第16話 食い違い
数日後
学校
「憲一」
「……」
「憲一!」
「……」
「憲一!!」
「っ!びっくりした!なんだよ、裕翔。急に大声出して」
「いや3回も呼んだけど……」
「そ、そうか」
自分の席でぼーっとしていると、俺の幼馴染である裕翔が大声で俺の名前を呼んできた。
まだ授業が始まる前なので、クラスの中は結構騒然としている。だから裕翔の声はそんなに遠くまで届いたりしないが、俺の耳は敏感に反応してしまった。いや、3回呼ばれた時点で気づいたから俺もどうかしたようだ。
「最近の憲一はなんだかずっとぼーっとしているんだよな。何かあった?」
「ん……」
俺の人生を変えるような出来事が二つも起きたわけだが、残念なことにそのことをこいつには言えない。
「特になにもねーよ」
「本当?俺が父さんの仕事を手伝う間に何かなかった?」
「……」
俺は無言のまま気まずそうに目を逸らす。
こいつは本当に大切な友達で、亡くなった俺の父さんに救われたやつだ。だから、父さんのことをよく知っている彼と一緒にいるだけでも、俺は心の安らぎを得ることができる。
「まあ、言えない事情もあるだろう」
「裕翔……」
「でみさ、思い詰めるのは良くないよ。いつか悪いことが起きるから」
「ま、まあ。そうだな。お前の言う通りだ」
と、俺は微苦笑まじりに言うと、裕翔は笑顔で続ける。
「でも、なんだか今日は憲一にいいことが起きる気がするんだよな」
「なにそれ?占いか何かか?」
「別に、そんなんじゃないけど、なんとなくかな?」
いいことか。
今も十分いいことだらけだぜ。
そう思いながらふと前の方へ目を見やると、
内田と目があった。
赤よりのマゼンタ色の瞳に写っているのは間違いなく俺の姿。
彼女は優しく微笑む。
本当に綺麗だよな。
いつもの姿も綺麗だが、こうやって笑っている時の彼女の姿は、
俺によって快楽に落ちていく彩音さんの姿。
「んなわけあるか!!」
「っ!憲一……どうした?」
「い、いや……なんでもない……」
俺が頭を抱えてため息をついていると、裕翔が心配そうに俺を見つめながら俺の耳に聞こえない程度の小声で何かを呟く。
「早く憲一にも彼女を……」
予鈴が鳴る。
X X X
放課後
今日も裕翔は父の仕事を手伝うために先に下校。俺もゆっくりとした感じで教科書をカバンの中に詰めていると、内田と連んでいる友達のうち、切れ長の目が印象的な霧島美波が俺の方にやってきた。
「工藤!」
「ん?」
彼女も内田と一緒にいて違和感ないほどの美少女だ。そんなカースト最上位に君臨する霧島と話したことはほとんどないから俺は小首をかしげる。
「ちょっと、委員会の仕事、手伝ってくれる?プリント多くてね……ジュース奢るから!ちなみに璃乃もいるよ」
うん……なぜ内田が出てくるのかは甚だ疑問だが、今日は夜に、この間のバーで彩音さんと飲むこと以外、予定はない。
「いいよ。重いもの運ぶなら手伝うから」
「ふふっ、ありがとう!助かる」
霧島は、手を叩いて喜んでくれた。でも、気のせいかもしれないが、彼女の目は俺を試すような色を孕んでいる気がする。
まあ、試すも何も。
さっさと手伝って彩音さんと楽しく遊ぼうではないか。
そう思いながら、俺は席から立ち上がった。
X X X
「……」
なんで俺と内田が一緒にプリントを運んでいるの?
別に俺一人で十分だけど。
と、思ったのだが、霧島が俺と内田に押し付けてくるものだから、仕方なく二人で廊下を歩いているところだ。
なんというか、
周りからの視線が痛いな。
別に好きでやっているわけでもないのに、内田を狙っている多くの男子が俺を睨んでいる。
特に、俺のクラスの陽キャ集団のうち、顔を染めている橋本に限っては殺気立った視線を俺に送っている。
こいつも、表面上は隠しているが、内田を狙っている。
『ったく、童貞童貞言うやつに限って卒業できないんだよな』(13話参照)
登校している途中、上から目線で自分の友達を見下した嫌な感じの陽キャである。
別に目立つこと自体に関してはどうでもいいが、ああいう奴は正直に苦手だ。俺は陰キャじゃないが、ああいう態度がでかい奴と俺は波長が合わない。
別に男に限った話じゃなくて、女の子も、いくら美少女でも性格悪ければ魅力がなくなる。
柊がその例だ。
と、複雑な表情でため息をついていると、職員室に到着した。
プリントを先生に渡して外に出ると、内田がモジモジしながら口を開いた。
「私、美波からお金もらったから、ジュース買いに行こうね」
「お、おう」
X X X
俺と内田は人気が少ないところにある(いわば穴場)自販機に行ってジュースを買った。
ジュース買うなら購買部行って買えばいいのに、なぜここなの?と、不思議に思いながら俺がジュースを飲んでいると、霧島と自分のジュースを握る彼女が頬をちょっと赤く染めている。
「んじゃ、クラスに戻ろうぜ」
俺がそう言って踵を返そうとしたら、
「工藤くん!」
「ん?」
マゼンタ色の目を潤ませて恥ずかしそうにしている内田が俺を見つめた。長くてサラサラしている黒髪は揺れ動き、いい香りを俺の鼻に運んでいた。
「一年前の告白……」
「っ!!」
な、なんだよ。
なんで急にまた黒歴史を掘り返してくるんだよ。
俺がジュースを少し吹くと、内田が申し訳なさそうに視線を左右にやってから、随分と言いたくなさそうな顔で話す。
「工藤くんから告白受けたとき、すごく嬉しかったの……」
「え?」
俺の予想を遥かに上回る言葉を発した俺は、ジュースを落としてしまう。
「この前言ったでしょ?私、母子家庭って……だから、あまり知られたくないから、男子からの告白、全部断ったの……だから、一年前のあれはノーカウントってことで……」
「お、おお……」
はにかむ彼女は気まずそうに指で前にかかった髪を掻き上げて、色っぽく息を吐いた。
まるで今告白したら受け入れてくれそうな雰囲気を漂わせやがる。
過去の俺なら早速告白するところだが、
もう俺は大人の道を歩んでいる。
一人の美人お姉さんとセフレ関係になり、この間は、別の女性とも関係を持ってしまった。
内田にはいい恋をしてほしい。
彼女を狙っている人は多い。きっと内田を幸せにできる男は多いだろう。
俺は、
忙しい。
「教室戻ろう」
「……うん」
内田side
冷たく言い放たれた彼の声。
逞しい背中を見ながら彼女は気が付く。
なんで、私はあの時、彼を振ったんだろう。
過去の自分を呪い殺したい気分だ。
憲一は他の男と違って、しつこく絡んだりしないとても真面目な男の子だ。
顔は少し老けているけど、筋肉質で、仲良くなれば頼りになるんだろうと思っていた。
そして、彼の言葉遣いと仕草は、なぜか自分に安心感を与えていた。
彼も母子家庭だと聞いた時は、とても嬉しかった。
自分に勇気をくれた男。
気がつけば、彼のことが大好きになった。
だが、自分から気持ちを伝えることはできなかった。
璃乃は数えきれないほどの男から告白を受けてきた。自分がしたことは一度もない。
自分が少しでも思わせぶりなことを言っておけば、きっと熱い気持ちを彼が自分にぶつけてくるんだろうと思っている璃乃。
そんな自分の高いプライドなんぞお見通しとでも言わんばかりに、彼は冷たい言葉を発してから歩いている。
あの男は、自分の常識が通じない男だ。
だから、
余計吸い込まれる。
「ああ、工藤くん……」
そう小声で言ってから、電気でも走るのか、足を小刻みに震えさせながら彼の後ろを歩く。
だけど、璃乃の心には締め付けられるような痛みが走っていた。
彼を振った愚かな自分。
その気がなさそうな彼。
プライドのせいで、下手に出て、自分の気持ち一つもぶつけられない情けない自分。
時間が経てば経つほど、自分が彼に対してとった態度がどれだけ自分を不利にしたのか、その重さを徐々に感じ始める璃乃。
それでも、彼女は希望を抱くのだ。
自分には明るい未来が待っていると。
憲一が再び自分に告白する日を夢見ながら……
(金髪美少女が歩く二人を覗き込む)
追記
食い違いすぎますな
次回か次次回おもろいかも……
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