第17話:秘密基地

バレンシア王国暦243年4月20日:大魔境


「すごい、すごい、すごい、こんなお家初めて!

 ここもリアムお兄ちゃんのお家なの?!」


「そうだよ、何かあった時に逃げ込める家は多い方が良いからね」


「すごい、すごい、すごい、2つもお家があるんだ」


「残念、2つだけではないよ。

 他にも8つ家があるよ」


「すごい、すごい、すごい、じゃあ10個もお家があるの?」


「ソフィアの方が凄いよ、もう足し算ができるのだね」


「えへへへ、お母さんが教えてくれたの」


 ソフィアが嬉しそうにサクラの分身体に抱き着いている。

 いくら母親に似せたとはいえ、懐き過ぎている気がする。

 別れる時に傷つかなければいいのだが……


「そうか、よかったね。

 夜は眠れたかい?

 ヒカリゴケが明るすぎなかった?」


 この地下基地の部屋は天井も床も壁も薄く光るヒカリゴケが覆いっている。

 眠る時はヒカリゴケの生えていない部屋に移動するのだ。

 だがソフィアの齢だと真っ暗な部屋はとても怖いはずだ。


「お母さんが一緒に寝てくれるから大丈夫なの。

 ずっとお母さんと一緒に眠りたかったから、どこでもいいの」


 ……これは、とても分身体を返してもらえる雰囲気ではないな。

 クリントンが安全になり、父親と一緒に暮らせるようになったら、二人に貸した分身体を返してもらう心算だったのだが……


 母親に似せた部分だけサクラから分身させて、ソフィアの護衛をさせると言った時に、名前を母親と同じアレイナにしたいと言われた時に嫌な予感はしていた。


 しかたがない、二人に貸したキングスライム二体分の経験値を稼ごう。

 キングスライム二体分程度なら、サクラの強さに大した影響はないが、その僅かな弱体化で負ける可能性もある。


「そうか、お母さんと一緒なら暗くても大丈夫なんだね。

 だったら絶対にお母さんから離れてはダメだよ。

 ここの地上にはとても怖い魔獣がいるからね。

 少しだけど、ここと同じ地下に住む魔獣もいるからね」


「はい、分かった。

 絶対にお母さんから離れない、ねぇえ、お母さん」


「ええ、絶対にソフィアから離れないから安心しなさい」


「うん、お母さん!」


 ソフィアは事あるごとにアレイナスライムに抱き着く。

 アレイナスライムもできるだけ人間の姿を保ち、余分な部分を部屋中に広げて、少しでも早く敵の接近を察知しようとしている。


「ノワールやブロンシュとは仲良くできていた?」


「うん、仲良く遊んだよ。

 二人にも新しいお母さんとお父さんが居て、六人で遊んだの」


 俺の事は警戒しているようだが、ソフィアとは仲良くなれたのか。

 護衛の分身体は信じてくれたのか?

 ソフィアと同じように失くした家族の姿をとらせたからか?


「ご飯は美味しかった?

 食べられないような物はなかった?」


「えへへへ、お母さんが好き嫌いはしちゃダメって言われた。

 ノワールちゃんとブロンシュちゃんと同じように人参も食べなさいって。

 がんばって食べたら美味しかったの。

 クリントンで食べた人参と違って甘くて美味しかったの!」


「そうか、人参が美味しかったのか。

 ノワールとブロンシュは人参が好きなのかい?」


「うん、ノワールちゃんとブロンシュちゃんもお肉やお魚が嫌いなの。

 好き嫌いしちゃダメって言ったら、ウサギさんはお野菜しか食べられないんだって、お母さんが教えてくれたの。

 私と一緒なの、ねえ、お母さん」


「よく覚えていましたね。

 人間は何でも食べられますが、種族によってはお肉、お魚、お野菜が食べられない事があるので、無理を言わないようにしましょうね」


 おい、おい、おい、好き嫌いを治すというのなら、肉と魚も食べさせろ!

 と言いたいところだが、前世にもベジタリアンがいたしな……

 命を奪いたくないと言われたら、無理強いはできないな。


「はい、お母さん」


「そうか、これからもお母さんの言う事をよく聞いて、俺かお父さんが迎えに来るまでここで待っていなさい」


「はい、リアムお兄ちゃん」


 良いか悪いかは俺には決められないが、これほどソフィアがアレイナスライムを慕っているのなら、勝手に何処かに行く事はないだろう。


 問題があるとしたらノワールとブロンシュだ。

 今はまだ生き残るためにここにいる心算のようだが、何をきっかけにここから逃げ出すか分からない。


 絶対に助けなければいけない義理などないが、あの現場を見てしまったら、聞きたくもない事情を知ってしまったら、見殺しにするのは寝覚めが悪い。


「ノワール、ブロンシュ、居るか、リアムだ。

 何かここに不自由はないか?

 食べ物は大丈夫か?

 今度何時戻れるか分からないから、要望があれば今言っておいてくれ」


 二人の居る場所は気配察知を使って分かっている。

 この地下基地の食糧生産地帯、地下農園に隠れている。

 地下農園には田畑地域と牧場地域がある。


 畑になっている部分は、床だけ豊かな土に覆われている。

 天井と壁には光度の強い品種のヒカリゴケに覆われている。

 夜が必要な作物のために、サクラの分身体がヒカリゴケを覆う時間帯もある。


 そのお陰で地下でも穀物や野菜が収穫できる。

 放牧されている家畜も天候や天敵を気にせずに暮らせる。

 もう俺一人ではないし、逃げられるように10階層くらい増やしておくか?


「人間に何かを頼む事などない!

 私達を何時までここに閉じ込めておく気だ?!」


 敵意を向けられるのは嫌だが、元気なのを確認できたのはうれしい。

 だが俺の留守に逃げるようなことがあったら危険だ。

 この辺りの地上にはとても強い魔獣や半獣がいる。


 分身体に捕らえさせるのは簡単だが、仲良くやれているとソフィアが言っていたから、できる事ならそのままの関係でいさせてやりたい。


「閉じ込めておく気はないが、地上は危険だ。

 教会の連中やノワールとブロンシュの家族を殺した連中もいる。

 結構強力な魔獣が数多くいる地域だ」


「そんな危険な所に連れてきやがって、私達をどうする気だ?!」


「ノワールとブロンシュをどうこうする気はない。

 俺も幼い頃に教会から逃げてきたのだ。

 だから同じように教会に苦しめられている二人を助けたかっただけだ。

 ここは俺が隠れ住むために作った地下基地だから、ここに連れてきた。

 気に食わないと言うのなら、横を掘って寝床を確保すればいい。

 食料は畑の野菜や穀物を食べればいい。

 地上に出ないのなら安全だから、無理にここにいる必要はない」


「おねえちゃん、ここにいようよ。

 ここなら怖い人も来ないし、食べる物もあるよ。

 お腹が減るのは嫌だよ、おねえちゃん」


「わがまま言うんじゃありません!

 この人間を信じたら何をされるか分からないの!」


「でもおねえちゃん、ここをでたらおかあさんとおとうさんはどうなるの?

 おかあさんとおとうさんが一緒じゃなきゃいやだよ。

 おねえちゃんもおかあさんとおとうさんが一緒のほうがいいよね?」


「ノワール、どうしてもここが嫌なのなら、スライムに新しい家を造ってもらうのはどうだ?

 できればここの横か下に、同じくらい巨大な家を造ってもらったら安心だし、食べ物に困る事もないぞ。

 ソフィアも一人では寂しいだろうから、近くに居てやってくれないか?」

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