第13話 憲一は忙しい
憲一side
学校の正門
人は成長するものだ。
そして人は予期せぬことで変わる生き物である。
現に俺は彩音さんと週に何回かあって、いけないことをしている。
昔の俺なら、幸せすぎて飛び上がるほど嬉しがっていたはずだが、今や彼女と関係を持つことは、もはや常識となりつつある。
当たり前のこと。
そして、
高校生である俺が、あんな美人を満足させられてることへの満足感と支配欲。
「今日の合コン、かわいい女の子めっちゃ多いってよ!」
「まじワンちゃんあるんじゃね?」
「童貞卒業する的な?」
「ったく、童貞童貞言うやつに限って卒業できないんだよな」
「ひっでえな〜そういうお前はどうなんよ!」
「俺はな、まあ、お前みたいな童貞に言っても通じないか〜」
「んなよ!その上から目線は!」
陽キャ男子集団が実に陽キャっぽい会話をしながら歩いている。
髪を染めた人もいれば、わざと着崩して「遊んでる感」を全面に出した人もいる。
「嫌だな、あんな会話」
俺と一緒に歩いている裕翔が陽キャ集団を見て不満げに漏らす。
まあ、裕翔の気持ちはわからんでもない。
俺たちみたいなあまり目立たない男子高校生の場合は、ああいう色恋沙汰とは無関係であるから、聞いててヤキモキするするのは当然だ。
露骨な言い方だと、嫉妬。
「まあ、そういう年頃だしな。ほっとけば?」
「おお……」
「どうした?」
裕翔が俺の話を聞いて、口を開けて憧れの視線を送る。
「い、いや、憲一の態度、すごく大人だなと思ってね」
「まあ、普通だろ?」
と、俺がこともなげに言うと、裕翔はまた空を見上げて呟く。
「きっと、近いうちに裕翔にもいいことが起こると思おうよ」
「……」
確か、この前も「そのうち、憲一にもいい人できると思うんだよね」と言っていたよな。こいつ。
んで、彩音さんという素敵な人と巡り会えた。
いいこと……
今も十分いいことだらけだからな。
と、考えながら俺と裕翔はクラスの中に入る。
「あ、工藤くん!おはよう!」
「お、おう。おはよう」
クラスに入って、俺の席に座れば、二人の友達(ほんわかした感じの柳澤恵、切れ長の目が印象的な霧島美波)と話ていた内田が俺の方へとやってきて挨拶してくれた。
こんなふうに直接俺の席にまできたのは初めてだ。おかげで周りの男子たちめっちゃ睨んでるしよ……
「あ、あの……」
「うん?」
「話があるんだけど……」
話か。それって授業が始まる前にやらないといけないのか。昼休みにはできないのかと、いろんな考えが脳裏を過ぎる中、急に誰かが俺たちの会話に入り込んできた。
「ううう、内田さん!話なら俺にしてくれ!」
「「はあ?」」
普段から内田を狙っているお調子者によって、俺たちの会話は途絶えてしまう。
「工藤より、俺の方がもっと面白いから!」
と、そのお調子者は手をブンブン振って言った。
ま、まあ……確かに俺はあまり面白くない人間なんだが、急に割り込むなんて、迷惑なやつだ。
きっと、内田に振られる前の俺なら、こいつを呪っていたと思うが、今の俺は至って冷静だ。
話し相手が内田じゃなくて裕翔だとしても、俺は今と同じ感情を抱いていただろう。
「い、いや……私は工藤くんに用事があって……」
「じゃ、じゃ!俺も混ぜてよ!」
「そ、それは……」
困ったように視線を左右にやる内田。
うん……ちょっと気まずいかも。
俺が「こいつ何やってんだ」みたいな顔でお調子者の男子の顔を見ていると、
授業を知らせるチャイムが鳴った。
それと同時に先生が入ってくる。
「早く席に戻れ!」
野太い声にクラスの男女はいそいそと各々の席に戻る。
そして、
「っ!!」
俺は驚いた。
内田は放射能廃棄物でも見ているかのように、そのお調子者の背中を睨んでいた。
正直鳥肌がたった。
あんなに優しくて物腰柔らかな美少女があんな顔をするなんて……
冷め切ったマジェンタ色の目から放たれる鋭い視線には鬼気迫るものがあった。
だけど、すぐに表情を変え、いつもの感じに戻り、内田は席に戻る。
X X X
放課後
今日も裕翔は父の仕事を手伝うためにそいそと学校を出た。
なので、俺はゆっくりと授業のノートとかを片付けてから、立ち上がった。すると、
また内田が俺に近づいてきた。
「工藤くん!」
「お、おう……」
今は人がほとんど帰ったので、周りから見られることはあまりない。
「も、もし、時間あれば、ちょっと話さない?えっと、カフェとかで」
「ん……なんか大事な話でもある?」
「そうじゃないけど、えっと……工藤くんとはなんか波長が合いそうだし、話たいなって思って……」
落ち着きのない様子で話す内田。
柔らかそうな黒髪は揺れており、真っ白な肌と端正な目鼻立ち。そして、爆乳とそれとよく調和するボディ。
うん。
確かに可愛いな。
向こうにいる二人の友達(柳澤と霧島)は、意味深な表情を俺に向けている。
昔の俺なら飛び跳ねるほど喜んだんだろうな。
でも、
「ごめん、俺、用事あるんだ」
「え?」
「じゃ、また明日な」
「く、工藤くん!?」
「ん?」
当惑した声音で名前を呼ばれた俺は、足を止めて振り向く。
「またお母さんからの頼み?」
「ううん。今日は違うやつ」
「……」
俺は踵を返して、そのまま教室を出る。
柳澤と霧島の視線が痛いけど、俺はスルーして足速に廊下を歩く。
用事。
彩音さんとのデート。
今日は彩音さんがいつも通っているバーで一緒に飲む約束をした。
もちろん、俺はアルコールの入ってないやつを飲むけど、酔っ払った彩音さん、めっちゃいいんだよな。
と、思いながら口角を吊り上げていると、この間助けた柊優奈が見えた。
「あ、」
と、柊は俺を見るなり、止まって、俺をじっと見つめる。
助けたにも関わらずボロクソ言うような女だ。
まあ、なるべく関わらないようにするのが吉だろう。
そう思った俺は、歩く速度を下げずに廊下を通ろうとした。
が、
「あんた」
「?」
彼女に呼ばれた。
なので、俺は振り向くことはせず、足だけ止める。
「ちょっと付き合って。どうせ暇でしょ?」
「俺は忙しいだ。勝手に判断するな」
「なっ!」
と、俺はさっきよりも早いスピードで、昇降口へと向かう。
これくらい言っておいた方が良かろう。
早く家に帰って、母さんの家事手伝ってから筋トレして、宿題終えて彩音さんに癒されようじゃないか。
うん。
実に充実したプランだ。
X X X
夜
バーの前
『ごめん憲一くん……私、ダメなの……』
「え?」
『執筆頑張りすぎて、体がおかしくなっちゃって……』
「そ、そうだったんですか……」
『会いたかったのに……私ったら、憲一くんを思い浮かべたら捗りすぎて……自重すべきだったわ』
「俺は大丈夫ですよ。彩音さんの体の方が大事だから。ゆっくり休んでください」
『ありがと……』
「そんじゃ」
と、俺は電話を切った。
まあ、こういう日もあるさ。
むしろ今までがうまくいきすぎたんだ。
ていうか、俺、彩音さんの小説のネタにされてる?
うん……どんな小説書いているのか、治ったら聞いてみるとしよう。
なんかボイスがラブする的なやつじゃないんだろうな。やだ。ちょっと聞くの怖くなった。
と、俺は深く息を吐いてから、このバーを背に去ろうとした瞬間、
「なめんじゃねーぞ!すっげかわいいからと言って、調子に乗るんじゃねー!」
うん……
聞いたことのあるセリフだ。
間違いなくあのバーから聞こえてきたんだな。
「今回はちゃんと撮影しとこっと」
俺は、携帯を取り出してカメラアプリを開き、ボタンを押して、打ち合わせ場所であるこのバーの中に足を踏み入れた。
追記
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