第4話 仲の良い母娘
「ごめん、璃乃。お母さん、仕事に集中しすぎて……ご飯の用意が全然できなかったわ」
「いいの。お母さんは……色々……頑張ってくれているから」
「次は私が美味しいもの作ってあげるから、食べたいものあれば、言ってちょうだい」
「うん!わかった」
自分の部屋で鞄を下ろして、部屋着に着替えた璃乃はなんちゃらイーツで注文した高級弁当を前にして話した。
「いただきます!」
「いっぱい食べてね!」
そう言って、マジェンタ色の瞳を持つこの親娘は食事を始める。
どう見ても、美人姉妹のように映る二人。それほど、がんこ先生こと彩音はとても童顔で美しい。
食事を終えた二人は、そのまま食卓で昨日買っておいた美味しい和菓子と日本茶を飲みながら寛いでいる。
普通、女優顔負けの美女二人がお茶を飲む姿を見るだけでも心癒されるものだが、璃乃は自分の母を見ながら複雑な表情をする。
売れっ子の官能小説作家である彩音は娘の変化を素早く察知し、その艶のあるピンク色を動かす。
「璃乃、何かあったの?」
「べ、別に何もなかったの!」
「本当?」
「本当だって!」
「友達とは仲良くしているわよね?」
「う、うん!私はうまくやっているよ!へへ」
作り笑いして誤魔化しているが、彩音はとうに知っている。
いつも娘は自分に気を使っている。
璃乃が小学校を卒業した頃、夫を亡くした彼女は、その悲しさを紛らすために官能小説の執筆を始めた。彼女はすごく美人で、その気になれば、持ち前の美しさを利用して他のお金持ち男を捕まえて女としての喜びを感じながら、生きることだって出来る女だ。
実際、子持ちでありながらも、数えきれないほどの男性たちが彼女にアプローチしたが、彩音は全部断って、見ての通り、官能小説作家としての才能が開花して、亡き夫が残してくれたこのタワーマンションで経済的に困らない生活を娘と一緒に満喫中である。
彩音は昔はずっと文学少女で、色んな男と関係を持つような女ではない。だから、彩音は亡き夫以外の男を知らない。なので、文才のある彼女が溜まりに溜まった自分の欲望をぶつけて作り上げた小説は、それはもう、熱烈な支持を受けざるを得ないわけである。
そんな中、憲一が現れたのだ。
娘である璃乃は、中学生になり、そういうことに興味を持つようになってからは、母の事情をある程度理解しており、ずっと気を使ってきたわけである。
自分は母子家庭で、お母さんは官能小説作家だから、家ではさっきのようにだらしない格好を見せることが多い。
なので、璃乃はこれまで一度も友達を家に連れてきたこともなければ、友達と話す際、壁を作って、自分の世界に足を踏み込ませないような態度を取ってきたわけである。
それが男なら尚更。
だけど、璃乃は母を一度も恨んだことはない。
一家の大黒柱たる父が死んだのだ。最近は母子家庭で貧困問題が蔓延していると記事で読んだことがある。
だけど、自分は母の頑張りのおかげで、不自由ない生活をしている。もちろん、贅沢な生活はできないが、璃乃は自分の母を尊敬しているのだ。
どうか、この平和が続いてほしい。
でも、璃乃は知っている。
平和の後には決まって虚しさが訪れることも。
この、虚しさは、父が生きていた時には感じたことがなかったが、
最近の璃乃は、自分の大きな胸を鷲掴みにせざるを得ないほど、心の痛みを感じ始めている。
暗い表情の璃乃の顔を見て、彩音が口を開いた。
「璃乃は好きな男とかいる?」
「好きな男?」
「璃乃もそういう年頃だし、お母さん、気になっちゃって」
「い、いないわよ!そんなの!」
手をブンブン振って、全否定する自分の璃乃。
もちろん、普通の家庭でこのような話をするのは子にとって恥ずかしいかもしれないが、璃乃に取って母は尊敬できる大人であり、自分に最も近いいわゆる女友達のような存在だ。
だから、璃乃が抵抗を覚えることはない。
むしろこの手の話は好きだ。
自分の娘の反応を見て、彩音は安心したように自分の爆のつく巨大な胸を撫で下ろし、口を開く。
「だったら、璃乃はどんな男なら好きになれると思うの?」
「……」
また問われた璃乃。
目を瞑ったのち、腕を組みながら、考え考えする璃乃。
これまでも、お父さんが生きている時も、何回か聞かれたことのある質問だ。
あの際は、「お父さんみたいな人!」とか、「王子様!」みたいな返答しかしてないが、
今の彼女は……
「ちゃんと、守ってくれる人がいい……」
恥ずかしがりながら言う璃乃に彩音は、落ち着かせるべく、娘の頭を優しく撫でながら、優しい口調で言った。
「私も、好きなのよ。そういう人」
「おお……私、好きな人のタイプお母さん一緒なんだ……なんか嬉しいかも」
「ふふ、私もね」
安堵したように短く息を吐く璃乃は、そのまま自分の母の胸に顔を埋めて、甘える。すると、璃乃の胸がちょうど彩音の下乳とこずりあって、巨大な四つのマシュマロがコンチェルトを奏でる。
彩音はそんな娘が愛くるしいのか、微笑みながら娘を甘やかした。
二人とも、いろいろジレンマを抱えて生きているのだが、お互いをとても愛し合って、大切な存在だと思っている。
実に仲良し親娘である。
しばし二人だけの時間を堪能した彩音は、立ち上がり、部屋に戻って、出かける支度をする。
それを不思議に思ったのか、外出用の長いスカートに、明るい色のニットを着ている自分の母が玄関で靴を履いているタイミングで声をかけた。
「約束でもある?」
「ううん。執筆する前にちょっと気分転換ね」
「一緒に行ってあげようか?」
「いいの。璃乃はもうすぐテストでしょ?」
「そ、そうね」
「ふふ、行ってくるわ」
「気をつけてね!」
璃乃は笑顔を浮かべて手を振ってから、玄関ドアを開けて、家を出た。
X X X
憲一side
「じゃ、行ってくる!」
「うん!帰るとき、お醤油忘れないでよ!」
「わかった!」
ジャージ姿の俺はそう言って、ジョギングシューズを履き、家を出た。
前にも言ったが、俺の父さんは大の運動好きで、幼いころの俺は父さんにたくさん仕込まれてきたもんだ。
まあ、あの時は本当に辛かったけど、
今はこうやって、細マッチョになったわけだし、父さんには感謝している。
親からいただいた大切な体だ。
これをいい状態に保つことも親孝行ってもんだ。
なので、俺は毎日、ご飯を食べて宿題を終わらせると、ジョギングをする。
食後にゲームや漫画やアニメもいいが、たまには俺みたいに体を動かしてみることをオススメする。
人生の質がぐんと上がるぞ。
と、俺は一体誰に話してるんだよと苦笑いを浮かべながら脚を動かしていく。
家近くの公園
駅前
鉄道に沿って広がる緑
商店街
繁華街
あの火事が起きたビル。
いつもなら見慣れた光景を目にしても、何も感じないはずだが、あの事件から一日たった今日の俺の気持ちは普段とは違う。
軽傷を負った人が数人。死亡者ゼロ。
もちろん、被害が少なく済んでよかったと心から思うが、
この逸る気持ちは、それだけによって齎されたものではない。
このドキドキの原因。
でも、もう会うことはないだろう。
派手なドレスを着ていたんだ。
きっと何らかの式典とかに参加するために遠くからやってきたんだろう。
そう自分に言い聞かせながら、家に帰ろうとした瞬間、
「え?」
「あ、あなたは……昨日私を助けてくれた……」
俺の予測は見事に外れた。
昨日の美女が、目の前にいるから。
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