第8話 童貞卒業がもたらした変化

X X X


工藤家


憲一の部屋


 やってしまった。


 綺麗なお姉さんによって俺の童貞は奪われてしまった。


「マジかよ……」


 こういうのは俺と縁のないことだとばかり思っていた。


 ちょっと語弊があるかも知れないが、こんな甘酸っぱいことは、学校にいるリア充男女の占有物で、俺なんかがいくら努力しても味わえない領域だと考えていた。


 俺は全てが初めてだったから、ぎこちない動きだったが、彩音さんは俺の気持ちを察して、優しくリードしてくれた。


 だが、だんだん彼女の目の色が褪せ始め




 箍が外れて溢れてく気持ちを俺にぶつけるように、




 俺は



 

 彼女に飲み込まれてしまった。




 これはエッチではなく


 狩なのだと思うほど、


 彼女が俺に向けてくる愛は実に重く、ドス黒い。


 行為中に見せる彼女の視線。


 その視線は俺の体を絡め取るほど強烈であだった。



『ごめんね。憲一くん』

『い、いいえ……』



 行為が終わってからは、彼女は落ち着きを取り戻して、いつぃものおっとりとした女性になっていた。


 そのギャップがあまりにも俺の心を刺激したので、俺は、



『あ、あの……順番が逆になりましたけど、そ、その……俺、彩音さんを見て、一目惚れしました……ですので、お、俺と……』


 内田に振られて一年経った俺は、この美人お姉さんに告白をしようとした。


 だけど、


『ごめんなさいね。それはちょっと……』

『え?』


 一瞬トラウマが蘇った。


 そう。


 俺は二度もフラれたのだ。


 だけど、今回はそこまで胸の痛みが長続きしなかった。


 なぜなら、裸状態でベッドに横たわる彩音さんが


 上半身を起こして、穴が開くほど俺をじっと見つめては、



『でも、憲一くんさえ良ければこの関係、続けていいと思うのだけど』



 まるで俺を逃さないとでも言わんばかりにマジェンタ色で俺を捉える彼女。


 なので、彼女で童貞を卒業して間もない俺は、


 断るわけがなく、


『はい』


 まるで催眠にでもかかったかのように頷いた。


 彼女と激しく交わってから、俺は早速家に帰り今布団を被ってから余韻に浸かるように激しく息を吸っては吐く行為をひたすら繰り返している。


 幸い、母さんはまだ帰ってきていない。


「マジかよマジかよマジかよマジかよマジかよマジかよ……」

 

 俺はこの前のように激しく布団を蹴りまくった


 この熱すぎる気持ちが落ち着くまでは数十分ほどがかかった。

 

「ん……」


 彩音さんとの行為の後のように賢者モードに入る俺。


 思えば、今までの自分が未熟だったのではという疑問が頭を掠める。


 内田から振られてからの俺は、まさしく無様だった。


 もう彼女なんか作らないだの、一生童貞貫いてやろうだの、実に情けない世迷言並べ立てて、絶望に打ちひしがれていた。


 でも、


 俺と彩音さんは、いわゆるセフレ関係になったのだ。

 

 つまり告白を断られたのは、俺の存在の全否定ではなく、事情があるのではないだろうか。


 ふとそんな根拠もない考えをしてみる。


 ずっとクラスで内田を見るたびに心が痛くて、過去の黒歴史が蘇っていた。彼女にろくに話もできずに断られたという事実に傾倒していた。


 しかし、


 彩音さんに出会って、いろんな話をし、体を重ねてからは、


 そんな悩んでいる自分がバカらしく思えてきた。子どもらしく思えてきた。


 別にフラれた程度で落ち込むことはない。


 だから、俺は、内田を


 俺を振った女を


 ごく普通の女の子(学校で自他ともに認める美少女)として見ることにしよう。


 にしても母さん遅いな。


 心配になって、電話をかけたが、仕事仲間と飲んでいるとのことだったので、俺は安心して眠りにつくことができた。



X X X



月曜日


学校

 

 今日もいつものように授業を受けて、裕翔とご飯を食べて、放課後となった。


 いつもの日常。


 そしてちょっと変わった彼女。


 内田が後ろを振り向く回数が増えた。


 ホームルームの時も、授業中も、内田さんは断続的に首を動かし、俺の近くを見てきた。


 数回目があったりもしたが、まあ、俺じゃなく他のところを見ていたのだろう。


 変な勘ぐりはしまい。


 そう密かに決心してから俺は裕翔と教室を出ようとしたら、


「憲一ごめん!俺、また用事があって……」

「父さんの仕事?」

「ああ。ちょっと人手が足りなくてな」

「俺も手伝おうか?」

「俺一人で十分だよ。でも、猫の手でも借りたいほど忙しくなると頼むかも……」

「おう!いつでも声かけてくれよ!」


 と、俺がサムズアップしていると、裕翔はいそいそ教室を出る。


 俺もそろそろ行こうと思って足を動かそうとしたが、


 急用があるのは


 どうやら裕翔だけじゃないらしい。


「璃乃ちゃん!ごめん!私、急用が出来ちゃったの!日直どうしよう……」


 内田と連んでいる二人の女友達のうちほんわかした感じの女の子(柳澤恵)が頭を下げて、内田に謝罪してきた。


 今日の日直は内田と、あのほんわかした感じの柳澤。


 日直は必ず二人でやらないといけないという厳格なルールがあるため、一人でやるのはもってのほかだ。


「ううん。急用があるなら仕方ないわね。えっと」


 内田は、ほんわかした感じの柳澤ではなく、切れ長の目が印象的な他の友達を遠慮がちにみる。


 すると、その切れ長の目の友達は、


「えっと、正門で彼氏待っているけど、ちょっと遅れると連絡するね」


 残念そうにため息をつく切れ長の目をした子を見て内田は、


「ご、ごめん、美波!そういえば今日彼氏とデートするってこの前言っていたよね?私のこと気にせずに彼氏のところに行って全然いいから!」

「い、いや……」 


 美波はちょっと困ったかのように、顔を顰める。


 すると、

 

 彼女らの会話に耳を立てていた男子たちは、


「お、俺が代わりにやってやるよ!」

「い、いや!俺が!」

「俺も!」


 内田を普段から狙っている男子たちが迫ってきては目力を込めてほんわかした感じの柳澤に話かけてくる。ちなみに男子たちは時々、チラチラと内田の胸を見ては、いやらしい視線を送ってくる。


「え?ちょ、ちょっと……」

「……」


 ほんわかした感じの柳澤と内田が困ったように男子たちを見ている。


「ほら!下心丸見えじゃん!あっちいけよ!」

 

 切れ長の目が印象的な美波がさらに目を細めて男子たちを追い払うべく手をブンブン振り始める。


 だけど、男たちは一向に下がらない。


 戸惑う内田。


 無理もない。


 内田は清楚系美少女として男達の間ではかなり有名だ。

 

 同じクラスである事を利用してなんとかいい思いをしようとする輩は多いのだ。

 

 彼女は視線をあっちこっちにやっては、困ったようにため息をついた。そんな彼女の顔を見ていると、


 内田と俺の目が


 合った。

 

 ほんの一瞬だったが、彼女は一瞬目を潤ませて、か弱い姿を曝け出したが、やがて何か悟ったらしく、急に暗い表情で頭を下げた。


 俺が悩む理由はない。


 下心とか、トラウマとか、もう残ってないから、俺は自由だ。


 


 さんが俺に自由をくれたのだ。


 なので、俺はあの集団に近づき、


 口を開く。


「柳澤、俺がやるよ。内田が迷惑なら、代わってくれそうな女の子探すの手伝うから」


 俺に言われた内田と友達二人は、口を半開きにして、驚いた顔で俺を見つめる。


 まあ、断られても致し方あるまい。


 内田にとって俺は、隣にいる男達と同じレベルの人間だろう。


 そう思わせるような事を、俺は内田にしたから。


 そう思っている俺の気持ちなんか知るはずもない内田は、


 急に頬を赤らめて


 人差し指で俺を指し、視線を逸らしてから言う。



「工藤くん……お願い。一緒に日直……やってくれたら助かるかも……」



「「っ!!」」


 どよめきが走った。


「え、えっと……工藤さん……ありがとうございます!お、お願いします!」


 ほんわかした感じの柳澤はペコペコと頭を下げて、感謝の言葉を言ってきた。


 そして、切れ長の目の美波は


 俺は見て


 微かに口角を吊り上げる。


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