第9話 二人は口角を吊り上げる

 内田からご指名をいただいたということもあって、全員が帰った教室の中で俺と内田は日直の仕事をやっている。

 

 内田を狙っている男からめっちゃ睨まれていたけど、切れ長の目の美波が強引に彼らを解散させた。正直助かる。


 俺が椅子を机の上にあげると、内田が箒と塵取りで掃除を始める。


 特に交わされる会話もなく、無言のまま俺は作業を続けて行った。


 昔の俺なら、超気まずさマックスに達して、モジモジしながらもワンちゃんあるんじゃねみたいな下心を持つようになったと思うが、俺の頭には彩音さんとの出来事で頭がいっぱいだから、過去の出来事にこだわって精神をすり減らす余裕はない。


 なので、俺はひたすら自分に課された仕事を黙々とこなしてゆく。


 すると、


「あ、あの!工藤さん!」

「お、おう!」

 

 びっくりした!


 色々考え込んだせいで、内田に呼ばれるというシチュエーションは全然想定しなかった。


 俺が声がした方に目を見やると、少し離れたところから内田が俺を見てちょっと恥ずかしそうに言う。


「なんか、ここ最近、工藤くんって変わったね」

「俺が、変わる?」

「う、うん……」


 変わったか。


 心当たりがないというわけではないけど、それを内田に言われるとは全然思わなかった。


「ま、まあな……」

 

 俺が止まって返事をしてからまた作業を続けると、内田はモジモジしている。


 俺はここ数日、彩音さんのおかげで、いろんなことを学んだ。


 その結果、自分がこれまで内田に対して取った態度が彼女にプレッシャをかけていたのもわかるようになった。


 なので、その謝罪をするべく、俺はまた作業を止めて口を開く。


「なあ、内田」

「うん?」

「ごめん」

「え、な、なんで謝るの?」

「俺、一年前に内田に振られてから、ずっとそれ気にしていて……二年生になって同じクラウになっても、無意識のうちに内田さんをじっと見たりして、結構不愉快な思いをさせたと思う」

「え?」


 内田は目を丸くし、驚いた様子を見せたのち、手をブンブン振り出す。


「い、いや!そんなこと全然ないから!むしろ、私こそごめんね!告白断って嫌な思いさせちゃって!」


「ううん。そんなことないよ。むしろ俺の方こそ、内田の気持ちなんか全然考えず告ったからな。あの時は俺の配慮が足りなかった。それに……」


 俺が一旦切って呼吸を整えていると、内田が透き通ったマジェンタ色の目で俺を捉えて続きを視線で促す。



「それに?」



「それに、辛いこともあったけど、もいっぱいあったからな!だからありがとう!」


 と、俺はにっこり笑って明るい表情を向けながら返事をした。


 すると、


「っ!!」


 彼女は一瞬上半身をひくひくさせる。


 なぜあんな反応をするのかはわからんが、実際、俺は内田によって自分の未熟さを知ることができた。

 

 だから、いつか、この気持ちを彼女に伝えたかったけど、こんなに早く俺の念願が叶うなんて、正直に言って嬉しい。


 これでやっとスタートラインに立った気がする。


 別に彼女にまた告白するとか、そういう邪な気持ちではなく、対等な立場でコミュニケーションが取れる状態に戻れたって意味だ。


 俺が安心したように息をつくと、内田が落ち着かない様子で、上目遣いしてきた。


 距離的にちょっと離れたところにいるから内田の体が全部見えて、これはこれで……


「いいことって、彼女できたりとか?」

「い、いや!そんなの全然いないから!」

「そ、そうなんだ……


 俺が頭を横に振り、両手を振りながら切羽詰まった表情をしていたら、内田はいきなり頬を緩めてその巨や爆のつく胸を優しく撫で下ろした。


 仕草一つ一つがとても可愛すぎるんだが、俺はわざとらしく、咳払いをして、内田の機嫌が損なわれないように目を外してから口を開く。


「また今日みたいに困ったことがあれば、言ってくれ。できる範囲で助けるから」

「う、うん……ありがとう」

 

 それっきり、俺は黙々と椅子の整理やゴミ出しなどをしながら日直の仕事を終えた。


 先生に確認してもらってから、俺たちは流れるように、一緒に学校を出た。


 部活の男の連中からめっちゃ睨まれたけど、まあ、正門出たらすぐ醤油買いにスーパー行かなきゃだから、誤解しないでくれると助かる。

  

「工藤くんはこのあと何する?」

「俺?まあ、スーパー行って醤油買うくらいかな?母さんに頼まれちゃってな」

「そうなんだ。ちゃんとお母さんの言うこと聞くから、工藤さんのお母さん喜びそう!」

「いつものことだよ。俺、母子家庭だから。母さんにはあまり迷惑かけたくないんだ。こんぐらいはやらんとな」



「っ!!!!!!!」



 内田が止まって目をカッと見開く。


 その面持ちからは、若干の戸惑いと期待が込められているように思えてきた。



「内田?どうした?」


 俺が心配になって聞いたが、彼女はなんだか嬉しそうに答える。


「じ、実は……私も母子家庭なの……」

「え、そう?」

「う、うん……でも、これ言うの工藤くんが初めてだから……だから……」

「あ、別に周りには言わんよ。だから心配しなくてもいい。ちょっと気まずいよな。周りに母子家庭って知られたら」

「そ、そうね……」


 てっきり、漂わせる雰囲気からしていいところのお嬢さんだと思い込んでいたが、どうやら俺は勘違いをしたようだ。


 でも、別に母子家庭だからと言って、周りに白い目を向けられるのは間違っている気がする。


 俺の父さんは人を救って死んだ。


 なのに、事情もわからないまま頭ごなしに母子家庭を悪く言う連中は、考えの浅い人だと思う。


 きっと、内田にも色々事情があるのだろう。


 でも、それを詮索したりするのは間違っている気がする。

 

 同じ母子家庭だという繋がりはあるが、それを利用して何かを得ようとするのは、さっきの男たちと同じやり方だ。


 なので、俺は内田と反対方向を向いて手をあげる。


「俺、スーパー行くから、また明日な」

「う、うん!また明日ね!」


 そう言って、俺は早足で歩く。


 後ろは見えないが、視線を感じる。


 一瞬後ろを振り向こうかと思ったが、携帯が鳴ったので、俺は前を向いたままスマホを取り出した。


 すると、そこにはアインメッセージが届いていて、


 送ってきた人はもちろん



『内田彩音さん』




 俺は口角を釣り上げる。





X X X


内田璃乃side


 彼女は逞しい憲一の背中を穴が開くほど見つめている。


 まるで、長年心の奥底に放り込んでいた気持ちが外に溢れ出るように。


 彼女は息を荒く吸って吐き、目は色褪せている。


 彼女の口角は





 憲一と同じ、吊り上がっている。










追記




次回は璃乃ちゃんのきゃわいい姿が見れますので期待してください!


 




 

 


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