第7話 向かった先は……

土曜日

 

 夜


 焼肉屋


「美味しっすね!」

「ふふ、いっぱい食べてね!」


 俺と内田さんは高そうな焼肉店で美味しく牛肉を堪能中である。


 数日前の放課後に、いつ会えるかというメッセージを内田さんからいただいた。


 まあ、俺は裕翔と遊ぶ時以外は大体暇なので、母さんの帰りが遅い土曜日を選んで今に至ったわけである。


 この店で使える無料クーポンを持っている彼女に誘われて初めてここにきたんだけど、めっちゃうめえ……

 

 満足げにお肉を食べまくる俺をみた内田さんは、右手を口の端にやって、にっこりと微笑んでいる。


 優しさと色っぽさが混在する顔。


 今日の内田さんは結構おしゃれな感じだ。


 マジェンタ色の目の周りにはアイラインが引かれており、眉毛も整って、二重の大きな瞳は俺の姿を鮮明に写している。


 真っ白な皮膚と品のある顔。


 服装に至っては、前回と同じく上はニットと下は長いスカートである。


 座っているから上半身しか見えないが、俺の手では収まりきれないほどの大きな二つの果実がニットの伸縮性と相まってこれ見よがしにその存在を見せびらかしている。


 決してわざと見せている訳ではないが、下手をすれば視線が引き寄せられてしまいそうだ。

 

 ちなみに俺は、内田さんとの食事が決まった途端、溜めておいたお小遣いを使って、迷いなくウニクロ行き雑誌に乗っているカジュアルな服を買って、今絶賛使用中である。


 俺の顔は同年代の男子高校生と比べて少し老けているから、周りに不審がられることはない。まあ、男子たちは内田さんの美しさに見惚れて視線をチラチラ送っているからちょっと目障りなんだけどな。無理からぬことだ。


 だって、俺も……


 いかんいかん!


 今の俺はお肉を食べているんだ。


 集中集中。


 そう自分に言い聞かせながらお肉を飲み込んだ俺は、笑顔で彼女に感謝の気持ちを伝える。


「ありがとうございます!お肉大好きなので、こんなにいっぱい食べられるなんて嬉しいです……」

「些細なことでも、感謝するのね」

「いいえ!全然些細なことじゃないですよ!内田さん!」

「ふふ」


 彼女は口角を吊り上げて、首を若干捻りながら俺を満足げに見つめる。マジでかわいい……



「彩音って呼んでもいいわよ」

「っ!」

「代わりに憲一くんって呼んでもいいよね?」

「は、はい……彩音さん」

「憲一くん、いっぱい肉あるから、もっと食べて」

「は、はい。でも、彩音さんはあまり食べないんですね」

 

 さっきから俺の食べる姿ばかり見ていて、あまりお肉を食べない彼女が気になり俺は訊ねてみた。


「ん……ちょっとダイエット中だから、我慢しているけど……」

「ダイエットって、こんなに綺麗なのに痩せるんですか?」

「っ!」

「ん?」


 彩音さんは急に体をひくつかせて俺を見つめる。その視線があまりにも強烈だったため、俺は食べることも忘れて、固まってしまた。




「そうね……は私も食べた方がいいかもね」


「っ!」


 艶かしい声音、艶のある唇、ほんのり赤く染まった頬。


 今の彼女を漢字一文字で表すのなら「艶」

 

 女子高生にはない大人の雰囲気が俺も脳とを刺激する。


 別に彼女の言葉に深い意味はないはずだ。だが、彼女の表情は、想像力を刺激する魅力があるように思える。


 彼女は網の上でこんがりと焼けたお肉数点を自分の皿に持っていき、それらを色気のある捕食者のように食べていく。


 しばしたつと、俺はお腹いっぱいになり、彼女もお腹をさすっている。


 会計を済ませ(彩音さんのクーポンで実質無料)外を出た俺たちは、冷たい空気を吸って吐きながら繁華街を歩き始める。


 相当美人なお姉さんと食事して、こうやって二人並んで歩くという幸せ。


 俺は、幼い頃から、女子たちにはモテなかった。


 だけど、今は、俺がずっと気にしていたこの顔が、彼女に違和感を与えないいい働きをしている。

 

 本当、人生、わからないもんだな。


 でも、流れ的にはそろそろお別れの時間だ。

 

 次がまたあるから絶望感に打ちひしがれたりはしないが、俺は名残惜しさに歩く速度を下げた。


 彩音さんには俺が大人だと騙しているが、俺はレッキとした高校生だ。もうこれ以上この夜の街をうろうろするのはあまりよろしくない。


 と思っていると、前を歩いていた彩音さんがターンと踵を返し、微笑しながら言う。



「ちょこっと飲まない?」

「え?」


X X X


繁華街近くのとあるバー


「ふふ、ありがとう。付き合ってくれて。いつも通っているバーもいいけど、ここ、前々から行きたかったの。憲一くんと一緒なら問題ないから助かったわ」

「いいえ……」

「ところで憲一くんはアルコール飲まないの?」


 そう問われた俺、しばし考えたのち答える。

 

 高校生がお酒を飲むのはやっぱり……


「えっと、体を考えてアルコールはしばらくは飲まないようにしてます」


 と、俺に言われた彩音さんは、息を吐いて、自分のワインをぐいぐいと飲み込む。


 そして、少し頬を緩ませて口を開く。


「私を救ってくれた立派な体だものね。それは大事にしないと」

 

 不思議と彩音さんの声を聞いていると、とても落ち着く。


 なので、俺はいらんことまで口走ってしまった。


「は、はい……父さんも消防士だったんで、よく言われたんですよ。いつでも人を助けられるように健康な体を作れと……まあ、父さんは人を助けて結局亡くなりましたけど……」


「あら……そんな事情が……あったのね」


 俺の話を聞いた彩音さんはその美しい目を丸くし、口を半開きにする。

 

「気にしなくていいですよ!もう済んだことですから!あはは!」


 と、言って俺が誤魔化そうとしたが、俺の横に座っている彼女が急に俺の手を握り、自分の爆のつく胸に持って行く。


「っ!!彩音さん!?」


 俺の右手は完全に極上の柔らかさを誇る二つのマシュマロの間に沈んでしまう。


「ねえ、憲一くん」

「は、はい!」

「怖くなかったの?」

「え?」

「憲一くんのお父さんは人を助けてお亡くなりになったわよね?」

「はい……」

「私を助けた時になんともなかったの?」

「それは……」


 すでに姿が見えなくなった俺の手をさらに抑える彩音さんの真剣な眼差し。


 酒が入ったというのに、まるで、俺を逃さないとでも言わんばかりに、その眼光は実に鋭い。


 俺は素直な気持ちを彩音さんに伝えた。


「もちろん、怖かったですよ……でも、今の彩音さんを見ていると、助けてよかったなって思ったりもしますんで……」


 うん……ちょっと恥ずかしい。いや、だいぶ恥ずかしい。


 今の話し方、ぎこちなかったから、俺が嘘ついているの感づかれてないんだろうな……


 そう不安がっていると、




「っ!!!!!!!!!!」




 彼女は電気でも走っているのか、急に体をひくひくさせて、驚く様子を見せた。おかげさまで、周りの人たち、めっちゃ見てるんだけど……


 特にスーツ着ているサラリーマンたちが、俺をめっちゃ睨んでいる。


 まあ、俺の手、まだ彩音さんの胸の中にあるからな。


 マジで俺の理性飛びそうだから、そろそろ離していただけると助かる。


 そう思って、俺は彼女の顔を見て話しかけた。


「あ、あの……彩音さん、大丈夫ですか?」

「う、うん。私は大丈夫よ」

「よかったですね」

「っ!」

「ん?」


 今、またひくついたな。


 本当に大丈夫だろうか。

 

 さっき、ワインを一気飲みしたから酒が回ったのかな。


 だとしたら、家に帰した方が良さそうだ。彩音さんは美人だから一人だと心配で、家の前まで一緒に行った方が良かろう。


 そう判断した俺は、深呼吸していると、


「ねえ、憲一くんは彼女いるの?」


 俺の予想を遥かに上回る質問を投げかけてきた彼女に俺は……


「い、いないっすよ!そんなの!」


 うわあ、この話し方は童貞丸出しだな。


 一応、大人であるスタンスでやっているが、この反応は俺が見てもちょっと引くわ。少なくとも余裕かまして「今はいませんよ」みたいなことを言うべきだった。


 迂闊だった。


 まあ、しゃーない。


 俺高校生だから……


 でも、


「あら、そう?だったら、問題ないわね」

「え?問題?」







X X X


ラブホテル



きてしまった……

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