第12話 二人の美女の会話
間も無くして美人バーテンダーはレモンを挟ませたグラスに酒を入れ、それを彩音に出した。
「ありがとう」
彼女が礼を言うと、バーテンダーが拗ねたような表情で口を開く。
「んで、ここに顔を出さなくなるほどいいことって、やっぱり男?」
「どうなんでしょうね」
「何その遠回しの言い方」
「……」
曖昧な態度。
彩音は無言のままカクテルをちびちび飲み、深々とため息を吐く。
そんなバーテンダーは彼女を慰めるために探りを入れてみる。
「確か、あんた娘いたよね?」
と、バーテンダーに聞かれると、彩音は頷く。
「別にいいんじゃね?夫はもういないし」
「そうだけど……」
「ん?」
体をもじもじさせる彩音。
その姿もまた魅力的なので、後ろに座っている男性客は再び彼女にいやらしい視線を送るが、バーテンダーはまた彼らをねめつけて警告する。
彩音が通うバーはここだけだ。
ただ一人で飲みたいだけなのに、男達のが邪な感情を持って、彩音に近づくため、嫌気さ刺したが、ここには、この美人バーテンダーさんがそんな輩を全部追いやってくれるので、彼女は周りを気にすることなくくつろげるのだ。
このバーテンダーには自分が官能小説を書く作家であることも、夫が病死して亡くなったのも全部話した(名前とかの個人情報は言ってないが)。
つまり、この二人に利害関係がないので、ある意味友達ともいえよう。浅い関係ではあるが。
だからこそ、彩音は言ってみることにする。
「最近、いいなって思う人がいて」
「ほうほう」
「でも、あの子は大学生なの……」
「え?マジ?」
一瞬、バーテンダーは目を丸くし、ガラスを磨いている手を止めた。しかし、決して彩音を嫌悪するような視線を送るわけではなく、むしろ興味深々様子で、ガラスを棚にそっと置いてから前のめり気味に、話す。
「きっかけは?」
「……火事から、私を救ってくれたの」
「え?火事?家でも燃えたの?」
「そうじゃなくて」
彩音は、あの出来事について簡潔にまとめてバーテンダーに話した。
「すごいじゃん!あの男!そりゃ惚れるわね」
「う、うん……」
美人バーテンダーは頬を緩めて彼を称賛した。
本来なら、高校生の娘を持つ未亡人が結構年の離れた男といい関係になることに抵抗を覚える人は多かろう。
だけど、このバーテンダー・柊奈津子は違う。
「頑張りなよ。あんた、20代半ばくらいにしか見えないからな」
「奈津子さんも同じのくせに」
「まあ、だから、男性客が絡んでくるからうざいんだけどね。こっぴどく言わないと、ハエみたいにまたくっついてきて、マジで殺虫剤で殺したいくらいよ。話だけ聞く分には全然いいけど」
「奈津子さんが魅力的だという証拠よ」
「ふん~」
と、奈津子はまんざらでもない表情を浮かべる。でも、やがて、真面目な顔を作り、彩音に話し出す。
「所詮男は、浮気とエッチな事しか考えない生き物よ。年取れば取るほどもっと酷くなるからね。だから若い男捕まえて養うのもありかな。中年男子が若い女と結婚することは社会的に許されるからその逆があっていいでしょ?しかも、あんたはとても綺麗だから。大学生さえも、惑わせるほどにな」
と、奈津子に言われた彩音はふむふむと頷きながら、つぶやく。
「逆があってもいい……言い得て妙ね。ふふっ」
妖艶な表情の彩音に奈津子は微苦笑を混ぜながら聞く。
「もっとも、手放す気、ないでしょ?」
「どうでしょうね」
頬をほんのり赤く染めた彩音の顔は、バー独特の薄暗い照明と相まってその美しさが際立っている。
そして漂ってくるフェロモンの匂い。
奈津子は彼女の匂いを嗅いだとたんに気が付く。
これは、
一人の女が、一人の男に完全に支配され愛されている時に放つ匂いだと。
「あんた、見かけによらず、大胆な事するね」
ほくそ笑んで探りを入れる奈津子に彩音は、ただただ笑うだけだった。
だが、
そのマジェンタ色の目は獲物を狙う蛇のごとく研ぎ澄まされていて、そんな彼女を見つめる奈津子のお腹もだんだん熱を帯び始める。
「私も若い男欲しいな」
と、奈津子は自分の願望を彩音にだけ聞こえる大きさで呟いた。
すると、彩音が彼女の青い瞳を捉えてそのツヤのある唇を動かす。
「奈津子さんもできるわよ。だって、綺麗だから」
「ふふ、そうね。私も、狙ってみようかな」
と、二人は目を合わせて笑いあう。
「はあ……やっぱりあの二人すっげ綺麗だな」
「若い上に、気品があってさ……今どきの女の子と全然違うけど、そこがすごいんだよね」
「二人とも20代だろ?」
「でも、近づかない方がいいよ。あの美人バーテンダーさん、マジこええから」
と、彩音と奈津子がどんな話をしているのか知るはずもない男性陣は、彼女たちを遠巻きに見るだけである。
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