第3話 彼女が書いているものは……
クラス内。
授業を受けている内田さんの後ろ姿を見ながら俺は思うのだ。
『いいか!憲一!美人を捕まえるためには、熱い想いをぶつけることだ!俺もそうしてお母さんと結婚できたからな!』
『お、おう!』
『わかったら、筋トレだ!こっちこい!高校生くらいになったらきゃわいい恋人作るんだぞ!そのための特訓だ!』
『え?ちょ、ちょっと!父ちゃん!』
そういえば、父さんと母さんは高校時代から付き合っていたんだな。
昔の父さんは俺に色んなことを話してくれた。
高校デビューを控えた俺に母さんも
『けんちゃんももう高校生だから、彼女の一人や二人作りなさい!』
『で、でも……』
『お母さんのことは心配しない!憲一が幸せになることだけを気にしなさい!それが私の幸せよ!』
『……』
内田さんを初めて見た時は本当に俺の理想そのものだった。
もちろん、目を惹きつける美しい美貌も俺を惚れさせた理由の一つだが、
誰に対しても物腰柔らかで、親切で、大人しい感じでありながも
その姿は
とても儚く
守ってやりたくなるほど、俺の心を刺激した。
でも
まあ、断られたんだよな。
済んだことを今更どうこう言ったって時間の無駄だし、黒歴史を掘り出してもいいことは何もない。
ただ、彼女が本当にいい人に出会って、たまに浮かべるか弱い表情はもうしないでくれ。
もっとも、少なくとも俺はそのいい人の範疇には入らないんだけどな。
と、微苦笑を浮かべて授業を聞いていると、突然前の席の内田さんが後ろを振り向いて目があった。
「……」
俺はすぐ目を逸らした。
か弱い表情。
まあ、俺は細マッチョではあるけど、顔はちょっと年取っているように見えるし、あまり話さない性格だから、きっと内田さんのタイプではないだろう。
そう自分に言い聞かせて、俺は勉強に集中する。
今日も帰ったら父さんの教えに則って筋トレだ。
X X X
とあるタワーマンションの一室
憲一に助けられた女性side
彼女は自分の部屋の中でノートパソコンを叩いている。
「はあ……はあ……これは……捗るわ……」
艶かしい吐息を吐いて、上気したした顔からは熱が出ており、その赤に似たマジェンタ色の瞳はだんだん生気を失っている。
『エリゼ様!どうぞ!僕の背中へ!』
『彼女を守る若い騎士アレックスの瞳には下心などなく、そのブラウン色の瞳はどこまでも澄み渡っている。足を痛めたエリゼ女公爵は自分の体を彼に預けた。夫を亡くしてずっと寂しい思いをしていたエリゼは、彼の暖かくて真っ直ぐな表情を見て、つい、イケナイことを想像したのであった……』
「こんなに早く書けるなんて……」
そう言いつつ、女性の指は忙しなく動いている。
再び内容を見てみよう。
『騎士アレックスは女公爵エリゼの太ももを逃げられないようにガッツり抑える。その手があまりにも逞しかったので、エリゼは下半身を痙攣させた。その変化を素早く察知したアレックスは』
『エリゼ様、どうかされましたか?』
『っ!ううん!なんでもないわ。早く私を屋敷に連れて行きなさい。私の命令に従うのよ!』
『エリゼ様』
『な、何にかしら?』
『エリゼ様の下半身の方がとても熱いように思うんですけど、もしや、イケナイこと、考えてませんか』
『っ!』
『さっきまで純真無垢な顔だったアレックスは、今や、ほくそ笑んでいる』
「っ!!!!!!」
彼女も同じく下半身のところをひくつかせて、急に手を止めた。そして、タンスに掛かっているドレスに目を見やる。
下のところに赤い血がついたこのドレスを見るたびに、彼女の気分も高揚するわけである。
自分を救ってくれた男。
昨日の出来事を思い出すだけでも、長年眠っていたドス黒い感情が蠢く気がするのだ。
私服姿の彼女は長いため息をついたのち、自分の爆のつくマシュマロのところに右手を持っていく。
沈んでいく手を見ながら彼女は彼に想いを馳せるのであった。
一見なんの変哲もない男性。
だけど、身体は結構鍛えられており、頼りになるタイプの若い男。
そして、自分をおんぶした時の彼は、背中も、腕も、指も逞しかった。
亡き夫以外触ったことのない自分の太ももを遠慮なく鷲掴みにしていた彼。
だけど、そんな彼は名前も明かさずに去ってしまった。
それを思うとあまりにも切なくてやるせなくて……
『どうぞ!俺がちゃんとあなたを守りますので!』
「……」
自分の心をピンポイントで突く言葉。
彼女は迸るこの感情を再び執筆作業にぶつけるのであった。
彼女の周りには本棚がいっぱいあり、そのほとんどが
堪能小説である。
そして、書斎の上にはトロフィーや表彰状みたいなもの飾ってある。
『第40回電撃ME文庫小説コンテスト官能小説部門金賞受賞ーがんこ先生』
『第35回カドカゼ文庫官能小説コンテスト女性部門大賞受賞ーがんこ先生』
……
彼女の功績を讃える数えきれないほどのトロフィーや表彰状に囲まれたがんこ先生は、
助けたあの人に「ありがとう」という一言も言えなかった自分の情けさと、彼の見せた素敵な行動によって齎されたこの熱くもドロドロした感情に翻弄されながら、
堪能小説を執筆していく。
数時間ほど書いて、色んなことをしていると、玄関から音が聞こえてきた。
もちろん、誰なのか彼女は知っているので、執筆の世界に入り浸っていた彼女はハッと我に帰り、いまだに電気が走るお腹をなんとか落ち着かせて玄関へと向かっていく。
「璃乃、おかえり」
「お母さ……ん。ただいま」
内田璃乃。
憲一の告白を断った美少女。
彼女は自分の母を見るなり、顔を引き攣らせた。
自分の母が発するフェロモンの匂いがあまりにも強すぎて、戸惑う彼女。
だけど、璃乃はよく理解している。
彼女・内田彩音が仕事をしていたということを。
だけど、今日の母は
いつにも増して、
大人の魅力を振り撒いていた。
追記
だんだん面白くなって行きます
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