第15話 可愛い子
深夜
もう店はとっくに閉まっている街並みを眺めながら、俺は夜空に浮かぶ月を見上げ呟く。
「ああ……これが俺の人生における全盛期……」
結論から言うと、俺は奈津子さんと激しく交わった。
彼女はギャルっぽい見た目でとても活発で気の強い性格の持ち主だ。つまり、彩音さんとは真逆。
正直、彩音さんで経験積まなかったら、マジでやばかった。
それほど、
奈津子さんは
「すごかった……」
あの目つきは
俺の全身を麻痺させてあまりあるほど鋭く、力強く、俺の本能をくすぐるほど魅力的だった。
静まり返るこの夜道の風景がリアルか幻想かも区別がつかないまま、虚な目をしながら、疲れた体を落ち着かせるように俺はゆっくりとした足取りで家へと向かう。
だけど、
心の中から込み上げてくるこの高揚感を隠せるすべはなく、だんだん気持ちが昂ってくる。
二人の女性と関係を持ってしまった。
どちらもとても美人で、一生俺と縁のなさそうな女性。
だけど、彼女いない歴=年齢で、内田に振られてしまった俺だが、
二人を満足させることができた。
そのことを思い出すと、
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
叫ばずにはいられまい。
「うるさい!!!!クッソ酔っ払いが!!!」
ああ、ここ住宅街だったよな。
「すいません!!!!!!!!!!」
「だからうるさいっつってんだろ!!!!!」
「……」
俺は黙って歩く速度を上げた。
ごめんなさい。
でも、俺、この嬉しい気持ちを打ち明けられる存在が一人もいないんですよ……
だけど、陽キャみたい「俺、超モテて、女子ともよく遊ぶんだよな」とふんぞりかえって相手を馬鹿にしたりはしません。
俺は、二人とやったとしても、工藤健一だから。
X X X
璃乃side
内田家
「全く……お母さん無茶しすぎよ」
「ごめんね……はあ……まだ熱い……お腹が熱い……」
「……お腹のアイスパック、もうぬるま湯になっちゃってる」
璃乃は、彩音のお腹に置いてあるアイスパックを持ち上げて温度を確認したのちドン引きした顔で言う。
仕事だから仕方ないことだと割り切ろとするも、あまりにも自分の母がいつもより舞い上がっていたから、ちょっと不思議な表情を向けるが、余計な詮索は良くないと思った彼女は踵を返した。
「何かあれば言ってよね」
「ありがとう……ごめんね。迷惑ばかりかけるお母さんで……」
「いいよ。仕方ないことだし」
そう言って、璃乃は部屋を出てソファに腰掛け、ぬいぐるみを自分の両太ももに挟んで暗い表情を浮かべる。
原因は一つ。
彼の反応。
『またお母さんからの頼み?』
『ううん。今日は違うやつ』
今日それとなく探りを入れてみた。
すると、彼は意味ありげな返事をした。
一体何があるんだろう。
「ん……気になる」
でも、この間、彼は彼女なんかいないと断言した。
そう。
彼には彼女はいない。
そのことが自分の心に一時の安らぎを与える。
「そうよ。きっと男ともだちと遊んだりしたんでしょ……」
と、自分に言い聞かせるも、根本的なところはまだ解決されていない。
彼はとても真面目な人だ。
だから、きっと今は健全な生活を送っているに違いない。
だけど、
彼に想いを寄せる女性が現れないとも限らない。
「でも、憲一くんは、こういう言い方は悪いかもしれないけど、ちょっと老けているし……ずっと彼女いなかったから……」
と言って、自分の大きすぎる胸を撫で下ろしては、色っぽく息を吐く。
「はあ……憲一しゃま……イケメンになっちゃダメ……今のままがいいから……」
火照った体と甘美なる息。
彼を振った事実も忘れて、璃乃は明日、彼に会えるという事実に喜びを感じるばかり。
すっかり深夜だというのに、璃乃の潤んだマジェンタ色の瞳には疲れという要素はない。
X X X
柊家
奈津子が家に入った。
内田家と比べたら小さいが、二人が住むのには問題ないマンションである。
今の時間なら自分の娘はとっくに寝ているはずだが、照明がついている。それを不思議に思った奈津子が、照明のついている居間の方へ行くと、ちょうどソファに寝巻き姿の自分の娘が座っていて携帯をいじっている。
まるで自分が来るのを待っていたとでも言わんばかりに、優奈は奈津子をチラチラ見てくる。
「優奈。どうした?」
「ふん……ちょっとね」
「言ってみろ」
「なんでもない」
「あっそ」
「……」
と、疲れ気味の奈津子は早速シャワーを浴びるために風呂場に入った。
二度目のシャワーを終えた彼女がさっぱりした感じで露出多めの部屋着を着て再び居間の方に行くと、
そこにはまだ優奈がいた。
「早く寝な。遅刻するから」
「……」
「何?」
煮え切らない表情の自分の娘を見つめる奈津子。
どう見ても姉妹にしか見えないこの二人の間には、妙な雰囲気が流れていた。
だが、とうとう我慢できなくなった優奈は口を携帯をいじりながら口を開く。
「男はみんなクソよ」
「……」
「嘘つきで、エッチで、獣で、ばかで……」
「優奈!」
「っ!なに」
俯いて怨嗟の声でいうと、奈津子がまったをかけた。
「パパのことは忘れろって言ったろ」
「……」
「世の中にはパパみたいなろくでなしばかりいるわけじゃないから」
「それは、そうかもしれないけど……」
「ほお」
いつも男を無視する優奈が初めて肯定した。
そうかもしれない。
娘の口から発せられたこの言葉を聞いた奈津子は驚いたように目を丸く見開く。
「学校とかで気になる男でも見つかった?」
「っ!!」
「ふふ、わかりやすい」
「うっさい!」
優奈は眦を細めて自分の母を睨め付けたが、奈津子は頬を緩めてそれを愛嬌として受け止める。
「優奈はかわいいから、アタックすればイチコロだと思うよ。でも、できれば、の話だよね」
と、わざとらしく挑発するように言う奈津子。
「ふん!あんなパッとしないやつ、なんで私がアタックしないとなんないわけ?まじウケるんだけど?」
「優奈」
「はあ?」
「いくら綺麗でかわいくても、そんな態度だと、いつか足をすくわれるから」
「っ!ママに言った私がばかだった!もう寝る!」
と、優奈は立ち上がり頬を膨らませて自分の部屋へと歩く。
そんな自分の娘の後ろ姿が愛くるしいのか、優しく微笑んで、安堵のため息をつく奈津子だった。
「可愛い子」
追記
娘たちがいないとこの話は成り立ちません
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