第10話 落ち着いた二人

 璃乃は憲一と別れてから真っ直ぐ家に帰った。


 母は用事があるらしく夜になったらくるらしい。


 だから早速自分の部屋に入って、ベッドで横たわり、布団をかぶって激しく息を吸って吐いている。


 璃乃にとって母は自分を産んでくれた親であり、本音を伝えられる友達のような存在であり、人生の先輩だ。


 官能小説を書いているところは置いとくとして、璃乃は母のことが大好き。


 だから、家に母がいれば気持ちが落ち着くし安心感を覚える。


 だけど、


 今日に限っては、


 少なくとも1時間くらいは、来てほしくない。


 なぜなら、


 憲一とのやりとりが、彼の声がずっと耳にこびりついて離れないから。


 これまで自分は多くの男子に告白を受けて全部断った。

 

 この前も言及したように、彼女は母子家庭で母は官能小説を書く作家だから。

 

 だから、バレるのが怖くてずっとバリアを張って、生きていた。


 璃乃にとって男というのは、怖い存在である。


 いつも自分の胸や体ばかりを見て、エッチな視線を送ってくる。学校で行動を共にするほんわかとした感じの恵と切れ長の目の美波からは羨ましがられるが、他の女子たちからは良からぬ視線を送ってくる場合も多々ある。


 それに加えて、告白を断ったら、その男子たちは、





 とても嫌らしい視線を送ってくる。


 えっちじゃなくて、まるで自分の体を犯したいと言わんばかりの犯罪者のような表情。


 だから、怖かった。


 でも、大好きな母には迷惑をかけたくない。


 その時に現れたのは憲一だった。


 一年前に自分が振った男。


 でも、その男は、


 自分の頭と胸とを痺れさせるほどの言葉をくれた。


「……」


 驚いた。

 

 彼も自分と同じく母子家庭である。だけど、それをなんの躊躇いもなく打ち明ける彼の潔さに、救われた気分を味わった。

 

 だから、恵にも美波にも言ってない秘密を彼に打ち明けた。


 でも、彼は


 自分を特別扱いしなかった。


 まるで当たり前のように、自分を受けいれてくれた。


 そのことが嬉しすぎて……


「憲一くん……」


 正直同じクラスになってちょっと気まずかった。


 だけど、彼は変わった。


 自分に接近する男子より大人しく、自分をいらやしい目で見ることもなく、





 自分の心をピンポイントで突くような事をする。




 この間、自分が躓きそうになった時、


 彼は自分を抱き止めてくれた。


 不思議だった。


 全然気持ち悪くない。


 自分を落ち着かせるがした。


 もっと、彼の肌を感じたいと思ってしまった。


 食堂で並ぶ時、男たちがわざとらしくスキンシップをしたり、先生たちがすれ違い様に胸を触るときもあった。


 その度に名状し難い嫌悪感が渦巻き、なんで、男はみんな変態しかいないんだろうと、思っていた。


 表面上はニコニコしているけど、璃乃の心は、黒いままだ。


「男はみんな死んでしまえ……えっちなことしか考えない獣……死ね死ね死ね死ね死ね……私の体を勝手に触る男は、地獄に堕ちろ!」


 色褪せた目で呟く彼女。


 殺気立つ表情。


 だが、


 やがて彼女は頬を緩ませて、自分の巨乳を触りだす。


『また今日みたいに困ったことがあれば、言ってくれ。できる範囲で助けるから』



「ああ……」


 他の男みたいに『助けるからその体を差し出せ』という目ではなく、まるで『自惚れるな。俺にとってお前は普通の女の子に過ぎないから』とでも言いたげな彼の目を見た瞬間、胸とお腹がキュンキュンした。

 

 どうして、視線一つで言葉一つで、自分はこんなに変わるんだろう。


 自分のドス黒い気持ちが、彼の『下心のない優しさ』に塗りつぶされていく。


「っ」


 なんの躊躇なくスーパーに行く彼の背中を見て、自分はいけないことを思ってしまった。

 

 正直、男は大嫌いだ。


 亡くなった父を除けば、全員が獣。


 なのに、いずれあんな嫌な感じの男と結婚して、子供を産む……


 自分にはそんなことできない。

 

 子供を作るために男とえっちなことをするくらいなら、一生独身の方がマシ。


 ずっと、そう思っていた。


 そう。


 過去形。


 今は、



「憲一……しゃま……」


 

 彼に





 支配されたい気持ちでいっぱいだ。





 数時間後



 ベッドから起き上がった璃乃は鏡に写っている自分を見つめる。


「……」


 こんな顔は初めてだ。

 

 完全に蕩けきった面持ち。


 喜びと快楽が入り混じった顔と、何かを激しく求めるマジェンタ色の瞳。


  


 玄関のベルが鳴った。


 母がきたのだろう。


 なので、璃乃は、大好きな母を迎えるべく、玄関へと向かう。



「お母さん!おかえり!」

「ただいま!あ、璃乃!まだ制服着てるの?」

「う、うん!」

「ふうん〜」


 彩音は自分の娘に意味ありげな視線を送った。


 だけど、彼女は自分の娘を詮索するような真似はしない。





 なぜなら、





「あれ?お母さん、足震えているけど、大丈夫?」

「ふふ、。それより璃乃が好きな弁当買ってきたから、早く食べましょう」

「やった!」


 璃乃は嬉々とした表情を作る。

 

 自分の気持ちを落ち着かせるお母さんのがしたから。





追記



うん……


これは官能小説ですな









 






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