第2話 マジェンタ色の瞳

 俺の名は工藤憲一。


 中学生の頃、消防隊員の父を亡くし、母と二人で暮らしている。


「けんちゃん!朝だよ。降りて」

「あ、ああ」


 あの火事現場で美女を救ってから一日が過ぎており、俺は昨日の出来事を思い浮かべては右腕を押さえる。

 

 美女を助けるために負った傷。


 昨日はなんとか母さんに見つからないように自分なりに応急処置をして誤魔化したが、この傷がいつバレるのかわからない。


 まあ、別に大した傷ではないと思うが、母さんが心配するから、やっぱりここは……


「けんちゃん!起きて!」

「びっくりした!入るならノックしろよ!」

「したんだけど、反応なかったから」


 どうやら、俺は母さんがドアを叩く音も聞けないほど、昨日のことを気にしていたようだ。


 俺の体は基本熱が多いから、半袖で寝ている。


 当然、袖から伸びる腕には包帯が巻かれているわけで……


「あら?その右腕どうした?」


 早速バレてしまったか。


 俺は母さんが作ってくれた朝ごはんを食べながら訳を話した。


「うん……けんちゃんの気持ちはよくわかった。あの人もそうだったから……よくやったと思うよ。でも……」


 母さんは悲しい表情で顔を俯かせた。もちろん、なぜ母さんこんな反応を見せているのかも理解している。


 なので、俺は母さんを落ち着かせるべく、サムズアップして自信満々な口調で話した。


「母さん!俺は、お母さんが死ぬまで絶対死なないからな!まあ、本当に危ない目に遭いそうになったら、逃げるなり諦めるなりして、ちゃんと母さんのところん帰ってくるよ!」

「……全く、けんちゃんったら……」


 明るく笑う俺を見て、母さんは安堵のため息をついた。


「私が死んでも、もっと長く生きなさい!人生は面白いことがいっぱいあるから!」

「だったら、エネルギーをいっぱい溜めておかないとな。おかわり!」

「ふふ、お父さんに似て、よく食べるね」


 そう微笑んで母さんは俺からご飯茶碗を受け取って追加のホクホクご飯を盛ってくれた。


 朝ごはんを食べた俺は、学校に向かうべく家を出る。

 

 母さんはパートの仕事をやっているが、毎朝、朝ごはんを作ってくれる。たくさんの人を救って命を失った父さんは、殉職者扱いで、国から勲章をもらったり、そのおかげで、追加の年金が支給されたりする。それプラス母さんの給料で工藤家の経済は成り立っているといえよう。


 一戸建ての我が家を前に制服姿の俺は学校へと向かう。


X X X


「よ!憲一!待ってたぜ!」

「先行ってもいいのに」

「まあ、まあ、同じクラスだし、いいじゃん!」


 正門で俺を待っているのは、もちろん、男友達である。女友達なんかいないのだ。


 裕翔というやつで、亡くなった消防隊員の父さんが、彼の家族を救ったことがきっかけで仲良くなっているわけである。サバサバしていて、俺よりはコミュニケーション能力が高い。


 俺は裕翔と一緒に歩きながら、昨日の出来事の余韻にいまだに浸かっているように短くため息をついた。それを不審に思ったのか、裕翔が訊ねてくる。


「なんでしけた顔してんだ?」

「……」

「俺が当ててやろうか」

「ん?」

 

 裕翔はドヤ顔を浮かべて自信満々に言う。


「憲一、お前、彼女を作れてないからため息ついたんだろ?」

「彼女?」


 あまりにも的外れなことを言ってくるものだから俺が口を半開きにしていると、裕翔は続ける。


「だって、憲一、ずっとクラスで内田さん見てるから」

「っ!ち、違う!見てないって!」


 戸惑う俺の反応を見て、裕翔はジト目を向けて言う。


「正直に言えよ、ひひひ」


 お調子者の様に俺を挑発する裕翔。でも全然うざくないから不思議だ。まあ、これが裕翔だけの持ち味でもあるよな。


 昨日のことを突っ込まれることはないと安堵した俺は胸を撫で下ろし、口を開いた。


「そりゃ、一年前に告った女の子と同じクラスになったから、意識するだろ。普通……」


 そういって、後ろ髪を引っ掻いていると、裕翔は少し申し訳ない表情で言葉を紡ぐ。


「まあ、憲一にとっては初めての告白だったからな。あの時めっちゃ落ち込んでたよね?」

「毎晩毎晩布団被りながら、もう一生童貞貫いてやろうと言うくらいには落ち込んだな」

「あはは……」


 苦笑いを浮かべる裕翔は、俺の背中を叩いた。


「なんだよ」

「そう落ち込むなよ」

「……」

「内田さんは憲一だけでなく、全ての男子の告白を断ったからな。まだ彼氏いないって噂だし、別に憲一が嫌だから断った訳ではないと思うよ」

「……そうか」

「絶対そうだって!」


 言われてみれば確かにそうだ。


 好きな男がいればとっくに付き合っていたはず。


 まあ、何はともあれ、過ぎたことだ。今更蒸し返してもしょうがない。


 そう思って、昇降口の方へと赴いていると、周りがやたら騒がしい。


「見て、内田さんだ!」

「やべ、めっちゃ可愛い」

「先週も、一人玉砕だったってよ?」

「絵に描いたような清純派美少女だよな」

「顔もそうだけど……身体が、JKレベル優に超えちゃってるし……」


 男の嫌らしい会話と共に現れたのは、


 内田璃乃。


 サラサラした長い黒髪に端正な目鼻立ち。小さな顔。垂れ目であるところが可愛さをもっとアップさせる気がした。


 春用制服だから肌の露出は少ないが、彼女の素晴らしい身体を全部覆い隠すことはできない。


 ブレザーを着ているにも関わらず胸あたりの膨らみはその存在感を余すとことなく主張しており、細い腰と象牙色の長い足は、男子たちの憧れの的であり、女子たちの嫉妬の的である、





 そして、もっとも印象に残るのは





 ピンクと赤を連想させる濃いめのマジェンタ色の瞳。





 そういえば、俺が昨日助けた綺麗なお姉さんの瞳も同じ色だったな。


 蘇ってくる昨日のレストランでの出来事。



「綺麗だったな……」

「憲一」

「ん?」

「まだ、内田さんのこと好き?」

「い、いや、違うから!」

「ふふ」

 

 裕翔は優しく微笑み、青空を見上げる。


 そして、小声で言うのだ。


「そのうち、憲一にもできると思うんだよね」


 まあ、これはいわゆるお世辞というやつだろう。


 別に気を使う必要はないのに。


 本当にいいやつだ。


 俺はちょっとデレくさくなって、話題を変えるべく口を開く。


「それより、妹の由梨ちゃんは元気か?」

「ああ。めっちゃ元気。そのうち三人で遊ぼうよ。由梨、憲一と遊ぶの好きだから」

「おお、それいいな」


 そんな他愛もないことを話しながら進む俺たち。


 内田さんは、女友達数人と共に、昇降口の中へと入ってもう見えない。






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