて聞いてどうするの?」

「理由によっては、お前を許さない」


 具体的に何をするかは、やはり理由を聞いてからだ。


「どっちなの?」

「え?」

「市川? 七条? どっちとデキてるの?」

「デキてなんかないが」

「嘘つけ」

「もし本当に付き合ってるか何がなら、お前を待ち伏せするよりも、すぐに助けに入る」


 和田が実際に何をしたか見たわけではない。だが、障害物競走の待ち時間の間に鏡野から和田に桃山からとある指示が出たという連絡を受けた。


 それを完全に信じていたわけではないが、仮に何かあった時にそれがチャンスになると思い、突き飛ばした後に逃げてくるであろう方向で待ち伏せをしていた。


 そして、聞こえてきた音や、二人から連続で掛けられた電話などから、事前に鏡野から聞いていたことが本当だとわかった。


 そう。和田がクラスの内通者で、市川の復讐相手だった。


「じゃあ何でそこまでやるの?」


 確かに、何でなのかは自分でもわからない。


 自分のためというか、ブラックリストの務めを果たすためというか、それはそうなのだが……何か違う気がしていた。


 仮に何なのかわかっていたとしても、内通者の和田に言うわけがないが。


「ねえ、一つ聞いていい?」

「ん?」

「何であそこにいたの? さっきまで、屋上にいたはずじゃ……」


 そこから見ていたとは……やはり、桃山の指示なだけあって、そこら辺はしっかり調べてる。


「お前こそ、何でそれを知っているんだ? ……ということになるが」

「っ……」

「用意周到なんだな」

「計画も無しに、こんなことはしない」

「へぇ……」


 かなり認めているが、これだけの証言があれば脱落くらいは簡単にできる。仮に脱落させなくても、クラスにこの事が広まれば相当な影響があるはず……


 きっと何かして来るはずだ。


 白の廻火を発動している今の俺では、和田が市川のように戦えるのなら確実に勝てるとは言えない。


 市川の話では、そんな実力は無いとのことだったが、桃山たちにしごかれている可能性だってある。


「大丈夫か? そんなに喋って。クラスでの居場所は無くなるし、脱落だってあり得る」

「……大丈夫。だって……こうするまで!」


 予想通り、和田はそれなりに慣れた動きで俺に殴りかかってくる。どっちかと言えば、その方向に俺が誘導した形だが、こうでもしないと話が終わらない。正直、早く二人の状態を確認したいまである。


 俺は和田の拳を軽々とかわす。


 その後すぐに二撃目が来ると思っていたが、その二撃目は来なかった。


 その代わりに、和田は俺の右手首を左手で掴み、自分の方に引き寄せる。


「は……?」


 何がしたいのか、全くわからない。


 押さえたなら、そこで攻撃を入れればいいだけ。でも、それをしなかったということは、目的はそうじゃないのか……? なら、何だ?


 和田はそのまま引き寄せ、俺の手は和田の胸に触れた。いや、触れたどころではないが、別にこっちから触っているわけではないから掴むという表現は違う。


 だが、今何をしているかは重要ではない。


 おそらく、和田はお互いに訴えられそうなことを作ろうと思っているのだろう。俺からは市川を階段から転落させた件について。和田からは胸を触られた……とでも言うつもりなのだろうか。


「っ……!」


 和田は俺の左手首も掴んで両手を無力化した状態で、右手首を強く締め付けた。それが特にちょうど筋の痛い場所をやられてしまったため、手首から肘のあたりまでに激痛が走る。いくら痛みに慣れているとはいえ、こんな不意打ちで来てしまってはさすがに驚く。


 段々痛みには慣れて来たが、ずっとこのままでいるわけにもいかない。


 俺はどうにか右足を和田の脚に引っ掛けて押し倒し、どうにか拘束から逃れた。その時に本当に胸を強く掴んでしまう結果となったが、これはもうしょうがないものだと思っておくことにした。


 急いで立ち上がり、和田から距離を取る。その間に和田も立ち上がり、どうにか痛みをこらえていた。さすがに全体重がのしかかったのだから、痛みもあるか。だが、それと同等の痛みがこっちにも走った。一方的に悪いとは言わせるものか。


「これで、君も一緒に脱落するね」

「それはどうかな」

「知ってる? こういう時はね、女の方が強いんだよ。弱いから、意見が優先されるの」


 前に聞いたことがある。電車に乗っていて、片手でつり革を掴み、片手でスマホをいじっていたのにもかかわらず痴漢を訴えられ、駅員に突き出されたという男の話を。結局その人の無実は証明されたらしいが、弱いから意見を聞こうという流れから冤罪が生まれるというのはあり得ない話ではない。


 今回の場合は実際に触ったことは事実だし、押し倒したのは俺だ。


 だが、ここは帝国学院。


 最初に和田が言った通り、監視カメラもあるし、審査に先入観は一切持ち込まない。俺がMurdererだからということに関わらず、俺が脱落することはない。


「俺がもし告発しなかったら、お前は告発しないのか?」

「どうせ私が告発したら君も告発するんでしょ?」

「ああ、そうだな」

「じゃあ、ここは自分のために行動した方がいいと思う」

「お互いに、な」

「うん」


 そもそも、俺は和田をすぐに脱落させる気は無い。少なくとも、市川の復讐が終わるまでは。もちろん、それには関わるつもりだが、それが終われば一気に脱落させたっていい。今はどうするかわからないが。


 そこまで話したところで、和田のスマホに何かの通知が届く。


「……恵口くんだ。リレーのメンバー変更の話し合いだってさ」


 和田はすぐに通知を確認してそう言う。


「じゃあ、私はこれで。こっちはいつでも潰す準備はできてるから」


 私はそう言って、教室を出て行った。

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