第21話 認識の違い

 極上の触り心地。


 同級生の女子の胸に触れたのは初めてだ。


 内田が俺の手を引っ張ったおかげで、俺の上半身はテーブルを隔てて彼女に近づいた。


 この香り……


 そして


「っ!」


 浮かんでくる彩音さんの姿。


 そういえば、このマゼンタ色の瞳といい、真っ白な肌といい、恵まれた体といい、よく似ている。


 時々見せる、飲み込んでしましそうな視線も。


 でも、今はそんなことを考える暇はない。


 内田はどうやら勘違いをしているようだ。


 別に、俺は彩音さんと奈津子さんがいるから付き合う必要性を感じないだけであって、内田が直接的な原因ではないはずだ。


 むしろ、彼女が本当の俺の姿を知れば、一年前より俺を軽蔑するだろう。


「い、いや、内田は悪くない。だから気にしなくてもいいから」

「いや……私が悪いの。だって、工藤くん、同じ顔してたから……」

「同じ?」





「私にフラれた時と同じ顔」

「……」







 そうか。


 俺は根に持っていたということか。


 今まで自分は平気と言い聞かせてきたけど、内田と話す時に感じる違和感は、俺がまだ過去を引きずっていることの表れか。

 

 そう考えると、自分が惨めになってくる。


 俺が年齢を詐称して彩音さんと関係を持ったのも、内田と関係があったりするのだろうか。


 まあ、悩んだところで後の祭りだ。

 

 だが、内田の指摘は素直に受け入れるべきだろう。


 ここにきても大丈夫と言い張っても、それは痩せ我慢で彼女は納得しないだろう。


「そう……かも知れんな。初めての告白とはいえ、いまだに昔のことをずるずる引きずるなんて……俺って器の小さいやつだよ。内田に言われて気が付いた」

「初めてだったんだ……なのに私は……」

「でも俺、今すごく楽しいから」

「楽しい?」

「ああ。裕翔と遊んだり、他の人とも遊んだりしてな」

「……でも、彼女は作らないのね」

「ま、まあな……」

「やっぱり……」

「……」

「じゃ、私といっぱい遊ぼう」

「え?」

「一年前の工藤くんは、私のことが好きだったよね?」

「……うん」

「だから、私が一年前の工藤くんの気持ちを全部受け入れるから」


 一年前の気持ちなんかとうに幻の泡沫と化して、もう存在しない。でも、内田はそんな俺にいまだに罪悪感を感じているらしい。


 きっと、昔の俺なら勘違いして、「もしかしたら、ワンちゃんあるかも?」みたいな気持ち悪い勘違いをしたはずだが、今の俺はよくわかっている。

 

 彼女はただ単に罪悪感を無くしたいだけ。


 そこに俺の気持ちは存在しないと。


 それでも、俺は彼女を助けないといけない。


「本当か?」

「うん……工藤くんがまた、に告白できるようになるまで付き合うから」

「……わかった」

「ふふ……」

 

 彼女は嬉しそうに微笑んだ。


 これはあくまで助けだ。


 適当に彼女と遊んで、タイミングを見計らって「もういいよ。十分だ」と言っておけば、きっと丸く収まるだろう。


 そう考えていると、ふと、が脳裏をよぎる。


「なあ、内田」

「璃乃でいいよ。憲一くん」

「……璃乃は、あの……お姉さんとかいる?」

 

 と、俺が問うと、彼女は顔を横に振った。


「いないけど」

「そうか」

「なんでそんなこと聞くの?」

「いや、璃乃のこと、もっと知っておきたいから」

「っ!!そ、そうなんだ」


 

 これで、俺の小さな疑問が解決された。


 だが、俺の手が相変わらず彼女の胸に束縛されたままだ。



X X X


翌日



バー



「ふん〜そんなことがあったのか」

「はい」


 俺は気になったのだ。


 なぜ璃乃が俺を呼び出して、一年前の話をしたのか。

 

 俺は恋愛経験がないから、そういうのに詳しい人に相談がしたかった。


 だから奈津子さんに連絡をしたら、二つ返事でOKをもらい、そのままバーに赴いて、ざっくりといった感じで事情を説明したわけである。


「自分のことしか考えない悪い子ね」

「え?」

「だって、振ったんでしょう?その気があるなら、頭下げてあんな回りくどいこと言わずに自分の心を素直に打ち明けるのが世の常じゃん?なのに、なんで上から目線なわけ?まるで憲一に問題があるような言い方じゃない」

「そ、そうですか?」

「だって、そうでしょ?落としてからあげるなんて、あんた完全になめられてるわよ」

「……」


 マジか。


 俺、璃乃に利用されてなめられていたのか……

 

 死体蹴りされているのか……



「そういうのに鈍そうだもんね〜」

「……否定できません」


 だって、俺、高校生だもん。


「憲一!」

「は、はい!」




「そんな面倒臭い女なんかどうでもいいから、ちょっと私に付き合って。色々教えてあげるから」

「い、色々とは……」

「今日は珍しく客も少ないし、ちょっと倉庫で作業したいから手伝って♫」

「……」




追記



お仕事コンに出す短編を書きました。



『日本人を異世界に送る天使をやってますけど、割とブラックです』


日本人を異世界転生転移させる天使の日常を追う物語です!


よろしければご一読くださいませ。


https://kakuyomu.jp/works/16817139558801973646/episodes/16817139558802028040

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