第20話 憲一は一年前の彼女の気持ちに気付く

 確かに内田と関わってからは、俺の学校生活に少しの変化が現れた。しかしそれは、俺の平穏な日常に波乱をもたらすものである。


 だけど、俺は内田と約束した以上はそれを守らなけてばなるまい。


 そこに下心とか悪い感情は存在しない。


 むしろ……


「どうすりゃいんだろう」


 俺を一度振った女子とどういう距離感で接すればいいのかわからない。


 彼女は思わせぶりなことを言ったが、


 それが正しいかどうか確認できるすべは存在しない。


 ただ単に、俺が恋愛経験がなくて、初めて告白した女の子に振られたという事実に打ちひしがれて、いまだに根に持っていると言われても反論できる自信がない。


 本当……


 俺はまだ子供だな。


 俺は暗い表情でため息をついて、内田に会うの何時にするかどのカフェなのか聞いた。


X X X


カフェ


「ごめんね。わざわざ……」

「ううん。いいよ。こんな女子受けするようなカフェに入ったことないから新鮮だね」

「そ、そう?ふん……ないんだ」


 カップル限定メニューを頼んだ俺たちは二人用のテーブルの席に座って話している。


 幸いなことに、ここは学校からある程度離れているため、他校の制服姿のカップルやら大学生カップルやらがにぎにぎしている。同じ学校の人いなくて助かる。


 悲しい気持ちと嬉しい気持ちが入り混じったなんとも言えない感情。


 

「あの子めっちゃ可愛くない?」

「本当だ。顔もそうだし、身体がすっげ……」

「ちょっと!どこ見てるのよ!私とデートしてるでしょうが!あんな巨乳は単なる脂肪の塊よ!」

「ああ、ごめん!」


 学校一のマドンナと一緒にデザートを食べる。その事実を物語るように周りからの視線が熱い。


 確かに、内田は目立つな。


 とりあえずここに来た目的はカップル限定デザートである。それが来るまでなんとか場を繋ごう。


「内田は普段こんな店とかよく来る?」


 俺が興味を示すと、彼女はマゼンタ色の目を輝かせて返事をする。


「うん!私、甘いものとか好きだから……とよく来るの。男友達と来たのは、工藤くんが初めてね……」

「お、おう」


 な、なんで途中、恥ずかしそうにモジモジしながら上目遣いするんだよ……


 一瞬ときめきかけたが、俺は冷静を取り戻すべく、咳払いをした。


 すると、内田が申し訳なさそうに、頭を下げた。


「今朝はごめん」

「え?なんで謝る?」

「だって、柊さんと橋本くんとあんなことがあって」

「あ、そういうことか。まあ、あまり気にしなくてもいいよ」

「ありがとう……私、嬉しかった……」

「嬉しい?」

 

 嬉しがる要素はないと思うが、彼女は顔を桜色に染めて目を少し潤ませる。


「橋本くんから身体触られた時、怖かったけど、工藤くんがいてくれたからすごく安心したというか……」

「そ、そうか」


 だからあの時、俺の身体にくっついたわけか。


 安心感を覚えたのなら、それはおそらく彼女が母子家庭であることに起因するのではなかろうか。


 別に俺の身体がすり減るわけでもないし、困った人を見れば助けることが、なくなった父さんとの強い絆を感じられる方法でもある。


 だから、


「前も言ったと思うけど、困ったことあれば、連絡くれ。できる範囲で助けるから」


「っ!うん……ありがとう……嬉しい。えへへ……」


 男である俺は母さんと一緒に住んでいる。だけど、彼女と彼女の母は全員女性だ。


 きっと、ここでは話せない事情なんかもいっぱいあるのだろう。


 あの笑顔を見ると、なぜか、巻き込まれたくないと心の中で文句を言っていた今朝の俺をぶん殴りたい。


 父さんは命懸けで人を助けたのに、俺は自分の保身ばかり考えたようだ。


 たとえ、柊のようにボロクソ言われても、父さんの意思を受け継いだ俺は、彼女を助けるのだ。


 内田に限った話でもない。


 母さんも、裕翔も、彩音さんも、奈津子さんも、あと、本当に気が進まないが、柊もな。


 そう思っていると、店員がカップル限定パフェを持ってきてくれた。


 彼女は目を光らせて写真を撮りまくり、それを素早くSNSにアップロードした。


 やっぱり内田もイマドキの女子高生だな。


 と、俺が頬を緩めていると、彼女は笑いながら話しかける。


「食べよう!」

「おう!」

 

 内田がドヤ顔で言うものだから俺もドヤ顔で返事しちゃった。


 こうやって同級生の女子とおしゃれなところで、美味しいものを食べるのも案外悪くないな。


 でも、傲慢になってはならない。


 彼女はあくまで、このパフェが食べたいから俺を呼んだのだ。


 大人の女性とJKは違うのだ。


 彩音さんには感謝の気持ちしかない。


 彩音さんを知らなかったら、きっと、俺は勝手に勘違いして内田に翻弄されただろう。


 パフェはとても美味しかった。


 食べている途中、内田は俺をチラチラ見て、様子を伺うような態度を見せたが、俺は彼女を意識することなく、食べることに集中した。


「美味かったな」

「うん!この店は大当たりね!」

「そうだな」

こようね!別のメニューも挑戦したいし」

「え?」

 

 次があるのか。


 俺の反応を不思議に思ったのか、彼女は心配そうに俺の顔を見つめてくる。


「どうしたの?工藤くん」

「い、いや……」


 正直どういう風に返事をすればいいのかわからない。


 これが彼女の助けになるのならいいが、彼女の口ぶりから察するに、どうやらそれだけのようには見えない。

 

 俺が戸惑っていると、内田が悲しい表情をした。


「あのね、工藤くん」

「?」

「実はね、私が工藤くんを誘ったの、このパフェのためじゃないの」

「え?」


 どう言うことだ?

 

 と俺が首を捻って続きを視線で問うと、彼女が真面目な表情で聞いてくる。


「一つ工藤くんに聞きたいことがあって」

「俺に、聞きたいこと?」

「うん……」

「な、なに?」



「工藤くんは、とか作らないの?」

「……」

「私、工藤くんの本音が聞きたい」


 彼女か。


 確かに昔はすっごく作りたかった。


 高校デビューしたての頃は、夢と希望に満ち溢れて、俺が最も付き合いたいと思っている目に前にいる内田に告白した。


 だが、


『ごめん、工藤くん』

『り、理由を教えてくれないか。俺は内田の本音が聞きたいんだ』

『それは……』

『それは?』



『誰とも付き合いたくないから』



『……』




 非常に冷たく放たれた言葉。


 あの時の彼女は目を細めて、まるで俺を軽蔑するような面持ちであった。


 


 誰とも付き合いたくない。



 まさしく今の俺の心境を代弁してくれる言葉だ。


 

「作らない」



「え?なんで?」





「誰とも付き合いたくないから」

「……」


 


 俺の言葉を聞いて彼女は俯いた。


 おそらく、見覚えのある言葉だろう。


 一年前の彼女の気分をようやく理解することができたんだ。


 そう言う意味では、俺は彼女よりレベルが低いと言えよう。


 


「やぱり、私のせいなんだ……」


「え?」


「私が工藤くんの気持ちを無視して振ったから、それが原因で……」


「い、いや、何言って……」


 内田の様子がおかしい。


「全部私のせい……あの時、私がちゃんと気持ちを伝えたら……」


「お、おい」


 俺が当惑していると、いきなり内田が両手で俺の右手を強く掴んでくる。



「工藤くんは悪くないわ。悪いのは全部私よ。私、工藤くんの気持ちを無視したの。工藤くんに罪を犯したの」

「……」



「だから、私、



 すでに赤くなった俺の手首を掴んでいる手にさらに力を入れる内田の瞳は


 色彩を失っており、俺が逃げられないように鋭い眼光が俺を絡め取る。


 繰り返し言うが、彼女は我が校におけるマドンナ的存在だ。


 だが、今は、その美しさに戸惑いを感じているわけではなく、

 

 彼女の巨大な胸の内側にあるドス黒い何かに俺は反応している。


 内田は俺の右手を自分の大きなマシュマロに持っていった。

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